大野和基のレビュー一覧
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「暗黒啓蒙主義」という、現代のリベラル民主主義を批判し、権威主義的なトップダウンによる政治体制を支持する思想の代表的な論客がカーティス・ヤーヴィンである。彼は、第二次トランプ政権で副大統領となったJ.D.ヴァンスや、シリコンバレーを代表するピーター・ティール、イーロン・マスクらにも思想的な影響を与えている。本書は、ヤーヴィンへの単独インタビューに成功した日本人翻訳家の大野和基氏が、その内容を一冊にまとめたものである。
現在では、「民主主義」という言葉は非常に響きがよく、社会を支える大前提として一般に信じられている。しかしヤーヴィンによれば、現代の民主主義社会も、実際には能力主義・実力主義を背景とした一部のエリートによって支配されているという。彼は、この支配構造を、中世のキリスト教会が社会に大きな影響力を持っていた体制になぞらえて「大聖堂」と呼ぶ。大学、学界、大手メディア、文化・教育機関、官僚機構などが知的中枢として結びつき、社会の価値観や認識を形成しているというのである。
このような状況のもとでアメリカ社会の分断が加速しているが、ヤーヴィンは、民主主義に代表されるボトムアップ型の制度では、現在の社会の分断や混乱を収めることはできないと考える。
では、この状況をどのように打開するのか。ヤーヴィンは、政府を一つの巨大なシステムとして捉え、そのシステムをITやAIなどのテクノロジーによって「ハック」し、再設計することが可能だと考える。シリコンバレーのテクノロジーを利用すれば、政府という巨大なシステムそのものを一気に変革することも可能だというのである。
ここで興味深いのは、民主主義を信奉する人々が、もし本当にそのような大変革に直面したら、どのように反応するのかという問題である。普遍的な真理に基づく民主主義や法の支配による政治体制が永続するという考えも、実は、人々の「習慣的服従」と「正統性への信頼」によって支えられているにすぎないのではないか。そして、その二つが同時に崩れれば、巨大な政治制度であっても驚くほど脆く崩壊してしまうという。
例えば、東ドイツが崩壊する直前の1985年の段階ならば、社会主義国家の官僚たちは、「社会主義の正統性」を信じ、それを守るために最後まで抵抗すると考えるのが当然だった。しかし、1989年に実際に体制が崩壊したとき、ほとんど抵抗する姿は見られず、多くの人々は新しい体制に比較的早く適応していったという。1945年の日本の敗戦による社会の大変革にも、これと似た面を見ることができる。
つまり、現在、法の支配と民主主義を社会の大前提として疑わない人々も、政治システムが一気に変わってしまえば、新しい体制を「当たり前の制度」として受け入れ、やがては以前の体制を忘れてしまう可能性があるというのである。
民主主義の「あるべき姿」と社会の実情とのギャップが大きくなり、分断と混乱の中にある現在のアメリカ社会。ヤーヴィンの主張にそのまま賛同することはできなくても、彼の議論は、私たちが当然のものとして受け入れている民主主義や法の支配も、決して永遠に続くことが保証された制度ではないということを考えさせる。
民主主義とは何によって支えられているのか。そして、社会を支える制度が大きく揺らいだとき、人々はどのように行動するのか。本書は、テック右派思想を代表する論客の考えを知るだけでなく、今後のアメリカ社会の行方を考えるうえでも、非常に興味深い一冊である。 -
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ネタバレこの本を読みながら私が考えたのは、数学は公式を解く技術というより、曖昧な状況を見抜くための道具なのだということだった。『世界のエリートが学んでいる数学的思考法』は、統計、ゲーム理論、確率、リスク、論理、微積分、最適化を、日常の場面に引き寄せて語る本として読める。
はじまりの印象
最初に強く残るのは、数学への態度が反転する感覚である。数式をたくさん覚える本ではなく、選挙速報、オークション、宝くじ、投資、会食の店選び、ダイエット、旅行ルートといった具体例を通して、「考えるとは何か」を見せる構成になっている。
