中島岳志のレビュー一覧
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行政には、楕円形のように二つの中心があって、その二つの中心が均衡を保ちつつ緊張した関係にある場合に、その行政は立派な行政と言える。 大平正芳
(引用)いのちの政治学 リーダーは「コトバ」をもっている、著者:中島岳志、若松英輔、発行所:株式会社 集英社クリエイティブ、2021年、253
本来、危機的な状況に陥ったとき、一国のリーダーの発する言葉は、とても重たいはずだ。時としてリーダーは、新型コロナウイルス感染症拡大時における都市封鎖(ロックダウン)や飲食店の営業時間短縮要請など、国民に対して厳しい措置を取らなければならない。いや、国民への影響だけに留まらない。一国のリーダーであれば、複雑化する外交問題をはじめ、我が国への入国規制など、世界的な影響も及ぼす。
このたび、集英社クリエイティブから「いのちの政治学 リーダーは「コトバ」をもっている」が発刊された。日ごろから、私も”言葉の力”について、興味を抱いていた。我が国は、「言霊(ことだま)」といい、古から、日本人は、言葉に宿る力を信じてきた。
しかしながら、この本の帯には、「なぜ日本の政治家はペーパーを読み上げるだけで、表層的な政策しか語れないのか」とある。私は、書店でこの帯を見て、「いや、違う」と思った。長い我が国の歴史において、「語れない」のではなく、「語れなくなった」のではないかと思った。少なくとも、自分が幼少期の高度経済成長時代においては、我が国のリーダーの言葉は重かったように思う。そんなことを思いながら、「いのちの政治学(以下、「本書」という)を拝読させていただくことにした。
本書では、聖武天皇、空海、ガンディー、教皇フランシスコ、そして大平正芳元総理大臣という5人の人物に焦点を当てている。そして、この5人の足跡を辿り、危機の時代において、人々に心の平穏を与える「真のリーダー」像に迫ることを試みている。
まず、本書のよいところは、政治学者である中島岳志氏と批評家である若松英輔氏という、東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院教授による対談形式ということである。この対談は、歴史的史実をもとに、高等学校で学んだ日本史や世界史のレベルに留まらない。本書に登場する5人がどのような「コトバ」を発し、どのようにリーダーシップを発揮したのかという視点で、分かりやすく解説してくれる。
本書を読み始めて、私は最初に登場した聖武天皇から、すっかり魅了されていった。現在と同様、聖武天皇が即位した時代も天然痘に悩まされていた。しかも、大震災や大火災などの発生なども重なり、まさに危機の時代であった。そのなかで、聖武天皇は、「鎮護国家」の発想により、東大寺の大仏、つまり巨大な廬舎那仏の建立しようとする考えに至る。
本書では、聖武天皇のコトバである「大仏建立の詔(みことのり)」が紹介されているが、なぜ、人々は聖武天皇から強いられることなく、自律的に廬舎那仏建立に関わっていったのかといった解説が素晴らしい。そこには、人間は「与えられる」だけではなく、「与える」存在であるといった本質を突いたコトバがあった。
ここで、「言葉」と「コトバ」の違いについて触れておきたい。本書では、哲学者の井筒俊彦氏の定義を引用し、言語によって伝えられる「言葉」とは別に、その人の態度や存在そのものから、言葉の意味を超えた何かが伝わってくるようなものを「コトバ」と呼んでいる(本書、15)。
では、どうしたらリーダーは「コトバ」を発することができるのだろうか。
本書の中で、私は、ヒンディー語で「与格(よかく)」という独特の文法があることが参考になった。例えば、「私は悲しい」というときも、主語を「私」にしない。直訳では「私に悲しみがやってきて、とどまっている」という言い方をするという(本書、25)。
まず、現在のリーダーは、「私は、〇〇と思う」というように自分の考えを伝える。しかしながら、本書で紹介されているリーダーたちのコトバは、「私」を主語にせず、社会的弱者の代弁者として語っている。実は、私も実生活で感じるところがあるのだが、人間として苦難や感情を経験するために、あたかも見えないところからその出来事がやってくる。それを私は、ただ受け止めるだけという感覚に至り、「与格」という文法が誕生したのではないだろうかと思う。このことは、本ブログの後でも触れたい。
本書の最後には、大平正芳氏が登場する。なぜ、歴代の総理大臣の中で大平正芳氏なのかといった疑問が湧く。しかし、本書を読み進めていくうちに大平氏が敬虔なクリスチャンであったこと。しかも、本書で先に紹介された4人と共通する部分が多いことに驚かされた。
冒頭、行政の大平氏のコトバを紹介した。行政は、納税者と受益者の均衡にあるという。常にこのことを考え、行動している政治家や公務員はどのくらいいるだろう。納税者に偏りすぎず、受益者に偏りすぎない。この絶妙な均衡に行政は成り立つ。
