近頃の、文士村活動の輪の中で、知人が薦めていた本。すぐに入手はしていたが、ようやく手に取って読み終えた。
タイトルの通り、書くことについて、ということで、作家がその知見を語るものだが、そこは、さすが大御所。巷にあふれるお手軽なHow to本とは異なる。早くそのテクニックを知りたい、コツを伝授してもらいたい、と思って読み始めると、途端に壁にぶち当たるだろう。序盤は、彼の生い立ちなのだから(笑)
いろんな点で、よいタイミングで巡り合えたなと思う。ホラー作家という印象が強いし、映画の原作者として認知はしていたが、スティーヴン・キングの著作だからと読んだ作品は一作もない。映画化された作品も、ホラーというジャンルを避けているので、見た作品は少ないのだが、たまたま昨年、『スタンド・バイ・ミー』と『シャイニング』を映像のほうで楽しんだので、少しは作者に親近感も湧いてきていたタイミングだった(もちろん、映画『シャイニング』は、監督のキューブリックが独自解釈を加えたので、スティーヴン・キングは、あとからドラマかなにかで自分の意に沿うよう撮り直したという話は聞いている)。
いずれにせよ、あのスティーヴン・キングの、と思って読めたので、腹落ちは良かった。
そんな来し方行く末を語るような筆致で、随所に物書きとしての心がけ、秘訣、注意点を語るが、特段、珍しいものはない。
たとえば、
“無駄な言葉は省け”だ。私もそのように心がけよう。
創作のアイディアについては、
「われわれがしなければならないのは、そういったものを見つけだすことではない。そういったものがふと目の前に現れたときに、それに気づくことである。」
ゆえに、ストーリーについては、インタビューで問われたとき
「地中に埋もれた化石のように探しあてるべきものだ」
と答えている。これなぞは、仏像を彫る仏師、あるいは彫刻家の誰かも言ってそうな言葉だ(聞いた覚えがある)。
映像化される原作を多く送り出しているだけに、ウケのよい物語を産みだすのは巧いのだろう。本音なのか、虚勢なのか、こんな言葉もある。
「小説の役割は文法の手本を示すことではなく、読者がストーリーを楽しみ、のめりこみ、文章を読んでいることを忘れるようにすることなのだ。」
「おおよその場合、ひとに本を買わせたいという気持ちを起こさせるものは文学的価値ではない。飛行機のなかで気楽に読めるかどうか、読みだしたらとまらなくなるかどうかである。」
それだけを意識して作品を生み出しているのではないとは思うが、大作家をして、それくらいの気持ちで、肩ひじ張らずに書いているのもしれない、と思わせる。
「プロットに重きを置かない理由はふたつある。第一に、そもそも人生に筋書きなどないから。」
この一文は、本書の執筆中に九死に一生の大事故を経験したからなのかもしれない。そのクダリが本書にも収められている。
要は、単純なノウハウ本ではないのだ。またそれが面白かったりもする。
「結末にこだわる必要がどこにあるのか。どうしてそんなに支配欲をむきだしにしなければならないのか。どんな話でも遅かれ早かれおさまるべきところにおさまるものなのだ。」
これは、創作で生み出す作品のことだけではなく、己の人生への達観でもあるかのように読めた。ああしたい、こうもしたい、と、自分の進路を無理に操舵しないほうが良いのかもしれない。
とにかく、大先生をして鍛錬は怠っていないし、やはり多くを読んで、多くを書いているということは分かる。何ごとも日々の積み重ねということだ。
そこは、少しずつでも学んでいこうと思う。
「ドアを閉めて書け。ドアをあけて書きなおせ。」
作品は誰のものか? この金言を胸に。