島本理生のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
性というか性別(性自認や対象)というか、性欲というか性癖とか、性体験とか。
「性」のことはご法度的で親子、恋人、親友でも避けたりするわけで、孤独な世界だと思ってきたけれど。それが女性作家が17人も語るわけで下品上等、生々しくて面白い。
面白い、と言ってる事を下品と言う人もいると思いますが、多様性?とあえて言葉にすれば線引きしないでよ、と。
面白いというのは具体的に変えれば興味深い、が適切か。いやらしい意味でなく、前述のようにご法度な他者の世界に興味があるわたしは、作家がこうもあけすけにエッセイとして実体験や思想を語ってくれてありがたく。
本として残るので結構なカミングアウトもあったりするわけですが、それはどういう心境なのだろうか、とも思ったり。
他にもこの手の本はあるのかな?と探したくなったほど。
男性作家版も出して欲しい所存です。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ【あらすじ】
あの人と過ごす「おやつ」の時間が、
今日を乗り切る力をくれる。
おいしいものを愛する作家陣が、
心とおなかの空腹をあたたかく満たす短編小説集。
●作品紹介
妻子ある政治家と逢瀬を重ねる画家の朱莉。
マスコミを避けるため延泊した伊豆の山奥のホテルで回想する、
これまでのこと。
――島本理生「楽園の代わりのカッサータ」
なりゆきから、派手めギャルとして高校生活を送る陽子。
クラス替えで再会した関優征は、かつて放課後をともにした相手だった。
――織守きょうや「ファースト・アンド・オンリー」
両親の交通事故がきっかけで瀬戸内海の島に住む叔父に引き取られた碧。
果樹が茂る庭の手入れをし、
その恵みをいただく中で回復していく少女の物語。
――友井羊「春とマーマレード」
アイドルグループの一員として活動している泉水。
テレビ番組のお題で、まもなく卒業するメンバーの大地と一緒に、
スイーツをプロデュースすることに。
――畑野智美「アンパッサン」
息子の大学進学にあわせて上京した尋乃。
そっけない息子の隣で思い返すのは、
幼い彼とふたりで東京に滞在したときの記憶で……。
――名取佐和子「ドーナツ息子」
休学中の高校を中退して、食の仕事に進もうかと悩む美也。
東京で郷里の友達、瀬里が暮らすシェアハウスに滞在するなかで、
食事とスイーツづくりを担当することになり――。
――伊吹有喜「ストロベリーの歌」
【個人的な感想】
どの話もほっこりするだけじゃない、深い悲しみや辛さが描かれていて読んでいて飽きなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私が最も強く感じたのは、「女という性を内包したまま、母親という役割を生きることがどれほど危ういか」ということだった。
この作品は、単なる不倫の物語ではないと思う。
家庭があり、子どもがいて、周囲から見れば安定した生活を送っているように見える塔子が、その内側でどれほど孤独を抱えていたのかが、とてもシビアに、そしてリアルに描かれていた。
安心を与えてくれる恋と、刺激を与えてくれる恋。
その二つのあいだで揺れ動いたことがある人にとって、この物語はとても共感する部分が多い内容だったのではないかと思う。
レビューを読んでいると、塔子の気持ちが分からないという人もいれば、強く共感したという人もいる。
私自身は、塔子に共感する部分が多かった。
では、なぜここまで受け止め方が分かれるのだろうか。
私はその理由の一つに、自分の中の辛さや苦しみを、自分だけで消化できるか、それとも誰かに頼ってしまった経験があるかどうかが関係しているように感じた。
塔子側の人間は、自分の苦しみをそのまま相手や物事にぶつけることができない。
ある意味で繊細で、弱い人間なのだと思う。自分が苦しいと声に出せず、周囲に助けを求めることもできず、けれど一人では抱えきれない。
その危うさが、小鷹の「家族もいるのに一人で生きているように見える」という言葉に表れているように感じた。
家族がいることと、孤独でないことは必ずしも同じではないのだと思った。
人間は誰しも、上手に生きられるわけではない。正しい選択ばかりできるわけでもない。
塔子のように、弱さや寂しさから誰かに寄りかかってしまうこともあるのだと思う。
しかし、それでも人を傷つけてはいけない。特に最終章の翠の話は、読んでいてとても胸が痛くなった。
大人たちの不倫や感情の問題に、子どもを巻き込んではいけない。
どれだけ本人たちに理由や苦しさがあったとしても、子どもが背負わされる痛みは別の問題として考えなければならないと感じた。
『Red』は、恋愛の美しさやときめきだけではなく、その裏にある孤独、弱さ、罪悪感、そして人を傷つけることの重さまで描いている作品だった。
だからこそ、簡単に塔子を責めることも、完全に肯定することもできなかった。
今の私は、この作品に強く共感した。
しかし、数十年後にもう一度読み返したとき、この共感の感情がどう変わっているのかも気になる。
