河合隼雄のレビュー一覧
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河合:異教徒も殺してはいけないといった宗教はないでしょう。
加賀:ないんですよ。異教徒も殺してはいけないと言ったのは、世界中探しても、日本の平和憲法しかない。(中略)日本国憲法の「戦争の放棄」条項は、いろいろな国の人から「なんだ、これは」といわれる。
という対話が意外だった。異宗教は排除すべきという考え方が外国ではノーマルなんだ。日本人は差別はいけないともっともらしく言っているが、宗教だけは例外なんだということがわかった。
興味深かった話は、加賀乙彦さんの東京拘置所の医官の時の話で、メッカ殺人事件の死刑犯が、3年間で600通もの手紙をある人物に出していた内容と、母親が持っていた拘置所での日記の内容と、拘置所で面談した時の加賀さんとの会話が、三種三様で全く食い違っていると言う話。
加賀:「(日記には)行いすました第一の彼でもなければ、しなやかな第二の彼でもなくて、獄中で悩み、もがき、苦しんだ、惨惰たる人間の姿だったのです。自分の信仰に疑いをもち、しょっちゅう神を呪い、ときには神父の悪口も書いてありす。私は一人の人間にこの三つの側面を見たときに、すっかり自信を喪失しました。人間というものはとてもわからない、いくらわかろうとしてもも、まだわからない面がある。それほど、人間の心というのは広く、大きく、多くの側面をもっているんだと思い知らされました。」
この人物は悪人として有名になってしまったが、犯行時24歳の慶大卒の、この人物像を考えるに、相当な秀才で純粋な人物であったことが伺えることから、道徳的に踏み外していなければ、それ相応の名をあげた人物だったのではないか、と思いました。 -
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大人になる過程で、忘れてしまうことはあまりに多い。そしてそれこそが、子どもの可能性に繋がるとても大切なことだったりする。
将来親になった時、この本を思い出し、子どもの豊かな感受性や思考をまっすぐ受け止めたい。
-子どもと秘密
「私しか知らぬ秘密」は他人に依存していないので、アイデンティティを支えるものとしては、真に素晴らしいものと言わねばならない。
秘密を打ち明け、それを共有してゆこうとするとき、それに伴う苦しみや悲しみの感情も共してゆく覚悟がないと、なかなかうまくはゆかないものである。
-子どもと動物
自立ということは難しいことで、それまでには相当な一体感を味わっていなくてはならない。それが不足すると、どうしても分離するときに心残りがして自立に失敗してしまう。
自立することは、母親と無関係になることではなく、母親と新しい関係をつくることである。
-子どもと異性
異性への接近は、世界への接近である。本気でそれを行おうとするかぎり、それはその他の多くの仕事をなすことを強いるのである。異性への接近をこころみる者は、その段階に応じた仕事をひとつひとつこなしてゆかねばならず、それは思いのほかに遠い道なのである。 -
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題名からはイワシが海を案内してくれるようなファンタジーを想像したが、実際は著者の回想を交え海の世界を描いたエッセイだった。想像とは違ったが、思いがけずどのエピソードも面白く夢中で読んだ。
海の生き物のおしゃべりといえばイルカやクジラをまず思い浮かべるが、それだけではない。
人間には感知できない音、香りや色彩、水流や電界を感じとるものまでいるそうだ。
こうした多様な「言語」の話に加えて、彼らの生態や人間との歴史、乱獲や資源保護の問題、古代の伝説、さらには海に着想を得たテクノロジーまで、多岐にわたる内容だった。
フランスでの調査で、テレビ等で見る「魚」と食卓に出る「魚のフライ」を結びつけられない子どもが想像以上に多いという結果に驚いた。
日本では焼き魚がそのまま食卓に並んだり、生け簀で泳ぐ姿を見る機会もあるため差はあるだろうが、確かに水揚げされる前の暮らしに思いを馳せることは少ないかもしれない。
海洋プラスチックや乱獲といった言葉を耳にしても、普段の生活とはなかなか結びつきにくい。
本書のように魚たちの物語として語られると、その現実が胸に刺さり、身近に感じられた。
「彼らの生活を想像することは、切れてしまった自然とのつながりを再び取り戻すことでもある。」
海に囲まれた私たちにとって、無関係ではいられない話。海の声に耳を澄ませてみたいと思った。
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以前、海外の統合失調症家系の本を読んだ際、とんでもないことをしても意外と家族が集まるものなのだなと思っていたが、
