尾崎世界観のレビュー一覧
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「別れたらいいのに」
「何が良いのか分からない」
そんなことを言われると「そうだよね」としか返せないけど、あの時の言い表せない感情がここにある。好きとか嫌いとか、そんな白黒におさまらないグレーな感情が。
男女の共作だからこそ、価値観のぶつかり方がリアルだった。
どうでもいいけど「段ボールの切れ端を巻き付けた白い容器」がずっとピンとこなくて、千早さんのターンでやっと分かったんだけど、わたしだけですか?
これ男性ならすぐにピンとくる表現なのか、それとも大輔独特のものなのか、単にわたしの察しが悪いだけなのか気になる。
追記
恋愛の馴れ初めが好きなのに、この物語では書かれていない。最悪の出会いをしたのに、なぜ惹かれあったのか謎のまま。お互いにお互いを見下していたのに何故?と思うけど、どちらも他人を見下して生きてるから重なる価値観もあったのかなと第二回のところで推測。始まりも終わりも曖昧で、それがいいんだよなとじわじわ感じている。 -
Posted by ブクログ
若林さんは不思議な人だ。
めっちゃ自意識過剰で自己防衛本能が強くて、見栄っ張りでカッコつけ。本音は言わない。
だけどスッと人の懐に入ってくる可愛げもあるんだなぁ。
この本では、若林さんのそんな部分が遺憾無く発揮されていて、終始ほっこり見守る気持ちで読むことができる。
人が死ぬ本ばっかり読んでたアタマが癒される〜。
私が好きなのは、羽田圭介さん&藤沢周さんの回。
この回は、若林さんが話すボリュームも多くて、羽田さん、藤沢さんとの相性の良さを感じる。話してることもほどよくカタくて、良い意味で、男同士っぽい感じ。小気味よくてずっと読んでたい。一冊丸ごとコレでもいいなぁ。
あとは角田光代さん回。角田さんがおっしゃることがいちいち納得感がある。難しいことは一切言ってないのに。伝わる言葉でなるべく正しく考えを伝えようとされてるのが分かる。
そしてこの回でも、若林さんが良く話す。
ホストがノッてる方が対談は面白くなるよね。
西加奈子がやたら作中で〈セックス〉という言葉を使うのはそういうことか。説明したがりだと言う朝井リョウは実際どれくらい読者を縛り付けてくるんだろう。羽田圭介、やっぱり(人間として)好き。そのイメージを崩したくなくて彼の本はあんまり読んでないのは内緒だ。中村航の〈100回泣くこと〉再読したいなぁ。でも中村文則の〈教団X〉再読はしんどいなぁ⋯
エッセイを通じて作家さんのキャラクターを垣間見ることはあっても、話す言葉を聞く機会はなかなかないので、そういう意味でもなんか新鮮。
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Posted by ブクログ
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舞台は、ライブチケットの転売が市民権を得ている社会。
バンドのフロントマン以内右手は、不安に追い詰められ、
自分達のチケットにプレミアを付けるべく、
カリスマ“転売ヤー”に縋りついてしまう。
「俺を転売してくれませんか」
高額取引の痕跡をSNSで確認しては過剰に振り回される、
尾崎世界観にしか書けない虚実皮膜のバンド小説にして、
エゴサ文学の到達点。
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芥川賞候補作、尾崎世界観小説三冊目。
なかなかに評価の分かれる作品だと思う!
「よくわかんなかった」「難しすぎた」
「転売までは理解出来たが、無観客ライブが意味不明」
という意見もあったし、クリープファンの視点からも、
「こんな風に思われてるなんてと読んでて悲しくなった」等
書かれていて、読むのに覚悟がいる作品だと思った。
確かに読んでる間、ずっと息苦しかった、気がする。
えー…でも面白い…面白いというかすごい、すごい作品!
と、思ってたら、兵庫さんも同じこと言ってたあはは!
(兵庫慎司 →元ロッキング・オンの現フリー音楽ライター)
そして正直、音楽ファン、フェスやライブによく行く人、
多ジャンルやシーンの流れやファン層に精通している人、
実際に問題視されてたり嫌悪されてる行動や言動の知識、
SNS活用者じゃないと、理解困難な箇所が多いなと感じた。
(ディッキ族、地蔵、ワーキャー、ネットスラングも多数)
そして私は全てを網羅していると豪語出来る。笑
でも、だからこその苦しさと悲しさと恥ずかしさと哀れみ。
全部バレてる、尾崎世界観にはバレているんだ、と思った。
私はクリープハイプファンである。
尾崎世界観に向ける眼差しも愛情も愛憎も尊敬も羨望も、
押し付けも勝手な期待も絶望も、「可愛い」も、バレてる。
そして尾崎の想いも、今回でバレた、というか、知った。
全部が全部じゃない、たとえフィクションであろうとも、
以内は尾崎で、アイツはアノ人で、アレはアレだろうと、
どうしたって推測してしまうし、想像してしまう。
バンド側も。客側も。主催者側も。全部全部剥がされる。
それくらい、緻密に、事細かに、書かれている、痛い程。
正直、導入も長く、序盤もくどく、辟易するところもある。
なのに終盤畳み掛けるように事柄だけが淡々と記されて、
あっというまに終わる。あっけなく終わる。
でも、実際ネットの動きってこんなもんじゃなかろうか。
燃えて消えて、炎上鎮火、意見は二転三転、晒しと祭り。
善悪は一晩どころか一瞬で逆転、正義も悪も表裏一体。
こんなものにしがみついて、果たして音楽と言える?
最後の一ページ、それに全てが込められている。
尾崎が何より伝えたかったことであり、物語の答え。
全部が間違ってると分かってて読んではいたけれど、
最後にちゃんと救いが描かれていて良かったねえ…(誰目線)
お上手な歌や、カリスマ性や、流暢な喋りや、絶好調の声、
私達は完璧なステージだけを見たいわけじゃないんだよ?
そこには歌があって、音があって、生がある、
私はそんなライブが見たいし、そんなファンでいたい。
(とか思って悦に入ってる自分も、バレてんだどうせ。笑)
この本のサイン会行きたかったあああ(今更)