スティーヴン・キングのレビュー一覧
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読者は、誰もが自問したことだろう。もし、主人公と同じ極限的な悲劇に見舞われ、そこから逃れられるすべがたったひとつ残されているとすれば、それを選択するか否か。例え、倫理観に背こうと、非人間性を咎められようと、或る瞬間を「無かった」ことにする方法があるとしたなら。もしそれが、己の命に代えても惜しくない我が子を、「再び取り戻す」ことが可能であったならば……。スティーヴン・キングは、そのあまりにも残酷で、震えるほどに哀しいカタストロフィーを、類い希なる筆致で描き切っていく。
ホラーの要素が濃い終盤よりも、不慮の事故により息子を失った父親、その妻と娘、義父母ら家族の絆が崩壊していく展開がとにかく読ませる。愛する者の死がもたらすもの。正気を保てるか、狂気の淵へと堕ちるかは、恐らくは紙一重なのであろう。その後に待ち受ける耐え難い喪失感と悔恨が息苦しいまでに伝わってくる。 -
Posted by ブクログ
出張などの移動時間を中心に読んでいました。
スティーヴン キングの作品は、大学生の時、授業の課題の1つとして、「シャイニング (文春文庫)」を読んだことがあるくらいなのですが、今回の「リーシーの物語」は何となく村上春樹さんが描く”異世界”とのつながりが出てくる作品(「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」や「海辺のカフカ」など)世界に近いように感じました。
私の拙い言葉で説明すれば、ベストセラー作家であった最愛の夫を2年前に亡くした妻(主人公・リーシー)が、夫の遺品の整理に取り掛かる過程で、今まで辛くて酷い記憶ゆえに意識の底で”忘れよう”としていた、夫に関する記憶を思い出しながら、過去と現実とに向き合い、これからも夫の記憶と共に生きていくことを選択する物語。
現在に関する記述と、過去の記憶とが入り乱れるので、読み進めるのに少し苦労する部分もありましたが、上巻の後半あたりからは、一気に読み進むことができました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレやっぱりキングは面白い! 個人的ハイライトは主人公の息子が家の目の前の道路で車に惹かれて死んでしまうところ。その場面を主人公はなんどもなんども夢に見ます。まだよちよち歩きのその子を必死で追いかけ、車が来る寸前に襟首を掴んで、やった、助けた! というところで目を覚ます。夢では幸せ、現実は悪夢。次第に追い詰められていく主人公は、その夢と現実の配置をひっくり返そうとします。
絶望は一種のエンターテイメントです。キングの小説ではいつもそれを思い出します。上記の男の子が死ぬ場面なんかその中の白眉! 単なる幼児の死がこんなにも怖くて悲しいのは、彼に注がれた家族の愛の存在があるからです。キングの描く絶望には、必ず深い愛情がよりそって、お互いの存在をくっきりと引き立たせます。
またキングの代表作のひとつである「呪われた町」では、主人公が愛する人たちを取り戻すために行動します。そして「呪われた町」をポジとすると「ペット・セマタリー」はネガにあたります。どちらも深い愛を起点にした結果で、だからこそ「ペット・セマタリー」の主人公の愚かな行為はやるせなく、救いがないラストにも読者を納得させる充足感を与えています。 -
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4本がホラー系、3本がサイコ系の短編(〜中編)集。作品ごとに翻訳者も異なり、その雰囲気の違いも味わえる。
ウィラ
遅延した列車を待つ中、駅舎から一人荒野にさまよい出た婚約者ウィルを捜しに出たディヴィッド。そこで彼はある事実に気がつく。
ジンジャーブレッド・ガール
突然の病気で子供を亡くしたエミリーは、常軌を逸したジョギングにはまり夫との関係も怪しくなる。間を置くために父親の別荘に出かけた彼女は、一軒の別荘で一台の車を見る。
ハーヴィーの夢
ジャネットとは長年連れ添うハーヴィーから悪夢を見た話を聞く。最初はあまり気にとめなかったジャネットだが、やがて夢の現実に気がつく。
パーキングエリア
ハードボイルド作家のジョン・ダイクストラは、尿意に耐えかねてパーキングエリアに車を寄せる。トイレに向かった彼だったがそこで男性の怒号を効く。DVだと察した彼は、自分の小説の主人公のようにはいかないと逡巡する。
エアロバイク
医師にダイエットを勧められたリチャードは、自宅アパートの地下にエアロバイクを持ち込む。最初は嫌々こいでいた彼だが、壁に景色を描くことによってエアロバイクにのめり込むようになる。健康になるにつれ、絵の世界と現実が交差するようになる。
彼らが残したもの
損害査定人だった私の元に、ある日からいろいろなものが現れるようになる。やがて、ゴミ捨て場に捨てても自宅に帰るとすでにうちの中に戻っているそれらの品々から、声が聞こえるようになる。
卒業の午後
高校を卒業した日、ジャニスはボーイフレンドのバディの屋敷で卒業パーティをしていた。将来を夢見る彼女はその庭からニューヨークを眺めていた。