あなたは、結婚式に招待されたことがあるでしょうか?
家族、親戚、そして友人…。人にもよると思いますが、誰にも何かしらの繋がりのある人の結婚式に呼ばれるという経験があると思います。そんな場では、『結婚おめでとう』という数多の人からの言葉に満たされた『メッセージアルバム』も定番だと思います。
しかし、『席数にも限りがある』という状況、さらには『新郎側の招待客数とのバランスも考えなければならない』という状況下にあっては『呼びたい人を全員呼ぶわけにはいかない』といったことはあり得ることです。とは言え、半年前に『友人代表としてスピーチ』を依頼したほどの関係性のある相手からまさか『招待状』が届かない、そんな状況に遭遇したらあなたにはどのような思いが去来するでしょうか?
さてここに、『六人しかいないグループの中で』一人だけ『結婚式の招待状』が届かなかった女性に光を当てる物語があります。そんな物語を含めた5つの短編が収録されたこの作品。与えられた前提条件にドキッとさせられるこの作品。そしてそれは、そんな物語の中に5つの”女の友情”を見る物語です。
『結婚おめでとう、と書き込む指が小さく震えた』と『お祝いのメッセージを書く』のは主人公の川崎恵。『メッセージアルバム作りはサークルの同期だった女子の中で結婚する子が現れるたびに行われる定番のイベント』であり、『初めてではない』という恵ですが、『どうして私はこんなところにいるのだろう。私はこれから何をしようとしているのだろう』と『パーティードレス』を着て『美容院に行って髪まで整えてきた自分』を『ひどく滑稽に思』います。『だって、私は、彩音から招待状をもらっていない。自分が呼ばれてもいない式に出て、しようとしていることを考えるだけで、内臓が下に引っ張られるように重くなる』恵。そんな恵は『再来週の日曜日はついに彩音の結婚式だね!十時半に松本駅前のメルシーで待ち合わせでいいかな?』と玲奈から『メールを受け取った』『先々週の金曜日』のことを振り返ります。『再来週の日曜日、彩音、結婚式』という『小さな画面の中で揺れる文字』が意味するところを理解するまでに数秒を要した恵。『どういうこと』、『初めにしたのは、強張った親指を動かして送信先を確かめること』でした。『西川萌香、島本友里子、飯島恭子、川崎恵』と『並んだ名前に息が詰まる』恵。『招待客を決める際、彩音が最初に名前を書き出すだろう予想通りのメンバー』の名前がそこにありました。『私のときも、萌香のときも友里子のときも、同じメンツが顔を合わせてきた。だからこそ玲奈もまず私たちにメールを送ったのだろう』と思う恵は、『まさかその中に招待されていない子がいるなんて、少しも考え』なかったのだと思います。『引っ越し前の住所に送ってしまったのかもしれない』、『郵便事故』等考えを巡らすも『ありえない。招待状を送ったのに返事がなければ、普通はメールや電話で確認するはずだ。第一、いきなり招待状を送りつけたりするだろうか?』と思い至る恵は、『どうして、私だけ』と思います。『呼びたい人を全員呼ぶわけにはいかないことくらい、私にもわかる…だけど、どうしてそれが私なのか』と思う恵は、『半年前』『自分の結婚式で彩音に友人代表としてのスピーチを頼んだ』ことを思い出します。『自分が友人代表としてスピーチを頼まれるものと思っていたわけではない。けれどそれでも、まさか呼ばれることすらないなんて思いもしなかった』という恵。『同じサークル、同じ学年、同じ女子 ー たった六人しかいないグループの中で、なぜ彩音はさらに選別したりしたのか』と思う恵ですが、一方で『実のところ、再来週の日曜日には既に予定が入って』いました。百何十年かぶりに日本で金環日食が見られるタイミングらしく夫の拓磨がわざわざ有給を取ってまで軌道的に見やすい場所であるという東京のホテルを押さえてき』ていました。『夫が自分からイベントを企画するなんて珍しいから驚いたけれど、もちろん嬉しくもあった』という恵は、『どうせ招待されていても行けなかったかもしれない』と思いもするも結局は『何か、私だけは結婚式に呼びたくないと思うようなことをしてしまったんだろうか』と考えてしまいます。そんな時、ふと『三カ月前』に彩音と交わした会話が思い浮かびます。『ねえ、恵は身内が犯罪者だったとしたらどうする?』と『加害者家族の苦悩を扱った映画の感想から派生した』問いかけをしてきた彩音。それに、『んー、犯罪の種類にもよるかなあ』と返す恵に『業務上過失致死。