河合隼雄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ夫々小説家/心理学者の著者による対談集。明確に語られていたわけではないが、ぼんやりと感じたのは「物語が論理的(分解的?)/静的なアプローチを補完する場合もある」ということ。分析とは分けることである、と言われるように、所謂科学的アプローチが日常の仕事にまで染み込んでいる現代について、少なくとも自分は癖として物事を切り分ける/個別事象を理解する/最後に各事象を結びつけるという思考を踏んでいる。これはこれで間違いではなく、むしろ特定の人々からは推奨されるものであるとも思うが、どうしても細部を捨象したり、全てが意図性を持ってしまうきらいがあるとも感じる。一方物語は、明確なメッセージを持たない場合(意図
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「自我の知らない無意識の世界というのがあって、それを探索することが大事」
「人間は自分の知っている限り、自分は自分のことをわかっていると思っているけれど、それを超えて、もっと全体としての中心、自己がある。その自分も知らないような自己をいかに実現するかというのがその人の一生なのだ」というユングの考えに基づいて、自分の知らない自己やそれへの理解(自己実現)について様々な角度から描かれている本を紹介している。
自分の知らない自己をいかに実現していくかというのは、自分の望むべき方向に向かって自身をコントロールしていくという従来の自己実現とは意味が大きく違う。自分の中にも、自身でコントロールできないエリ -
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村上:ほくは夢というのもぜんぜん見ないのですが
河合:それは小説を書いておられるからですよ。谷川俊太郎さんも言っておられました、ほとんど見ないって。そりゃあたりまえだ、あなた詩を書いているもんって、ぼくは言ったんです。
村上:夢を見ないものなのですか、別の形で出していると。
河合:やっぱり見にくいでしょうね。とくに「ねじまき鳥クロニクル」のような物語を書かれているときは、もう現実生活と物語を書くことが完全にバラレルにあるのでしょうからね。だから、見る必要がないのだと思います。書いておられるうえにもう無理に夢なんか見たりしていたら大変ですよ。
創造力が必要な職業の人とは逆に、きつい現実社会にい -
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Posted by ブクログ
素人にはかなり難しかった。この本を体系的に理解できるようになるには、何度も読み返したり、周辺知識を学ぶ必要がありそう。ただ、人生の後半にもう一度必ず読み返したい本。
今まで、無意識とは何か?無意識が自我に与えている影響などは考えたことすらなかったので、そういう考えがあることを知れたことだけでも読んだ価値があった。
本書では、さまざまな夢の実例から、夢の解釈をし、自我に与えている影響について詳しく記されている。
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【備忘録】断片的な学びだが、印象に残った内容。
(個人的解釈)
・人は誰しも自分の中に影(劣等感、短所)を持ち、それを認めることを -
Posted by ブクログ
とても賢い人で、考え抜いているからこそ、ここまで簡易な言葉で表すことができるのだなぁと思った。
めちゃめちゃ勉強になった。
以下、学んだこと。
・日本人は「場」、西欧人は「個」
・カウンセリングは「個」
・個を大切にしつつ、日本(場)で生きるにはどうしたら良いのかを考える必要がある(言うタイミング、言い方など)
・人と違うことが個性ではない。
・勝手なことは個、助けてほしいと場、ではダメ。
・見立ては、客観的と共感的の2つの視点が必要。
・見立てには、カウンセラーの力量や人間性が反映される。
・病理的診断ができる知識も必要(必要であれば精神科へ)
・普通でいられないとき、コンプレックスが働い -
Posted by ブクログ
食材についての科学的知見、歴史等のトリビア。経糸としてフランク・バックランド(医者・博物学者にして様々な食材を試す科学者一家の息子)のエピソードが貫く。
・チーズはショウジョウバエの齎した酵母菌が光緒
・ヨーロッパのナス科植物はぺラドンナ等有有毒であったので、トマトやジャガイモが忌避
・ライ麦とオート麦は小麦の雑草。小麦はヒトと共進化
・クローブは龍涎香、ナツメグは麝香の薫
・七面鳥はインドを含むトルコ以外ではターキー、トルコではヒンディー
・カカオは南米の大型ゾウと共進化したが、約1万年前にゾウが絶滅すると固く大きなカカオを丸呑みし、種を播種してくれる動物がいなくなった。単性生殖で生き延び、 -
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主体性をおびやかすもの(やりたいと思ってもできない。)
アドラー……「人間にとってもっとも根源的な欲望『権力への欲求』であることを主張した」
p58失敗したことでいつまでもぶつぶついったりする人の方が、むしろコンプレックスを持っていると言える。つまり、この人達は劣等であることを認めていないのである。
「劣等感の悪循環」
平気で自分がソフトボールのできないことを認めた人は、それを認めることによって、その人の人格の尊厳性が失われないと感じているからである。つまり、そのことについての劣等の認識は彼の自我の中に統合されており、何も安定を揺さぶられないからである。
コンプレックスは自我によって