橋本治のレビュー一覧
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女芸人不毛の時代から、女芸人ブームがやってくるまで。
その時代を生き延びていった女芸人たちの物語。
帯に、椿鬼奴さんが
「主人公の女性芸人に、あの芸人に似てるな、
あの後輩こういうとこあるな、わかる!と
フンフン共感しました。」
とコメントを寄せています。
で、読んでいると、最後の方に
「阿蘭陀おかね」という女芸人が登場するんですけれども、
これは椿鬼奴さんをベースにして書いているんじゃないのかな、
というキャラクターでした。
主人公コンビのモンスーンパレスにしても、
なんとなくですが、オアシズの二人が連想されて、
まあ、もっと過剰にキャラクターを作り込んでいる感じですが、
現実のお笑い業 -
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シリーズ最終巻。今回の主人公は醒井凉子で、彼女の人生を逆にたどることによって、「自由」を求めて格闘する彼女の「青春」がえがかれています。
第2章は、26歳の凉子がお見合いで高階悠吉という男性に出会い、一目見たときから彼に強く魅かれながらも、母親の縫子によってセッティングされたお見合いという様式のもとで人生の一大事である結婚相手をきめてしまうことへの葛藤をおぼえる凉子の姿がえがかれます。
第3章は、23歳の凉子がイギリスのオックスフォードに留学し、デビッド・ブラウニングという男性に出会うとともに、大学で学ぶことが自分にとってどのような意味をもつのかという問いに直面する凉子の苦闘が示されていま -
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シリーズ第三弾。
一年の浪人生活を経て、みごと早稲田大学に入学した玲奈が、ふたたびメイン・キャラクターを務めることになります。
短い交際期間を経て破局となった松村唯史や、滝上圭介との恋によって高校時代とはまったくちがう女になった醒井凉子に対する玲奈の容赦のない啖呵は、著者のそれを思わせます。そんな彼女も、源一と磯村の関係を知ってショックを受け、その余波も収まらないあいだに大学で出会った「野草の会」というサークルの美少年・田中優の心の闇をのぞき込むような出来事に巻き込まれてしまいます。
はじめはすこし読みづらいと感じた文体でしたが、さすがに三巻にもなるとすっかり慣れて、スピーディでアクロバ -
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シリーズ第一弾。
橋本治のデビュー作で、女子高生の「桃尻娘」こと榊原玲奈をはじめ、「無花果少年」磯村薫、「瓜売小僧」木川田源一、「温州蜜柑姫」醒井凉子といった登場人物たちのリアルな語りと思考をトレースした文章でつづられており、著者の奇才っぷりがいかんなく発揮されている作品です。
同時代の風俗をあつかった作品は賞味期限が短いのがつねで、本書も「だってサァ」「ほんとにィ」といった表記と登場人物のキャラクター造形に、ややつらいものを感じてしまうのも事実です。ただし、著者のエッセイでもしばしば語られる発想がゲイの源ちゃんの口から語られたり、高校三年生の文化祭での出来事に著者の実現できなかった夢を見 -
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小学校に入学したケンタくんという少年が、学校での勉強や体育の授業になじむことができず、悩み苦しみながらも、自分で考えて自分の居場所を見つけていく物語です。
著者の自伝的小説であり、著者の本をある程度読んでいる読者にとってはなじみのあるエピソードを多く見つけられるのではないかと思います。もちろん本書は小説であり創作ではあるものの、「橋本治」という知性がどのようにしてつくられたのかということに関心のある読者にとっても、おもしろい本です。元来は「ちくまプリマ―新書」で刊行された本なので、学校にどこかなじめないでいる中学生や高校生の読者にとってもたのしんで読める作品だと思います。 -
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「あとがき」には、「この本は、すでにちくま文庫から出ている『これで古典がよくわかる』という私の本の続篇というか、別ヴァージョンのようなものです」と書かれています。
『これで古典がよくわかる』のほうは、古典文学を読むさいに留意しておくべき基本知識を、著者らしい軽妙な語り口で解説している本で、おもしろく読んだのですが、本書はそこまで親切ではありません。「まえがき」には、「私は、ただ「読んでみましょう」と言っているだけです」と述べられています。さらに次のような文章もみられます。「読んでみたら、意外とおもしろいかもしれません。なにかの形で、役に立つかもしれませんし、心を癒してくれるものと出会うかもし -
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橋本治流の「反知性主義」についての考察です。ただし「あとがき」に「反知性主義を対象とする一本道のようではありながら、結局そうではありません。そうであるのかもしれませんが、書き手である私は素直な一本線を用意していません」と書かれているように、著者独自の視点からさまざまな議論が縦横無尽に繰り出されており、『「わからない」という方法』(集英社新書)以来比較的リーダビリティの高い書き方にシフトしていたように見える近年の著者の作品のなかでは、その意とするところをつかみにくいものに含まれるように感じました。
本書がむずかしいと感じてしまう理由のひとつに、本書における「反知性主義」ということばが一般的な意 -
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橋本治と内田樹の対談を収録しています。
もっぱら橋本を深く敬愛する内田が、橋本のすごさを引き出そうとしていますが、話をまとめようとする内田を振り切って、橋本が思いもかけない方向へと議論を拡散させていくために、けっきょくまとまりのつかないかたちで話がどんどん進んでいってしまうという印象があります。それをおもしろいと思うか、それとも散漫だと思うかで、評価が分かれそうです。
橋本治を批評するひとがいないことを問題視する内田の主張は、おなじことを強く感じていた読者としては、あの内田ですら橋本治をつかまえることができずにいる本書の対談を読んで、いささか絶望的な気分にもなってしまいます。それでも、橋本 -
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話が深く、能力のない私には理解できない文章だったかもしれない。読者が理解する能力がないかもしれないことをもう少し考えて書いてもらいたかったかな。
上司が思いつきでものをいうときは呆れるといいというが、あくまでそれは部下が絶対的に正しいという前提だろうな。全て思いつきではないし、検討外れなことをいうのが上司というわけではないだろう。上司に期待して、上司ならおれの考えわかるだろうという態度で物事を進めるとこういうことが起こるのだろうな。上司は上司の役割があり、担当からすればおそらくお客さまなんだろうから、上司が判断しやすいように説明する必要はあるんだろうな。んー、よくわからなくなってきた。とりあえ