河合隼雄のレビュー一覧
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本屋でたまたま目についた。常々シェイクスピアをコンプリートしたいと思いつつ、いつも他の本の誘惑に負け、シェイクスピアが後回しになってしまうことを気にしていたからか。
シェイクスピアの戯曲のうちの11作について、翻訳者の松岡和子氏が原書での言い回し等を例に出しながら様々な質問を投げかけ、それに対し河合隼雄氏が登場人物の心情等を心理学的に説明する等々…とてもバラエティにとんだ対談集。
まず、各戯曲がうろ覚えの私は、河合祥一郎氏「あらすじで読むシェイクスピア全作品」で各戯曲の流れや登場人物を再度頭にいれてから、各章に突入。シェイクスピアの裏話ではないが「そういった見方もあるのね‼︎」というような興味深い話ばかりで、俄然、シェイクスピアの戯曲をしっかりと読みたいという気持ちが湧いてきた。本当に面白かった‼︎
この本に出会えたことに感謝‼︎ -
Posted by ブクログ
かなり噛み砕いて書いてあり、様々な事例とともに紹介されているため、とても分かりやすい。
コンプレックスとはマイナスの要素だけでない。それを乗り越えた先に人格の発展があると考えれば、かなり救われるものがある。
(人間の心の中は無意識の領域がかなり大きくあると考えられるが、それらをいちいち意識していたら正常な意識、思考など保てないだろう。意識的な自我をメインとして据えながらも、それらを補うものとして無意識領域があり、その中で何らかの感情によって結合されている心的内容の集まりがコンプレックス(複合体)である。)
自我を自分で作り上げること、自分自身を冷静に見つめることが日本人は苦手である。ゆえに自我が弱くなり、コンプレックスに飲み込まれやすいのだろう。コンプレックスによる精神症の解消のためには、自分自身を見つめ自我を強くするか、コンプレックスを受け入れて自我に統合していくかの作業が必要。
私は母親が好きだが、昔から外出先では些細なことで母親の粗が見えてしまうことが多かった。家では結構べったりだったのだが、外では嫌な面が目につき冷たくしてしまい、後でそんな態度を反省するということが多々あった。今思うと、これもコンプレックスなのだろう。母親が好きで、一緒にいたいと思う反面、自立しなければという気持ちも働いている。親からうまく自立できなかったために、こういった態度を取ってしまうのだろうか。 -
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スクールカウンセラーが学校に位置付けられ始めた頃の、難しさと期待を上手く言葉にされていた。
ある種、内を守る構造のある学校と、外からやってきて、ある生徒という個人を守るスクールカウンセラーがどのように調和してゆけるか。
今やそうした専門的知がなければ、やっていけないとも言えるし、いやいやまだ学校の形は変わりきれておらず、個人としての子どもと向き合うためには欠かせない機構なのかもしれない。
「私はよく思いますが、二〇分間本当に怒り続けられる人というのはほとんどいません。よほどカンカンに怒っている人でも、『はい』と言ってきちんと聞いていると、『まあいろいろ言いましたが、いや、あなたの気持ちがわからないでもないのですよ』というように必ず変わってきます」
「よく考えてみてください。効率的にやろうと思うと、関係が切れてくることが多いと思いませんか。何でもかんでも『早くしなさい』『ちゃんとやってる?』『どうやったらできる?』といった具合になる。そうすると、先ほどから言っているように、みんなが囲炉裏端に集まってきて、おばあちゃんが甘酒を入れてくれて、おじいちゃんが昔の話をしてくれてというような関係とは、全然違う人間関係ができる」
カウンセラーが、プロとしての仕事が出来ないのなら、辞めた方がいい、と厳しい言葉を残している。
自分の仕事に当てはめたとき、自分は自分を許していないだろうかと思う。
研究者、芸術家、勝負師は、棋士だけでなくカウンセラーも一緒という言葉が印象に残った。 -
Posted by ブクログ
「父性の復権」で、主張されているような、昔の日本の父親にように戻れ、ということに、なんとなく違和感を感じていたが、本書では、そのような父親像を痛快に否定してくれる。
明治の父親は強かったからとあれを真似しようと思ったら、大きな間違いを起こすことになります。あれは、父親がいばるための制度であったのにすぎません。人間としては、鍛えられていませんでした。(p87)
本書で繰り返し述べられているのは、家族や子育てというのは、そんな簡単なことではない、ということである。
自由意思を持った人間が集まって、しかもちゃんと生きていくという、とても困難きまわりないことをやっているのが家族だからです。(p184)
では、どんな父親を目指せばいいのか?
