久坂部羊のレビュー一覧
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死ぬのが怖かった。生まれ変わった先の人生が超無理ゲーだったらどうしよう、とか考えたり、例えば脳梗塞でめっちゃ強い痛みを感じて死んだらどうしようとか考えていた。しかし死ぬのも人生の一部。生まれてきたらみんな必ず死ぬ。これを書いてる次の瞬間に死んだとしても、明日通勤途中に車に轢かれて死んだとしても、あるがままに受け入れるしかない。
その代わり、いつ死が訪れるか分からないという気持ちでいると、今日を精一杯生きようと思える。あと死ぬのが怖いのは、今が幸せで今が終わって欲しくないから、あとはこの人生でまだやり追えてないことがあるから人生を終わらせたくないのだと気づいた。
最後は自己肯定と感謝!! -
Posted by ブクログ
臓器移植の提供する側とされる側の思いに踏み込んだ作品
息子の脳死を受け入れられない母親
心臓を移植するが、以前のパフォーマンスが出せずに絶望するアイススケーター
その間を取り持つコーディネーターや医師たち
どちらが正義と言えない中、時間をかけて故人の想いに身を馳せる家族
実際には、脳死を受け入れることは簡単ではないだろう
しかし救われる命があるのであれば救いたいという人は少なくないと思う
臓器提供について、この著書で考えるきっかけとなった
なかなか普段接することのないテーマなのでもっと多くの人に今の臓器提供の状況を知ってもらうことが急務だと思った -
Posted by ブクログ
心臓移植を巡る物語。
心臓病の専門病院で、臓器移植コーディネーターとして働く立花真知は、将来の五輪金メダリスト候補とされるフィギアスケーター・池端麗を担当する。
心臓移植しかない麗のドナーが見つかったとき、ドナーの家族の中で母親だけが納得してなかったのだが、真知が取った行動が…。
命の横取りをしないでと叫んだ母親だが、臓器提供は命の贈り物だと…
強要そのものは禁忌だが、消極的なままだと助かる命が失われるわけで…
助かる患者の喜びの裏で、別の悲劇を生むことも…
読みながらも複雑な思いに駆られる。
自分ならどうするだろうか…
どちら側にしても直ぐに答えを出せない。
命は重いからこそ、簡単には結論を出したくないのかもしれない。
医師作家だからこそ生々しさがあった。
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Posted by ブクログ
死に方への提言と指南をする新書
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誰にも訪れる「死」。しかし、実際にどのようにして死んでいくのかを知っている人は少ない。人がどのような末期を知らないと、虐待に等しい終末期医療に苦しみ、悲惨な死を迎えることになりかねない。肉親が迎えたとき、そして自ら死を覚悟したとき、どのような死に方を選べばいいのか。在宅診療医として数々の死を看取った、作家の久坂部羊氏が、人がどのような死を迎えるのかをリアルに描き、安らかな死を迎えるために、私たちが知っておくべきことを解説する。その日に備えて、読んでおきたい「死の教科書」
はじめに
第一章 死の実際を見る、心にゆとりを持って
第二章 さまざまな死のパターン
第三章 海外の「死」見聞録
第四章 死の恐怖とは何か
第五章 死に目に会うことの意味
第六章 不愉快な事実は伝えないメディア
第七章 がんに関する世間の誤解
第八章 安楽死と尊厳死の是々非々
第九章 上手な最期を迎えるには
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現在の「死に方」に対する問題提起と、著者の考える最適な選択
病院で行われる、儀式としての蘇生処置
家族に対するパフォーマンスの意味合いが強い
手を尽くさなかったと訴えられないための予防線
無駄とも思える延命治療
自分の意思で延命治療を拒んでいても、意識が無くなった状態で家族から治療を求められると、医師としては断れない
なので、家族に対してもちゃんと理解してもらっておく必要がある
死に目に立ち会う事を重視する欺瞞
医師としても、家族に立ち会わせてあげたいという思いから延命しようとしているが、果たして本当に必要な事なのか?
