河合隼雄のレビュー一覧
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ファミリーからのデタッチ
小説はまだ力を失っていない
いわゆる現実を盲信することはない
世の中には偶然がたくさんある
源氏物語でいう怨霊はあくまで装置ではなく現実
まさに、
潜水について書いた時、ジャック・マイヨールの名前を出したが、この本の中でも河合先生から彼の名前が登場した
言語化しづらい物語が持つ作用を、言語化するためにではなく、ただ語っている
個人の問題(≒0人称と二人称の問題)、創造と精神の問題
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メモ
韓国のファミリー・エゴ
日本のフィールド・アイデンティティー
人間はある意味では全員病人であるといるし、またいわゆる病んでいる人であっても、それを表現でするだ -
Posted by ブクログ
決して何かを決めつけない
簡単に判断を下さない
分からないということを理解している
連載をまとめたものなので、学問的なパッケージにはなっておらず、一つ一つの篇も短いが、易しい語り口で「フム、フム」と思わされる
世間的な論と、その反論を述べた後、自ら仲裁して、自身の経験や意見(結論ではない)を書くスタイルが徹底されている
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メモ
自分がやりたい、好き、と思うことは、やはりそれだけの意味があるもの
ものごとは努力によって解決しない
努力を放棄して平静でいることはもっと難しい
自立は依存によって裏付けられている
裏返しの関係ではない
逃げるときはもの惜しみしない
どっぷりつかった -
Posted by ブクログ
この本は河合隼雄のエッセイ集とも言うべきか。文体が平易で優しく気軽に読めるので、数年に1回読み返す。
毎回読むたびに新たな発見が。というよりは自分が年齢を重ねた分、経験値が少しは上がっているようで、理解に深みが増してくる感じが嬉しい。私の心が惹きつけられる箇所も毎回違うからおもしろい。その時々の自分の悩みを本に投影しながら文章を解釈していく作業を行なっているだろうから、心が揺さぶられる文章に出会って、癒されたり、新たな考えが浮かんだりする。
心理療法家は基本的にスーパーバイザーのもとに通っている。心理療法をしていると辛い話を聞くことが多く、1人では抱えきれないのだ。スーパーバイザーに話を聞 -
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平成初期に出版されたエッセイ。著者の河合隼雄さんは随分前に、解説の谷川俊太郎さんも昨年鬼籍に入られた。あとがきで河合さんは、「自分は常識について書いてきたのだ。そんな本を作らなければならない世の中なのだ」と発見する。解説の谷川さんは「常識はアップデートするもの」と補足する。ともに知性の素敵な働きを見せていただいた。昨今は自分の考えに凝り固まって、このアップデート感覚を忘れている人、知らない人ばかりだ。新しい事象が出てきても、そのお大事な常識の範囲で解釈してしまうし、解釈しきれなければ、例外だ、と無視をする。そういう社会になってしまった。自分の職場にも自分の正義、合理性にのみこだわって部下を抑圧
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河合隼雄はやっぱりすごいな。いつ読んでも何かその時の自分に響くものがある。
この薄い本の中にも。
特に心に残ったのは二つ。
・大学時代の仲の良い友達が自殺してしまい、傍にいたのにその辛さに気づけなかった自分は臨床心理士にはなれないと思って慕っている精神科医に相談に行くと、「人は親しい人のことは分からないものだよ」と言われたという話。
自分の経験からも本当にそうだなあと思うし、河合隼雄もそうであることに元気づけられる。
・過去に共有している思い出を語り合うのが友達、未来や目標について語り合うのは友達というより仲間、同志なのかもしれないという話。
中高の友達と仕事や社会の話があまりできないというこ -
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河合:異教徒も殺してはいけないといった宗教はないでしょう。
