【感想・ネタバレ】人はどう老いるのかのレビュー

あらすじ

老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。

イヤなことばかり書きましたが、これが老いるということ、すなわち長生きということです。
にもかかわらず、長生きを求める人が多いのはなぜなのか。それは生物としての人間の本能であり、長生きをすればいいこともいっぱいあるからでしょう。
世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれています。曰く、「八十歳からの幸福論」「すばらしき九十歳」「人生百年!」「いつまでも元気で自分らしく」「介護いらず医者いらず」等々。
そのことに私は危惧を深めます。そんな絵空事で安心していてよいのかと。
思い浮かぶのが、パスカルの言葉です。

我々は絶壁が見えないようにするため、何か目を遮るものを前方に置いた後、

安心して絶壁のほうに走っているのである。
下手に老いて苦しんでいる人は、だいたい油断している人です。浮かれた情報に乗せられ、現実を見ずに明るく気楽で前向きな言葉を信じた人たちです。
上手に老いて穏やかにすごしている人は、ある種の達観を抱いています。決していつまでも元気を目指して頑張っている人ではありません。いつまでも元気にこだわると、いずれ敗北の憂き目を見るのは明らかです。
老いれば機能が劣化する分、あくせくすることが減ります。あくせくしても仕方がないし、それで得られることもたいしたものではないとわかりますから。そういう智恵が達観に通じるように思います。

多くの高齢者に接してきて、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見ていると、初体験の「老い」を失敗しない方法はあるような気がします。それをみなさんといっしょに見ていきたいと思います。

第一章 老いの不思議世界
第二章 手強い認知症高齢者たち
第三章 認知症にだけはなりたくない人へ
第四章 医療幻想は不幸のもと
第五章 新しいがんの対処法
第六章 「死」を先取りして考える
第七章 甘い誘惑の罠
第八章 これからどう老いればいいのか

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Posted by ブクログ

長年高齢者医療に携わってきた医師が、さまざまな老いのパターンを見てきた中で、上手に老いる方法や失敗しないコツを伝えている。美貌も健康もいつかは失われ、その時になってからの未練は無駄で抵抗すれば余計に苦しむのでそれを理解して受け入れること、そしてその時がいつ来てもいいように悔いを残さないように生きることが大切だと説いている。また、現代は医療が発達しているので、悲惨な延命治療、苦しい長寿、過酷な介護の問題が深刻になっており、家族も同様の考え方が必要だと力説している。一方で、医師が死の直前の医療行為が本当に必要だと思っていないとか、クリニックの収益の観点から過剰な検査や処方があることも告白しており、かなりオープンな印象を受ける。
本書の中には、はっとするような言葉も多い。「人は不幸には敏感だが、幸福には鈍感」にも納得、日々の幸せに気づくことの大切さを再認識した。また、将来の事を心配して幸福になるためにあくせくしている人は、自分ではそうとは気づかず準備ばかりに追われて、味わうことを忘れているという言葉も身につまされる。

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2025年07月29日

Posted by ブクログ

長生きは苦痛、認知症は不幸ではない。現役時代とのギャップや高望みが不満のもと…。努力しすぎず達観して足るを知る、現実を受け入れることが大事だ。カミさんや子供達をケアラーにしてはならないと改めて自戒。期待しすぎず頑張りすぎず、ちょっとだけ今を大切にしていこう。良本、他の著書も読んでみよう。

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2024年12月21日

Posted by ブクログ

何で本書を知ったのか?
覚えていないんですが、ようやく読めました。

私が〝タブー〟だと思っていることをズバズバを書いていて、納得させられることが多い。
父と義母が80歳を超え、色々と覚悟しなければならないタイミングで読めてよかった。

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2024年11月13日

Posted by ブクログ

医師だからわかる綺麗事ではない、老いるとはどういう事なのかを、赤裸々に語っています。医療、医師への信仰とも似た過度な期待。
まさに老いる事について、死について予習することができる一冊。

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2024年10月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

100年時代とプラス面ばかりいわれているが、メディアのいうようなプラス面ばかりみていてはいけないなと思った。
高齢になると人間は皆体がおかしくなる。去年までの幸運を喜ぶべきで、いつまでも無症状のままが当たり前と思うほうがまちがっている。「老い」にはつらいこと、悲しいことが多い。具体的に書かれていて、わかりやすい。

心の準備のある人は、ある程度受け止められる。心の準備のない人、すなわちいつまでも元気でいられると思っていた人は、「なんでこんなことに」とか「こんなことになるとは」と、よけいな嘆きを抱えるので、反応性のうつ病になる危険が高まる。

知症の介護をはじめるなら、認知症の人が起こすトラブルをできるだけたくさん、できるだけ最悪なものを想定内にして、心の準備をすることが肝要。すなわち、認知症の予習。あまり考えたくないが、最悪を考え、心の準備が大事なんだな。