「昔にしても、父親と子ども、母親と子ども、あるいは夫と妻とが、ほんとうの個人としてつきあうということは日本ではほとんどなく、ただ、モノがないから、言わず語らずのうちに共有とか融合という状態の中で生きていくほかなかったわけです。そういう生き方で家族というのが構成されており、それがいわゆる日本の家族というものでした。」
という一文で納得した。強い母性と関係の希薄さによるアンビバレントは日本独自で、いちいち海外と比較してもしょうがないかもしれないなと思う。
重いことがさらっと書いてあるので、すらすら読んでいたらここに答えがあった!と急に手が止まることがある本だった。 -
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2章 4心の相補性 より抜粋
ユングは、人間の心は全体として、つまり意識、無意識を包含して、全きひとつの存在であるという考えを早くから持っていた。
コンプレックスをもつことは、何か両立しがたい、同化されていない、葛藤をおこすものが存在していることを意味しているだけである。
第4章 4儀式の意味より抜粋
コンプレックスの解消に、死の体験が伴うとのべたが、このような体験が容易なことではなく、危険に満ちたものであることは想像に固くない。
自我が、コンプレックス内の内容とエネルギーとを、自分のものとするために必要な水路づけの機能を果たすものとして、儀式というものがある。
(感想)
臨床心理士が様々な文学作品や実際の治療の過程からコンプレックスについて説明をしており、豊富な例と筆者の実感を伴った文書で最後まで興味をもって読み通せた。
2章の自我と自己の図がとても示唆に富んでおり、コンプレックスは意識に隣接した無意識の領域であること。自我に統合されようとする時に障害となって表出することがあること。コンプレックスは自我の一面性を補うもの。など新たな視点が得られた。
4章ではコンプレックスの解消について、決して容易なことではなく苦しさを伴うこともあるということを実感した。
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臨床心理学者・河合隼雄さんが京都大学を退官されたときの最終講義を中心に、五つの講義や講演を採録したもの。タイトルが『こころの最終講義』とされていますが、もちろん著者にとっての最終講義ではなく、あくまで京都大学での最終講義という意味です。
まずコンステレーションについて語られていきます。コンステレーションはそのままでは星座という意味になりますが、ユング派心理学の用語だと違った意味になります。こころの中にあるなんらかのかたまり・複合体(コンプレックス)を、言語連想などでぽつぽつと出てきた単語を元に探っていくのですが、その単語を点として結んでいって象られていくといったものがコンプレックスであり、象り自体つまり表象面をコンステレーションと呼んでいるように読み受けられます。
ユングは後年、それまで「コンプレックスがコンステレートされている」と言っていたのを、「元型がコンステレートされている」と言うようになるそう。コンプレックスはたとえば、父親が怖いなどと思っているとなにかにつけて怖い怖いと思うようになることですが、元型はそのコンプレックスよりもっと深いところでそのコンプレックスを作り上げる人間の心のタイプみたいなものを言います。また、シンクロニシティが起こるとき、説明不能ではあるもののそこには大きな意味がある、と考えるのがユング派心理学ですが、シンクロニシティという現象に、なんらかの元型的なものがコンステレートしている、というふうにも用います。
そして、たとえば、山というのはどうなっている、川というのはどうなっている、星というのはどうなっている、というようなぼーっとしたイメージがある種のコンステレーションであり、読み解く方は、そういったイメージへの豊かな引き出しをたくさん持っていることが大事だとあります。
次に、物語の大切さについてを中心に語られる講義へと続いていきます。というか、「物語」というものが、本書全章に通底するテーマなのでした。
では以下から引用を。
非行少年たちは、お行儀のよいお話を聴くよりも、怪物が現れて悪先苦闘するような神話を聴くほうが乗ってくるそうです。最初の引用はそこを踏まえて。
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いわゆるよい子がいまして、朝ごはんを食べました、仕事をしました、などということは、通常の意識の問題です。しかしある子どもたちにとっては通常の意識を超えることが問題であり、それを根本的に揺るがさないとだめだから、普通の人がいえば「非行」ということをやっているわけで、つまり日常生活を普通にしていたのでは「お話にならない」のです。彼らは自分の「物語」を発見しようとして日常の枠を超えた行為をしてしまうのですが、それでもうまくいかない。そういうことなら、その物語探しを正面からやってみようというのが「ミソ・ドラマ(神話劇)」の意図するところです。(p84)