この本のよさは、難しい理論をひけらかすのではなく、私たちが普段なんとなく流している判断の裏側に数学が潜んでいると気づかせるところにある。数学は遠い学問ではなく、むしろ思い込みを外し、状況を整理するための実用的な言語なのだと感じた。
刺さった章
特に印象に残るのは、統計とゲーム理論である。統計は世論調査や当確判断のように、限られた情報から全体を読む技術として描かれ、ゲーム理論はネットオークションや交渉のように、相手の行動を含めて意思決定する考え方として示される。
また、確率論やリスク分析の章は、結果が一回ごとに揺れる世界をどう扱うかを考えさせる。宝くじや投資の話は、単なる当たり外れではなく、長期的な視点や期待値の感覚を持てるかどうかが問われているように読めた。
自分への引き寄せ
この本を読んで、私は「知っているつもり」の危うさを改めて感じた。モンティ・ホール問題や囚人のジレンマのように、名前は知っていても説明しようとすると理解の浅さが露呈するものがある。逆に言えば、本当に身についた知識だけが、現実の判断に使える。
ソフトウェア開発や運用の文脈にも、ここでいう数学的思考はつながる。だが本書の核心は、そうした応用先そのものではなく、情報が不完全でも、相手がいても、制約があっても、どう考えればよいかという姿勢にある。そこが単なる数学入門書と違って面白い。
読み終えて
結局この本は、「数学ができる人のための本」ではなく、「曖昧な世界で少しでもよく考えたい人のための本」だと思う。知識を増やすというより、判断の質を上げる読書だった。
マーカス・デュ・ソートイの専門性と、大野和基の聞き手・訳としての整理が合わさることで、抽象的な話が実生活の手触りを持って届く。数学を苦手としてきた人ほど、この本で見方が変わるはずだ。 -
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この本は2018年に出版されており、ここで読むとされた近未来に到達している。
で、世界はどうなるとみられていたのか。
資源を巡り、文明の崩壊が起きる。
近い将来、役立たず階級が大量発生する。
AI万能時代が訪れ、働き方は根本的に変革する。
テクノロジーは中流階級を豊かにしない。
北朝鮮は核開発をあきらめない。
社会的階級が民主主義を変える。
アメリカは分極化の波にさらされる。
知の巨人たちにはこの程度のことはお見通しだったか。インタビュー本なので難しい論理的説明や豊富な情報に基づく分析、深い洞察といった話はない。軽い口調で話されている感じで読みやすいが、とても恐ろしいことの数々をこともなげに述べられている。
サブタイトルは、AIと格差は世界を滅ぼすか。トップが総取りする構図がどんどん進む世の中において、平民の我々はなすすべもないのか。 -
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「一体何者なんだ?!」
その印象で購入してみました。
この本はdark enlightenmentの思想をインタビュー形式で話してる形式である。
正直、彼の思想はすべては同意はしないが、一部同意と勉強になった箇所ありました。
同意できるところ
①テクノロジー世界を制する
→テクノロジーつかえないともはや戦えない。
②カラデラルという構造
→見えない社会構造の存在。
特に官僚制の解体。
ここは多いに同意できる。
特に日本では。
勉強になった点。
→戦後の日本の歴史解釈
彼の戦後の日本史の解釈、天皇制についての見識は正直、驚いたし、解釈も非常に勉強になった。
今後非常に注目すべき人物であると改めて認識しました。
#読書
#読書ノート
#読書垢
#ネオ君主論 -
Posted by ブクログ
「つながり過ぎた世界で、人は何を基準に考え、判断するのかを問い直す本」。
コロナ以後の世界を背景に、効率や成長、数字だけを追いかける資本主義は限界に来ている、と著者は言う。
では人間は何を軸に社会をつくるのか。
その答えとして示されるのが、倫理と「意味を考える力」だった。