的確な判断力と強力な決断力、不要なものはどんどん切り捨てていくくらいの実行力を持った父親が必要なのです。(p99)
これが、父性というものなのである。
また、父親の威厳、父親の権威に関しても、次のように言及されています。
私はこうだ、自分はこう思うというところを明確にしていかなければ、家族の対話にはなりません。(中略)自分がほんとうに生きていること、あるいは自分はこう生きたいということが重要なのです。そのかわりに、そう言うからには、責任をとる覚悟をしておかなければならいでしょう。それが、「父としての威厳」につながります。(p100)
父親が子どもに対して自らの権威を示すためには、これは絶対に誰にも負けないとか、おれはこういう人生観でこういうことをやっている、あるいは、こういうものを持っているというものがないとだめでしょう。それもなく、中途半端なかたちで少しばかり家事の真似事をしても、子どもは父親の権威というものを感じ取ることはないでしょう。(p104)
また、日本の宗教的なものとの関わりに関しても、示唆にとんだことが記載されています。
お彼岸に墓参りにいくとか、お盆になると故郷に帰省するとか(中略)そういうときに、必ず家族で行くというのが大きな意味を持っています。
本書が出版されたのは、2004年であり、2021年の現在と17年の開きがあるが、当時と比較して、世の中がさらに進んで子育てがますます難しい時代になってきた。それに追い打ちをかけるようにコロナ禍によって、一層時代が進んでいる。人々は、ソーシャルディスタンスが求められている。一方、ネット上では、世界中の人といつでも何時間でも繋がることができる。このような世界では、視野の広がり方は物凄いが、一方、今まで自然と身についていたことが、身につかなくなってきている。子育てにとっては、大きな壁であるが、それを超えていくことができると信じて、努力すること、それが河合隼雄さんが教えてくれたことだ。
私は、今後、以下のようなことを念頭に努力していきたいと思う。
・父性として必要な力、判断力、決断力、実行力を家庭で発揮する。
・家庭内で、間違いを恐れずに自分の考えを積極的に表明する。そこから対話を促す。そして、自分の考え、行動に責任を持つ。
・今までにない新しい時代に、安直な答えを求めるのではなく、自分なりの思考を通じて、新しい家庭像を作っていく。
こんな立派なこと、できるかな〜。
本書が伴走者になってくれるはずである、だから、少しでも近づける努力はしよう、と思うのでした。 -
Posted by ブクログ
2009年刊行。
カウンセリングと倫理、友情、時間、家族等について講演した記録。
最近カウンセリングを受けて、正直うさんくさく、一体カウンセリングって何なわけ?と思って手に取った本。なかなか含蓄に富んだ内容だった。
わたしをカウンセリングしたカウンセラーにも読ませてやりたいと思った。
正直、流派や経験値、年齢世代性別等によっても相当に左右されそうな内容で、カウンセリングの技法と呼べるものを定型化(河合先生言うところのマニュアル化)は難しそう。しかしそうすると普及や習得スキルの標準化は難しそう。
文中、将棋の名人の、研究者、勝負師、芸術家が同居するのが勝てるベストバランスという発言に、まさにカウンセリングも同じと頷く場面がある。
…だとすると、名人芸の先生に当たったクライアントはいいけれど、そこまでいかないカウンセラーに当たったらハズレってことだろう。
お金を払ってカウンセラーにかかるのに、あまりにも当たり外れがあって、カウンセラーみずから人間修行中と言うなら、あんまりお金払って利用したくないなと思った。
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まさに入門としてオススメの本だけど、実際にカウンセリングをするとなると、ここに書かれていること以上に投影の問題など知っておかなければいけないことはたくさんあると思う。
読んでいて、カウンセリングにおいて何が大切かを色々と考えることができたので得たものは大きかった。
読みながら感じたことのメモ
○ カウンセリングは、問題と感じている外の世界を必死に整えるためにやるというより、その人の内なる想いや願いを一緒に見つめる作業なのだと思った。クライエント自身が自分の純粋なものを内側に発見できたとき、少しずつ自立のプロセスを歩みながら、自分の力でどうにかしたいと心から思えるのだと思う。逆に、表面的に物事を解決することばかりに執着して、問題を恐れるばかりだと何も見えてこないのだと思った。
○ カウンセリングで目指すのは問題を無くすことというより、問題と向き合う心を育むことなのだと思う。不安な感情をなくしたり、感じなくすることが大切なのではなく、そこから何かの気づきを得て前に進めるようにすることが大切。
○ カウンセリングは、相手の言葉をちゃんと聴き、相手が自分自身の真実と向き合うことで自然と立ち上がってくる生きる強さを見ることのできる、カウンセラーにとっても素晴らしい体験でもある。カウンセラーが自分の方が力を持って導かなければいけないと思ってしまうと、相手のそうした強さを引き出せなかったり、あるいは依存的な関係をつくることにも繋がっていくのだと思った。何より「聴く」ことが大切であり、受容的な態度で聴くことがもたらすもの、安心安全な繋がりに人は癒されるのではないかと思った。
○ カウンセリングは、カウンセラーがどのように自分の人生と向き合っているかが滲み出るものだと思った。無論、悩みがあったとしても社会に上手く足並みを揃えることができていることが大切だと考えている人と、悩んでモヤモヤしてて、周りから見るとただ停滞しているだけに見えたとしても、自分の人生と真正面から向き合うことこそ大切だと感じている人とでは、クライエントに与える影響が大きく変わるのだと思った。 -