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→このドラマのセッションが終わると、少年たちは別の部屋に移動しておやつなどを食べたりして、だんだんと現実生活に戻してあげて、それから帰宅する、ということです。そういったファンタジーから現実へと軟着陸させることも、実はとても大事なのでしょうね。映画を観終えてエンドロールを眺めながら現実に戻っていくことと似ています。それにしても、いわゆる「非行少年」の心理とは自分と格闘してそうなっているのだなあ、と教えられる箇所でした。
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そういう体験をしたのが臨死体験であるとして、それを話しても現代人にはなかなか理解されない。それは、現代人が表層意識にものすごくとらわれているためです。とらわれているというか、そこからあまり離れると現在の世の中で生きていけない。われわれはちゃんと物事を区別してしっかり考えてやっているからこの世に生きているわけです。そこのところに非常にとらえられていますので、なかなか深いレベルに下りていけない。(p174)
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→これは、平安時代などの人たちに比べるときわだった現代人の特徴みたいです。昔の人は、もっと意識レベルの上下が自由だったのではないか、と著者は推測していました。現代は、大量生産だとか、経済競争だとか、合理的に効率第一でやりますから、深いレベルの意識なんてものは遅いしリターンがあるかどうかもわからないしあったとしてもいつになるかわからないし、あてにされないところがあるのではないか。で、そういった価値観、世界観の世界に、すべからくみんなが従属していますし、順応していますよね。
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それで私の言いたいことはどういうことかというと、男性優位の、物事をはっきりさせて、力で頑張っていこうというのではない考え方を日本人はもっているけれども、西洋のほうでは男性優位できましたから、女性の自我も非常に男性性を身につけてきた。つまり西洋の女の人たちはどうしても自分が一人前に生きるためには男性的な自我をもたなければならないということになります。そしてそれをもとうと思えばある程度もてるんですね。(p243)
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→ジェンダー。男性らしさ、女性らしさってなんなのか。そしてそれははたして憎むべきものなのかを考えさせられる箇所です。もちろん、性の格差はいけませんが。
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このちゃんとはまるという場合、非常に難しいことがあります。そういうふうに難しいことかというと、たとえば、あなた大工さんをやりますかといわれても、手先が不器用でしたら、やっても物の役に立ちませんね。つまり、大工さんという職業を介して社会にはまることができない。逆に、大工さんをやれる能力があっても、それはやりたくない、それでは自分が生かされないということもあるわけです。つまり個人としての私を生かすということと、社会の中にはまり込むということの二つがうまく折り合いがつかないとアイデンティティは確立しない。(p270-271)
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→自分探しをする人は、こういったところを言外に感じているんだと思います。社会的な自分と、オフのときの自分と、その兼ね合いみたいなものです。天職が見つかればいいですが、なかなかそういった人は珍しい。「向かないと思った職業でも、長く勤めてみるとやれるようになるよ」なんて助言をする人はいますし、実際にそうなる人もいますけれども、そうならない人もいることは忘れずにいたいところです。
また、このアイデンティティを扱う章の後半で言われていることでしたが、西洋的な私と日本的な私の違い、というところには頷きました。西洋的な自我というのは、自分は自分という確固として強い自我です。自我にはなにも入ってこない。これが、日本的な自我になると、私のなかにはいろいろなものが混じり合って構成しているというふうに考えられています。日本的な自我には、たとえば、父が言ったこと、母が言ったこと、ガリレオが言ったこと、ニュートンが言ったことなどが、自分のものになって存在していたりする。それを、自分のものだとするのが西洋的で、そういった誰かの考えも自分を構成しているとするのが日本的。日本的なあり方は、西洋人からすると責任逃れだと見られやすいそうですが、日本的な自我のあり方こそ本当のようにも思えます。