収益を生むためにどうしても過剰な検査になることがある。そして医者に頼ろうとする人は少なくない。それは、専門家に頼れば安心という幻想があるからではないでしょうか。医療も医学も必ずしも万能ではないし、当てにしすぎると裏切られることもあるということを、忘れないほうがいい。

胃ろうやCVポートで引き延ばされる命は、当人にとっても家族にとっても過酷なもの。下の世話から床ずれ予防、喀痰の吸引、あちこちの 疼痛ケア、関節拘縮の予防に清拭、口腔ケア、唾液の誤嚥防止。胃ろうから入れた流動食の逆流予防など。
「胃ろうかCVポートをしなければ、このまま亡くなります」と言われたらどうするか?あまり考えたくはないが、考える必要があると思った。

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2024年08月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

良書。
認知症は、悪くない。本人は、今しか分からないから、死の恐怖を感じなくなるから。周りは大変だけど。
死は受け入れるしかない。誰でも訪れる。近年は、無理やり生かそうとする。本人、家族とも辛くなる。高齢なら何もしないほうが楽。
気楽に、今を楽しむ人生を心がけよう。

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2024年04月06日

Posted by ブクログ

いろいろ考えさせられた。
両親のこと。自分のこと。
老いを受け入れるというのは、ホントに難しい。
「足るを知る」というのも。

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2025年08月01日

Posted by ブクログ

高齢者の介護に長く携わっていた筆者だからこその視点で書かれた死生観に関する一冊。
認知症、がんに関しては医者ではない一般人からしたら「こんな風に考えたことなかった」と目から鱗ではないでしょうか。また、そのエピソードがリアルでサクサクと読み進められるのも特徴的です。
医者だって金を稼がないといけないとか。秀逸です。
老いにしても、死にしても、受け入れることが寛容で。
かつ、あらかじめどれだけ考え、準備しておくかが自分らしく生きることに繋がる。こう考えさせられました。

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2025年05月11日

Posted by ブクログ

気がついたら両親が亡くなった年に近づいている。
これから先どう生きたらいいものか?その思いに答えになるかなと
思い読んだ。
鏡をみれば白髪、シワの顔、歯はガタガタ、腰痛は良くならない、背中を丸めて歩くようになった。
老いる自分の姿は悲しい。
だけどジタバタしたところで仕方ない。
老いを受け入れ今を楽しむ。

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2025年04月28日

Posted by ブクログ

高齢者医療に長年携わってきた方だけに、高齢者の具体的事例が沢山書かれており、とても参考になる。健康診断やがん検診を受け、悪いところが見つかったとしても、高齢になったらあまり意味がない。ジタバタせずに、充実した最後を送るべきだと思った。無駄な治療をしたところで、満足のゆく結果は得られない。怪しげな治療法やサプリの類は無視すべし。何だか、老後のことについて、とても気が楽になりました。

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2025年04月06日

Posted by ブクログ

老いについて肩意地張らずに読めました。

1年でも長く生きることが良いことなのか、を改めて考えさせられました。

医療従事者である私としては兎に角合点が行く話ばかり。

筆者は安楽死や胃ろう、人工透析などについていても語っていて本人の意思よりその周囲の意見が結果的に本人を社会を苦しめているとの意見にとても賛同しました。

今を生きる。

その積み重ねが未来を作っていく。

元気でまだ若い時の読むことができてよかった。

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2025年04月02日

Posted by ブクログ

老いも死も嫌なものだが、欲望や執着を捨て、老いや死を受け入れること。与えられた状況に感謝し足るを知る方が心安らかに過ごせる。
武道というのは与えられた状況に最適化することを目指すこと。最適化とは相手の状況に合わせて最も自由度の高い状態を作ること。そうすることで次の行動の選択肢が最大化し、何が起きても大丈夫と言う心持ちになる。

認知症になるのは悪いことばかりではない。
病気になった後病気であることを認識できないから、恐れる必要も悔やむ必要もない。無理解の平安に帰還する。認知症でない人が感じる。不安や恐怖軋轢や葛藤から解放されるから決して悪い状況ではない。
今のところ認知症予防に効果的なものはない。

癌は5ミリ以上でないと発見できない。2人に1人は生涯癌にならない。がん検診で30人に1人は検査被曝で癌になっている。

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2025年02月14日

Posted by ブクログ

「人はどう老いるのか」作家であり医師である筆者が書いたのは、どう老いてどう死ぬのか?ということに向けて、多くの死を見つめてきた医師の視点からの提言。
人の命は何者にも変え難い。自ら捨てていい命なんか一つもない。そんな通り一遍のごたくではなく、死とはどういうものか?と正面から死を見つめる真実。
老いるということは、その結論として死を迎える。
どう老いるのか?ということは、どう死に向かうかというこのに他ならない。
年金受給資格を満たし、死を身近なものとして見つめる世代に入りつつある私には、多くの示唆に富んだ一冊だった。
本書を読んで「求めない」という詩集を読むことにした。

