橋本治のレビュー一覧
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1990年代の「女芸人ブーム」を担うことになった、四人の女性たちをえがいた小説です。
著者のエッセイ作品を連想させる、過剰なまでに饒舌な文体で、お笑いコンビ「モンスーンパレス」を結成する金坪真名子(かなつぼ・まなこ)と安井貴子(やすい・たかこ)という二人の女性の青春時代を中心に、ともざわとみこ、阿蘭陀(おらんだ)おかねの二人を加えて、芸能界でそれなりの地歩を得た女芸人たちの三十代が活写されています。
本作が小説でありながらエッセイに近いような印象をあたえるのは、登場人物たちの身に起こった出来事がストーリーとして語られるというよりも、彼女たちが時代と状況のなかでどのような位置を占めることによ -
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短編小説五編を収録しています。
「文庫版のあとがき」によると、本書は『生きる歓び』『つばめの来る日』『蝶のゆくえ』につづく作品で、本書を含むこれらの短編集では「バブルがはじけた後の騒々しい焼け跡のような時代の中から「寂しさ」を拾い出そう」というねらいで書かれたものです。とくに本書では、「自分で見ることが出来ない男の背中」をえがくことがめざされており、このことは「男の根本にある不透明さ、曖昧さ」と言い換えられています。
前作『蝶のゆくえ』と同様、ストーリーのなかで登場人物たちの心情がたどるプロセスについて著者がくどいほどに説明を加えるというスタイルが採用されています。著者は、「百人分くらいの -
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橋本治氏は70年代の「桃尻娘」、80年代の「桃尻語訳枕草子」で話題になった。特に後者の作品が出たときには、ちょっとした日本古典ブームも起きたと思う。
そして90年代には「窯変源氏物語」が出た。
この作品が出た頃、新刊の1巻を購入して読もうとしたのだが、数ページを読んで挫折した記憶がある。
今回はそのリベンジ。歳をとると(?)、昔挫折してしまった本に改めて挑戦したくなってしまう。
実は学生時代は古典が嫌いで、源氏物語も枕草子も徒然草もほとんど読まなかった。源氏物語といえば「あさきゆめみし」という大和和紀さんの漫画が有名だが、それも読まなかった。なので全くの初見でよむ橋本治版「源氏物語」。
他を読 -
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この人の本は今までにも何冊か読んできているが、扱うテーマが結構幅広い。強いて言えば共通しているのは「人間とはどういうものか」といった所か。本書では日本人の性に対する価値観を歴史から紐解いている。オープンになったと思われる現代よりも昔(弥生時代~江戸時代)の方がよほどオープンで、その根底には「そういうもんだ」という考えがあったようだ。
西洋の話も聖書で紹介している。日本で言えば古事記のようなものか。元の内容(?)学校で習うよりも遥かに、性的だけでなく人間の本能をありのままにえぐるような表現が多い。
社会性、といった方がいいか、それを人間が獲得していく中で、性への考え方、道徳観、表現の仕方は変 -
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老いについて、著者の経験を交えながらいろいろ考えた本。どこか他人事というか、楽観的な部分も大いにあったように思う。
若い→まだ若い→もうそんなに若くない→若くない→老人、という五段階変化は納得。物忘れが多くなるのは、脳がいっぱいになってきて、覚える気もなくなってくるからというのもなんとなく納得。そして、皆んな、自分の老いに対してはアマチュアだということも。きっと、いろいろ思い悩みながら、徐々に受け入れ、老いに慣れていくしかないのだと。人生ってそんなもの。でも年を取るのは皆んな同じで、老いを経験した諸先輩方はたくさんいると思えば、老いるのはそんなに恐いこともありませんね。とりあえず、いまは健康で -
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下巻でも、アラン・ドロンや石原裕次郎、マイケル・ジャクソンなど、あちらこちらに議論を転じていきながら、「美男」とはなにかという問題が論じられています。
本巻の最後は、蜷川幸雄の舞台に出演している19歳の俳優との会話から、著者が少年と男の関係をめぐる考察を展開していますが、その下敷きになっているのが、男の「二段階変化」論です。著者は、自己認識をつくり変えなければならないと主張し、「成熟」がうしなわれてしまった現代人に対する批判をおこなっています。そのうえで、「強くなりたい」と思う人間は「弱さを自覚する」ことができている人間であり、それに対して「自分は主体性を持っている」と錯覚して「弱さを自覚す -
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前作「浄瑠璃を読もう」を読んだのは、2012年9月。その後、6年半、大阪で単身生活の間、国立文楽劇場に通い、前作に掲載された演目の殆どに触れることが出来た。
観ていないのは「ひらかな盛衰記」のみ。「本朝二十四孝」は八重垣姫の諏訪湖渡りの「十種香の段」のみだけ鑑賞できた。
文楽理解と演目鑑賞の助けになった本。
続編の刊行を知り、読む。
前作と比べ、マイナーな演目についての論考。僕が観劇したのは「曾根崎心中」「双蝶々曲輪日記」「摂州合邦辻」。
説教節からの進化、近松門左衛門、竹田出雲達の作者チーム、近松半二、並木宗輔の作家性を明らかにしたいという意図があったのかと思う。
(引用)
団七と徳兵衛 -
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2014年から50回にわたってPR誌『ちくま』(筑摩書房)に連載された著者の記事を、テーマ別に編成して収録している本です。そのときどきの世の中をにぎわしている出来事について、著者がみずからの感想をつづっています。
『「わからない」という方法』(2001年、集英社新書)以降の著者の本には、啓蒙的な性格が強く出ているように感じています。世界は無限に複雑な襞をもっており、その細部へとどんどん入り込んでいくことで真理に近づいていくというのが、元来の著者の議論のスタイルでした。その後、著者はそうしたみずからの思索のスタイルを、「「わからない」という方法」として、ハウツーものならざるハウツーものとでも呼 -
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相談者全員に対してではないのだけど、ときにびっくりするくらい相手を斬る。斬るといっても、それは相手が相談してきた内容について、「あなたはそれを悩んでいるというけれど、私から見て悩んでいるようには見えない」という次元できびしく切り込んでいるという意味で、相手の人格を否定するとか、傷つけるという意味ではない。そこは整然と、ぶれず誤解を与えない直球で持って行っている。
それが実は難しいと思うんだよなあ。
大学院で勉強し、資格を取り、一応は相談の仕事をしたことのある身としてはさ。問題は別のところにありそうだ、と思っても、直球ではなかなか切り込めないよ。そんなことしたら、引っ込んじゃうもの。
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ネタバレ・世の中が複雑になって、部下に指示を出す場合にも、押さえなければならない情報も膨大になっているので、上司も思いつきでものを言えない状況になっているのでは?勉強している部下もいますからね。
会社には、通常、平社員の上に、マネージャー、チーフマネージャー、執行役員、経営陣がいるわけですが、マネージャー、チーフマネージャー、執行役員は、経営陣の「思いつき?」を想定して「もの」を言わなければならないので、決して「自分の思いつき」で「もの」を言ったりできないのです。トップは、よく「エンパワーメント」をしている。などと強調していますが、管理職のミーティングに出席していない平社員からは、目的や戦略を明確