小熊英二のレビュー一覧
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某大学の社会学教授とお話しする機会があり、軽い気持ちで「まったくの素人にお薦めの社会学の本を教えてください」とお願いした。するとしばらくして、「悩みました」とメールがあり、数冊の本を紹介してくださった。これはそのうちの一冊である。
かつて司馬遼太郎は「この国のかたち」という表現で、日本とはどういう国なのかを問い続けた。この、シンプルだが妙に頭に残るフレーズは、広く人口に膾炙して今に至る。そして、気鋭の社会学者である著者は、本書で「しくみ」という、これまた絶妙のワードを用いて日本社会を読み取ろうとするのである。
彼が注目した(あるいはせざるを得なかった)のは近代日本の雇用・教育・福祉、なかでも雇用のあり方である。大学名重視、学位軽視、年功序列、大企業優遇、女性の不利な立場…日本はなぜこのような社会なのか、歴史をひもとき、海外との比較をし、非常に詳細なデータを並べて考察していく。日本の企業や官庁組織内は、戦前からの軍隊組織の影響が色濃く残っているという。
著者は言う。ある社会の「しくみ」とは、定着したルールの集合知である、と。人々の合意により定着したものは、新たな合意が作られない限り、変更することは難しい。だが、難しいというだけで、変えられないものではないのだと。
非常にエキサイティングで、付箋とマーカーだらけになってしまった。文体も平易でわかりやすい。
ご推薦くださった先生に感謝。いつか、本書のお話を伺ってみたい。 -
Posted by ブクログ
1989年に始まった平成時代は、30年後の2019年に幕を閉じた。本書は平成が終わり、令和が始まった2019年に、平成史を書くという試みのもとに編まれた本である。編者は小熊英二、それ以外に7人の執筆者が参加している。最初に小熊英二が、「総説」を書き、以降、政治・経済・地方と中央・社会保障・教育・情報化・外国人/移民・国際環境とナショナリズムというテーマで、それぞれの専門家が執筆している。
小熊英二は、「総説」の中で、平成について下記のように述べている。
【引用】
「平成」とは、1975年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代であった。
この時期に行われた政策は、真摯な試みはあったものの、結果的にはその多くが、日本型工業社会の応急修理的な対応に終始した。問題の認識を誤り、外圧に押され、旧時代のコンセプトの政策で逆効果をもたらし、旧制度の穴ふさぎに金を注いで財政難を招き、切りやすい部分を切り捨てた。
老朽化した家庭の水漏れと応急修理のいたちごっこにも似たその対応のなかで、「漏れ落ちた人びと」が増え、格差意識と怒りが生まれ、ポピュリズムが発生している。それは必ずしも政策にかぎった現象ではなく、時代錯誤なジェンダー規範とその結果としての晩婚化・少子化もまた、「先延ばし」の一例といえよう。だが「先延ばし」の限界はもやは明らかである。
【引用終わり】
上記を補足すると、というか、私なりの理解を書くと下記の通りだ。
1)1965年~1992年(最初の東京オリンピックからバブル崩壊まで)が、日本が「ものづくりの国」だった時代であり、日本はこの間に大きな成功を収めた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳われたこともあった。これを工業化社会と呼べば、以降、世界はポスト工業化社会に突入する。
2)社会保障あるいは、政治・教育・地方自治など一国の制度のあり方には、3つのスキームがあると言われている。①自由主義スキーム。アメリカが典型。自由主義と個人責任を重視する。社会保障のコンセプトは「弱者救済」②北欧にみられる社会民主主義レジーム。重い税負担のもと、「基本的権利としての全員保障」がなされる③南欧や独仏などにみられる「保守主義レジーム」。家族や労組、職業別組織などの共同体を重視し、これらの共同体を基盤に社会保障を整えた。たとえば労働者とその家族には、正規雇用労働者に組合保険が提供され、家族は男性労働者の保険に入る。
3)この中で、ポスト工業化社会にもっとも不適合を起こしやすいのは「保守主義レジーム」である。製造業を中心とした労働者が長期に正規雇用されることを前提に、すべての社会保障が組み立てられているからである。男性労働者の雇用が不安定になると、その家族が収入と社会保障を失い、年金制度も崩壊してしまう。それゆえ労働者の解雇がむずかしく、旧来の産業構造から転換できない。