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心とはどういうものかということを、臨床心理学者であった河合隼雄さんのおすすめの文学作品をとりあげながら語られたもの。知識として、学問的に心を理解するのではなく、文学作品に触れながら、登場人物の心の働きについて一緒に感じてみようというねらいがある。
この本を読んで、物語というのは知識や情報を並べるだけでは決して生まれないもので、作者が無意識をどんどん掘り下げながら創作しているものだから、読書することで読む側の無意識もまた自然と掘り下げられるのだということがよく分かった。そういう視点を忘れずに本に向かい合うと、本から得られるものというのは格段に広がっていくし、自分自身に向かい合うことに通じているのだと思った。
自分自身や、自分の人生に向かい合おう!と思って向かい合うことのできる人は少なくて、心の中の深い部分に向き合って悲しみや怒りや孤独といった感情を取り出してみるのはとても勇気のいること。なぜならそうした深いものと向かい合ったところで、自分のメリットになるとは思えないし、むしろ社会生活をまともに送る上では邪魔にすら思えてくるから。それを、目の前の本の物語を経由しながら、心の動きを見つめ、それによって物語だけでなく自分自身を理解するというのはとても大切なことだし、安全だと思った。きっと本当に触れたいのは、物語の中の登場人物の心ではなく、自分の心なのだと思う。
自己実現はself realizationと訳されるけれど、realizationという単語には理解という意味もあるというお話が面白かった。自分を理解するということが自分らしく生きるうえでとても大切なのだということ。
河合隼雄さんが真剣に選ばれた文学作品をこれから少しずつ読んでいきたいと思った。 -
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"無意識" ってすごく不思議だと思いませんか。「気づいたらやってた」「そんなつもりじゃなかった」みたいなことって私はすごくあって。自分の意識が向かない未知の領域に、常々恐怖に似た感情を抱いてました。
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オンライン社会の今、個人が「意識」できる領域は、ますます小さくなっていて。少しでも無意識領域への働きかけができたら、最強だな!と思っていました(そう、映画「鬼滅の刃」のように…)。
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本書によると、物質にエネルギーがあるように、心にもエネルギーがあるらしく。なにやら、無意識に働きかけるには、そのエネルギーコントロール(ユング的には夢分析)が鍵となるようなのです!「引き寄せの法則」が一時話題になったように、占いも潜在意識に働きかけるからいいんだよね。あ、今エネルギーが退行してるな〜前向きだな〜なんて意識しながら、少しでも自分の無意識領域を認知できるようになればいいな。とりあえず、明日から見た夢をメモしまーす!
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追伸
読むのにものすごいエネルギーを費やす本だったので、要注意です!笑
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Posted by ブクログ
児童文学と子どもたちがもつ豊かな世界について、臨床心理学者河合隼雄が現代を生きる私たちに向けて書いた文章を集めた著作。
とても読みやすく、かつ、胸に刺さる本だった。
読み始めてすぐ、ペーター・ヘルトリング作「ヒルベルという子がいた」について語られる文章を読みながら、涙が止まらなくなった。
ヒルベルというかんしゃくと頭痛持ちで、周りからは悪い子とされている子どもと、マイヤー先生という素晴らしい先生とが出会う特別なシーンを、臨床心理学者河合隼雄ならではの視点で読み解いていて、その深い洞察力と、児童文学を読むこと、そして子供たちへの真摯な視点に感動を覚える。
だが、私が涙したのは感動によるものだけでなく、自分が、マイヤー先生とも、もちろん河合隼雄とも違う視点しか、そうした子どもたち、また障害を持つ人や、自分と異なる人を見られていなかったことを、突きつけられたからだ。
この本の中で「硬直したマジメ」と表現されている部類の人間、自分は正にそれだと感じた。
今までも、認知症のお年寄りや、精神障害を持つ人と接するたび、自分はうまく接する事ができていない自覚はあったが、この本を読んでいて、河合隼雄の冷静な指摘にドーンとした衝撃を受けた。
この本を通じて感じるのは、河合隼雄がいかに子供たちを尊敬しているか、という事だ。
子どもたちの無限の想像力や感覚がいかに優れているか、彼らがどれだけ大きなものと日々戦っているか、尊敬を持って語られる言葉に、自分が根拠もなく、子供や、他者に対して上から目線で見ていたことがとても恥ずかしくなり、後悔に胸が締め付けられる気持ちがした。
子育て前、介護前にこの本が読めたことはせめてもの救いだ。きっと読まずに子育てや介護をしていたら、上から目線で思うがままに導こうと空回りし、苦しい思いをさせてしまうことが多々あったはずだ。
もちろん、この本を読んだからといって私という人間が根本から変わる訳ではないので、マイヤー先生や河合隼雄のようにつぶさに子どもたちを見られるようになるわけでは無いが、少なくとも読まないままだったら、私はいつまでも自覚がないまま「硬直したマジメ」であり続けただろう。
自分の硬直ぶりを自覚して、それを少しでもほぐすために、本書で紹介されていた児童文学をじっくりと読んでいきたいと思った。
現代社会に生きづらさを感じている人たちにぜひおすすめしたい一冊。