橋本治のレビュー一覧
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表紙がとても綺麗で手に取りました。
二十四節気は知っていても、それをさらに三等分した七十二候は知らない人が多いのでは?
わたしも今回初めて知りました。
雉始雊(きじはじめてなく)というように、動詞で示されているのが、分かりやすい。
どれも現代人にも理解できるもので、時代が変わっても季節の移ろいは変わらないものだなと思います。
この本では、二十四節気の春夏部分を抜き出し、また、各節気の真ん中の七十二候をタイトルに各自が短編をお書きになっています。
思えば、短い作品は触れてこなかったので、どれも不思議な余韻を残す終わり方で、こちらの想像力や読解力を掻き立てるなぁと短編の面白みを初めて知りました。
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Posted by ブクログ
6つの短編集
2011年3月11日の東日本大震災を経た人々の物語
まず本の装幀、装画(小関セキさん)がステキ。
お話はどれも面白く、また切ない話もあり、心に響いた。
※「父」なんかマズい。リアル過ぎて....
親子って、親の最晩年になると会話が敬語になるのですね。
それ、最近しみじみ思います....
「枝豆」は、登場人物全員、思考に思考を重ねて暗闘、でも空回りしてる展開がおかしい。
※思考に思考を重ねるのは、橋本治そのひとと思わなくもない
いちばん驚いたのは、本当にごく普通に生活しているひとたちのこころの襞を描く小説を、橋本さんが書いていたこと。
もっと早くに読んでおけばよかった。 -
Posted by ブクログ
江戸時代の歌舞伎について、著者ならではの観点から解説をおこなっている本です。
著者は、「定式という、いつもおんなじであるような決まった道具を使うことによって、それをいろいろ組み合わせて変えていく」ことで、さまざまな表現が可能になっていることに目を向けます。こうした理解にもとづいて、歌舞伎がたんなる「教養」に終わらず、一定のルールのもとで娯楽としての可能性を追求していたと説明します。
ただし「娯楽」といっても、江戸時代におけるそれは、現代のわれわれになじみの深い「娯楽」の理解とかならずしも同一ではありません。そのことは、「時代」と「世話」にまつわる著者の立ち入った解説によっても知ることができます。著者はこれらの概念について独自の解釈を展開しており、江戸の町人の時間感覚がアナクロニズムを前提にするものであったと述べています。近代劇のドラマトゥルギーになじんでいるわれわれにとって江戸の歌舞伎の内容やその受容の実態がわかりにくいのは、町人を中心とする遠近法のなかで時間感覚が成り立っているからだと述べています。そうした江戸の町人の時間感覚は、彼らの置かれていた社会的条件と密接にかかわるものであり、現代のわれわれにとっては合理性を欠くものに見えてしまうのです。
こうした著者の解釈が、江戸の歌舞伎の本質をどれほど正確にとらえたものなのかということは、わたくしには判断ができないのですが、「近世のドラマとは、結局何も起こらないものである」という見かたを押し出すことで、それと対比される近代のドラマの特異さについても考えさせられる内容だったように思います。 -
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個人的には、アメリカで起きた事は10年先の日本でも起きるという“格言”があって、この本の出された2017年から7年、書かれ始めた2015年から9年で、そろそろ日本でもと思うわけじゃなくて、2024年のアメリカではまだトランプへの支持が多く、いったいこんな状態がいつまで続くんだよとの思いでうんざりしているわけです。
snsでの荒れ方もまだこれから本番って事?って思うと、じゃぁいいやと撤退しているんだけど、大衆は明らかに知性を必要とせずに現状を肯定する御神託を求めているのがイヤ。
今後10年も同じような状況じゃ橋本治も草葉の陰で何だかなぁと思ってんじゃないのかな。 -
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橋本さんのイメージは編み物オジサン~戦後豊かになって人はバカな方向へ。読書って好きじゃないけど、読み込みが必要なときは編み物しながら。純文学って私小説のことで、エンタメだけの読み物だけで十分。1989に昭和天皇が亡くなってバブルが弾けたことにも皆気づかず、日本人らしい生き方を失った。歳を取るって捨象していくことだけど、実態は解らない。難病になって体力が落ちたことに気付いた。勉強嫌いの変な子で、勤めたこともないけど、サラリーマンの世界と律令制は似たもんだと気づいて、上司は思いつきでものをいうとタイトルに読者は飛びついた~勉強嫌いだけど、出来て、絵では食えないと、東大に行って、駒場祭のあの有名なポスターを描き、イラストレーターに、30歳で作家デビュー。1948年生まれ、2019年死去
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2018年の作品。当時70歳になろうとしていた橋本治が、その約30年後、2046年頃の世の中を舞台に、98歳になろうとしている自分自身を語り部として独り語りをする異色の小説。
東京大震災で首都圏は壊滅し、科学者の暴走により甦らされたプテラノドンが野生化していることを除けば、社会のありようは今とそれほど変わっていない。この辺の設定は近未来っぽくって絶妙。
主人公は、社会や若者(といっても「ゆとり世代」が50歳くらいになっているのだが)に対して毒づき、思うようにならない自身の身体、記憶力の低下、至るところの不調に悩まされながら、それでもなかなか死ねないという境遇を愚痴りまくる。
このあたりは、社会や大人に大して文句、不満をぶち撒きまくっていた「桃尻娘」を彷彿とさせ、皮肉とユーモアたっぷりの暴言のセンスは、この人ならではだなと思う。
沸々と湧き出た本質を捉えた感情が、豊かな川の流れになるような、豊かな言葉の流量。表現の水圧が高く、それでいて決壊しない安心感がどこかに漂っている。
こんな小説を書いておいて、その直後に橋本治は71歳で逝ってしまった。それはもう皮肉としか言いようがない。
本作は怪作の部類で、正直評価に戸惑うのだが、もっとこの人の小説を読みたかった、と改めて思わされる。 -
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『枕草子』を書いた清少納言が「時代の中に生きた美の冒険者」であるのに対して、『徒然草』を書いた兼好法師が、「時代の中に生きなかった美の傍観者」であるという違いです。
だから、兼好法師は出家してしまう。
→徒然草=「隠者の文学」はつまんねぇ
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『徒然草』は「王朝の美学」を語ることに挫折した男による、日本で最初の「人間世界」を語るエッセイ集です。気がつけば「王朝の美学」はもう遠くに去っていて、自分の目の前には「美」を欠いた雑な「人間世界」があった。つまり、「現実に目を向けた」です。
→出家=世を捨てることの意味
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批評に必要なのは、「終わってしまった領域の確定」で、だからこそ対象化は、「過去にする」を必須とするのです。
国破れて山河あり