4)日本は自由主義レジームと保守主義レジームの混合体であると考えられる。現代日本には二つの世界が存在する。公務員および大企業の正規雇用労働者とその家族、そして農民と自営業者といった、旧来の日本型工業化社会の構成部分は、保守主義レジームに近い世界に住んでいる。一方で非正規雇用労働者など、ポスト工業化社会への変化に対応させられている部分は、自由主義スキームに近い世界に住んでいる。その結果として、産業が硬直化して福祉制度が機能不全になるという保守主義レジームの特徴と、失業率は低いが格差が増大するという自由主義レジームの特徴が共存することになる。
5)保守主義レジームの傘におおわれた部分は保護されるが、その傘から「漏れ落ちた」部分は、自由主義レジームのもと、時代の変化に対応するための調整弁となる。
6)日本の政策・制度は、日本が最も成功を収めた「工業化社会時代」に設計されたものばかりである。時代は変化し「ポスト工業化社会時代」に突入し、政策・制度も変化させる必要があるにも関わらず、時代が変化したという認識がなされていないために、制度・政策が変わらない。変わらないことを、小熊英二は「先延ばし」といい、「工業化社会時代」の仕組み(政策や制度)の恩恵を受けられない人たちを、「漏れ落ちた人たち」と呼んでいる。
私には、非常に説得力のある議論に思えた。
昔つくった制度が変わらないのは、「既得権益層の抵抗が強いから」という説明がなされることが多いのだが、筆者は、「制度設計の前提、すなわち時代が変わったことに皆が気づかずに、昔(工業化時代)の姿を維持しようと、無駄なお金と努力(制度改訂)を注いでいる」という主張をしており、これも説得力があると感じた。
2023年度予算案が2022年12月23日に決定したという新聞報道があった。予算案は、114兆円。バブルで膨らんだ予算規模の縮小が出来ず、また、新たに防衛費などが増額された結果、当初予算案としては史上最大となった。この予算をまかなうために、国債をあらたに35兆円強発行することとなる。国の借金は更に増える。また、日銀の金融政策の変更により、金利が上がることが予想されており、国の借金にかかる利息も増え、将来的にはますます予算の自由度が減っていくことが想定される。
私には、この予算も、「先延ばし」予算のように思える。本当はあらゆる側面で抜本的に政策・制度を見直す必要があるはずなのに、それをせず、従来の延長線上で予算を組んでいるように思えるのだ。
かなりやばいような気がするが。 -
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アイザック・ニュートンの名言として「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。」というものがあります。どんなに偉大な発見も先人の思考の受け継ぐことによって生まれるって意味だと理解しています。学問というのは必然的に継続性の中で進んでいくものなのでしょう。一方、望月新一朗のABC予想の証明が論文掲載後も未だに議論されているという話題が、最近の数学ブーム(?)の中で取り上げられています。学問は開かれた場で徹底的に検証されるもの、ということの事例なのでしょう。学問というものが必要とされる歴史への接続性と誰も拒否しない公開性を成り立たせるツールが、本書が取り上げる「論文」という手段なのだと思いました。その「論文」作成の完全マニュアルがこの新書です。この春、仕事をリタイアした友人が大学院に入り直しているのですがなかなか研究というもののお作法に四苦八苦している、という愚痴を聞きました。なるほど、徹底的に科学的であろう、とすると守らなくてはならないルールがあるのだと推測します。しかし、その面倒くさいスタイル(本書では規律discipline」)が、スピードとか思い付きとか好き嫌いとかで、どんどんフェイク化した情報が溢れている社会の中で、ますます価値を持っているのだとも思います。なので、この本、学生のための実用書だけではなく、このフィルターバブル化していく社会で「対話」というものを成立させる必読書にも感じました。それにしても人文系科学の理系に対するコンプレックスは深いものがあるとも感じました。著者いうところの「科学ごっこ」…しかし、少子化による学生減に悩む大学は理系、文系という枠を超えた学部を新設が目立ちます。またデジタルの進捗によりデータの取り扱いが全領域に拡がっていることもきっと人文科学系の論文の書き方に大きな影響を与えていくのではないか?と思っています。この「論文の書き方」もアップデートされていくのでしょうか?