わざとじゃないけど車で子どもを撥ねて殺しちゃった、とか』と訊く彩音の言葉に『微妙な違和感を覚え』る恵は『まあ、本人にとってもすごくつらいことだと思うから責められないよね。それで縁を切ろうとは思わないけど、たとえば自分に子どもができたとしたらその子には言えないかも』、『経緯がどうであれ、やっぱり親が人を死なせてしまったって事実は正直かなりショックだと思うから』と答えます。しかし、『そこまで言ったところで、彩音の表情が強張っているのに気づいた』恵は、『もしかしたら彩音の家族には実際にそうした罪を犯してしまった人がいるのかもしれないと思い至』ります。『謝らなければ、と思った』恵ですが、『彩音が話題を変え』てしまい、『話を戻すことができなかった』恵。そんな恵が抱いた思いの一方で呼ばれていない式の開始が近づいてきます…という最初の短編〈届かない招待状〉。『どうして、私だけ』という恵の思いの先にまさかの”どんでん返し”が待つこの短編集らしい好編でした。
“進学、就職、結婚、出産、女性はライフステージが変わることでつき合う相手も変わる。「あの子は私の友達?」心の裡にふと芽生えた嫉妬や違和感が積み重なり友情は不信感へと形を変えた。めんどうで愛すべき女の友情に潜む秘密が明かされたとき、驚くべき真相と人間の素顔が浮かび上がる傑作ミステリ短篇集全5篇”と内容紹介にうたわれるこの作品。一見繋がりがないようで実は濃い繋がりを持つ5つの短編が連作短編を構成しています。
そんな5つの短編は内容紹介にある通り”女の友情”を一つの共通テーマとして描いていきます。その一方で物語の構成としては、”どんでん返し”が待つ結末という点もこの作品の大きな特徴だと思います。世の中に”どんでん返し”系の小説は数多あります。それはそれだけ需要があることを意味してもいると思います。私が読んできた作品にもそれなりに”どんでん返し”を見せてくれる作品があります。それらは3つに分類できるように思います。
① 最後の最後に一気に”どんでん返し”を見せてくれるもの
→ 例: 湊かなえさん「リバース」、乾くるみさん「イニシエーション・ラブ」、桜井美奈さん「殺した夫が帰ってきました」
② 主に二つの短編で構成され、後半の短編で世界が反転、”どんでん返し”を見せてくれるもの
→ 例: 加納朋子さん「いつかの岸辺に跳ねていく」、同「スペース」、千早茜さん「眠りの庭」
③ 小気味よい”どんでん返し”を短編集で次々に見せてくれるもの
→ 例: 永井するみさん「秘密は日記に隠すもの」、大崎梢さん「忘れ物が届きます」、加納朋子さん「掌の中の小鳥」
長編の”どんでん返し”は、仕掛けが大掛かりな分読むのに時間がかかりますが、ひっくり返された満足感は大きいものがあります。一方で、短編の”どんでん返し”は、小気味良さが身上であり、これはこれでやみつきになりそうな魅力があります。ここで取り上げる芦沢央さんの作品は”③”に当たります。そして、この作品で大きいのは、その”どんでん返し”によって、どちらかというとイヤミス系?とも言えるどす黒い物語が極めて爽やかな読後感の結末を迎えるところです。上記で冒頭に触れた〈届かない招待状〉の物語も、親友からまさか『結婚式の招待状』が届かないという状況に思い悩む主人公の物語が描かれていきますが、その先には、えええっ!という”どんでん返し”の先に爽やかな読後が待っています。
では、他の短編も見ていきたいと思いますが、上記してきた通り”どんでん返し”な作品が並びます。下手に書くと一気にネタバレしてしまいますので十分注意しながら見ていきたいと思います。どちらかと言うと、上記した”女の友情”に焦点を当てたいと思います。
・〈帰らない理由〉: 『なんで、なにも答えないのよ』、『どうして帰らないのって訊いてんの』と桐子に詰め寄られ『おまえこそ』と返す『僕』。荒げたやり取りが続く中、『くるみと恋人だったって、本当なの?』、『いつからつき合ってたの』と訊く桐子に『九月三日』と返す『僕』。『二週間前ってこと?』と強張る桐子。『誰からも親友同士だと思われていたくるみと桐子の仲』は『全国中学校卓球大会が終わって二学期が始まった直後、九月二日から』『ぎくしゃくし始め』ました。『部長である桐子の八位入賞を阻んだのは皮肉にもくるみだった』というその理由。そして、『九月七日、車に撥ねられて』『くるみは、死』にました。そんな『くるみの家にやってきた』桐子と『僕』。そんな二人はくるみの母親から彼女が残したという日記の存在を知らされ動揺します。
