久坂部羊のレビュー一覧
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ノンフィクション作家の中道颯子が、がん医療の進歩と多様化をテーマに、がん克服も遠くない…ということを伝えようと思い、医療ベンチャー企業の取材をする。
その最中に元勤務先の後輩であり、友人でもある愛美が、ステージ4の肺がんに罹り、AIに頼ってしまう。
怪しい医療ベンチャー企業は、やはり…という結末だった。
中道もいいように踊らされている感じがするのと、友だち思いなのかどうかと見えるところがあり、あまり好ましく思えなかった。
ただ、榊医師だけは偏屈だけど信用できると思った。
がんは、治るか死ぬかのどちらかだったが、治らないけど死なないという第三の道があるということ。
2人に1人が罹ると言われるがんについて、どこまで治療するのが正解なのか…を自身で判断することはできず、やはり信頼できる医師が重要だろうと思った。
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Posted by ブクログ
癌で友人見送ったばかり。「死ぬのは間違いない。だけど、今日死ぬわけではない。明日でもない。だったら自分には時間がある。それを精いっぱい大事に使おう。そう思えるのが死の『受容』だ」最後に榊さんのような淡々とした医師に巡り合って看取ってほしいが。「いい加減がよい加減ということもあるんだから、あまり一生懸命になりなさんな」「いのちが延びても患者に恨まれたら医療としては失敗。とにかく本人の希望を優先」死を前にして希望を明確に伝えられるか自信ない。告知の是非も。「癌は治らないけど死なない。徹底的に叩こうとしないで共存。大目に見てやる」…あれこれ考えないで充実した毎日を過ごすことか。
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Posted by ブクログ
誰でも老いる。いつまでも若くはいられない。老いへの心の準備をしておけば、がっかりしない。目指すのはできるだけ痛くない、苦しまない死。高望みせず、分をわきまえる。人の事を羨むのは自分に期待しすぎているから。なんだか元気がなくなる気もするけど、幸せな気分で生活する時間は長い方がいい。
医療関係者が減れば病気の人は減る、というのが笑えた。
超高齢がいいことばかりではない、には納得。無理に死ぬことはないけど、長生きしてほしいというのは周りの人のエゴではないか、の言葉にも納得。安楽死にも否定的ではないのは、さまざまな老人の死に立ち会ってきたからなのだろうな。
いやぁ、ポックリ死にたいもんだ。
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Posted by ブクログ
面白い!死について今まで色々考えたことはあったけど、自殺についてはあまり深く考えたことなかったので、真也と薫子の意見の対立は非常に興味深かったな〜どちらかというと真也よりの考えなので、薫子の独善的な思考は、甘ちゃんやなぁと読んでて歯痒くもあったけど最初から最後まで一貫した善さみたいなのを持ってたから、キャラクターとして矛盾はなかったな。最後は真也の方が、気持ちと思考を切り離しきれなくて苦しんでて、人間らしさがあった。
というか、自殺に対する考え方の話だと思ってたのに、最終的にサスペンスになってしまったのはちょっとビックリ。でも、そこも含めて面白かったですよ! -
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ネタバレ現役医師の久坂部羊さんが書いたダークな医師小説の5編の短編集。
精神状態が不安定な患者がセカンドオピニオンが信じられずに、その医師のプライベートを暴き、誹謗中傷や痴漢冤罪の罠にハメ、クリニックを閉鎖にまで追い詰める。しかし実はそれが同姓同名の医師だったという話。
医者として、人に不幸を告げる…患者に不治の病であることや余命を告げる瞬間が快感になってしまった医者の話。
いずれもダークで読んだ後に嫌な気持ちになる『イヤミス』な内容が続く…そして一番なんとも言えないどんよりさを感じたのは『老人の園』という短編だ。
医師の傍らデイサービスの施設を作り、たくさんの老人を集めたが、やがて老人の中にヒラエルキーが生まれ、派閥ができてゆく。
公平に扱わなければならないのに、老人の派閥を忖度することになり、悲劇が起こる…
ちょうど母親が施設に入居したばかりなので、なんだか変な胸騒ぎを感じながら読み終えて、いやーな気持ちになった。
面白かったという言葉が適切かはわからないが、惹きつけられる小説だった。
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Posted by ブクログ
抗がん剤治療では癌はなくならないことを初めて知った。私の祖父も癌でなくなったが、最期は治療が辛いからもう死なせてほしいというようなことを言っていたと聞いた。
