初期の作品3つと、最後の作品「幻化」が収録されている。「桜島」などつとに有名なものはたぶん高校生の頃読んだと思うのだが、手元になく読み返したかったので買った。
それにしても講談社文芸文庫は高い。ハードカバー並みに2,000円するものもあり、ちくま学芸文庫よりも更に高い。売れ線でない本を敢えて売っ
...続きを読むているラインナップは魅力的だけれども、高いのでなかなか手を出せない。異様な高さの代償として、一つ一つの巻末に「作家案内」や「著書目録」が入っているのは、それはそれで意義があるのだが。
本書の巻頭に収められている「風宴」(1938《昭和13》年)は24歳の頃書いた処女作で、翌年雑誌に掲載された。この作品は良くなかった。文学的表現を振り回しているけれども青年の心情の中身は空洞であり、意匠の乱発の割には読んでいてまとまったゲシュタルトが得られない。文学的意匠が空回りしているのだ。だから、なんだか無意味に気取って書いているようにも感じられてしまう。
しかし、そのような気取りは次の「桜島」(1946《昭和21》年)ではかなり緩和されている。作者が実際に召兵で赴任した坊津と桜島を舞台とするが、人物や出来事は全くのフィクションだという。戦争における小隊の空気がリアルに描き出されている。本編はやはり、日本の戦争文学として好個の作品と思う。良い。
続く「日の果て」(1947《昭和22》年)はフィリピンから復員した作者の兄から聞いた話を元にして書いたものらしい。ここでは、戦争で敵兵を殺戮するのでなく、規律から外れた仲間の兵士を命令によって殺害しに行く物語である。非情であらがえない「命令」という理不尽な正義のために、死んでいかなければならない人間の命の弱さが浮かび上がる。これも悪くないが、私は「桜島」の方が気に入った。
最後の「幻化」(1965《昭和40》年)は50歳で亡くなった梅崎春生最後の作品だが、これが素晴らしい作品だった。精神科病院から逃走し、「桜島」を書いた元となった作者自身の戦争体験やその前の学生時代といった記憶を蘇らせつつ、旅をするという、無意味なようでいて「死」に向かって、それに寄り添ってひたひたと歩み続ける生の空虚感、はかなさなどが読み進めていくとみなぎってきて感動させられた。
最近私は松本清張や横溝正史など、娯楽系の小説も多く読んできたところだが、本書などを読むと「文学だなあ」と思う。梅崎春生が受賞したのは直木賞の方だが、やはりこの作家は純文学の系列に属している。娯楽的な領域に住んでいるわけではない。
エンタメ系小説の読書と、純文学系のそれとでは、楽しみの質がやはり違っていると感じる。どちらもすこぶる充実したものであり得るので、全部を楽しんでいきたい。
梅崎春生はリバイバルの兆しが無く、講談社文芸文庫のラインナップも絶版となっているものがあるようだけれど、もう少し読んでおきたい。