このことは、「中庸」という言葉にも繋がる。普通、「中庸」といえば、2つの均衡であることを指す。しかし、私は、本来の「中庸」とは、この2つの楕円の均衡点から何かが生まれて立ち上がってくるという意味も知った。よく、経営者の座右の銘として「中庸」を掲げるかたも見受ける。そこまで、理解しての上で、座右の銘とされたのだろう。常に、「中庸」であるかを意識すること。これもリーダーの重要な資質の一つとして捉えてよいのだと感じた。と同時に、まさに今、新型コロナウイルス感染症拡大という危機を迎え、大平正芳氏が内閣総理大臣であれば、我が国の難局をどのように乗り切ったのだろうかと思い馳せた。
本書に登場するリーダーたちに共通する点は、「寄り添う」というほかに、先ほど「与格」のところでも触れたが、リーダーは、「見えない力」を信じているということだ。
私は、宇宙や天からの「見えない力」によって出来事がもたらされ、天の摂理に基づいて自分を信じ、人々を動かしているように思えた。
だから、ここに登場したリーダーたちは、危機発生時、その「見えない力」に助けを求めるべく、人々とともに祈り、人々に寄り添い、奉仕した。だから、リーダーから発せられるコトバは、祈りであり、人々の声であり、希望でなければならいと感じた。
本書には、偉人たちによる人々とともに危機を乗り越えようとするリーダーたちのコトバで溢れていた。私は、偉人たちのコトバに触れ、表層的では決して終わらない、リーダーとしての神髄を知ることができた。
巷に溢れた、どの「リーダーシップ」に関する書籍より、今を生きるリーダーたち、そして本気でこれからリーダーを目指す若者たちに、まずは、本書の一読をお薦めしたい。
危機に立ち向かうリーダーとして、「コトバ」という武器を手に入れるために。 -
Posted by ブクログ
なかなかの良書です。リーダーの言葉が重要視されるなか、自らの言葉で語り、統計上の「命」ではなく一人ひとり「いのち」に向き合った人物として、①聖武天皇、②空海、③ガンジー、④聖フランシスコ、⑤大平正芳、を取り上げて論評しています。
コロナ禍での独・メルケル首相の演説はつとに有名ですが、(原稿の棒読みではなく)こうした言葉が出てくるのは、「無私」であり他者の痛みが分かったうえでの「利他」であると論じています。
いずれの人物についても、歴史背景や文献・原典を精緻に考証しており、良心的な記述の読後感は「清涼感」という印象です。「終章」の結論として、「すべてのいのちを生かすために重要なのがリーダーの選び方」という点は、常に考えておかなければいけない論点と思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレちょっと前に随分評判だった政治学の本。政治について全然知らないので読んだ。
四章立てになっており、
一章では左派右派では現代日本の政治は捉えられないことを、
ではどう分類するのかというと二章でリベラル/パターナル、リスクの社会化/個人化の四象限で描けると語る。
三章ではガンジーを引き合いに自分の生活が政治へ結びつけることが出来ると説き、
四章では民主と立憲の対立や、立憲は死者からの信託であるが近年軽視されていると締めくくる。
という理解をしました。
民主主義の脆さについても紙面が割かれていた。
最近「人間は愚か」という考えがネットミームとして出てきているが、これが社会の隅々にまで浸透した時、「もう個人の意向を吸い上げる民主主義は古い、これからは一部の優秀な人間に統治してもらうべきだ」みたいな政治思想が出てくるかもな〜とか思いました。
あとガンジーの若年エピソードがパンチがあって凄い。禁止されている肉食をしたりたばこを吸ったり性欲に溺れたり、自己嫌悪で自殺未遂をしたり、マッチポンプが過ぎるよ。 -
Posted by ブクログ
右とか左とか、リベラルとか、今までは分かったようで分かっていなかった言葉の意味がちゃんと理解できた。
政治学の本だけど、難しいことは書いてなくて、だからわたしみたいに言葉の意味が分からない人にこそ楽しんで読んでもらいたいし、この本の存在を知ってもらいたい。
わたしは、モノやサービスを選んでお金を支払うことは、投票することだと思っているんだけど、これも政治だったんだな。
自分の本当に身近なところに、政治は存在している。
でも、やっぱり選挙はちゃんと行かなきゃいけない。
いまを生きるわたしたちや未来のためはもちろん、過去の人たちが礎を築いてくれたおかげで、少なくとも日本は戦争のない国になっているんだから、過去の人に恥ずかしくない世界を創らなきゃいけない。 -
Posted by ブクログ
耽美派の世界観に入り込めるようになったのは、人間の理性に懐疑的になったからだと気づいた。そしてわたしが好きな物語の多くが、合理的なグランドデザインvs人間の不完全性、という構図があることに気づいた。政治に現れるからには当然だが、右派と左派というのは日常のあらゆる局面に転がってるなぁ。以下、学んだこと
・保守は「保守するための改革」に積極的。過去を単純に理想化するわけではなく、改革を否定するわけではない。自分たちの行動を縛るものに意味を見出し、その社会関係を大切にするため、排除のない安定したコミュニティの構築を目指す。保守と寛容は両立し得る!