→ “女の友情”: 誰からも親友同士だと思われていた二人。その一方が事故で亡くなった
・〈答えない子ども〉: 『出た、親バカ』と夫の雅之に言われたのは妻の直香。テレビ番組で子どもの描いた絵が火事で消失して肩を落とす母親を見て以降、娘の恵莉那の描いた絵を写真に収めるようになった直香。そんな直香は三脚を貸したまま返してくれないソウくんママのことを思います。『明日こそ、返してもらわないと』と思う直香。そんな彼女と『アトリエえふ』という絵画教室で知り合った直香は、三脚を返してもらうことを目的に『彼女の家に恵莉那を連れて遊びに行くことに』しました。『ママ友の家に子連れで遊びに行くのは苦手』な直香は『散らかってるけどどうぞ!』と言われる中にソウくんの家にお邪魔します。『エリナちゃんはやくはやく!』『あっちであそぼうぜ』と言うソウくん。しかし『エリナちゃん、おえかきはじめちゃった』とつまらなそうに戻ってきたソウくん…。
→ “女の友情”: ママ友
・〈願わない少女〉: 『ちょっと、奈央、冗談きついって』と扉の向こうから聞こえてくる悠子の声を聞いて『悠子は、私が本当に閉じ込めたりすると思ってるんだ』と思うのは奈央。『ねえ、悠子』と語り始めた奈央は『このまま、冬休み明けまで誰も来なかったらどうなるのかな』と『囁くように呼びかけ』ます。『餓死なんて、すぐにはしないじゃない?…飲むものも食べるものもなくて…なのにトイレにだって行きたくなる…』と語る奈央に『お願い、奈央。早く開けて』と『怒りと切迫感が混じる』悠子の声を聞いて『私は取り返しがつかないことをしてしまったんじゃないか』と思う奈央は『ごめんごめん、冗談…』と言えば『表面上はなかったことにしてくれるかもしれない。だけどもう、悠子が私を心から信用してくれることは、きっとない』と思う奈央は『扉から離れ』ていきます。
→ “女の友情”: 中高一貫校の友だち
三つの短編をご紹介しましたが、それぞれの主人公が置かれたシチュエーションは全く異なります。ママ友あり、中高一貫校の友だちあり、そして亡くなってしまった親友の部屋にやってきた女性というように設定された場面はさまざまです。そんな三つの短編はほんの冒頭だけを記したにも関わらず、亡くなった親友の部屋で元カレと名乗る男性と険悪なシーンが描かれる〈帰らない理由〉。三脚を返してくれないという保育園のママともの家に事実上乗り込んでいく女性が描かれる〈答えない子ども〉。そして、主人公となる女性が、自らの友だちを扉の向こうに閉じ込めた緊迫した状況が描かれる〈願わない少女〉と、短編タイトルからして、なんとも不穏な空気感漂う物語ばかりです。その空気感は”イヤミス”といっても良いものです。しかし、そんな物語は結末に近づくにあたって一気に大転換の様相を見せます。その詳細をここで明かすわけにはいきませんが、まさかという裏事情がそこに隠されていたことが明かされていきます。慎重に読んでいたつもりなのに騙されていたことに読者が気づくことになる結末。しかし、その読後感の良さに、騙された悔しさが吹き飛んでしまう極めて前向きな”どんでん返し”が待っていることも共通します。また、上記した通り、これら5つの短編が繋がっていくことにも気づきます。それは、読んでいて、アレ?と気づく瞬間がそこかしこに訪れます。その繋がりを意識して読み進めれば読み進めるほどに物語の奥行きは深くなっていきます。そして、すべての関係性が明らかになる読後にはもう一度読み返してみたくもなります。”その友情、いつまで?「女の友情」に隠された5つの秘密”と内容紹介に大書されたこの作品。そこには、作者の芦沢央さんが描く、女性同士の心の機微を丁寧に描く物語の姿がありました。
『だって、私は、彩音から招待状をもらっていない。自分が呼ばれてもいない式に出て、しようとしていることを考えるだけで、内臓が下に引っ張られるように重くなった』。
そんな衝撃的な前提設定から始まる〈届かない招待状〉など5つの短編が収録されたこの作品。そこには、読者まで思わず憂慮してしまうような不安定な状況から始まる物語の姿がありました。さまざまなシチュエーションの物語が読めるこの作品。そんな物語が強固な繋がりを見せるこの作品。
“どんでん返し”の先に待つ5つの読後感の良い物語をサクッと味わえる、そんな作品でした。