村上春樹のレビュー一覧
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購入済み
漂う匂いや空腹
村上さんの作品は、本筋宇トーリーもそうだが、
日常を書いた部分でのコーヒーや料理など、読んでるときにないしは読み終わった後に、
無性に熱いコーヒーを飲みたくなる。ウイスキーやビールが欲しくなる。急に料理したりスパゲティが食べたくなるなど、別の意味でも罪作りな作品。本作も買って良かった -
購入済み
好きな作品
よくぞ、ずっと長い年月、素晴らしいクオリティで小説を書き続けることができる物だと思う。
毎新作、高いハードルを超えて、出し続けることができると思う。
本作も、とても面白い。 -
購入済み
さすがの村上作品
自分が年をとってきて、青少年時代に読んだ感想とは違った感想を持つようになった。
あのころの紙の手触りや本の重さもよかったが、電子書籍で上下巻、3部構成など村上作品を持ち歩ける幸せ。
表紙を眺めてると、全て欲しくなってしまう -
購入済み
電子書籍化ありがとうございます
ハードカバーで買って、持ち運びように文庫で買ってとしていた頃が懐かしい。
データ通信できる場所、あらかじめDLという手順はあれど、いつでもどこでもこの作品を読めるのが嬉しい。
iPadで大きな画面で見れるのもすごく嬉しい -
購入済み
読み返す本
村上作品は、自分のコンディション、世代ごとに何度読んでも違った味が出る。
作品自体が面白いのもあるし、読み手の自分のそのときの状況がすごく影響する。
不思議な作品。 -
Posted by ブクログ
めーっちゃ面白かった。
川上さんだからこそインタビューを受けたそうで、かなりグイグイ突っ込んでいて村上さんもタジタジ笑
小説を創作する上でどんな手順を踏んでいるのかすごく気になっていたけどビックリするくらい自由だった。
リアリズムな印象な村上さんだけど、小説を書く際はイタコみたいなものに憑依したりもしくは何かを降ろして?書いているらしい。
その現実と非現実の間の境目に自分の影があるんじゃないかと言っていて、なるほど〜ってか天才すぎて言ってることが訳わからないって笑っちゃった。
だってイデアとメタファーを理解してなくて騎士団長殺しを書いたらしいですよ。
もう川上さん口あんぐりだっただろうな、、、。 -
購入済み
もう10回目
何回か最初なら読み返すたびに飽きるところか、前に経験したのと少し似てはいても、またそれとはけっこう違う感情を味合わせてくれる素敵な文章と話の進め方がとても好きです。
そしていつも同じところでくすくすと笑ってしまいます。だから飽きずに10回も読んでいるかも知れません。
自分が韓国人だからかも知れませんが、
他のどの本を読んでみてもここまで集中できる本は今までありませんでした。
제 인생에 있어서 이러한 귀중한 경험을 선사해준 책을 써주신 무라카미 하루키 선생님께 심심한 감사 인사를 드립니다. -
Posted by ブクログ
2022年の150冊目。
川上未映子さんが、村上春樹さんの井戸に一緒に入ることを試みた対談集。かなり、井戸の深いところまで二人で潜っている、そんな印象だ。
川上さんは鋭くつっこみ、村上さんが楽しそうに真剣に受け答えたり、華麗に受け流したり、そんな展開で、飽きることなく(文庫本だが)437ページの対談を読み切った。
特に、面白かったのは、村上作品に出てくる女性について「男性の自己実現のために、血を流して犠牲になっている」例が多いと言及しているところ。
川上さん、強いなあ笑
「女の人が性的な役割をまっとうしていくだけの存在になってしまうことが多い」とか
「井戸とかに対しては惜しみなく注がれている想像力が女の人との関係性をおいては発揮されていない」とか、けっこう言いたい放題。
それに対する村上さんの受け答えは見ものです。
あと、村上さんから「僕より小説をうまく書ける人というのは、客観的に見てまあ少ない」という発言を引き出した川上さんはインタビュアーとしてすごい!
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Posted by ブクログ
村上春樹による「オウム地下鉄サリン事件」の被害者たちへのインタビューに基づくノンフィクション。文庫本で600ページ以上という大作。
この作品は読む前に期待していたものよりも、もっと多くのものを含んでいると感じた。
その内容は大別して2つに分けられる。「被害者たちの体験の追憶」とそこから著者によって分析される「地下鉄サリン事件とは何なのか」である。
前者は圧倒的な取材量がベースとなって描かれる、サリン事件の被害者たちのリアルである。著者はこの作品を書こうと思った動機として、当時のメディアが被害者たちを「傷つけられたイノセントな一般市民」としてしか描いておらず、彼らのリアルが明らかにされることがほとんどなかったからだと冒頭で語っている。
メディアは、オウム(悪・狂気)と被害者(正義・正気)という単純な二項対立を描くために、被害者たちの「顔」(個性)を排除したのだ。
対して村上春樹は、被害者たちが事件の当時どんな目に遭って、どう感じて、今(取材当時)どう生きているのか、を率直に綴る。
このリアルに圧倒された。
被害の大小に関わらず、被害者たちの人生と生活は事件の前後で一変してしまった。それが痛々しく伝わってきた。
特に、こうしたイレギュラーな大事件は人が平時に信じている価値観や「軸」、大事にしているもの、アイデンティティを浮き彫りにするのだと感じた。事件の後、多くの被害者たちがより一層自分の生き様を考えて、それに偏るようになったと語っている。
そして「地下鉄サリン事件とは何か」という問題。
村上春樹はこれに対して、いずれこの大事件が単なる「狂気の集団によって起こされた異常な事件」「都市伝説的な犯罪ゴシップ」と見做されてしまうようになることに多大な危機感を持っていると書いている。
実際、事件の後に生まれた自分もこれに似たようなイメージを持っている。この2022年において、大多数の日本人がそうだと思う。村上春樹の懸念は当たったわけだ。
では村上春樹が分析する「地下鉄サリン事件とは何か」とは、「オウムの狂気は我々の中にも存在する」という事実である。
つまりオウムとは「自律的に目標を追求する意志を抑えつけるシステム(高度管理社会)への反抗」であり、これは誰しもがうちに抱えている問題だとするのだ。
この分析は傑出した洞察かと思う。実際、インタビューの中で「彼ら(オウム信者)の気持ちも分かるんです」という被害者もいた。
個人的にもこの分析は当たっていると思う。自分の中にも社会に反抗して自律的パワープロセスを追求したい気持ちはあるが、それに見て見ぬ振りをして上手く社会に溶け込んでいる。多かれ少なかれ人はそうした感情を持っているのではないか。
麻原彰晃は人のこうした感情を非常に上手く焚き付けて、魅惑的でシンプルなストーリーを説くことで信者を獲得していった。信者は麻原についていくことで自尊心を満たし、代わりに自我という対価を渡した。
「地下鉄サリン事件」は正義と悪の単純な二項対立ではなく、我々の内にも存在する負の感情の表出である。それを理解しなければ、今後第二のオウム、地下鉄サリン事件が出てくるだろう。
今からでも学べることはあるのではないか?