印象的だったのは、人間は正解を出す存在ではなく、問い続ける存在だという考え。数字だけでは測れない「それって本当に良いこと?」を考える力が大切になるのかもしれない。
仕事やニュースを見るときに、
「どんな意味を生み、どんな価値観に立っているか」を一度立ち止まって考えるようになれると良い。
つながり過ぎた世界で、考える力を取り戻す一冊。 -
Posted by ブクログ
・書店の棚に新書の新刊として並んでいて、棚での減りが目立ったので休憩がてら購入
・オックスフォード大学数学研究科の教授が、選挙速報、ネットオークション、等身の回りの事例を通じてその背景にある数学的考え方を、数式一切無し、で『紹介』する本
・選挙速報→統計、ネットオークション→ゲーム理論、宝くじ→確率論、株式投資→リスク分析、接待・会食→論理的推論、ダイエット→微積分、旅行ルート→最適化
・『紹介』なので、「なぜそうなるのか?」という具体的な中身までは深入りせず、なぜ?という質問に答えてくれることにはあまり期待しないで読む方が良い
>例えば「母数〇〇人なら〇〇人のサンプルを取れば誤差±5%に収まるものなのです」という感じ
>文系出身者で算数に日常業務的に触れる人(財務/投資/予算モデルなど?)が、「へぇーそういう考え方が出来るのね」と興味を持つには十分だと思う
・読み返して気付いたが「世界のエリートが学んでいる」というタイトルはミスリード。確かにそうだろうし数学は重要だけど、書かれている内容と「世界のエリート」はあまり関係がない(「世界のエリートが」と付けるだけで特定セグメントへの訴求が高まるから分かりやすいね)
・個人的にネタに使いたいポイント
>ゴールデンサンプル/誤差±5%を担保出来るサンプル数
>モンティホール問題/直観と確率の乖離
>セカンドプライスオークション/イングリッシュオークション/妥当な価格により近付ける
>ルーレットとブラックジャック・ポーカー/オッズの妙、など -
Posted by ブクログ
ネタバレ難しいテーマは丸々1冊だと読み切れないけど、インタビュー形式で読みやすい。
人口動態が変わっていわゆる白人中心・優位な時代が終わりつつあり、多極化やトランプ政権など国際政治の状況も様変わりで、価値観や政治が不安定化している、という現状分析が多かったかと。世界がどこにどう向かうのか、帯の「「常識」の時代は終わった。「力が正義」の時代が始まる」は暗澹とするけど、ある程度ニューノーマルとして現実を認識する必要はあるのだろうな。
興味深かったのは、ジョセフ・ヘンリック(人類学者)のパート。
・WEIRD(西洋の、教育水準の高い、工業化された、裕福な、民主主義の)な特性(個人主義、他人への信頼、傾向性主義、分析的思考)は世界的には少数派。
・日本人や韓国人は欧米化著しいかと思いきや、相手との関係性によって態度を変える。
・宗教の中でも西方教会がいとこ婚を禁じたことで、氏族社会が解体。親族ベース制度から一夫一婦制の核家族→人が移動しやすくなったり、血縁以外の共同体が生まれたりして、ヨーロッパの発展・産業革命の基礎となった。
・「子ども時代に引っ越しを繰り返した若者は、友人と初対面の相手をあまり分け隔てしなくなるという」←個人的に思い当たる。
量子コンピュータ(ミチオ・カク)の話は異色、そして難しい…
水が基礎インフラ(ジェレミー・リフキン)、これ最近よく聞くな。 -
Posted by ブクログ
数学と言うと、計算をするものというイメージがある。(ある意味ではそうだと思う)
でも、大人になって、数的な見方、考え方をすることの意味が分かってきた気がする。
分かってきたけど、出来ないのだけど(笑)
だから、学校では、もちろん演習的な数学の授業がベースになるのだろうけれど、この数的な考え方をもっと教えて欲しかったなと思う。
この新書では「こういう方法で考える」という詳細まではあまり踏み込まない。
ビジネスのこの場面で、日常生活のこの場面で、「こういう風に考えている人がいる」あるいは「こういうことを知っていると有利になる」ということの、紹介をしているような感じ。
