塩野七生のレビュー一覧
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購入済み
面白かった
あまり馴染みのないテーマだが
面白かった。
イスラム対キリスト。
キリスト側の防戦一方だったんだな。
何があったのかは書いてあるけれど
なぜそうなったのかはちょっとわからない
というのが私の感想です。 -
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塩野七生せんせのエッセイ。淡々と時事について語られておりますが、非常に勉強になります。賢者は歴史に学ぶと申しますが、ローマの歴史に精通しているだけに、今の日本への提案には重みを感じます。せんせには是非首相になってもらいたいくらいです。
イタリア人って漫画『ヘタリア』のイメージどおりのおおらかさで人種差別の少ない国なんですね、今回のエッセイで初めて知りました。結果難民が押し寄せてえらいこっちゃになっているのもアレですが・・・
読み始めたらあっと言う間で、終わってしまうのが惜しい、まだまだ話を聞きたい、できればどっかの新聞にでも毎日連載してくれんかなと、80歳過ぎとご高齢ですがこれからも素敵な話を聞かせてください。 -
Posted by ブクログ
著者が「ローマ人の物語」を書いていた2000年当時の加筆・修正版。ローマ人の物語の中で書かれていることや、著者がほかの場所でローマと現代を対比しながら書いてきたことのうちのいくつかを対話形式にして”復習”した感じ。歴史家の中にはさまざまな意見があるのだろうが、著者がローマに向かう姿勢や視点というのは個人的に好みなので、頷きながら読んだ。
ローマが他民族を支配しても、そこから多くを学び、模倣し、ローマ市民権を与えてきたそのやり方が帝国の安定につながっていたことは、近現代の戦争や植民地主義と比較するとやはり一種憧憬の対象。悪行も含めてエネルギッシュだったローマは、やはり歴史物語の”主人公”として魅力的だ。イギリスが同じように植民地を統治運営していたら、ガンジーもインドの独立に情熱を傾けるより大英帝国の存続に力を尽くしたかもしれない、と。多様性を受容する、その受容の仕方の意味を考えさせられる。
アテネの民主政体についての視点も面白い。民主政は有権者の全員が平等でなければ成り立たないから、ある意味閉鎖的になる、と。他国の人にも平等な権利を与えていたら既存の人々の反発を買い社会不安の源になる。市民平等→鎖国路線。現代の移民、難民問題を考えると、確かに有権者である国民と”外部”から来る人々の溝、壁が障害物になるわけで、どんな政体も一長一短、民主政が目下最も人々が暮らしやすい社会を作っているように見えるけれど、ローマと比較するとその裏面が浮き出て面白い。 -
Posted by ブクログ
塩野七生先生が文藝春秋に寄稿されているコラム集。高校の時の友達が塩野七生先生の大ファンで、ずーっと気になっていたのですが…とりあえずコラム集なら、と軽い気持ちで手を出してしまいました。
表紙のお写真の佇まいが、義母に似てるな~と思ったら…お人柄まで義母にそっくりでした(爆笑)。
なぜ、2000年前のローマ人にできることが、今のイタリア人にできないのかと、憤りつつも、イタリア人への愛が溢れていて微笑ましい!ギリシアやローマの歴史と今の政治を対比させた考察は感嘆させられっぱなし!巻末の爆笑入院記も抱腹絶倒!塩野七生先生、おきゃんな娘さんが、素敵に80歳になられたような方ですね♪素敵な年配のご婦人がいらっしゃると、我々後輩は勇気を頂けます。
塩野七生先生の歴史小説、ハマったらなかり深い沼のような気がするのだけど…やっぱり読んでみようか…。悩み中です。
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P.93
フィギュアスケートの2018年の世界選手権で2位になられた宇野選手に向けて、思わずテレビの前で叫んでしまったという一言が素晴らしいです。
“自分を追いつめていたのではいつまでたっても二位ですよ。一位になりたかったら、自分を解き放ってやることです”
と。続けて、これは仕事であろうとまったく変わらないのだと。
“思いきって自分を解き放してしまう勇気の有る無しが、勝つか、それとも万年下位に甘んずるかを決める分岐点ではないか”