加賀:ないんですよ。異教徒も殺してはいけないと言ったのは、世界中探しても、日本の平和憲法しかない。(中略)日本国憲法の「戦争の放棄」条項は、いろいろな国の人から「なんだ、これは」といわれる。
という対話が意外だった。異宗教は排除すべきという考え方が外国ではノーマルなんだ。日本人は差別はいけないともっともらしく言っているが、宗教だけは例外なんだということがわかった。
興味深かった話は、加賀乙彦さんの東京拘置所の医官の時の話で、メッカ殺人事件の死刑犯が、3年間で600通もの手紙をある人物に出していた内容と、母親が持っていた拘置所での日記 -
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大人になる過程で、忘れてしまうことはあまりに多い。そしてそれこそが、子どもの可能性に繋がるとても大切なことだったりする。
将来親になった時、この本を思い出し、子どもの豊かな感受性や思考をまっすぐ受け止めたい。
-子どもと秘密
「私しか知らぬ秘密」は他人に依存していないので、アイデンティティを支えるものとしては、真に素晴らしいものと言わねばならない。
秘密を打ち明け、それを共有してゆこうとするとき、それに伴う苦しみや悲しみの感情も共してゆく覚悟がないと、なかなかうまくはゆかないものである。
-子どもと動物
自立ということは難しいことで、それまでには相当な一体感を味わっていなくてはならない。 -
Posted by ブクログ
題名からはイワシが海を案内してくれるようなファンタジーを想像したが、実際は著者の回想を交え海の世界を描いたエッセイだった。想像とは違ったが、思いがけずどのエピソードも面白く夢中で読んだ。
海の生き物のおしゃべりといえばイルカやクジラをまず思い浮かべるが、それだけではない。
人間には感知できない音、香りや色彩、水流や電界を感じとるものまでいるそうだ。
こうした多様な「言語」の話に加えて、彼らの生態や人間との歴史、乱獲や資源保護の問題、古代の伝説、さらには海に着想を得たテクノロジーまで、多岐にわたる内容だった。
フランスでの調査で、テレビ等で見る「魚」と食卓に出る「魚のフライ」を結びつけられな -
Posted by ブクログ
以前、海外の統合失調症家系の本を読んだ際、とんでもないことをしても意外と家族が集まるものなのだなと思っていたが、
「昔にしても、父親と子ども、母親と子ども、あるいは夫と妻とが、ほんとうの個人としてつきあうということは日本ではほとんどなく、ただ、モノがないから、言わず語らずのうちに共有とか融合という状態の中で生きていくほかなかったわけです。そういう生き方で家族というのが構成されており、それがいわゆる日本の家族というものでした。」
という一文で納得した。強い母性と関係の希薄さによるアンビバレントは日本独自で、いちいち海外と比較してもしょうがないかもしれないなと思う。
重いことがさらっと書いてあるの -
Posted by ブクログ
2章 4心の相補性 より抜粋
ユングは、人間の心は全体として、つまり意識、無意識を包含して、全きひとつの存在であるという考えを早くから持っていた。
コンプレックスをもつことは、何か両立しがたい、同化されていない、葛藤をおこすものが存在していることを意味しているだけである。
第4章 4儀式の意味より抜粋
コンプレックスの解消に、死の体験が伴うとのべたが、このような体験が容易なことではなく、危険に満ちたものであることは想像に固くない。
自我が、コンプレックス内の内容とエネルギーとを、自分のものとするために必要な水路づけの機能を果たすものとして、儀式というものがある。
(感想)
臨床心理 -
Posted by ブクログ
臨床心理学者・河合隼雄さんが京都大学を退官されたときの最終講義を中心に、五つの講義や講演を採録したもの。タイトルが『こころの最終講義』とされていますが、もちろん著者にとっての最終講義ではなく、あくまで京都大学での最終講義という意味です。
まずコンステレーションについて語られていきます。コンステレーションはそのままでは星座という意味になりますが、ユング派心理学の用語だと違った意味になります。こころの中にあるなんらかのかたまり・複合体(コンプレックス)を、言語連想などでぽつぽつと出てきた単語を元に探っていくのですが、その単語を点として結んでいって象られていくといったものがコンプレックスであり、象 -