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2025年01月16日

Posted by ブクログ

ネタバレ

いつまでも明晰だと、老いのつらさ、惨めさが如実に意識され、不快な過去と不安な未来に苦しめられるが、認知症になるといっさいが消えて今だけの存在になる。

認知症の介護をはじめるなら、認知症の人が起こすトラブルをできるだけたくさん最悪なものを想定内にして、心の準備をすることが肝心。

・無為自然
作為的なことはせず、自然に任せるのがいい
・莫妄想(まくもうそう)
不安や心配や迷いは妄想だからしないほうがいい
・少欲知足
欲を減らし、足るを知ることが苦しみをへらす

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2024年11月27日

Posted by ブクログ

死について安心できている人なんていない。
突然なのか告知されてなのか、どちらにしても迷うことや悩むことだらけ。
著者は医師であるが外務省に勤めて医師の現場に立つことになった。この経歴も興味深いが、医師の現場に戻ったデイケアクリニックでの出来事が興味深い。
認知症の症状や個人差もあり、そのやりとりはやはり生々しいがユーモアを忘れない老人との会話もある。
目次もなかなか工夫されており、それはよまなきとなる。
準備しても仕切れないが最後はそこだよなと哲学的になる。

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2024年09月16日

Posted by ブクログ

老いも衰えも受け入れて付き合っていくしかない。
仏教では諦と言う文字は真理の意味がある。
努力をすればリスクは下がる。しかし0にはならない。そのことを認識しておかないと、努力しない人以上の苦しみに陥る危険がある。

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2024年07月26日

Posted by ブクログ

意外なことを言っているわけではないが、心にとめておくべきことが繰り返し述べられている。

あらかじめ期待値を下げる。幻想を抱きすぎない。

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2024年06月19日

Posted by ブクログ

あきらめることは受け入れること。今のところどこも悪くない40代なのに、延命治療はしないでと家族に伝え済の自分にとっては、思っていることを言語化してくださっている良書。

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2024年04月16日

Posted by ブクログ

スマートニュースで気になりようやく借りられました。
高齢者医療に携わっている医師が書くなら大体そうであろう内容。

本当に本人が望まない延命は苦しいだけ。点滴以外にも食欲落ちてきている人に高カロリー食品を延々と食べさせたり。一度始めるとなかなかやめられないのが怖いところです。一時的な食欲低下なら確かに栄養補助食品で様子見た方がいいけど、それで細々といくのも辛いですよね。結局必要栄養量は賄えないから褥瘡になりやすかったり治癒もできないし。

やっぱり老化を受け入れて楽しそうに年をとっている本人や家族は幸せそう、に尽きます。

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2024年03月16日

Posted by ブクログ

すごくシンプルに強引に書くと「死が近づいた時に無理に病院で生かすことはせず、自然に任せることが最善」ということです。
このことは小説家でもある久坂部さんの作品にも何度も登場人物に言わせています。
ちょうど母が看取りのタイミングが近づいていて、健康ではあるけど体力がなく、食べられない。でも胃瘻はせずに水分と栄養の点滴になり、あとは自然に旅立つのを待っていますが、父も(元気)近くで看取ることができるので、久坂部さんの考えに賛同しています。
医者は家族に頼まれれば後でトラブルにならないように一見必死に生かすけど、「医者はホントは知っている」という副題があるように、医者としては家族と会話ができる(無理な酸素吸入せず)中で逝かせてあげるべき、と知っているということです。

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2025年11月15日

Posted by ブクログ

アラフィフ世代、多少衰えは感じつつ、老いも死もいつか来るけど今じゃないとある種楽観視してるとこはあるけど、心構え、気持ちの準備はしておきたいと感じた。とりあえず闇雲に受けてるがん検診はもう一度考えてみよう。

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2025年06月01日

Posted by ブクログ

老いや病気に抗うことなく、年をとれば誰でもできないことが増えて痛いとこも増えてままならないことばかり。
それをあまり悲観せず、受け入れて無駄な治療はせず、心穏やかに死を迎えることができれば上等ってことかな。
坂本龍一の最期の言葉が”もう、逝かせてくれ”というのは早く解放(痛みや治療から)させてくれってことで、あんなにも輝かしい功績を残した人なのに最期がこの言葉なんてなんともやるせなかった。

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2025年02月27日

Posted by ブクログ

「実は今がいちばん幸福なんだと気づけば、これからどう老いるべきかということも考えずにすむでしょう。」 最後のこの言葉にまとまっている気がします。

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2024年12月03日

Posted by ブクログ

自然な老化現象や病気。下手に老いて苦しんでいる人は、だいたい油断している人です。現実を見ずに明るく気楽で前向きな言葉を信じた人たちです。上手に老いて穏やかにすごしてしる人は、ある種の達観を抱いています。

