大野和基のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
・書店の棚に新書の新刊として並んでいて、棚での減りが目立ったので休憩がてら購入
・オックスフォード大学数学研究科の教授が、選挙速報、ネットオークション、等身の回りの事例を通じてその背景にある数学的考え方を、数式一切無し、で『紹介』する本
・選挙速報→統計、ネットオークション→ゲーム理論、宝くじ→確率論、株式投資→リスク分析、接待・会食→論理的推論、ダイエット→微積分、旅行ルート→最適化
・『紹介』なので、「なぜそうなるのか?」という具体的な中身までは深入りせず、なぜ?という質問に答えてくれることにはあまり期待しないで読む方が良い
>例えば「母数〇〇人なら〇〇人のサンプルを取れば誤差±5%に収まるものなのです」という感じ
>文系出身者で算数に日常業務的に触れる人(財務/投資/予算モデルなど?)が、「へぇーそういう考え方が出来るのね」と興味を持つには十分だと思う
・読み返して気付いたが「世界のエリートが学んでいる」というタイトルはミスリード。確かにそうだろうし数学は重要だけど、書かれている内容と「世界のエリート」はあまり関係がない(「世界のエリートが」と付けるだけで特定セグメントへの訴求が高まるから分かりやすいね)
・個人的にネタに使いたいポイント
>ゴールデンサンプル/誤差±5%を担保出来るサンプル数
>モンティホール問題/直観と確率の乖離
>セカンドプライスオークション/イングリッシュオークション/妥当な価格により近付ける
>ルーレットとブラックジャック・ポーカー/オッズの妙、など -
Posted by ブクログ
ネタバレ難しいテーマは丸々1冊だと読み切れないけど、インタビュー形式で読みやすい。
人口動態が変わっていわゆる白人中心・優位な時代が終わりつつあり、多極化やトランプ政権など国際政治の状況も様変わりで、価値観や政治が不安定化している、という現状分析が多かったかと。世界がどこにどう向かうのか、帯の「「常識」の時代は終わった。「力が正義」の時代が始まる」は暗澹とするけど、ある程度ニューノーマルとして現実を認識する必要はあるのだろうな。
興味深かったのは、ジョセフ・ヘンリック(人類学者)のパート。
・WEIRD(西洋の、教育水準の高い、工業化された、裕福な、民主主義の)な特性(個人主義、他人への信頼、傾向性主義、分析的思考)は世界的には少数派。
・日本人や韓国人は欧米化著しいかと思いきや、相手との関係性によって態度を変える。
・宗教の中でも西方教会がいとこ婚を禁じたことで、氏族社会が解体。親族ベース制度から一夫一婦制の核家族→人が移動しやすくなったり、血縁以外の共同体が生まれたりして、ヨーロッパの発展・産業革命の基礎となった。
・「子ども時代に引っ越しを繰り返した若者は、友人と初対面の相手をあまり分け隔てしなくなるという」←個人的に思い当たる。
量子コンピュータ(ミチオ・カク)の話は異色、そして難しい…
水が基礎インフラ(ジェレミー・リフキン)、これ最近よく聞くな。 -
Posted by ブクログ
数学と言うと、計算をするものというイメージがある。(ある意味ではそうだと思う)
でも、大人になって、数的な見方、考え方をすることの意味が分かってきた気がする。
分かってきたけど、出来ないのだけど(笑)
だから、学校では、もちろん演習的な数学の授業がベースになるのだろうけれど、この数的な考え方をもっと教えて欲しかったなと思う。
この新書では「こういう方法で考える」という詳細まではあまり踏み込まない。
ビジネスのこの場面で、日常生活のこの場面で、「こういう風に考えている人がいる」あるいは「こういうことを知っていると有利になる」ということの、紹介をしているような感じ。
そして、そんなとっかかりの話でも、割と頭を縦に横にして、難しいのだけど、なるほどなとも思う。
そして今更、著者がマーカス・デュ・ソートイであることを知る。『素数の音楽』も面白い。 -
Posted by ブクログ
いい質問のため、できる限りの準備を。
著者は海外含めた40年強インタビュー経験があるということで、海外の著名な方へのインタビュー経験+英語でのアプローチというのが、本書の特徴の一つと感じた(特定の方の事例を何回も出すのは少々くどいが)。
本書を読んでいると、可能な範囲で準備し対等なポジションで質問をしていくことの大切さが、伝わってくる。
タイトルは正直大仰というか、知らないということはないだろうと思う点はちょくちょく出ていた。最後の英語に関するアドバイスも著者ならではと思うが、マネジメントに関わっていれば日本でもWhyのアプローチは避けるようになってきていると感じるし、海外経験を殊更にアピールしている印象を受けた。 -
Posted by ブクログ
著書こそ出会ったことはなかったが、
若い天才的哲学者、マルクス・ガブリエルの名前は聞いたことがあったので、本屋さんで見かけて気になっていた。
しかも副題が、
「東洋哲学と新実在論との出会い」
新実在論の方は聞き馴染みがなかったが、東洋哲学については、ちょっと勉強したいぞ…とここ数年、ずっと思っているトピック。
今年は聖書読書会を通じて、聖書を開く時間が増えた。クリスチャンでもないし、ましてや新たなる信仰心から読もうと考えて通読を試みているわけでもないので、聖書について向き合う際には、ざっくり「東洋哲学や東洋思想とは別世界のもの」と思って読んできたんだが、ところどころ(私が知る限りなのでだいぶ怪しいが)仏教や道教の思想に通底する記述があったりして、その類似性を面白いなぁ…と興味深く感じていた。
なんだかんだ言って聖書は西洋哲学の基礎にあると考えているので、ガブリエルの述べる「私の存在論は、ある意味西洋哲学と東洋哲学の統合を目指しています」との言葉に、この辺の深掘りもできるのではないかと思って購入。
インタビューってもっとわかりやすくなるんだと思っていたよ!