しかし、治療が難しいと聞いても最初からすんなり諦めて残りの人生を楽しもうと気持ちを切り替えるのは難しいと思う。本人も家族も。
知識がないから尚更いろんなものに縋ってしまうのだろう。
小仲のような傲慢な患者に対しても治療をしなければいけない医療従事者は大変だなと思った。あんな自分のことしか考えてないやつまで救わないといけないのか。
私なら癌と宣告されたらどうなるのかと考えざるを得ない一冊だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ脳死判定された患者からの心臓移植を題材にした医療小説。
臓器移植コーディネーターの女性を主人公にして、心臓を提供する側とされる側の重くて複雑な心境、臓器移植推進と反対派の奥深い葛藤をあぶり出す。
心臓病の専門病院で、適切な臓器の斡旋を行う臓器移植コーディネーターとして働く立花真知。
彼女が担当する患者は、拡張型心筋症を患い心臓移植を待つ池端麗。
麗は、五輪金メダリスト候補のフィギュアスケーターだったが、血液型が、日本人には500人に一人と言われるRHマイナスであり、ドナーの少ない日本で、移植を受けるのは至難の技で、絶望の淵にたたされていた。
ところが、くも膜下出血で倒れ脳死判定を受けた岡田広志という男性が、ドナーカードを持っており、しかも、奇跡的に麗の血液型と一致、その連絡を受けた真知ら病院側は、臓器提供に向けて動き出す。
広志の妻・千恵や子どもたちは夫の意志を尊重、夫の臓器全てをドナーとして提供することで了解するが、広志の母・登志子は納得しなかった。
真知が勤務する病院の副院長・一ノ瀬徹也は、移植医療のベテランで、熱心に患者に向き合うが、強引な性格で、日本の臓器移植が進まないことに苛立ちを覚えていた。
広志のことを知った一ノ瀬は、麗への心臓移植を急ぎ、真知に対し、登志子に会いに行くことを要請する。
臓器提供の強要をできないことをわきまえている真知は、受け身の立場に徹しながら、登志子の辛い気持ちを聞き取り、移植を待つ患者がいることも伝えるが、説得には至らなかった。
説得は失敗だったと思っていた翌日、JOT(日本臓器移植ネットワーク)のコーディネーターから登志子の承諾が取れたとの意外な連絡が入る。
これで、麗の心臓移植手術が実行され、手術は成功するが、ここから、深刻な問題が生じてくる。
登志子は、テレビ番組「イブニング・ハイ」を見て、コメンテーターを務める弁護士・木元耕助の発言に刺激を受ける。
彼は、脳死を認めようとせず、臓器の取り出しが人権侵害だと強く主張、登志子は、自分の味方が現れたと感激する。
登志子からの手紙を受け取った木元はテレビ番組で一ノ瀬と討論。移植推進派の国会議員も出席した場では、登志子も出演し、次第に大きな社会問題に発展していく。また、臓器移植に関し圧力をかけ、誘導したとして真知を非難する。
一方、心臓移植を受けた麗は、選手としての復帰に胸躍らせたが、神経がつながれない「除神経心」のせいで、負荷の大きい運動で息切れしやすいことに気づき、絶望を感じて自暴自棄になる。
物語には、5歳で心臓移植を待ちながら、血栓で脳梗塞になり脳死判定を受けた少女の臓器提供を申し出た両親の話も盛り込まれている。
臓器移植を待つ患者、脳死判定を受け、臓器提供に踏み切る患者の家族、その両方の立場に立つことになった家族、救える命があることで移植に直進する医者、レシピエントとドナーの気持ちに寄り添い、懸命な説得に従事する移植コーディネーター。
心臓移植という重いテーマに直面する様々な人々の姿が臨場感豊かに描かれ、しかも、読んでいて、それぞれの真剣な気持ちが全て理解できる内容になっている。
非常に重たく、濃い味付けで描かれるが、ラストは、良い方向に収束し、心臓移植が「命の横取り」ではなく、「命の贈り物」だったという形で締めくくられる。
しかし、決して薄っぺらいヒューマン医療小説ではなく、医者である著者ならではの専門的見解や知識が散りばめられ、考えさせられることも多かった。
その点をピックアップしておく。
①心臓移植はハードルが高く、ドナーの心臓が動いているうちに取り出さなくてはならない
②日本での心臓移植はドナーが少ないが、技術や設備は整っている。
③脳死状態でも、脊髄反射で身体が動くラザロ徴候というものがあり、患者家族の臓器提供への気持ちを揺るがせる。
④日本の臓器移植が国際的に遅れを取っている最大の要因は、国際順位63位という圧倒的なドナー不足にある。
⑤臓器提供は通常の医療と異なるため、病院のスケジュールに組み込めず、摘出手術は休日や平日の深夜から早朝にかけて行われるのが通例。それが、患者家族、医療スタッフに大きな負担となる。
⑥心臓と神経がつながらない「除神経心」の状態では、交感神経と副交感神経による精神的な変化や運動時の負荷に応じた脈拍や血圧のコントロールができなくなる。とはいえ、神経は、細かく枝分かれしており、時間との闘いとなる心臓移植では縫合する時間的余裕がない。