ですが、著者も言っているんですが、西洋的な自我、つまり、スパッスパッと世界を区切っていくような強い自我には、科学や経済の発達をなしたことなどがその証左ですが、やはり見張るべきものがあります。だから、矛盾しているけれども、両方の自我のあり方を踏まえてはどうか、というのでした。これには、とても共感しました。もともと、僕も学生の頃に音楽を作っているとき、このメロディやハーモニーは他のアーティストから学んだものだなという意識を持つことがあり、自分の自我で書き綴っていても、自分にはそういったものが混じり合っているという意識がありました。でも、どちらかいっぽうの自我を選ぶのではなく、西洋的でも日本的でも、どちらを捨てるということなく、やっていく試みをするのは大切なようです。矛盾が気持ち悪い、と思うかもしれませんが、発達心理学的にいえば、全3段階の3段階目にあたる目自己変容型知性がこれにあたる姿勢なので、成長する気持ちでチャレンジするといいのかもしれないです。 -
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なかなか良い本であった
著者の主張
①女性の性愛の選択は進化の過程でどのように「設計」されてきたのか。
②女性が(無意識に)魅力を感じる「特性」にはどのようなものがあり、それをどう身につ
けるか。
③その特性をどうやって効果的に「シグナリング(賞伝)」するか。
の順にクリアしていけば、ごく自然にモテるようになる
Part0
モテを実現する5つの原則
第一の原則:科学にもとづいて決める(先入観には頼らない)
第二の原則:女の子の視点を理解する
第三の原則:自分の魅力を装備する
第四の原則:正直であること (自分自身にも相手にも)
第五の原則:ウィンウィンの関係を築く
5段階のプロセス
1.頭の中を整理しよう
2.魅力を身につけよう
3.魅力を示そう
4.女の子のいる場所に行こう
5.行動しよう
これらは必ずしも簡単ではない
Part1
理論編
・自信をつける
自信とは、①自分の能力や、②直面することになるリスクを考慮したうえでの、何かに成功
するだろうという現実的な期待のことである。
真の自倍は、過去の行ないやその結果にもとづいて「自分にはできる」と現実的に予期することに関わっている。
自信のつけ方に近道はない、本当の自信をつけるために唯一効果的な戦略とは、なんらかの技術を身につけ、その技術によるパフォーマンスを証明することだ。
真の自借を得るために必要なのは、何かに挑戦するときに生じる不安を克服することだ。
パートナー選びにおける自情とは、女の子が関心をもつ能力の分野それぞれについて、君がもっている自 自信の総和である。
女の子に真の自情をもつには、女の子が欲する能力を身につけるしかない。
自信とは勢いだ
性的な面での成功は好循環になり(セックスがセックスを呼ぶ)、性的な面での失敗は悪循環になる(セックスがないといっそうセックスは遠ざかり、ネットポルノのお世話になることになる)。
人間の心理では、これは「配偶者選択の模倣」と呼ばれる
グロースマインドセットが大事
・女の子であるとはどういうことかを理解する
女は、男と交際するときに、拒絶されることはそこまで恐れない。恐れるのは、物理的に危害を加えられることと、性的な暴行を受けることだ。
モテるには性差を超えた視野が必要だ。
彼女は「モノ」扱いされることに飽きている。
「主体」として扱おう
女の子は物理的に脆弱で、そのことを自分自身で認識している
女性は長い間そっとするような嫌な奴に対処してきた
女の子は、はっきり拒絶するのが好きではない、つまりできるかぎり察して自分から離れる責任が男にはある
彼女は自分がかわいいことをすでに知っていて、そのことを意識している、なので
①自分が美しいということ、②何年にもわたって自分の美しさに両義的な思いを抱いてきたこと、③肉体的魅力の遺伝ガチャに当たったことで得られたものではなく、自分自身の努力によって達成してきたことを評価されたいと思っているのだと理解してあげよう。
彼女は自分の社会的なステイタスについて心配していて、君も社会的地位を構成する大きな一部である、彼女とつき合いたいと思うなら、彼女の友人たちとも仲よくする努力をしよう。彼女ほスラット・シェイミングを心配しなくなる
彼女は妊娠すること、見捨てられること、性感染症をうつされることを恐れている
においは嫌悪感に強く影響する、フェロモンは実在する
とても魅力的な女性でも、セックスやロマンスに関して、自分が望むものを手に入れることは、魅力的な男が自分の望むものを手に入れるよりも難しい。
女の子も性的な空想にふける点では君と同じだ。ただし、その空想のせいでひどい目にあいかねない点は違う
彼女は、君とのセックスの最初の何回かではオーガズムにおそらく達しないだろうと知っている。
女性の視点に立つ練習(想像で)
・モテのゴールと倫理を明らかにする