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Posted by ブクログ
日本社会のしくみ
・非正規の増加→大企業正社員とそれ以外(2~3割とそれ以外)の格差拡大 都市型大企業型を念頭に置きがちな自分…
・自営業者の減少が雇用者の増加→非正規の増加につながった 大企業正規の人数はほとんど変わってない
・日本では、大企業に中途で入ることは困難 中小は容易 大企業と中小企業とで2つの労働市場があるので、賃金が全然違う
・家族を持つ労働者保護の為、欧米では政府による児童手当、公営住宅など 共稼ぎも多い アメリカでは、組合所属の労働者は先任権がある=勤続年数長い人を最後に解雇、最初に再雇用
・日本では大学名で能力を判断 欧米では学士修士博士で判断
・企業内では、少なくとも同じ職種では同じ賃金テーブル 企業内の平等は担保されている
・日本社長→容易に解雇できるアメリカを羨む アメリカ社長→容易に人事異動できる日本を羨む
・産別の組合が基本のヨーロッパは、企業からのむちゃぶりにNOという力が強いけど、日本は弱い。景気悪化に弱そう
・ドイツでは医療保険や年金も職務別らしい(産別)
・アメリカでは職務の記述化が志向された 定着率低く気まぐれで解雇される環境→組合が、解雇ルールの明確化、平等を志向した結果、こんな感じに
・アメリカでは性別や人種、年齢による差別が厳禁なので、学位が絶対的な能力の基準として発達。専門職団体が大学院と組んで、養成のための講座を作った
・日本では、官吏の俸給制度が民間企業にも波及(製造業は払い下げられた工場が多かったり、金融は官公庁と人材獲得に勝つため真似した) ジョブではなく地位に基づく給与が与えられる
・日本で企業別の組合になったのは、GHQからの指示で組合作ろうとしたものの、職種別での組織経験がなかった、馴染み深い組織といえば企業だったから。職員も工員も同じ組合だったので、工員の給与体系が職員に近づく→年功給に
・複数職種が含まれる組合だから、職務給だとどの職務がいくらでーーと規定しなければならず、反対が大きい
・各企業の経営の自由(人事異動とか賃金決定とか)を守るために、経営者たちは職務型給与、政府による職務記述書に反対、頓挫 公務員自身も抵抗
・1960年代に大卒者急増。また大学名での差別は禁止されたので(名目上の)公平が成立
・長期雇用と配置転換はトレードオフ となると、転勤or解雇が成立
・能力に基づく給与、は様々に解釈できるので労働者から支持された
・景気に応じた弾力的な労働力活用のために、非正規を活用 企業規模、雇用形態の二重での二重構造化進む
・生きがいのために働く高齢者は一桁% みんな経済的理由から働いてる 地域包括のために働くとか、そんな悠長なことは言ってらんないな -
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テクニック的なものかと思って、軽く手にしてみたが、良い意味で裏切られた。帯にも記載されているとおり、学問それも特定の領域や分野に偏らない本当の意味で普遍的な学問の型、それへの取り組み方を明確に示してくれている。長く今の仕事をやっているうちに我流の方法が身についてしまって、それでもどうにかやれてきているが、考えを改めさせられた。今から全面的に方法転換するのは難しいが、まだしばらくこういったことには取り組ませてもらえるだろうから、少しでも変えていきたい。これからも動的に変化はしていくと思うが、現時点に限定すると「研究の入門書」としてはベストな一冊であると言えるのではないだろうか。もっと早く出会ったいれば、私のキャリアも今とは違っていたかも知れない、ちょっと大袈裟だが。
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よく日本は雇用のり流動性が低いと言われ、解雇に関するハードルを下げるべきとか被雇用者の意識を変えるべきという意見をテレビでよく見る。しかし、この本を読むとどうしてこのような社会ができたのか、また欧米では職種ごとに社会で評価できる仕組みが歴史的に構築できているという違いが理解できる。確かに私自身も社内の評価は見える化されていない上司の主観や仕事相手の属人的評価だけで、社外に通用するものではない。社外資格を持つことで転職に有利とか昇進に有利というのは聞いたことがない。このように歴史的な経緯を示しつつ、他国との比較をしてもらえると深い知識が得られるように感じる。
