小松左京のレビュー一覧
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ネタバレ“恐ろしくてとても口には出来ない”伝説の怪談「牛の首」他、恐怖と幻想の色濃い15編を収録。
「SFならあらゆる表現が可能」と考えていた著者とあってか、宇宙が舞台の「十一人」「飢えた宇宙」は勿論のこと、収録作の殆んどがSF色が強い。他作家の作品、特に昨今なら現象だけを描写して説明を加えないような不条理な展開でも何かしらの説明なり解釈を加える(但しそれらもトンデモ系なのだが)のもこの作家の味というところか。ちょくちょく艶系な描写が混じってくるのは、収録作が執筆された昭和40年代頃、この手のSF系小説(&発表媒体)の主な読者層が成人男性だったが故の読者サービス、なのかな。
◆印象に残った作品
・朝目覚めた時に自分が死んでいたことを知った初老男の困惑「安置所の碁打ち」はある意味、知らぬ間にゾンビとなってしまった者の悲哀を描いたとも言えるか。
・宇宙船内で乗組員が1人ずつ消えて行く、SFホラーではお馴染みのモチーフ「飢えた宇宙」は、あのモンスターを登場させて“合理的謎解き”にしてしまう力技(悲惨なオチもそこに繋がる)が何とも良い。
・朝、門柱の上に乗った猫の生首というショッキングな描写で始まる「猫の首」。徐々に露わになるディストピアの姿。ちなみに表題作とは何の繋がりもない。
・「牛の首」恐ろしくてとても内容を記すことが出来ない。
・隣室の冴えない青年と同棲し始めたという和風美女「ハイネックの女」。こちらは日本のあの妖怪を昭和の都会に引っ張り出した。
・真冬の寒村の空き地に現れた“窓”に映る熱帯の砂浜と海と真夏の空……「空飛ぶ窓」は不条理で恐ろしいながらもどこか物悲しい。時空に影響を及ぼすほどの個人の強い思い(憧れや怨み)というのも小松作品で度々用いられる。
・道に迷い車も故障した男は廃村のある空き家で暖を取ろうとする「葎生(むぐらふ)の宿」は、“迷い家”テーマかあるいは「浅茅が宿」系のしんみりした話と思いきや、クライマックス前の展開は唖然として爆笑しそうになる……結末まで読めば確かにしんみりするのだが。
・自宅の地下室に穴が開いたと語る同僚。しかも穴は成長し増殖していた(「生きている穴」)。四次元空間に繋がっているような謎の穴。その出現理由を語り手の言葉で一応の解釈は語られているものの、その真相は不明なまま。建物のみならず人や空間にも穴が開いていく様はグロテスクながらなにかシュール。「霧が晴れた時」「夜が明けたら」の系統に連なる作品。 -
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小松左京の自選恐怖小説集。
小松と言えば昭和のSFを牽引した1人。ではSFと恐怖小説の接点とは何かというところだが、著者自身による「あとがき」に、「近代SFはそのスタートのときから、伝統的なホラーをモダンホラーに仕立て上げるというひとつの伝統を持って」いたとある。なるほど、そうした側面はあったのかもしれない。
本書収録は全15編。
そこここで、どことなくSF的な印象を受ける。特にSFを思わせるのは、「影が重なる時」「召集令状」「蟻の園」「骨」あたりだろうか。
冒頭の「すぐそこ」は、<近くて遠きは田舎の道>といった話に、安部公房の「砂の女」を思い出させる不条理も滲ませている。
古代史や神話・異文化に材を取った作品群では、著者の博学ぶりも窺わせる。「秘密(タブ)」はポリネシア民話。「悪霊」は日本古代史の中で非業の死を遂げた人々から土蜘蛛まで。「黄色い泉」は古事記を下敷きにしているがなかなか大胆な翻案。ただ、知識が先走りして、特に「黄色い泉」についてはちょっと説明がくどいように思う。
表題作「霧が晴れた時」は、15ページほどだが、読み心地としてはショートショートのような切れ味。これを表題作に選んだのは、著者自身が気に入っていたということだろう。
「伝統的ホラーをモダンホラーに」という路線に最も近いのは「まめつま」「くだんのはは」だろうか。ただし、ベースの話はどちらも、著者が例に挙げている小泉八雲の「むじな」ほど古くなく、どちらかというと都市伝説に近いようなものではないかと思う。
著者自身、書きながら恐怖を感じた作品が3つ、あとがきに挙げられているが、見事に自分が怖いと思ったものとは、ずれていた。
個人的には「まめつま」に一番ぎょっとした。怖さとしては、暗がりでわっと脅かされる怖さに近いような気がするが。
全般として、SF寄りのものも、サイエンスが全面に出ているのではなく、情念で押してきている印象を受ける。ある種、荒唐無稽な設定もあるのだが、どこか「知性」を感じさせるのは著者の持ち味だろう。
何事かの怪異が起こる。えてして、その背後にあるのは何者かの執念や怨念であり、詰まるところなぜそうなるのかの原因は「わからない」。そのことがもたらす恐怖が取り上げられている作品群のように思う。