最期まで諦めずに頑張れ、が指針となって沁みついてしまっているのですね。

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2024年12月01日

Posted by ブクログ

多くの高齢者に接してきた筆者が
初体験の老いを失敗しないように指南してくれる。

認知症になるとこんなことをするのかという逸話が盛りだくさんでショックも大きかった。
老いへの心構えと死への心構えは
なるほどと思わせることばかり。

ただ全てを受け入れることは難しいだろうな

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2024年12月01日

Posted by ブクログ

どう生きるか、どう老いるか。心臓や脳が悪くなり、死を身近に感じた。だがもっと深刻な状況にある人が周囲にいることに気づかされる。親の死を経験し悔いも募った。だがそこには執着やエゴもあったのだろう。命の有限性を前に何を手放し何を残すべきかを問われる日々。老いと向き合うとは限り今ある時をどう使うかに他ならないのかもしれない。

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2024年11月22日

Posted by ブクログ

人の名前が思い出せず、口をついて出るのは「あれ、それ」ばかり。白髪や皺、シミが増えて、鏡を見るのも嫌になる。腰痛や関節痛がひどくなり、歩くのも辛くなる。視力が衰え、本を読むことすらままならない。…遅かれ早かれ、人は誰しも老いる。健康寿命が尽きても、暫くは生きていく。医学は万能ではなく、若さは取り戻せない。巷に広がる健康情報には商業的な意図もあり、過度な期待をしてはいけない。できなくなることや不便になる現実を受け入れ、一瞬一瞬の今を味わう。老け行く自分。やってくるその時に備え、心の準備もしておいた方がよい。

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2024年10月21日

Posted by ブクログ

老人医療に携わる医者からの提言。老いの実態から、病、医療現場、治療の限界、、まぁ、本来あまり知りたくないことがたくさん書かれてる。大事なのは、心の準備。多くを望まず、受け入れる寛容さ。難しいが、納得の一冊だ。

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2024年10月20日

Posted by ブクログ

老いるというものを、メカニズムではなく、老いた上でどう老いと付き合い生きていくのかという観点で書かれた本。
老いは防げるに越したことはないが、現実的には老いは必ずやってくるもので、死と同じでどう付き合っていくかを考えさせてくれる本。

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2024年08月03日

Posted by ブクログ

老人デイケアに勤めた経験から見えてきた老いるとはどうゆうことか、について書かれた本。
いろいろな老人の実態が書かれていて興味深い。
中番から後編では老いや死にどう対応していくかが書かれていた。
老子や、釈迦の考え方を示していた。

弄便(ロウベン)認知症介護の最難関。認知症になると、便が臭い感覚がなくなり、便がきたないもの認識が消える。便を粘土のようにこねたり、ポケットにしまい込んだりする。

認知症の種類は4つに分けられ、混合型もある。
どの型かは死後脳を見てみないとわからないことが多い。
アルツハイマー型、レビー小体型、前頭葉側頭型、脳血管性。

認知症に様々なタイプがある。多幸型、不機嫌型、怒り型、泣き型、笑い型、いじわる型。
徘徊とは目的もなくうろうろ歩くこと。老人の徘徊には彼ら自身の目的があり、徘徊とは言えない。対応方法も書かれており、体験することになったら読み直したい。

齢をとれば人格者は70歳まで。それ以降は心身共に衰え、若者から尊敬されたいと思っても無理がある。敬老精神がほしければ、高齢者自身が尊敬に値する人物にならないといけない。方法は自らを受ケイれることフレーズ117参照

病気治療や健康に対して、医者は特別な能力を持っていない。良くなったのは本人の力。専門家に任せれば安心というのは医療幻想につながる、。期待は失望に変わり、自分の首を絞めることになる。

老いを目の前にする家族は、以前の問題のない姿と比較し、狼狽しなんとかならないかとあくせくする。日付を聞かれて答えられなかった本人は、これができなくなった。頭ではわかるのに、口にできなくなったと、無いものに捕らわれ不幸になる。対応としては試すのではなく、話を認めること。具体的に選択肢を提示する。コーヒーと紅茶どっちがいい?どれがいい?では迷いやすく答えられないことがある。
認知症の本人は、認知症になったら嫌だとか考えていない。認知症が嫌だと思う人は元気な人のみ。不安にならず認知症を受け入れる。年をとると、心身共に衰え、今までできていなかったことができなくなる。それを受け入れること。過去と比較し苦しまないこと。認知症にならず、頭がしっかりしている者も考えもの。自分の現状を理解できる分、家族や周囲の人に申し訳なく感じることも。
老いについて元気なうちから現状を知り、受け入れていく準備をすること。

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2024年04月10日

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