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購入済み
学生運動の解説だけではないが
学生運動の解説がまず分かりやすくて、勉強になった。そのあとの思想史も、かつて予備校の倫理社会特別講義のような熱のある内容でした。最後のどう社会に関わるかは、考えさせられた。小熊先生はすごいです。
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Posted by ブクログ
良書 論文とは何か、どういう構成で、どう考えて、どう描くかが丁寧にかかれています。
論文の構成、記述だけでなく、人を説得する技法として、テーマの選び方から、調査、そして、その記述までが平素な言葉でつづられています。
気になった点は以下。
・論文は①主題提起、②論証、③主題の再構成という構成が古代ギリシャから唱えられていた。
・古代ギリシャの構成が原型となっていて、現代アメリカでは、①序論・②本論・③結論というエッセイが教えられている。
・論文とは「人を説得する技法」である
・論文は、自然科学と人文科学とでは、若干構成がことなる。自然科学では、序文、対象と方法、結果、考察の四部構成となる。
・論文には、実験の結果だけでなく、過程も記録して保存し、公開する。他の人が同じ実験を繰り返して追試することが可能です。そのことを、再現性の確保という。
・人文科学の論文では、結果にあたる部分が長い。過去の資料を記述し、分析や検討をしていく過程が自然科学や工学系より長くなるためです。
・論文は、「実験/調査型」「試料分析型」「理論型」「複合型」
・資料について、自分が調べたものを「一次資料」、他人が調べたものを「二次資料」という
・問題となるのは、その論文にて問いたい「主題」は何なのか、調査する「対象」はなにかのかをはっきりすることです。
・主題と対象を設定するなら、調査の方法もある程度きまってきます。
・いまの大学で教えられている学問の主流は、経験的に観測できる対象から、観測できない主題を追求する学問です。
・主題設定は、「問い」の形で立ててみるとよい。
・主題は、抽象的な問い、対象は具体的に調査できるもの。
・先行研究を探すには、漠然とした関心でよいので、それに関係した「研究」を何か一つさがしましょう。
・主題や対象がある程度固まってきたら、手に入れた研究書や論文が言及している先行研究を、どんどん集めましょう。そして、集まった研究書や論文が言及している先行研究をまたどんどん集めましょう。
・少なくとも、論文で、Wikipediaを典拠に使うことは不適切とされています。
・方法を組み合わせて、調査全体を設計していくことを、方法論、もしくは、サーチ・デザインという
・見えたり聞こえたりした事象から、見えたり聞こえたりしない因果関係を推論することを、「因果推論」という
・調査設計する方法は、仮説検証型と、仮説生成型とがある。
・調査設計は、①探索、②記述、③比較、④因果の大きく四段階に分かれています。
・パラグラフライティングには、記述パラグラフ、比較パラグラフ、因果パラグラフがある。
・調査には、文献の先行調査による「事前研究」か、実際に調査を行う「サーベイ」がある
・「学」とは、ある前提をもとに、論理的な認識を行うこと。前提が変わると学問体系が変わる。これを「パラダイム転換」という。
・前提が異なる「学問」同志で議論することはむずかしい。学問体系が違うと使う理論も、方法論も違うことが多い。
・調査には、量的(定量)調査と、質的(定性)調査がある。
・認識論に対して、客観的に認識できるという実証主義と、主観的解釈を重視すべきとする解釈主義とがある。
・質的調査の方法 ①インタビュー、②オーラルヒストリー、③会話分析・言語分析・ナラティブ分析、④フィールドワーク・エスノグラフィ、⑤アクションリサーチがある。
