荻原魚雷のレビュー一覧
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「生れつき私はじっとしているのが大好きで、せかせか動き回ることはあまり好きではない。体質的に外界からの刺戟を好まないのだ。」
(『怠惰の美徳』)
おそらく梅崎春生は、根本的に体力が乏しかったのだろう。蝋燭に例えるなら、芯が細く、強い風や無理が効かない身体。私自身も健康な人と比べれば虚弱なほうなので、このグダグダした文体が妙に身体に馴染むというか、心地いいというか。
梅崎の生活態度は、古代ギリシャの哲学者エピクロスが説いた「隠れて、生きよ」、「アタラクシア(心の平穏)」もどこか通じる。外界の刺激を必要以上に求めず、自分にとって最低限の穏やかさを守って生きる姿勢だ。
彼の「怠惰」は、単なる「サボる」という意味ではなく、虚弱な個体が、生きづらさから自分を守るための、切実な防衛本能だったのだと思う。
体力や気力をすり減らしがちな人とかは、この本を読むとなんかラクになれるかもしれない。 -
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ネタバレ"八方ふさがりになっているのだから、余り大きなことを考えたり、志したりしない。自身の能力を超えた仕事を自惚れ強くも背負いこみ、自分がつぶれるのはかまわぬが、他人もひっぱりこんで他人をつぶしたり、傷けたりすることは御免だと思っているということである。そういう自惚れにおちいらぬように、これは自分に向って厳しくありたいと思っている。"
「参加しない」ことは、生きやすい世の中にするための一つの手段だと思うし、実際にそういうマインド(行動にできているかはわからない)で生きている。けれど、なぜ積極的に参加しないのだという世間や自分の声は気にしてしまうし、「参加しない」ことに固執して、なぜ積極的に参加したがり世の中を加速させるのかと他人を責めてしまうこともある。
世の中は八方ふさがりであるのだから、足るを知り、気楽に「参加しない」でやっていきたいと思う。 -
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【滝なんかエッサエッサと働いているようだが、眺めている分には一向変化がなく、つまり岩と岩の間から水をぶら下げているだけの話である。忙しそうに見えて、実にぼんやりと怠けているところに、言うに言われぬおもむきがある。私は滝になりたい】(文中より引用)
何もしないことの素晴らしさを説いた表題作品を含む短編小説集。何もしない、何もしたくない人間の目に映る社会の厳しさやおかしさを見事に捉えた一冊です。著者は、海軍体験を踏まえた『桜島』で注目を集めた梅崎春生。
なにかと心がささくれ立つニュースや出来事が多い毎日に効いてくる処方箋のような作品。肩の力をふっと抜くことのできるエッセイ調の小説の数々が、現代の心性にもピタリと当てはまっているように感じました。
推薦作として読みましたが確かに良かった☆5つ -
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【目次】
I
三十二歲
己を語る
*
怠惰の美徳
蝙蝠の姿勢
憂鬱な青春
終戦のころ
編集者の頃
茸の独白
エゴイズムに就て
世代の傷痕
近頃の若い者
文学青年について
私の小説作法
人間回復
衰頽からの脱出
聴診器
閑人妄想
二塁の曲り角で
昔の町
暴力ぎらい
烏鷺近況
只今横臥中
あまり勉強するな
オリンピックより魚の誘致
居は気を移す
法師蟬に学ぶ
チョウチンアンコウについて
アリ地獄
II
寝ぐせ
猫と蟻と犬
寒い日のこと
一時期
飯塚酒場
百円紙幣
防波堤
解説 荻原魚雷
【感想】
小説家だけど「小説を書くことは、私には苦痛です」と正直に書いてるのが憎めない。ときどき鬱になって布団から起き上がれないのは深刻ではあるはずなんだけど、その描写が妙に軽やかでちょっと笑ってしまった。
でも書名どおりのだらしない話ばかりかと思いきや、戦中と戦後を生きた人だけあって人間観察や時代・社会への批判はけっこう冷徹で、日本社会の最大の不幸は未熟でありながら一種の偏った完成を示していること、という主張なんかはそのまま今の日本にも当てはまりそう。
小説作法、チョウチンアンコウ、猫のカロの話もおもしろかった。 -
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随筆と私小説で編まれた作品集。生き続けることが、書き続けることであった方なんだなと感じる作品世界。書けなくなる時期もあるのだけれど、周囲の家族や友人達の支援、本人の努力によって乗り越え、穏やかな老年に至る。「人間を信ずる」(p215)。「他人の批評で右往左往していたら何も出来ない」(p237)。「自分が感動したことを自分流に書く」(p250)。「今在るもののすべてと、できるだけ深く交わる」(p283)。閑な老人になるには、確固とした信念と努力の積み重ねが必要なのだな。編者の荻原魚雷の解説によると、1972年刊行の『閑な老人』とは三篇しか収録作が重ならないらしい。いずれオリジナル本も読んでみたい。