・安倍さんが自称する保守は「反左翼」に端を発しているため、小泉改革を推し進めて保守政治を空洞化させた。
・右派の中に保守と右翼が分類される。過去を理想社会と考えるか、現代を永遠の過渡期と捉えて理想社会の実現を断念するかでラディカルさも異なる。
・日本の植民地支配に至るまでに、革命アジア主義(アジアを西洋支配から解放する)が反革命アジア主義(帝国主義を推し進める)の政治に取り込まれていった。二十一ヶ条の要求を取り下げていたらまた異なる歴史を辿っていたのかも…
・柳田国男、福田恆存、橋川文三に興味が湧いた
・自覚的に引き受けた役割を全うしている時に生の実感を得られる(「人間の『演劇的』な特質」)ことに共感できるため、ナショナリズムが一個人の自分らしさの探求と結びつくのは理解できる。現れ方がその国のたどった歴史・思想史によって異なるだけで、その心情自体は非常に普遍的で忌み嫌うものではなないと思う。しかしpatriotismとの明確な違い(政治的に現れるかどうかという点だけなのか?)はまだわかってないため、imagines communities読む予定。
Twitterの論争に疲れたらまずこれを読むべし。作者はリベラル保守のようだが、保守リベラル(存在するとしたら)の方による「リベラリズムのヒント」とかあったら読みたい。 -
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世論調査に関わっていたこともあり、「世論」、「空気の研究」は読んだことがあったが、表現が難解で最後まで読み切ることができなかった。
今回、大澤真幸さんらの解説を通じて、ようやく内容を理解することができ、爽快であった。
それと同時に、国単位での集団心理の特性は、今も昔も大きくは変わらないのだなと改めて感じた。
昔と比べると我々が接するメディアの種類は増え、かつ、メインに接するメディアも新聞TVから移り変わり始めている。
そのため、皆が同じメディアから情報を得て、同じように意見を形成していく形ではなく、それぞれがそれぞれのメディアから情報を得て、それぞれの意見を形成していくようになってきたと思われる。
そういった状況変化を踏まえた上でも、集団心理のなびきやすやというか、何色にでもなりうる特性は現代でも変わらないのだなと、感じた。 -
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なかなか骨太の内容の本なんだが、とても読みやすい。
4名の論客が、マスコミとメディアと世論の関係について、実に刺激的に論理を進めてくれている。しかも、その論理を進める際に引用しているのが、ちょいと昔の本なのだから、おもしろい。
・ハルバースタム著『メディアの権力』
・トクヴィル著『アメリカのデモクラシー』
・ベネディクト・アンダーソン著『想像の共同体』
・ブラッドベリ『華氏451』
それぞれの方の文章の後には、その内容に関する座談会の様子も収録されていて、これもまた私たちの理解を助けてくれる。
ここにあげられている本も読みたくなったなあ。
まったく本書の内容の紹介にはなっていないな。
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Posted by ブクログ
【問いかけて30年】「怒涛の時代」とも称される平成の世を、「生きづらさ」をテーマとして、主に宗教面から読み取ることを試みた作品です。著者は、東京工業大学でリベラル・アーツを教える上田紀行ら4名。
「そんなこともあったなぁ」と読み進めるうちに、平成の一側面をわかりやすく解説してくれる一冊でした。難解なところはまったくなく、コンパクトでありながら同一テーマに関する複数名の指摘を合わせて読み進められるため、頭の中で比較をしながら考えることができる点も高評価です。
〜私たちを取り巻く社会はさまざまな問題を抱えています。それらの問題の根底には,日本でも世界でも,若者を中心にして広がる「生きづらい」という感覚が大きく関係しているのは見過ごせない事実でしょう。〜
やっぱり1995年は分水嶺の年だと再実感☆5つ -
Posted by ブクログ
「平成」という時代を、「宗教」という視点から分析した本です。社会の変化とそれをうけた宗教界の変遷が、相互に影響しあって平成の「空気」を作り上げた様子がわかりやすくまとめられています。
「激動の昭和」につづく平成の30年は、「失われた20年」などともいわれるように、閉塞感のある時代だったような印象があります。
もっとも、平成生まれの私にとってはこれが「フツウ」でしたから、そこまでネガティブなイメージではないのですが…。
ただ、阪神淡路大震災やオウム真理教のサリン事件、9.11同時多発テロや3.11東日本大震災など、多くの「事件」が印象に残っている時代ではあると思います。
それぞれの事件によって、社会全体が「暗く」なったり、その流れを変えたり(特に昨今ではポピュリズムやナショナリズムがその勢いを増していると思います)したことも、平成の時代の特徴なのかもしれません。
なかでも本書では「生きづらさ」という言葉がキーワードとして取り上げられていました。昭和のように地縁血縁が薄くなり、コミュニティが弱体化する中で、個人個人が「生きている」という実感を持ちにくくなったり、「生きている」ことの目的を見出せなくなったりしている。そのことが「生きづらさ」の原因になるし、またそれまでの宗教観のままでは様々な人々の「つらさ」を救うことができない。
これらの分析は説得力がありましたし、平成という時代の「核心」をついているように感じます。
宗教学についてや宗教論についての記述の部分では少し読みにくい部分もあるかもしれませんが、全体としては中学・高校生にとっても読みやすい本だと思います。
平成の時代を振り返る際に、とてもいい本だと感じます。