と。
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Posted by ブクログ
ネタバレアクティウムの海戦にてアントニウス・クレオパトラの連合軍を打倒したアウグストゥスに権力が集中する一方、アウグストゥスは危機管理を忘れなかった。内乱期に獲得した特権を放棄し、共和政に帰す事を突如元老院議員の前で宣言したのである。特筆すべき特権は課税権を伴った「イタリア宣誓」であり、これは対アントニウス戦のために国家ローマのためにアウグストゥスを総司令官と定めた特別法であったからだった。
チグリス・ユーフラテス川の両川を拠点とするパルティアの問題はオリエントの防衛にとって長らく無視できない重要な課題であった。初めて正面からぶつかったクラッススは無残な敗北を喫し、オクタヴィアヌスとの権力争いの中で自身のプレゼンス向上を図りたかったアントニウスも失敗ではないものの軍勢を削られる芳しくない結果に終わっている(どちらにも共通するのは自身の政治的な劣勢を覆す起死回生の一手としてパルティア遠征を活用している点が面白い)。パルティア問題は放置すればするだけ、東方の安定に影を落とすためカエサルであればアントニウスを打倒した直後にパルティア問題に着手していたであろうが、アウグストゥスはそうしなかった。3度目の失敗は取り返しのつかない事態に繋がることから、自身に軍才がないこと、右腕アグリッパも天才的司令官ではないことから軍事力での解決は絶対的な一手に欠けるというのが理由だと考えられる。着手は絶対権力者となってから10年後にパルティアの内紛(王の老齢化に伴い、王弟が政権簒奪を狙うが失敗する)に乗じてであった。この時、アルメニアは親パルティアの国であったが、アウグストゥスは義子ティベリウスに進軍させ、アルメニアの親ローマ化に成功する。パルティアは友国アルメニアの親ローマ化を受け自国の政情不安も重なってローマとの講和を結ぶこととなった。こうしてアウグストゥスは長年の問題であったパルティア問題を兵の損失なく解決したのであった。
特有の事情からアウグストゥスの私有地としていたエジプトであるが、アウグストゥスは灌漑工事に着手すると共に土地の私有化を推し進める。自作農でないと生産性の向上にインセンティブが働かないからである。灌漑工事は成功するものの、古来より小作農が一般的であったエジプトで私有化は上手く進まず一部のみに留まったが、生産性は飛躍的に向上した。
西方・東方の安定化にひと段落をつけたアウグストゥスはいよいよ、本国ローマの統治体制の改革に着手する。とはいえ、スッラ/カエサルの二の舞にならないようにであった。スッラは純血主義ともいえる形で元老院強化を推し進め、カエサルは統治体制の開国を図り反対派に暗殺された。アウグストゥスが着手したのは、ローマ市民権所有者全体の強化でった。統治改革の前提には、ローマ市民権所有者の質と量があると考えたからであった。内乱終結後のローマでは少子化が進んでおり、アウグストゥスは少子化対策として2つの法案(ユリウス二法:ザックリ独身だと税制面で不利になったり、不倫を公の罪にしたり、といった法案)を提出した。子供が産まれる産まれないは個人の特性にも依るため、子に恵まれなかったとしても税制面の不利が緩和された法案に修正され成立している。軍制改革にも着手した。パルティア問題が解決したことにより、ローマ軍の方針は「防衛」に限定された。パルティア以外の国境を接する国はどれも蛮族であり戦利品など期待できないからである。スッラ、ポンペイウス、カエサルのようにカリスマ性による軍の統制ではなく、システムにより統制されることが重要と考えた。常備軍の設立や、報酬の増額、退職金制度の設立、常備軍への兵役の年限など、数々の改革を行った。改革の中に、属州国民で構成される「補助兵」の正規兵化があり、除隊後はローマ市民権を付与するものであった。これは、防衛費の削減や自国は自分で守るという意識づけにも役立った(属州税だけ払えば防衛はローマがやってくれる、という意識は人間を堕落させるというのが古代の考えでもあった)。加えて、属州内での下層階級への失業対策や、「軍団兵(ローマ市民で構成)」と肩を並べて働くことによる文明化にも繋がった。