身内の死を身近に何度か見てきてはいるが、先日、真夜中にふと目が覚めた時のこと。
「死んだら無になる」ということが、無性に怖くなった。
「無」ということがすごく怖くなったのだ。
幼い頃、「死んだらお父さん、お母さんと一緒にいられなくなる」と恐れたことごあるが、かなり久しぶりに「死」についての怖さを感じた。
翌日、たまたまこの本をネットで見かけて読みたいと思った。
読んでみて思うのは、「死」を考えることは「生」を考えることであって、決して「無」を考えることではないんだなと。
笑ってしまったのは、「リアルな死後の世界を空想すれば」(147頁から)のところ。
たしかに、先祖として子孫を見守ったとしても、玄孫やそれ以上になると、全く知らない人間を守ることに興味もないし、見守られている方も全く知らない霊魂に見つめられたら嫌だろ(笑)まあ、私は未婚子なしなので、子孫を見守ることもないけど。
ついでに、歴史上の人物に話しかけたとしても、あっちは自分を知らないんだから迷惑だろうし、教科書通りの人なら良いが、違ったら、話しかけたことを後悔すらするだろうなー。話も全く合わないし(笑)
驚いたのは、ウィーンが「死」を街中でイメージさせているということ。
そんな博物館があるのか!!と、驚いた。
日本じゃありえんな。
「メメント・モリ」=死を忘れるな。
この意味を改めて噛み締める。
『そういう意味で、「メメント・モリ」は、死をありのまま見つめるのに役立つ。家族も自分もいつか死ぬ。明日にもその引き金は引かれるかもしれない。だったら、今を大事にしよう。幸いなことに、今はその引き金に指はかかっていないのだから。』(160頁)
昨年、手術をしたのだが、その時、「死は怖くない」をいろいろなところで口にしていたが、これを読んで改めて思った。
ああ、私は「死が心底怖かった」のだと。
死が怖くならなくなった。とは言わないが、死への意味合いは少し変わった気がした本。