昭和17年の「防波堤」以外は1947(昭和22)年から1964(昭和39)年にかけて書かれた梅崎春生の、随筆/エッセイおよび、それが小説的形態を取った作品を収めたアンソロジー。
読んでいるとユーモアがあってなかなか笑える文章が多い。このような文章の雰囲気は、昔大好きでよく読んでいた北杜夫さんのエ
...続きを読むッセイにも通じるものがあり、やはり戦前戦時の日本文学の随筆とは違っていて、太平洋戦争から東京大空襲・敗戦を境として明らかに世代・文化の断裂が生じていたのだと改めて感じた。
ことに「猫と蟻と犬」にはとても笑った。
さて著者は一時期以来身体が弱く、また神経症なのか、やる気の出ず朝から晩まで横臥しつつ、悔いの気分に支配されるようなことがあって、自身は「軽鬱病ならぬ軽々鬱病ではないか」などと称している。
「怠惰」を大切な人間性の一つとして考える梅崎は、1958(昭和33)年の時点で、受験競争に関連し、
「この競争というやつは、とかく人間を非人間的に育てるものである。」(「あまり勉強するな」P.147)、
「官僚というものの非人間的なつめたさ、中にひそむいやな立身主義などの一因は、その構成分子の役人たちが、学生時代に凄惨な協奏をしてきたからではないのか。」
「青年よ、あまり勉強をするな! 勉強が過ぎると、人間でなくなる。」(P.148)
等と書いている。この怠惰の思想はなかなか魅力的だ。度を超えて競争原理がすべてに行き渡り今では世は殺伐とし非人間的な事件が大量に起きまくっていることは確かだ。怠惰や非能率を悪として忌んできた社会倫理のもとで、人は他者に対しあまりにも非寛容で、すさんだ精神を呈している。梅崎春生も、まさか世の中がここまで酷くなるとは予想できなかったろう。