河合隼雄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
昔話は、勧善懲悪的な教訓を伝えるものではない。昔話は、人間や人間がたどる人生を映し出しているものなんだ。そのことがよく分かった。
「母性はその根源において、死と生の両面性をもっている。」
「影は厄介なものではあるが、それなくしては人間味の乏しいものになってしまう」
「一般化を許さぬことにこそ人生の特徴があり、それ故にこそ個性化と呼ぶべきなのであろう。」
この本は、昔話がもっている人間や人生についての深い洞察を取り出して、目の前に広げて見せてくれた。難しくてあまり理解できていないことも多いけど。
毎日15分の昔話の音読が、また少し楽しみになった。
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Posted by ブクログ
ネタバレ長年私の書棚では「積読本」となっていた。第1刷は1999年となっていたので、四半世紀前の本だ。だけれども、本質的なものはあまり変わらないだろうと思い読み始めた。
読んでみようと思ったきっかけは、たぶん、岸政彦先生の「生活史の方法」を先日読んだからだと思う。岸先生の「生活史」が、ある一人のリアルな人生に関わって、本人の思いを丁寧に聞き取り、一つのアウトプットにする行為であるのに対し、河合隼雄先生のほうは、リアルな人生が対象ではなく、聞き取りの対象が本人の夢であり、無意識であり、意識と無意識との関係であり、つまり対象は「現実の生活」と「夢」という点で異なるけれども、その聞き取りは丁寧で、対象者を尊重(尊敬)し、「語り手」が主役という点で、共通していると感じたから。
河合先生は、「まえがき」のところで、本書の構成を大まかに述べている。
第一章:ユング派の心理療法の実際について
第二章:①夢分析の事例、②治療者とクライエントの関係、治療者の在り方、③夢の中のクライエント像について
第三章:箱庭療法について
第四章:①日本人に合わせた心理療法、②イニシエーション(通過儀礼)について
そして、同じく「まえがき」に、「心理療法の専門家になるつもりでない人でも、このことに深い関心があるが、人間の生き方について深く考えようとする人にとっては、いろいろと考えるヒントを提供するものになるであろう。本書を通じて、心理療法が生半可な経験や知識できるものではなことをわかっていただけると幸いである」と述べていた。
この本には、夢の解釈など、プロにしかできないことが記されているように思う。そういう意味では、対象読者は、セラピストか、もしくはセラピストになることを目指している人だろうか。
ユングの理論の軸となると思われる部分の抜粋として、「われわれの心の中心は自我ではなく、自我と無意識との両者を連結するものでなければならない。自我がわれわれの意識の中心であるのに対して、この新しい、意識と無意識とを含めた心全体の中心を、ユングはself(セルフ)と呼んだ。この意味において、ユングの自己(self)は自我(ego)を含む概念である。」「この自分の自己を経験し、実現してゆくことが、取りも直さず、人間としての目的、すなわち心理療法における究極の目的である。この自己実現の過程を、ユングはまた、『個性発展の過程』と呼んでいる。」という部分が思い当たる。
そうすると、無意識が夢として訴えることを考えると、素人の読者が、自分の見た夢を、下手に解釈してみても、おそらく技術や資質が及ばないだろうし、それで間違った自己治療を行っては本末転倒のように思う。
河合先生が、「専門家になるつもりでない人でも、深い関心があって、人間の生きたかについて深く考えようとする人」というのは、ユングはのセラピーを受けているクライエントか、これから受けようとしている人のことを指しているのだろうか?
第三章の「箱庭療法」についても、セラピストとクライエントが一体となって進める治療であるようで、やはり本書の対象読者は、セラピストとして「箱庭療法」を始めようとする人や、それを受けようとしている人であるような気がする。
第四章は、河合先生のお考え、西洋の心理療法の手法を日本人に適用するには、工夫が必要であるということと、セラピストにもクライエントにもイニシエーションが必要で、両者でセラピーを進めることが、このイニシエーションの位置づけになるんだということを言われていたように思う。
本書は、少し難しすぎたのと、自分は対象読者からはずれているのかなと感じた。ただ、河合先生の本を、今後読もうとするための基礎にはなるのかなと感じた。 -
Posted by ブクログ
子どもの想像力や発達のエネルギーのようなものについて、様々な児童文学や絵本、心理実験等を基に考察している。
本書では幼児から高校生まで幅広い子どもが取り上げられていて、発達段階に応じた、特徴的な出来事から子どもの心の世界・宇宙に起きている現象を見ることができて面白かった。
実際に子育てしていると内容に本当に共感できそうな気がする。
自分自身の子ども時代に重ねて読むことができる部分も多くあり、「こういうことかな~。」と想像しやすかった。
例えば、子どもは「死」や「生まれたこと」、「好き」という感情など、生物や人間の本質を探るような問いをよく投げかけることなどが挙げられている。
大人が、いつの間にか無意識に追いやってしまった感情や忘れかけていた核心的な命題を突きつけてくる子どもに驚かされ又考えさせられることの多いことを示しており、面白い。
一生懸命「一人前」であることを伝えようとする子どもの心理や秘密によって確立される子どものアイデンティティの存在、家族(母)の無償の愛を求める非行少女へのアセスメントなど、具体的な場面の背景にある子どもの内面を分析しており勉強になりました。
自らの子どもへの眼差しを再考したい方にお勧めな一冊です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレコンプレックスが指す本来の意味について知ることが出来ました。日常的に使用されている意味は劣等感の意味で、本来の意味は別でした。
三宅香帆さんがオススメしていた新書で70年代の本です。「コンプレックスは悪いものではないと学んだ」と三宅さんが言っていたのは、半分正解で半分不正解でした。本来の心理学用語としてのコンプレックスは悪いものでは無かったです。
自身の経験に照らし合わせながら読むことが出来て、それを言語化してくれているように感じました。私は二重人格ほどではありませんが、うつ病を患ったときにある面を抑圧してしまい、それを閉じ込めている状態でした。その面と対話して、対決して、それを統合することが出来ました。本書でいうトリックスターの部分で、やはり彼とは会えなくなってしまいました。そしてその寂しさがあるのも分かります。これを死と表現した筆者に感服しました。確かに一つの死があったなと思います。
自我と自己の捉え方は非常に勉強になりました。自我を中心として意識が表面可している一方で、無意識を含んだ自己があると知りました。確かに意識している私だけではなくて無意識も私であります。真の自分といえる、自己の存在について知識を得ました。
手元に残して何度か読み直す本になりそうです。