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昭和17年の「防波堤」以外は1947(昭和22)年から1964(昭和39)年にかけて書かれた梅崎春生の、随筆/エッセイおよび、それが小説的形態を取った作品を収めたアンソロジー。
読んでいるとユーモアがあってなかなか笑える文章が多い。このような文章の雰囲気は、昔大好きでよく読んでいた北杜夫さんのエッセイにも通じるものがあり、やはり戦前戦時の日本文学の随筆とは違っていて、太平洋戦争から東京大空襲・敗戦を境として明らかに世代・文化の断裂が生じていたのだと改めて感じた。
ことに「猫と蟻と犬」にはとても笑った。
さて著者は一時期以来身体が弱く、また神経症なのか、やる気の出ず朝から晩まで横臥しつつ、悔いの気分に支配されるようなことがあって、自身は「軽鬱病ならぬ軽々鬱病ではないか」などと称している。
「怠惰」を大切な人間性の一つとして考える梅崎は、1958(昭和33)年の時点で、受験競争に関連し、
「この競争というやつは、とかく人間を非人間的に育てるものである。」(「あまり勉強するな」P.147)、
「官僚というものの非人間的なつめたさ、中にひそむいやな立身主義などの一因は、その構成分子の役人たちが、学生時代に凄惨な協奏をしてきたからではないのか。」
「青年よ、あまり勉強をするな! 勉強が過ぎると、人間でなくなる。」(P.148)
等と書いている。この怠惰の思想はなかなか魅力的だ。度を超えて競争原理がすべてに行き渡り今では世は殺伐とし非人間的な事件が大量に起きまくっていることは確かだ。怠惰や非能率を悪として忌んできた社会倫理のもとで、人は他者に対しあまりにも非寛容で、すさんだ精神を呈している。梅崎春生も、まさか世の中がここまで酷くなるとは予想できなかったろう。 -
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心に効いてくる。
本質に怠惰な無気力な視線からついてくる。
今まで本を読んでいて初めての感覚で、
語彙が足りなくて今の感情をうまく表現できないのが悔しい。
やっぱり冒頭の詩で、ものすごく惹きつけられるなあ。
怠惰な視点で、日常の細かい出来事を鋭く突きながら語る、洞察力の鋭さ。
それをちゃんとユーモアで包んで言葉にしているからただの怠け者とは訳が違う。
人間のどうしようもない怠け癖を肯定していないようでしてくれているようで。
時代が古いからシチュエーションは違えど、、、
荻原魚雷いわく、筋金入りの傍観者。
怠惰な日々の中にも文学がある。
勇気づけられる本。 -
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ネタバレいい文章だなあ うまいなあ うまいこと落ちをつけるよねえ と感心しながら読んだエッセイ。
近頃ネットの情報満載の文章ばかり読んでいたため、このうえなく癒やされ心地よかった。
この人のエッセイは、つらつらとあちこち寄り道しながら思いつくまま書いているようでいて、実のところものすごく計算された構成になっている。
文章作法を研究したところで、常人はこんなふうに洒落た感じに主張をユーモアでカバーしながら書くはなれ技は無理だ、と思う。
もてたんだろうねえ
飲む打つ買う をどこまでも上品に嗜むタイプ
と文章からわかってしまう。
ミソジニーなだけでなく、今日なら差別的として校閲で直されそうな表現も多々あり、そこが引っかかって読めない人もいるかもしれない。そこも含めて時代を感じる。昔はこんな男がいっぱいいたよなと。
ベスト・エッセイなので1957年あたりから晩年までのエッセイが入っている。だけど、終生つらっとした顔をしてたんだろうと思うとおかしくなる。私にとってこの人のイメージはドラマ「あぐり」の淳ちゃんなのだが、案外あんな感じだったのかもしれない。
印象に残ったのは、「営業方針について」。
ーー純文学作品を書く場合に私は私の中にいる一人の読者を意識してしか、書くことができない。ーー
だからたくさん売れないし、たくさん作品を書くこともできない。というわけで、食べていくためにはマスコミ雑誌の仕事を受けるのだと。
ーーそういう性質の仕事が、正反対の純文学の仕事に、悪影響を与えぬようにするには、どうしたらよいか。ーー
しかし、その点吉行は自信があるという。
ーー昔、売らん哉式の雑誌の編集者をしていて、昼間は「どうやったら売れるか」ということばかり考え、そのための原稿もたくさん書いた。(中略)そして、夜、帰宅して、同人雑誌の原稿を書いた。そのときの体験から言って、頑固に自我を守っておれば、筆は荒れるんものではない。という信念を持っている。この場合の筆とは、文章ばかりでなく発想の基盤自体を指す。ーー
純文学作家もこんなことを考えてるんだな、やっぱりすごいなと思うのだけど、わざわざこんなことを述べるのは、頑固に自我を守っておらねば流される ということでもあるのだろう。
もらった本、暇つぶしに読んだら捨てようと思っていたけど、やっぱり置いとくことにした。読みが荒れたときにまた読んで癒やされよう。