いやぁ…めちゃくちゃ難しかったー。
でも面白いところもたくさんあった。
西洋哲学と東洋哲学との統合について、ではなく、純粋に東洋哲学についての内容が多かった。
タイトルにある通り、時間・自己・幻想について、仏教、中国思想、日本哲学を引きあいにだして語っている。
これは一度読んだだけではわからないな。何度も読み返してこそ気がつける、掴めるものがありそうな気がする。
そんな中でも私なりに引っかかったのが、85頁にある嫉妬についての記述。
人間が犯す多くの罪の中でも、「嫉妬」は何にも増して大罪であるという。
…そうかなぁ?
あんまり納得いかない。
私にとってのそれに当たる罪は、「傲慢」なのではないかしら、と思っている。
ただ、これについてはやはり個人の経験でそう思うところも大きいのかもしれないので、史上最年少でボン大学の教授になってしまうぐらいの天才はいろんな人から嫉妬されたりして苦しんだのかもしれないな、と邪推した。
東洋哲学と西洋哲学、どちらが優れているのか?どちら側に統合するのか?…という論点で読んでしまうと、結局のところ二元論的な安易なジャッジに落ち着いてしまうだろう。
東洋哲学の特徴的なところ、西洋哲学の特徴的なところ、合わせながら、都度グラデーションで判断したり、保留するのが妥当なのかな、と思う。
それから読み終わって印象的だったのは、巻末対談で松本紹圭さんが、
僧侶の仕事である葬儀について語る部分。
僧侶の仕事である葬儀が、一見過去を弔っているように見えて、
実は「よき先祖でいる」ことによって未来に開かれている、という話。
…なるほどなぁ。
またこの対談の最後の方、
動物とはなにか、という動物の定義から植物も動物であるという話。
生命のあるもの、有機物の話からなんとなく、バラモン教のいう無から有の話にも繋がりそうで、はたまた聖書の「塵から人へ」も、道教の「無為自然」も、
全部がつながっているような気がして、
ただそこがどんなふうにどう繋がるかは勉強不足で感覚的なので、備忘録程度にここに書き記しときます笑 -
Posted by ブクログ
本書は時間・自己・幻想という3つのテーマを置いて、「新実在論」を唱えるドイツの天災哲学者、マルクス・ガブリエル氏と作家で国際ジャーナリストの大野和基氏の対談形式から生まれた書籍である。哲学という響きからは理解が難しく、近寄り難い雰囲気が漂ってくるが、ガブリエル氏の様々な出来事や事例を挙げて明快な解答をしていく内容はわかりやすく、読みやすいものとなっている。とは言えベースは哲学であるから、ある程度頭をクリアにした状態(特に起きたばかり、朝の時間帯)で読む事を勧める。
今回はその様なガブリエル氏の主張の中に西洋哲学だけではなく、「東洋哲学」が深く影響している点を詳しく説明している。とは言っても東洋的な考え方が、まるでそのまま同氏の考え方に一致するというわけではなく、東洋思想に見られる考え方や、行動(修行や坐禅、掃除から祭事まで)について、自分なりの解釈を加え、より深い位置で理解しようとする同氏の試みの成果である事を理解できる1冊だ。西洋哲学が「物事の不変的な真理」を追求して、これ以上細分化できない本質まで分解していくのに対して、東洋的な考え方には、常に変わらないものなどこの世には無く、「変わらないものがあるという幻想」とみなしている点。一見すると相容れない思考の方向性に見えるかもしれない。だが、仏教が全ての欲望を捨て無我の境地に至るため、静かに座禅を組んだりする事自体、「無」を欲するという欲求がそこには見られると喝破する。仏教は知的活動に不可欠な「大脳新皮質」の機能を低下させる事を目的とするが、ガブリエル氏はこの大脳新皮質を最大限活性化させることこそ、我々人間の新たな知的好奇心による幸福に結び付けられると言う。前者が意識レベルを極限まで押さえつける事で、身体的な機能を融合させることが可能であると解くのに対して、後者(ガブリエル氏の考え方)はいずれも高次のレベルで最大限発揮させようとするものである。とは言え、ガブリエル氏自身が自身の最大の発見とする「新実在論」は仕事に忙殺され、鬱状態にあった時期の湯船に浸かっている際に思いついたという話もあり、いかにも脳が疲弊し、それを回復させることが必要な状態=リラックスと思考が無に近い状態、に感じられるのも不思議なエピソードであった。中々こうしたガブリエル氏との会話の中から、今日明日すぐにでも使えるスキルや考え方が身につくわけでは無いが、要するにこうした書籍を読みながら、頭を使うという行為自体が大切なのでは無いかと感じさせる。そして、そうした考え方に至るまでのプロセスは常に自分の頭の中の「知りたい」という好奇心と、知ろうとする「意思」が生み出しているわけだから、だから私はこうして存在している、という事に気付くのである。 -
Posted by ブクログ
主に生物学に対するトピックをまとめた書。生物を専門とする人向けというよりは、専門ではない人間が生物のトレンドを知る際に有用な書という印象。
クリスパー・キャス9により任意のゲノムの編集が可能になった今、その将来の展望について語ってくれる(倫理というよりは生物よりの視点)。
また、進化論についても新しい視座を与えてくれる。生物は環境によって大枠を決定されていて、多様性は細部の偶発的な変異によるものと唱えるコケル氏と、環境への適応方法は多数あり、その適応方法が多様性を生んでいるという主張のロソス氏の対比は面白かったが、ロソス氏の意見に対するコケル氏の反論を聞きたかったところ。