ただ、著者も一様に否定しているわけでもなく
母親の死に目に合わせてあげたいと、必死で心臓マッサージをした経験も紹介されてある
ただ、その際は間に合わなかったようだが
人は自殺以外は死に方を選ぶことはできないが、ある程度の準備はできるという前提で
その心構えのための方法が紹介されている
私個人の思う理想の死に方も、多くの医師が言うようにガンで死ぬのが一番ましかと思う
死ぬ心構えもできるし、身辺整理もできるし、ある程度の痛みの緩和方法も確立されている
むしろ、癌になれた時点で既に長生きできたと思うべきなのだろうな
万が一、更に長生きして老いさらばえたとして
誤嚥性肺炎になった時点で老衰と同義と思っている
なので、自分は胃瘻手術はしたくないしかな
その他にも、自発呼吸ができなくなったとしても同様
長野県は長寿県として有名とされている
長野で進められているのが「ピンピンコロリ(PPK)」で
「ピンピン」は個人の努力である程度はできるけど、「コロリ」はむしろ難しくなるという
言われてみれば確かにそう
まぁ、コロリは脳梗塞や心筋梗塞を想定しているのだろうけど、それでも助かる人もいるし、そうしたらむしろ今作で言われている「死ねない」状態になるからなぁ
安楽死については、「安楽死を遂げるまで」(宮下洋一)を読んだので、少し知っている
一口に安楽死といっても様々な方法がある
・積極的安楽死
・自殺幇助
・消極的安楽死
・セデーション
医師の手による処置、医師が事前に説明した上で患者の手による処置、延命治療の停止、意識レベルを下げる処置
「尊厳死」という言葉の定義は曖昧
賛成派と反対派の間で議論が続いており、特に社会的圧力や悪用の危険性が反対理由として挙げられている。
すべり坂理論の問題は大きいように思える
誰がどんな意図で行うか
たとえ患者自身が選択したとして、そこに至るまでに様々な力が加わる事もあると思う
この本の主張をまとめると、無駄な延命処置をされたくないのであれば
・病院に行かない
・救急車を呼ばせない
という選択に尽きる
ただ、場合によっては家族に殺人罪、もしくは自殺幇助の嫌疑がかけられることもあるのでは?と思った
そのために、かかりつけ医と普段から密に情報を共有する必要があるわけで
ここで言う病院というのも、その対応方針に違いがあるのだろうな
終始、延命治療は悪という事ありきで書かれているように感じる
そっちの方が幸せな人もいないとは言えないのでは?とも思った
それこそ、亡くなった人に聞くことはできないし、両方を経験した人でなければどっちがいいとか言いようもない
脳死や臓器移植に関する事は、「人魚の眠る家(東野圭吾)」を読んだときに色々と考えた
自分自身の選択と、家族の意思を尊重するかは基準が変わってきそうなところがある
ドナー、レシピエントの立場の違いでもあるだろうし
明確な基準は決めにくいと思う
序文で笑えるところもあると書いてあったけど、笑えるような部分はなかった
著者はどこが笑えると思って書いたのだろうな? -
Posted by ブクログ
ネタバレ通称『にんにん病棟』と呼ばれる認知症患者専門の病棟の日々を担当医と看護師の目線で描いた小説。時々クスッと笑えるところもあるが、笑うに笑えない箇所もあったり、現役の医師が描いたリアルな内容でした。
自分が医療を施す側の立場、患者の立場、患者の家族の立場で、読後の印象は全く違うのだとは思うが、久坂部羊さんの小説は本物の医者だけに実際に起こりうることだらけなのかと思う。
本文の中で、患者の足を切断させないためにマゴットセラピー(蛆に壊死した傷口を食べさせる治療)を施す描写がゾッとした…
『老乱』『老父よ、帰れ』等々、久坂部さんの認知症をテーマに書かれた小説を読んできたが、その家族がその時にどうしたらいいか、心構えのようなものを叩き込まれる気がするなあ。なかなか重い気分だ。 -
Posted by ブクログ
医師で作家の久坂部羊さん。
『廃用身』を以前読んだことがある。
(目次)
爪の伸びた遺体
闇の論文
悪いのはわたしか
絵馬
貢献の病
リアル若返りの泉
6篇の中では「闇の論文」が良かった。
西国大学の生命機能研究科が舞台。
「生検により起こり得るがん転移のリスクについての洞察」
助教授の山極温(やまぎわゆたか)は、丸山の論文を科学雑誌に掲載すべく手を尽くすが、思わぬ壁に阻まれてしまい…。
「研究にはタブーがある。生検による転移の論文は学界にとっての"不都合な真実"なのだから!」
研究医が触れてはならない領域があると、医学の闇の深さを感じさせる一篇だった。
書き下ろし「リアル若返りの泉」はとてもユニークな作品。
「頭髪が増えた」とFacebookに投稿した元教師の泉宗一(68)は『若返りの泉』ともてはやされ、有名人になるが…。
「調子に乗っている」と冷淡な眼差しを向ける妻に対し思わず「離婚!」と口走ってしまった夫。その後の展開に何度溜息をついただろう。
最後はゾクっとさせられた。
色々な病気を物語に上手く落とし込んでいて流石だと思った。短編の方が重くなり過ぎず読むことができた。