「関係」とは、理想的には、双方にとってウィンウィンとなるように、ふたりの合意にもとづいて相互にパートナーを選び合うことだ。
短期的な関係
交際期間が5分から5時間程度
よい点
楽しい、感情的にややこしくない、犠牲を払わなくていい、人生のスパイスになる、練習によって悲観的でなくなる
悪い点
おいしいが、満たされない、難しい、よく知らない相手の危険性、評判へのダメージ、コストパフォーマンスが悪い
限界
人生を通じて追求するようなものではない
中期的な関係
デーティング
よい点
セックスをもっと頻繁にできる、獲得コストが低い、質が安定している、より充実する
悪い点
眠くなるようなセックス、おいしいが、やはり満たされない、感情のややこしさ
限界
より真剣な関係の「お試し」のようなもの
長期的な関係
標準的なボーイフレンドとガールフレンドの関係
よい点
感情的に満たされる、素晴らしいセックス、もしくは最高に素晴らしいセックス?、セックスが非常に安い、学びに満ちあふれている
悪い点
新規性はなくなる、感情的リスク、『恋はデジャブ』現象(マンネリ)
限界
「健全な」というのが重要な単語
倫理を明確にする
性の領域で善悪の間にはっきりとした線を引くのが良い
道徳的ジレンマが生じたときに自問自答する質問
・「誰かもが知っているとしたら」法
・過去・未来法
・ヒーロー・悪役法
・YouTube法
・女友だち法
・先祖のプライド法
・意志力法
倫理に対する明確な価値観と徳をもっている男性は、同じく他人を傷つけない女性を惹きつけることができる。
Part2
準備編
・女の子は何を求めるのか、なぜ求めるのかを理解する
女が望む言葉は「大丈夫、ぼくがなんとかするから」だ
有能さは多くの場合、大半の女性を性的に魅了するが、無能さはつねに、すべての女性に嫌
悪感を抱かせる。
不足を補うのだ、メダルを磨くのではない
彼女たちは、有能な父親としての要件をできるだけ多く兼ね備えている男を選ぶことで繁殖してきたのだ。そしてそれが、パートナーの好みやパートナーの評価基準をかたちづくることになった。
女は男を査定するとき、主に次の3つのことを気にかける
1.優秀な遺伝子をもっているか?
2.よきパートナーになるか?
つまり、魅力的なパートナーになる可能性を秘めた男へと変身すれば、性的な選択肢は無限に広がる。
3.よき父親になるか?
女の子は将来の繁殖に関わるすべての特性を重視する
女が男に惹かれるのは、男が女に示すひとそろいの特性への、感情的な無意識の反応だ。
じっくり考えて行なうような意識的なものではない。
平均的な男性への吉報は、われわれが属する種では、女は男がもつさまざまな特性に惹きつけられることだ。
・シェイプアップ【特性1】
身体の健康は効果的
①完璧なボディを手に入れる必要はない
②ボディビルダーのように身体を鍛える必要はない
③シックスパックの腹筋は必要ない
まずはスクワットと腕立て伏せ
・メンタルヘルス【特性2】
基本的には身体の健康と同じで、睡眠、栄養、運動
ほかには、太陽光を浴びる、ささいな楽しみを増やす、マインドフルネス瞑想
短期的には
1.友人関係や社会関係を見直す、尊敬できるひと、憧れのひとと時間を過ごすようにする
2.住環境を改善する
3.よいセラピストを見つける(必要であれば)
・賢さ【特性3】
一般知能
1.社会的知性
2.感情的知性
3.言語的知性
4.実務的知性
5.パートナー探しの知性
6.学問的知性
賢くなるには
1.睡眠と栄養を摂ろう
2.新しいことを学ぼう
3.特定の知性を育てる仕事を見つけよう
4.賢いひととつき合おう
5.正規の教育期間にギャップイヤーを取得しよう、1年間あるいは3年間でも
意志力と誠実さは20代半ばまでは成熟途上なので、大学進学を遅らせれば遅らせるほど、よりうまく自制心をはたらかせることができる。大学で何十年も教えてわかったのは、努力に対して最大の恩恵を得ているのは20代前半から後半の「成熟した学生」だ。
6.自分に合った正しい教育を追求しよう
知性を示す指標を、女性にとって重要度の高い順番で紹介
1.ユーモアのセンス
2.会話や話術
3.創造力とクリエイティブなスキル
4.教えること、説明力、上から目線にならないこと、相手の知性に敬意を払うこと
5.シンプルに口を閉じる
口にするのではなく、態度で示そう
・意志力【特性4】
意志力のある男性は有能だ
女は「堅実性」を非常に高く重視する
意志力とは「なりたい自分」にできるかぎりやさしくすることなのだ。
睡眠、栄養、運動大事
意志力だけに頼れば失敗する
目標を設定し、それらの目標を達成するための簡単で自動的な仕組みを生活のなかに取り入れることだ。そのような仕組みは習慣と呼ばれる。
目標を設定し、よい習慣を通してその目標を達成することで意志力を鍛える、というのは皮肉だ。よい習慣を身につければつけるほど、意志力が鍛えられ、実際には意志力を使う必要がなくなるのだから!
