梅崎春生のレビュー一覧
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戦争という事実の記憶は、戦後66年経って、まだどれだけ生きているでしょうか。私たちは、その記憶を保ち続けることはできるのでしょうか。
梅崎春生は、いわゆる「戦後派」の作家。梶井基次郎の影響を指摘される、鋭敏な感覚を持つ作家です。彼の代表作のひとつ、昭和21年9月発表の「桜島」は、作者自身の体験をもとにした作品。終戦の迫る1ヶ月余りの時間を、鹿児島県の桜島の海軍基地で過ごす暗号員の話です。日本の敗色濃厚な状況で、情報がなかなか入ってこないことにいらだちと不安を隠せない上官や主人公の、極限に追い込まれた精神状態が描かれています。
「その夜、私はアルコールに水を割って、ひとり痛飲した。泥酔して峠 -
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初期の作品3つと、最後の作品「幻化」が収録されている。「桜島」などつとに有名なものはたぶん高校生の頃読んだと思うのだが、手元になく読み返したかったので買った。
それにしても講談社文芸文庫は高い。ハードカバー並みに2,000円するものもあり、ちくま学芸文庫よりも更に高い。売れ線でない本を敢えて売っているラインナップは魅力的だけれども、高いのでなかなか手を出せない。異様な高さの代償として、一つ一つの巻末に「作家案内」や「著書目録」が入っているのは、それはそれで意義があるのだが。
本書の巻頭に収められている「風宴」(1938《昭和13》年)は24歳の頃書いた処女作で、翌年雑誌に掲載された。この -
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ネタバレ『幻化』
<空気のような狂気>
全体を通してユーモアなのか狂気なのか明確な線引きを拒む軽妙な語り口ですすんでいく。狂気があまりにも透明で空気のように紛れ込んでくるので、ふとするとわたしたちは知らぬ間にそれを呼吸している。
しかし知らぬ間に呼吸し得るということは、普段からわたしたちは同じ種類の狂気を呼吸しているということで、彼の語りはその正常と異常とが溶け合ったわたしたちのごく当たり前の世界を、ただ微視的に描き出しているということになるのだろう。
<おかしさについて>
「天才と狂気は紙一重」と言うけれど、梅崎春夫の作品を読んでいると「笑いと狂気は紙一重」のほうがしっくりくる。
おかしさとは笑え -
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【滝なんかエッサエッサと働いているようだが、眺めている分には一向変化がなく、つまり岩と岩の間から水をぶら下げているだけの話である。忙しそうに見えて、実にぼんやりと怠けているところに、言うに言われぬおもむきがある。私は滝になりたい】(文中より引用)
何もしないことの素晴らしさを説いた表題作品を含む短編小説集。何もしない、何もしたくない人間の目に映る社会の厳しさやおかしさを見事に捉えた一冊です。著者は、海軍体験を踏まえた『桜島』で注目を集めた梅崎春生。
なにかと心がささくれ立つニュースや出来事が多い毎日に効いてくる処方箋のような作品。肩の力をふっと抜くことのできるエッセイ調の小説の数々が、現代 -
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『幻化』は、戦争文学である『桜島』とは異なり、戦後文学であるという点がやはりポイントなのだろう。戦争があり死が身近であった青春を振り返り確かめることを通して、生がよりくっきりと感じられた。
『幻化』を読んでいる最中は人称がいつも気になった。三人称で書かれていると思ったら、主人公の幻想(?)では一人称的な書き方となっている。これによって、主人公の精神が本当に病んでいるのか、病んでいたとしてもそれによる幻想が必ずしも非現実であるとは言い切れないような感じとなっているのではないだろうか。
『日の果て』のラストはまるで映画のクライマックスのような時間感覚によって、主人公の心理に迫る描写が面白か -
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「殺されること」って本来言葉にできない怖さがあるじゃない?でも平和な日本の私にはその怖さがわかるようでわからない。その怖さをわかってるふりしてもそれでもとても軽いんだ「殺される」ってことのイメージが。
戦争知らない世代が読んだらどれくらいこの怖さが伝わるだろうか?そう考えた時にこの長くない「桜島」はとてもよかった。じわじわと怖い。これか…的な。
戦争なんて人が壊れるだけで何も生まれないものまず基本だと改めて。
それから本書の描写の数々に自分をただ生かす(心を保ち生きる)だけでもこれほどまでに過酷かと忌々しくおもうリアリティある精神の1冊。