綿矢りさのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2人の愛がもう一度一から確立されていった。
これが確かな愛だと2人もそして読者もわかったとき
そこに社会に祝福されないという壁が立ちはだかりこれがマイノリティとして生きることの
生きづらさなのだと心が痛んだ。
特に親が変わらぬ愛で理解しようとは
してくれつつも拒絶を示す点や
最後に2人で愛を誓い合う際にも
いわゆるフツーの結婚式をいう形をとれず
社会を超えたところで2人だけが納得する形で
行わざるを得ないということに
心を痛めた。
同性愛についてあまり関心はなかったけど
この作品のおかげでもっと
寛容な社会が築かれていく必要性を感じる
ことができた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ宮沢りえさんを思い浮かべて、(私は世代ではないので、YouTubeでCMを観たのですが)造形の美しさに魅了され、CMを何本も観漁り、婚約会見から婚約破棄会見まで観てしまいました…
人気絶頂期にヌード写真集を出したり、激痩せして表舞台から消えたり、wiki読むだけでも壮絶な経歴…
近年のインタビュー動画で、「母親」という言葉について思いつくことを聞かれて、「私の母を指すなら、一番敬愛する人」と回答していてグッと胸に来ました。
そのインタビューの中で、30代前まで辛いことたくさんあったけど経験してよかった、経験していなければ今の自分はなかった、というようなことを仰っていて、またグッと来ました(;_;)
本の感想じゃなくて宮沢りえさんの話になっちゃってますが(^^;
本の中では主人公の再起までは描かれていないのですが、このあと、スキャンダルも糧にして乗り越えて行くのだと私は解釈しました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ冒頭のおとなから、ゾワっとする
トイレの懺悔室は最初全然怖くないし何がどうなって怖くなっていくんだろうと疑問だったけどしっかり怖かった。サイコパスが友人にいるとかめちゃくちゃ怖い。そいつの獲物になったオチが絶望的。
表題作の憤死
怒りで死ぬことを憤死か、この作品は怖いよりすごく現実的な近い話な気がした。
だれもが自分の中でカーストを作って、態度を変えたりするのはいつでもどこでもある話だなぁと。
最後の人生ゲームはファンタジーかな?それこそ世にも奇妙なら最後にこういう話くるよな〜と読み終わった後思った。最後いい終わり方でよかったな -
Posted by ブクログ
とてもよかった。
上巻は他人の人生を傍観してる感じで、人ごと感があったが、下巻からはなんだか応援している自分がいて、不思議と世界に引き込まれていく作品だった。
下巻はつらい場面が続く。
やっと再開できたねラブラブラブ、とはならないところが現実を突きつけられた感じがしてよかった。
かなり後半は営みの描写が描かれていて、でもいやらしいというより、お互いの想いを確かめ合うこれ以上のない会話のようで、「人」と「人」が愛し合うということは、その事実だけが大切で、その他は不要なもののように思えた。
「人」が「人」を愛することはとても素晴らしい奇跡だと改めて思った。
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Posted by ブクログ
江國香織さんの「夕涼み」と綿谷りささんの「青春リグレット」が読みたくて手に取った。夕涼みは、夫の行動にゾッとしたし、私だったらそんなズレた夫とは一緒にいられないと思った。「逃げたかったわけではない、が、逃げられないと思わされることは恐怖だった。竦むような、恐怖だった。」という言葉に共感。誰かに自分の選択肢を奪われたり、縛られたり、自分で自分を決められないことを、人は恐怖と感じるんだなと思った。そして誰にもその出来事は話せないことも、夫を含む周りにはいつまでも愛し合っている夫婦だと思われていることも、自分だけがこのザワザワした気持ちに気づかないふりをしていればいいんだと感じるのもわかる。老女たちの夕涼みを今になって理解できるようになってしまったことも、それを見て単に奇妙だと思うだけだった過去を無敵だったと表現したことも、妹にはそんな日が来ないでずっと幸せでいてほしいと思う姉の気持ちも、切なかった。
「青春リグレット」は、自分の何がそんなに好きかわからないくらいに愛してくれた人を、自分は愛せなかったことを夫に離婚を切り出された時に思い出す。愛される恋愛がどれだけ幸せだったか、それはその時には理解できなかったのだから仕方ないし、後悔しないでほしいなと思った。後になって気づくものってある、もう取り返しはつかないけれど。彼との時間を俯瞰で冷めた目でみてしまうところ、古傷が痛んだ。愛の重さは同じくらいがいい。 -
Posted by ブクログ
お洒落な表紙、「意識のリボン」なんてファンシーなタイトルだが、その中身はひどく人間らしい感情に溢れている。岩盤浴で見かけた見知らぬ女性二人組の間の歪なパワーバランスを外野から密かに憂慮してみたり、三十歳を迎えた女性が抱く、日に日に老い行く自らへの焦りを何気ない日常と混ぜ合わせながらユニークに表現してみたり。
綿矢さんの小説に出てくる登場人物はとにかく濃ゆい。特にそのキャラクターを表現するための容姿、性格、言動、それらの描写の細かさには毎回舌を巻くものがある。この広い引き出しは一体どこから来るのか。常日頃から人間観察を欠かさずしているのかな。より多くの人間のことを見て、知っていなければここまでは書けないような気がするのだ。
また綿矢さんは度々太宰治に触れられることがあるが、超短編「ベッドの上の手紙」の主人公である小説家の男性の卑屈さは、川端康成に宛てて書かれた太宰治の愛憎入り混じった手紙を彷彿とさせられた。「刺す。そうも思った」というかなりストレートなフレーズで有名なあの手紙である。
それから、猟奇的事件のデマに踊らされる人々を描いた「声のない誰か」は若干ホラーテイストを含む話で、結末を読むと「果たしてそれは本当にデマだったのか?」と薄ら寒く感じた。
個人的には「履歴のない妹」で登場する、過去に撮影された美しくも不気味なヌード写真を躊躇なく当人である妹が破り捨てるシーンが好きだ。「私は本物の、生の写真なんていらない。嘘っぱちでもいいから、笑顔でピースしている写真さえあればいい。人生で残しておく思い出は、安心でたいくつな方がいい」。
この本を読んだ後、改めて自分のスマホのカメラロールを見返してみた。どの写真も笑顔だった。確かにそれは生の姿でなければ感情でもない、作り物を写しとったものかもしれない。それでもこのカメラロールに並んだ写真を見ると、わたしは確かに「安心」していた。写真とは過去の記録、思い出を残す以外にも、「安心」を作り出すための媒体なのかもしれない。