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Posted by ブクログ
昔感じたことのあるじっとりした感情が呼び起こされる気がする
・「石蕗南地区の放火」の笙子には地方で生きる女性達のプライドやコンプレックスみたいなものが詰まっていると感じた。辻村作品は地方で生きる人達の閉塞感をよく描きだしていると巻末の対談章で見て、過去作品で感じたこと含め納得。
・「芹葉大学の夢と殺人」は大学時代に自分が周囲に感じていた違和感にも重なるし、当時の自分自身にも重なる気がして気が重くなった。けど没入感がすごくて一気読みしてしまう。
夢追い人でイケメンだけど自分の状況を客観視できず、それを指摘してくる人を頭がおかしいと断定してしまう雄大の危うさ。に気づいて未玖…と思いながら、大学時代に自分が未玖の立場だったとしたら気づけた自信がない。
雄大と家族や教授との関係への既視感が凄すぎる。
└留学やワーホリに行きたい大学生・新社会人とそれに反対する家族みたいな
雄大が「清潔な自分の世界しか知らない」状態で、世の中=平凡、俗物と決めつけていること
自分の夢が尊大すぎて全然近づけていない状況を棚上げして人の自分の世界は清潔だと信じ続けられることも一つのプライドだなあと思いつつ、昔の自分に重なるところがある。胃もたれ。
Posted by ブクログ
小説を読んでいると 「これはもしかして 私のことを書いているのか?」と思われて仕方がない、ということがよくある。この連作短編集5編のうち 「石蕗南地区の放火」に出てくる 大林、そして「芹葉大学の夢と殺人」の羽根木雄大 この二人が どうにも我が身のことに思えて、いたたまれない。この二人を 足し合わせ それを2で割らなくとも 私そのものだ。30代までの私は 雄大のように 「今の自分ではない何者か」になる 強迫的使命感に取り憑かれて現実を放り出していたし、40代になってからは その反動だったのだろうか?ことさらに 分別をふりかざす おじさんになった。おそろしいことに その両方とも 50代となった今でも完治しない。
ただし、5編のいずれにおいても そうであるように どんなにバランスを欠いた不完全な人間であっても 密かに気にかけてくれている人 心配してくれている人、許容し、 ときには擁護してくれる人、寄り添い 共に歩こうとまでしてくれる人も いるのだ。
私のような者を 許容し擁護し 理解し寄り添う人は 私が必然的にまとう孤独を あえて自分の身にまで 引き受けてくれるということだ。その自己犠牲の行く末にあるのは 感慨だったり失意だったり 絶望だったり 、死だったり、つまりそういうことなのだろう。
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