久坂部羊のレビュー一覧
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人がどう生きるかはそれぞれの人間だけが決められる、というのが近代社会の大原則なのだが、どう死
ぬかは死期が近づくと、実質的に自分では決められなくなる。
今の何がなんでも延命、アンチエイジングという「とにかく生きさせる」行政・医療・介護全体の方針
は、死が絶対に避けられないものである以上、本質的にムダな部分を含んでいるのに、生きたいという
それ自体は当然の欲望を煽り利潤化する資本主義にばかり貢献して、実質的にそれぞれの人の生を決め
る権利を奪っている。
スーパー老人、元気なお年寄り、あるいはその逆の極端な例ばかりメディアは取り上げるな。
「普通に死ぬ」ことは、今では健康年齢と肉体年齢に -
Posted by ブクログ
書名を見ると週刊誌的に大学病院の内部を告発する内容かと思うが、実質はその反対に近い。
大学病院が一般の病院と違うのは、教育・研究という部門が治療部門とは別についていて、そのため未熟な若い医師のオン・ザ・ジョブ・トレーニングの場になっていることだ。それは次の世代の医療を供給するのに必須なのだが、当然一定のリスクを伴う。
それで事故が起こるとマスコミは袋たたきにするが、常にベテランが治療に当たるのは物理的に不可能だし、実践を積まないでベテランにはなれない。
筆者ははっきりと、必要もないのにいつもベテランの最高度の医療を求めるのは患者のエゴであり、マスコミの無責任なあおりのつけは必ず将来の医療や -
Posted by ブクログ
日本の医療の現状とその問題点、その問題点の背後の歴史や事情。
それをよく知るマスコミの必要以上の煽動とただ自分たちの利益のための世論誘導。
そしてそのマスコミに煽られる市民。
その市民たちの反発を恐れ、必要以上の(悪ともいえる)制度を作ってしまう役所。
その制度に翻弄される病院と医師。そして押し寄せてくるプレッシャーと世論の反発に耐えられなく辞めていく医者。
そして医療問題がますます深刻になる。
病院、医師の視点、役所の視点、そして患者と一般市民の視点とそれぞれの本音をちゃんと書いている。
作者は医師で作家である。だからこそかけたこの一冊だと思う。
ただし、逆 -
Posted by ブクログ
本作は、安楽死をテーマに医療現場の葛藤や社会的な議論を描いた作品です。
末期癌患者の苦しみと、それに向き合う医師の決断がリアルに描写され、読者として深く考えさせられました。
特に、医療制度改革や政治的な思惑が絡み合う展開は、現代社会の複雑さを反映しています。
医療の倫理や人間の尊厳について、改めて問いかけられる一冊でした。
医師が決定する患者の最後手を加える行為は、「安楽死」と「殺人」の明確な境界線がまだまだ確立されていないなと思い、葉真中顕著の「ロストケア」思い出し、医師と介護士の違いは?など、職業別でもまだまだ壁があるなと考えさせられました。 -
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本作は、安楽死をテーマに医療現場の葛藤や社会的な議論を描いた作品です。
末期癌患者の苦しみと、それに向き合う医師の決断がリアルに描写され、読者として深く考えさせられました。
特に、医療制度改革や政治的な思惑が絡み合う展開は、現代社会の複雑さを反映しています。
医療の倫理や人間の尊厳について、改めて問いかけられる一冊でした。
医師が決定する患者の最後手を加える行為は、「安楽死」と「殺人」の明確な境界線がまだまだ確立されていないなと思い、葉真中顕著の「ロストケア」思い出し、医師と介護士の違いは?など、職業別でもまだまだ壁があるなと考えさせられました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレうーん。移植コーディネーターの真知が
どーにも好きになれん
一ノ瀬先生のいいなりやし
最初から普通そんなこと言うか?と
思うようなことを言ってる感じも
なんか無神経に感じたし
かといって、レシピエントの麗も
これまた好きになれない
え?そこで死のうとするか?と思ったし、
ドナーに対しての態度も腹立つし
ドナーの奥さんの千恵さんは
しっかりしていて
まともだけど、看護師やから
ここまで冷静に対応できるんやろな
ドナーのお母さん登志子さんは
気の毒やけど、気持ちも分かるけど…
もうちょっと脳死について勉強してみよか?
と思ってしまった
麗が友達に危ない目にあわされてる時に
真知が1人できて -
Posted by ブクログ
オーディブルで。廃用身とは、脳梗塞などで麻痺して回復の見込みが亡くなった四肢のこと。介護の邪魔になるそれを切り落とすことで、患者が明るくなった、認知症から回復した、という漆原医師の報告書が第一部。漆原医師の勤務する施設ではそれをAケアと呼び、もちろん、患者の意思が第一であるけれども、推奨している。しかしそれが出版されることはなかった。その理由が第二部、出版編集者の語りによって明かされる。羽を切り落とし、胴体だけにした蝶を喜んで見せてきたという、少年時代が語られることにより、一部で見せられていた、朗らかで、希望の光がさしていた介護の光景がひっくり返る。四肢を切断することで、確かに介護は楽になった