君が生活のなかで改善したいことすべてに応用できる。
1.現実的で具体的な目標をひとつ決める
目標は数値化する
2.具体的な行動計画を立て、締め切りを決める
具体的な計画とは、実行可能で、習慣として取り入れられ、無意識のうちにくり返し行動できるもののことだ。これについては自分で調べ、専門家に助言を求め、知性をはたらかせ、さまざまな方法を考えよう。
3.その計画を、考えなくてもできる簡単な習慣に落とし込む
やらなければバカらしいくらい簡単でシンプルな計画にすること。
4.周囲への説明責任を果たす
友人や家族に話す
5.楽しんで実行し、成功を祝う
小さな成功でも祝う価値はある、目標の途中でも良い
6.失敗しても自分自身を許し、計画を見直して再出発する
身だしなみ、全般的な清潔さ、依存しない、性的な自制心(彼女の決断を尊重する)
・やさしさと男らしさ【特性5】
女がもっとも惹かれるのは「やさしいボディガード」
ロマンス小説の男性主人公は、みなやさしいボディガードだ。
もしこの「やさしさ」と「男らしさ」の組み合わせの魅力を理解できれば、簡単に、そこらの9割の男より魅力的になれる。
やさしさを磨く
・動物の世話をできるようになる
・子どもの世話をできるようになる
・若者のメンターとなる
・病人・けが人・老人の世話をできるようになる
・エンタメから共感力を学ぶ
やさしさを披露する
短期的なシグナル
・あたたかさをにじませる
・女性に心からの興味を示す
・自虐的な冗談をいう(ほどほどに)
・共感力と献身的な態度を示す
・硬くなっているときは、柔らかく接する(性的に興奮しているときはとくに、やさしく、思いやりをもって安心感を与えるように女性に接すること。)
長期的なシグナル
・ボランティアをする
・気前よく振る舞う
男らしさを鍛える
・泥臭い努力をする
・自己防衛力を高める
ソシオメーターが重要、オススメは
護身術、総合格闘技
デート中に起こる危険
実際にことが起こる前に思い浮かべ、強く、礼儀正しく、はっきりとした態度で対処する方法を考えておくといい。デート中によく起きる問題をいかに解決するか、頭のなかでシナリオを描くのだ。
Part3
実践編
努力の成果を見せるーシグナリング理論
君の魅力的な特性や適性を示す指標を語るな!見せよ。
・面白い男は自分の面白さを語らない。彼らは実際に笑わせる。
・頭のいい男は自分の知性を語らない。彼らは女の子たちの好奇心を満たす。
・自信のある男は自信があることを語らない。彼らは一緒にいて心地いい。
・ひたむきな男は、ひたむきさを語らない。彼らは女性を愛し、誠実な行動を取る。
・人気と名誉の力ー社会的な証拠
人気、ステイタス、影響力、名誉、外向性、名声(カネ、階級)
これから数週間かけてやること
・コミュニケーションを意識する
・自信をにじませる
・ひとと食事する
これから数カ月でやること
・社会的スキルを身につけられるグループやクラスに参加する
・社会的な仕事をする(営業職、小売業、観光業、教師、バーテンダー)
・ボランティアをする
・友人の紹介を活用する
・ルームメイトは注意深く選ぶ
・孤立する活動を制限する
・ソーシャルメディアを賢く使う
(大学生の調査では、友だち数300人ほどで社会的な魅力と身体的な魅力が最高に、500人ほどで社交性が最高に達する。しかしそれ以上の数になると必死さがうかがえ、社会的ステイタスが落ちる。)
・お金はどれくらい必要ー物質的な証拠
女の子は、富そのものよりも、富が示す男の特性を重視するということだ
・スタイルとカッコよさー美的な証拠
美的な証拠を磨く
・ダンスを学ぶ
・作曲や演奏を学ぶ
・ものづくりを学ぶ
・絵の描き方を学ぶ
・話し方を学ぶ(それについてあなたはどのように感じるかを話す)
美的な証拠を披露する
・身だしなみ
・服装(彼女とのデートのためにどれだけ努力をしたのかも評価する)
・車・家・そのほかのモノ
風呂・トイレ・キッチンは綺麗に!