そして、そんなとっかかりの話でも、割と頭を縦に横にして、難しいのだけど、なるほどなとも思う。
そして今更、著者がマーカス・デュ・ソートイであることを知る。『素数の音楽』も面白い。 -
Posted by ブクログ
いい質問のため、できる限りの準備を。
著者は海外含めた40年強インタビュー経験があるということで、海外の著名な方へのインタビュー経験+英語でのアプローチというのが、本書の特徴の一つと感じた(特定の方の事例を何回も出すのは少々くどいが)。
本書を読んでいると、可能な範囲で準備し対等なポジションで質問をしていくことの大切さが、伝わってくる。
タイトルは正直大仰というか、知らないということはないだろうと思う点はちょくちょく出ていた。最後の英語に関するアドバイスも著者ならではと思うが、マネジメントに関わっていれば日本でもWhyのアプローチは避けるようになってきていると感じるし、海外経験を殊更にアピールしている印象を受けた。 -
Posted by ブクログ
著書こそ出会ったことはなかったが、
若い天才的哲学者、マルクス・ガブリエルの名前は聞いたことがあったので、本屋さんで見かけて気になっていた。
しかも副題が、
「東洋哲学と新実在論との出会い」
新実在論の方は聞き馴染みがなかったが、東洋哲学については、ちょっと勉強したいぞ…とここ数年、ずっと思っているトピック。
今年は聖書読書会を通じて、聖書を開く時間が増えた。クリスチャンでもないし、ましてや新たなる信仰心から読もうと考えて通読を試みているわけでもないので、聖書について向き合う際には、ざっくり「東洋哲学や東洋思想とは別世界のもの」と思って読んできたんだが、ところどころ(私が知る限りなのでだいぶ怪しいが)仏教や道教の思想に通底する記述があったりして、その類似性を面白いなぁ…と興味深く感じていた。
なんだかんだ言って聖書は西洋哲学の基礎にあると考えているので、ガブリエルの述べる「私の存在論は、ある意味西洋哲学と東洋哲学の統合を目指しています」との言葉に、この辺の深掘りもできるのではないかと思って購入。
インタビューってもっとわかりやすくなるんだと思っていたよ!
いやぁ…めちゃくちゃ難しかったー。
でも面白いところもたくさんあった。
西洋哲学と東洋哲学との統合について、ではなく、純粋に東洋哲学についての内容が多かった。
タイトルにある通り、時間・自己・幻想について、仏教、中国思想、日本哲学を引きあいにだして語っている。
これは一度読んだだけではわからないな。何度も読み返してこそ気がつける、掴めるものがありそうな気がする。
そんな中でも私なりに引っかかったのが、85頁にある嫉妬についての記述。
人間が犯す多くの罪の中でも、「嫉妬」は何にも増して大罪であるという。
…そうかなぁ?
あんまり納得いかない。
私にとってのそれに当たる罪は、「傲慢」なのではないかしら、と思っている。
ただ、これについてはやはり個人の経験でそう思うところも大きいのかもしれないので、史上最年少でボン大学の教授になってしまうぐらいの天才はいろんな人から嫉妬されたりして苦しんだのかもしれないな、と邪推した。
東洋哲学と西洋哲学、どちらが優れているのか?どちら側に統合するのか?…という論点で読んでしまうと、結局のところ二元論的な安易なジャッジに落ち着いてしまうだろう。
東洋哲学の特徴的なところ、西洋哲学の特徴的なところ、合わせながら、都度グラデーションで判断したり、保留するのが妥当なのかな、と思う。
それから読み終わって印象的だったのは、巻末対談で松本紹圭さんが、
僧侶の仕事である葬儀について語る部分。
僧侶の仕事である葬儀が、一見過去を弔っているように見えて、
実は「よき先祖でいる」ことによって未来に開かれている、という話。
…なるほどなぁ。
またこの対談の最後の方、
動物とはなにか、という動物の定義から植物も動物であるという話。
生命のあるもの、有機物の話からなんとなく、バラモン教のいう無から有の話にも繋がりそうで、はたまた聖書の「塵から人へ」も、道教の「無為自然」も、
全部がつながっているような気がして、
ただそこがどんなふうにどう繋がるかは勉強不足で感覚的なので、備忘録程度にここに書き記しときます笑