・論文を作成にするにあたって、研究計画書を作る。
・パラグラフと同様、文章も、「一文一内容」にした方がわかりやすい
・複雑な論文を書くときは、構成表を書いてから、それから書き始めるのがよい。そして、カードに書いて、何度も並べ替えるのもよい。
・論文のレファレンスや注釈の方法は統一されていない。シカゴスタイルや、オクスフォード、ハーバードなどのやり方がある。
・構成がきちんとしていれば、そのまま要約を作れる
・論文の審査も校正も流れはいっしょ
①主題・対象、方法が設定されており、お互いに整合しているか
②既存の先行研究や学問体系との関係が十分に検討されているか
③明確な論拠と、明確な論理によって、論証がなされているか
④設定された主題に即した結論に導かれているか
⑤検討された先行研究の学問体系に対する貢献を明らかにしているか
⑥論文の文書として基本的な質が保たれているか。
目次は次の通り
はじめに
第1章 論文とは何か
第2章 科学と論文
第3章 主題と対象
第4章 はじめての調べ方
第5章 方法論(調査設計)
第6章 先行研究と学問体系(ディシプリン)
第7章 方法(メソッド)
第8章 研究計画書とプレゼンテーション
第9章 構成と文章
第10章 注記と要約
第11章 校正と仕上げ
おわりに
参考文献 -
Posted by ブクログ
ある一般市民がどのように戦争に巻き込まれ、戦後を生きたか記録されている。
戦時に始まり、シベリア抑留から帰国するところで終わる本だと思っていたが、彼の両親・祖父母がどのように暮らしていたかから丁寧に紐解かれ、彼がどのようにして徴兵されたか、戦後どのように生計を立て、引退後の生活をどのように過ごしたかが克明に記録される。
いままでわたしが触れてきた戦争について描かれている媒体では、戦争中の悲惨なエピソード、玉音放送を聴いて打ちひしがれる国民、という描写に留まるものが多かった。本書を読んで、一般的な市民にとっては、戦争が終わっても、無事生き残っても、必死の思いで生還しても、特に金銭的・物理的な救いがあったわけでもなく、ただ単に戦後の貧しい暮らしが続くだけだったということがわかった。
あとがきにもあるように、個人の体験を残すのはその体験を文章に残すことができる高学歴の者によることが多いから、こんなに素朴というか、「下の下」の人の戦争体験は初めてだった。
あの戦争で国民の日々の暮らしは否応なく変わり、命を失った人までいたにも関わらず、力のある者が声を上げ続けない限り国が補償を行わなかったというのはショックだった。
そしてまた、謙二による裁判での陳述は胸に迫るものがあった。何も間違ったことは言っていないのに、それにもかかわらず請求棄却されたということが、日本人として本当に残念だと感じた。
わたしの祖父母は戦争について語りたがらなかった。わたしの祖父母にも、本書で記録されているような、祖父母たち固有の歴史があると思う。聞くことができなかったのが惜しい。
「昔は水族館だったというアパート」という描写が気になった。 -
Posted by ブクログ
この著者さんの本は、分量が多いけど、分かりやすい文章なのですらすら読める。
日本型雇用へのバッシングをよく目にするが、
必然というか、成り行きがあってこうなっている?だなということを
改めて知ることができた。
でも現状のしくみでは立ち行かなくなっているのも事実。
最後の「10年勤めた自分と昨日入ってきた女子高生の時給がなぜ同じなのか」というシングルマザーの問いにあったように、
①同一労働でも、年齢と家族構成に見合った賃金にすべき
②同一労働だから同一賃金なのは当たり前。シングルマザーが資格や学位をとってキャリアアップできる社会にすべき
③同一賃金はやむを得ない。児童手当などの社会保障政策や、資格取得・職業訓練の機会提供をすべき
の3つから、我々が方向性を選ぶ必要がある。
戦後社会が選んだのは①だが、正規雇用のパイは決まっていることにより非正規雇用が拡大したし、女性は不遇な目にあう。
②も論理は通るが、違う意味での格差が広がり、治安悪化のリスクもある。
現代日本では非正規雇用が地域のサポートを得られないことから、著者は③を主張している。私も個人的にはそう思う。
この先、どこに向かっていくのだろうか。