・気持ちを見せるーロマンティック証拠
ロマンティック証拠とは、男が女のそばを離れず、生まれた子どもの世話をしようとする意欲の証なのだ。
ロマンティック証拠を披露する
・アイコンタクト
・巧みな会話
・ほかの女性に敬意を払う
・彼女の個性に注目する(ほかの男が見落とすような点に注目する)
・自分の気持ちを正直に話す
・前戯を上達させる
・セックスへの情熱を受け入れる
・しっかり抱きしめる
・定期的に連絡する
・思いやりと下調べ、創造性を要するプレゼント
・適度な嫉妬心を見せる
・共通の趣味をつくる
・取引的な態度でなく、強い関心を示す
・ふたりの関係を公にする
・最適な「出会い市場」を見つける
間違った場所にいれば最適な女の子に出会えない
出会い市場で男女間で交換されるものは、優秀な遺伝子やよきパートナーとしての特性、よき父親になる能力といった生物的な価値だ。それらは何億年もの間重要であり続けてきた
もっとも重要な類似性はパートナーとしての全体的な価値だ。
この全体的な「価値のマッチング」は不公平で、不健全で、ひどい。しかしそれが現実なのだ。
最適な出会い市場を選ぶための原則
1.女性の数が多いこと
2.男性比率が低いこと
3.パートナー探しのゴールに合致した文化
4.君の価値が高まる場所、出会い市場内のほかの男より魅力的であれば、高嶺の花と思われる女性でさえ手が届く。
5.君の年齢を武器にできる場所、女性は少しだけ年上の男性に惹かれる傾向がある
6.君の特性や証拠が際立つ場所
7.出会いの手軽さ、出会い系サイトがずっと役に立つのは、田舎の小さな町ではなく大都市
・選ばれる者から選ぶ者へ
男はセックスのために、女は真剣な交際のために競う
「キノ」「キノエスカレーション」、そのような方法は、獰活なセックス・サイコパスがやるひどく不快なテクニックだ。彼らは自分自身と自分の欲望を恥じていて、誠実にそれに向き合えないのだ。
セックスとは、同じ欲望を抱えた男女が互いに惹かれ合った結果だ。彼女を攻略するための「やることリスト」すべてにチェックマークをつけていくようなものではない。
セックス後の選択権を行使することに慣れよう。最高の女性と選りすぐりの関係を築くためだ。だから忘れるな。おおいなる力にはおおいなる責任がともなう。
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心理学フィールドにいる私にとって河合隼雄の存在感は大きく、言わずもがな現代における村上春樹の影響も大きいわけで、この本が1998年に出版されたということに気づけなかった。
スマホも、(少なくとも今のような)インターネットも無い時代で、コロナの経験も持ち合わせていない。対談の中で掘り下げられる生き方は、今のそれとは大きく違う。そして何より大きな違いは、当時の「臨床心理士」、心の専門家の社会の中での位置付けかもしれない。人のあり方を、心や行動に還元せずに全体として、あたかも唯一の答えがあるかのように語り得る専門家が、この時代には存在していたのだろう。
時代を超えて読みに耐える普遍性を携えた一冊に見えて、案外この時代、この瞬間にしか生まれ得なかった奇書なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「四天王寺カウンセリング講座」の講演記録の一部。カウンセリングと時間・人間関係・倫理・家族・友情の5章にわかれている。
わかりやすい言葉で読みやすい気がするんだけど、よく読むと書いてあることは深いし難しい。日々の暮らしや仕事で少しでも実践できたらいいなと思う。
・大事なのは言葉で言うことではなくて、自分の態度がどんなに開かれているか、どれだけ待つほうに傾いているか。
・カウンセリングというのは「治してあげる」ではなく、その人がもつ自分の潜在的な力で治るようにするということ。クライエントはものすごく努力して苦しみと闘って、自分でやり抜いていかないと治らない。 -
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「幸福ということが、どれほど素晴らしく、あるいは輝かしく見えるとしてもそれが深い悲しみによって支えられていない限り、うわついたものでしかない、ということを強調したい。恐らく大切なのはそんな悲しみの方なのであろう。」
生あるものは必ず滅し、形あるものは必ず壊れる。望んだものが手に入ったという幸福は、どんな形であれいつか必ず終わりがあることを内包している。あるいは、自分がその幸福を授かった裏には、その恩恵を受けられなかったたくさんの人がいるのかもしれない。