恐怖小説集であるので、著者のSFはまた違う傾向なのかもしれない。遠い昔に「日本沈没」を読んだきりなので、そのあたりは何とも言えない。
ところで、個人的にはSFもホラーもあまり得意分野ではないのだが、なぜこれを手に取ったかと言えば、「くだんのはは」が収録されているためである。
本作の初出は1968年。この時代、「くだんのはは」といえば、戦死兵士の母である「九段の母」を思い浮かべる人が多かっただろう(靖国神社が九段にあるため)。だがこの「くだん」はある種の妖怪である。19世紀中頃から各地で言い伝えられるようになったもので、小松の作品でさらによく知られるようになったようである。但し、著者がタイトルをわざわざ平仮名表記にしているのは、「九段の母」をダブルミーニングで重ねているのかもしれず、戦争批判の意図はおそらくあるのだろう(戦争批判という面では「召集令状」の方がその色が強いかもしれない)。
「くだんのはは」は、著者のホラーの中では名作とされ、確かに美しい中に、噛み締めるとじわりと怖さが広がる。
別の著者らの作品で「くだん」を扱ったものがあり、この妖怪に少々興味があった。「くだん」については機会があれば別の本で追ってみたいと思う。 -
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コロナ禍が始まったときに話題となった、小松左京の代表作の一つですが、ようやく積読を解消できました。
コロナとは異なり、人為的につくられた細菌兵器によるパンデミックではありますが、多くの人々がウイルスによって死滅し、「調査研究のため」に南極の基地に派遣されていた人々だけが生き残った世界が描かれています。
特殊な環境に身を置いて生活することが求められる、精神的にも「強い」人々が登場人物ですから、一般大衆がパニックを起こす様子などもなく、また時代も古い作品ですので現在のようにSNSで真偽のわからない情報がまん延するということもありません。そのあたりは、今の時代からは「作り込みが甘い」「現実的ではない」ということになるのかもしれません。
それでも、人間の「弱さ」が緻密に描かれているように思いました。
やはり、小松左京の作品は科学的な裏付けをしっかりと考え抜いてつくられているので、そのあたりの描写が好きな人にはよいのでしょうが、物語(ストーリー)の展開を追いたい、というような軽薄な読み方をする私のような読者にとっては、細かい科学的な事実の解説部分はやや退屈でした。 -
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綺麗に伏線回収された「時の顔」。「御先祖様万歳」も同じ構造の話だけど、こちらはどうにも不穏な結末。マトリョーシカのように世界が続いていると思っていましたが、そうでなくて、時空が歪んでしまった結果の「物体O」。
「神への長い道」「継ぐのは誰か?」は、ともに人類が行き着く先を描いた小説だと思ったけれど、終着と出発の違いなのかなと思う。好きなのは「継ぐのは誰か?」の方です。
サスペンスとアドベンチャー、未知への警鐘。そして、未来への希望。希望というか可能性か。多くのエンタメ要素がぶち込まれていて、圧倒されるけども、読み進める速度が落ちないのは、引き込まれているから。
「お召し」は救いがなくて嫌だったなぁ。不条理な世界になってしまった理由もわからず、ただそこで懸命に生きてゆくしかないという話なのだけど。実験動物か何かの隠喩だったりするのかな。 -
購入済み
絵柄がどうにも
原作は良い点でも悪い点でも日本のSFの古典とも言える作品であり、ストーリーの評価は原作の方で行うべきであろう。しっかりした原作のコミカライズにありがちの、説明文が長くなったり、長台詞になったりする問題点はほとんど出ていない。その点は評価すべきであろう。ただコミックの生命線とも言うべき「絵」がどうにも受け付けられない。嫌悪感が湧いてくるのはどうしてだろう。
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ネタバレ7月に電子で読んだ。
原作の児童文学では12歳を、漫画では18歳に変更。
18歳未満の人はAWAY、それ以上はHOMEというパラレルワールドに。
18歳の誕生日でAWAYからHOMEへ。
年齢を変更したことで、AWAY内でも妊娠出産が生じ、親子が離れ離れになるという設定が加わった。
この時期の作品らしくドテドテしているのはタブレット画面で読んだせいかなと考えていたが、ざっと読み返してもやはりそう。
少し時間を置こう。
1巻
4月1日 前編43p
4月1日 後編40p
3月21日 前編35p
3月21日 中編32p
3月21日 後編36p
謝辞「AWAY」と「お召し」(萩尾望都)1p
2巻
4月3日―悪い宇宙人とママ【前編】45p
4月3日―悪い宇宙人とママ【後編】45p
4月5日―仏子沼えりか30p
2034年11月11日―河津克美30p
2051年―世界の秘密―30p