小松亜由美『イシュタムの手 法医学教授・上杉永久子』小学館文庫。
秋田県大仙市出身の現役解剖技官が描く、秋田県を舞台にした5話から成る連作短編形式の法医学ミステリー。
秋田の自然豊かな風土や文化を背景にリアリティあふれる司法解剖の現場、人間の生み出す業やドラマを描いた佳作である。第一話と第二話を読む限りでは、司法解剖の現場を描いたノンフィクションのような味気無さを感じたのだが、第三話から最終話まで、一気に面白くなっていく。
家族は皆、優秀な医師という東京の家に生まれながら、三流医大の秋田医科大学に進学し、ある出来事を切っ掛けに卒業後に博士課程に進み、現在は法医学教室に所属する南雲瞬平の視点で物語は描かれる。
秋田県内で発見された異状死体の法医解剖は全てこの秋田医科大学の法医学教室で行われるという設定である。
南雲の上司である定年退官まで後3年という上杉永久子教授は抜群の解剖技術と観察眼を持つ自殺研究の第一人者であった。そして、永久子の夫で歯科医を開業する英世も度々法医学教室に呼ばれ、死体の口腔内の検死を担当していた。
『第一話 業火の棺』。普通に司法解剖の現場を描いたノンフィクションという感じで、ミステリー色は余り感じられない。年末に法医学教室に司法解剖のために運び込まれてきた2体の焼死体。上杉永久子と南雲瞬平は焼死体の解剖を行う。高齢で寝た切りの妻とその夫とみられ、無理心中事案と思われた。しかし、上杉は2人の臓器に似たようなポリープが多数あることに着眼し、警察にあることを依頼する。その結果、明らかになった事実とは。
『第二話 胡乱な食卓』。偶然に便乗したような犯罪が描かれる。この短編でもミステリー小説としてのドラマが余り感じられない。一家3人の食中毒事案。夫婦が死亡し、嫁だけが中等症で命が助かる。司法解剖の結果、妻と嫁はスイセンを食べたことによる食中毒で、夫の死因は他にあったことが判明する。
『第三話 子守唄は空に消える』。ようやくミステリー小説らしく、人間ドラマを垣間見ることが出来た。仙台で開催される学会に出席しようと秋田駅に着いた南雲瞬平に上杉永久子から乳児の司法解剖の要請があったので直ぐに法医学教室に戻るよう連絡が入る。前日、仙台入りしていた永久子も急遽、法医学教室に戻る。突然死した生後2ヶ月の乳児には足に変形が見られ、臓器にも肥大が確認され、ネグレクトの疑いもあったのだが……
『第四話 出会いと別れの庭』。それぞれの人に忘れられない過去があり、それが未来へとつながっていく。南雲瞬平が法医学を目指す切っ掛けになった過去と上杉永久子が自殺を研究テーマにすることになった過去が明らかにされる。
『第五話 真夏の種子』。最終話になり、もっとも法医学ミステリーらしい、驚くべき事件が描かれる。秋田の県南部で夏祭りの日に4人もの不審死が相次ぎ、同様の症状で2人が病院に運ばれるが、直ぐに亡くなってしまう。6人には吐血、嘔吐、血液混じりの下痢、腹痛、発熱、手足の痺れといった症状が出ていた。上杉永久子、南雲瞬平、永久子の夫の英世、さらには鈴屋玲奈までが手分けして司法解剖にあたるが、なかなか死因が特定出来なかった。そんな中、南雲瞬平があることに気付く。
本体価格710円
★★★★★