そうしたことを意識したうえでの幸福は、なんと重みを増す事であろうか。手放しで喜ぶ方が、爽快に違いない。しかし、そうすると幸福にしか目のいかない幸福のみ追い求める人生となるのだろう。
「成功したり失敗したりを繰り返しつつ生きるのが人生ではなかろうか。幸福というのはそれにつきまとっている一種の副産物と考えておく方がいいだろう。」
皆が幸福を追い求めながらも閉塞感が漂う昨今の現状は、幸せのロールモデルが不在だからと思っていた。これさえクリアすれば幸福になれますという図式が見えないからだと。だが、そうではなかった。幸せを求めすぎるがために、幸せから遠ざかっていたのかもしれない。幸せが人生のおまけだったとは。
追い求めるべきは幸福ではなく、ひたむきに生きることなのではないかと思ったのだった。 -
Posted by ブクログ
知の巨人二人の対談であるので、
正直言って分かったような分からぬような部分も多々ある。
が、そのように「なんとなく分かるような気がする」という感覚も時には重要だろう。
30年近く前の本であり、
内容的には阪神大震災やオウム事件を多くクローズアップしているが、
現代日本の諸問題の多くはすでにこの頃に始まっていた。
曖昧さを良しとする情緒的な日本文化と、論理的なアメリカ文化。
夫婦関係、箱庭療法に対する姿勢、言語の持つ力など、
お二人はさかんに2つの文化の違いを強調するのだけれど、
私は実は似ているのではないか、という気もしている。
ただし、空気に支配される日本がより問題なのは明らかだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ夫々小説家/心理学者の著者による対談集。明確に語られていたわけではないが、ぼんやりと感じたのは「物語が論理的(分解的?)/静的なアプローチを補完する場合もある」ということ。分析とは分けることである、と言われるように、所謂科学的アプローチが日常の仕事にまで染み込んでいる現代について、少なくとも自分は癖として物事を切り分ける/個別事象を理解する/最後に各事象を結びつけるという思考を踏んでいる。これはこれで間違いではなく、むしろ特定の人々からは推奨されるものであるとも思うが、どうしても細部を捨象したり、全てが意図性を持ってしまうきらいがあるとも感じる。一方物語は、明確なメッセージを持たない場合(意図性を持たないこと)もあるかもしれないが、全てが連なっている。故に、ここに読者はなにかを見出すことができる。それはインスタントな説明性は持たないかもしれないが、分析しても悩みが解決しない人にとって、救いになるのだろうと、自分もその一人として感じた次第。
特に印象に残った箇所は以下
・「プロだから結末は来る」というのは、簡単に言えば結末が来なければ能力的に小説家としてメシは食えないということですが、それと同時に「自分を信じる」という側面もまたあるわけです。あとはもう経験ですね。それでもときどきふと「大丈夫かな?」と思うこともありますが、「大丈夫」と自分に言い聞かせて書き続けるのです(p.82)
・なんのために結婚して夫婦になるのかといったら、苦しむために、「井戸掘り」をするためなんだ、というのがぼくの結論なのです。井戸掘りは大変なことです。だから、べつにしなくてもいいのじゃないかと思ったりするんですよ(p.98)
・欠落そのものは(あるいは病んでいることは)人間存在にとって決してネガティブなものではないということです。欠落部分というのはあって当然です。ただし人が真剣に何かを表現しようと思うとき、「欠落はあって当然で、これでいいんだ」とは思わないものです。それをなんとか埋めていこうとする。その行為に結果的な客観性がある場合には、それは芸術になることもある。そういうことです(p.129)
・結局、深く病んでいる人は世界の病を病んでいるんですね(p.216) -
Posted by ブクログ
「自我の知らない無意識の世界というのがあって、それを探索することが大事」
「人間は自分の知っている限り、自分は自分のことをわかっていると思っているけれど、それを超えて、もっと全体としての中心、自己がある。その自分も知らないような自己をいかに実現するかというのがその人の一生なのだ」というユングの考えに基づいて、自分の知らない自己やそれへの理解(自己実現)について様々な角度から描かれている本を紹介している。
自分の知らない自己をいかに実現していくかというのは、自分の望むべき方向に向かって自身をコントロールしていくという従来の自己実現とは意味が大きく違う。自分の中にも、自身でコントロールできないエリアがあるということを認識するだけでも、メンタルを大きく崩す可能性は少なくなると思う。紹介されている本についても少しずつ読んでいきたい。