そのときには、塔子の苦しみを今と同じように感じるのか、それとも過去の自分の感情として少し距離を置いて読めるのか。
いつかまた読み返して、今の自分との違いを確かめたいと思う。 -
Posted by ブクログ
感情の機微の言語化が静かに響いた。
人の心ほど難しいものはないなぁ。
傷は癒えないと無意識に連鎖してしまう。
環境の大事さよ。
解説も好き。
*断片的な物語を、頭の中で一本に編み直す。考える。整理する。まとめる。残りの謎と問題はなんだろう。
*さかのぼって原因を突き止めることは、今を変えるために必要な整理。見えないものに蓋をしたまま表面的には前を向いたようにふるまったって、背中に張り付いたものは支配し続ける。なぜなら、「今」は、今の中じゃなくて、過去の中にもあるものだから。
ーーーーーーーーーー
*想像することをサボれば、自分とは別の肉体が生きる景色を知ることはできない。目に見えない爆発の存在を知ることすらできない。
*簡単に理解できないものに出会ったときこそ、断絶を感じ距離を取るのではなく、想像するスイッチを授けられた幸運を噛み締めたい。 -
Posted by ブクログ
女子高生時代、周りと上手く関係を築けずにいた工藤泉、そんな彼女の支えになっていた既婚の葉山先生。精神的に深いところでしっかり結びついていった二人だが、その後のその時々の立場、置かれた環境、取り巻く人々との関係性など、様々な因果で阻まれたり、理性に従って自制しながらも、結果的には互いの想いは断ち切れるものではなく、お互い他の人との結婚生活を円満に過ごすという表面上の幸福の内側で、これからも燻り続けるしかないのであろうという、何とも切ない物語であった。
全410頁のラスト4頁の展開にはやられた。ここまで泉の高校生、大学生、社会人時代の出来事が細かく描かれてきたのはこの為だったかと思われるくらい、ラスト4頁の展開は胸にグッと来るものがあった。特にラスト10数行は、感動的な映画のシーンを観る様に絵が浮かんだ。 -
Posted by ブクログ
女性はなにに支配されているのか。
まず女性の対となる存在である男性。彼ら(もちろん全員ではないが)は、女性の脆弱さ(ヴァルネラリビティ)につけこみ性の尊厳を搾取していく。
ほかにも、親としての権力を振りかざし子の領域に踏み込んでくる両親。あるいは同じ女性からも抑圧されることだってあるのかもしれない。
そんな支配から脱却し、独立を勝ち取るために、強さ(レジリエンス)を獲得しようと悩みもがく女性たちを見守っているのが、神父の金山。(彼も男性であるが、過去に支配されている)
強靭に生きるというのは難しい。でも、そのためのヒントとなるかもしれないことを神話と照らし合わせて、本書は伝えてくれる。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ
自分の全てを受け止めて欲しい
なんて身勝手な感情なのだろう
愛しい人のためならと尽くすこと
なんて自分を蔑ろにしているのだろう
恋愛をすると自分を見失ってしまう。
多くの人が経験しているのではないだろうか。
ときに、一般化されていることが偏見を水面下で産んでしまう怖さ。
善意が知らずに他者を傷つけていることの怖さ。
全く考えたことのない視点だった。
本当の意味での思いやりってなんだろうと考えた。
今の私が思うのは
相手も自分も、双方が心地よい関係である事だとおもう。
人は弱い生き物だから、受け止めて欲しい時もあるだろう。それを苦痛なく受け止められる関係。
こうしてあげたいと思ったとき、それが自己犠牲でないこと。
与えられられた事柄に負担がない事
以下はメモ書き
飛坂はアイコさんに心を寄りかかる場面
ミュウ先輩が入院中、アイコに会いたくなったこと。
それはアイコが真っ直ぐに人を受け止めることができるからであろう。
その一方で、飛坂もアイコも相手を求めたくなるとき、それが一致していなかった。
アイコがキーホルダーをプレゼントしたとき、周囲に笑われてしまい、アイコは申し訳なく思ったが喜んでもらえた場面が印象に残った -
Posted by ブクログ
ネタバレかつて同じときを過ごした瞬間を鮮明に思い返すことができる相手と、しかも再開することが叶わない相手となれば、はたして長い人生の中で出会えるのだろうか。
この作品の登場人物の多くは、泉も、葉山先生も、あるいはほかの人も、自分の中に傷ついた過去を抱えている。その傷を、放っておくこともせず、痛ぶることもなく、ただ痛くないようにでも心地良いようにやさしくやさしくいたわってくれる相手に出会うのであれば、人は救われるのだろう。救われた瞬間もまた、人生の中のしずかな幸せとして深く深く自分の中に残っていく。それが互いに救い救われるという共存関係を、教師と学生という禁断の関係と並列させて島本さんの細やかな心理描写できれいに描かれていく作品こそが本作「ナラタージュ」。
この互いに救い救われる関係は恋愛とはまた異なるが、深い慈愛や愛情に密接に関連しているという意味では似ている関係なのかもしれない。でも恋愛ではないので、救いを施してくれた相手と人生が重なる可能性が限りなく少ないことだってある。
道を分かっても、二人はお互いに相手を救い相手に救われている。