司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 新装版 播磨灘物語(4)

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    ネタバレ

    明智光秀を討伐するまでが第4巻のメインです。
    討伐後から朝鮮出兵、関ヶ原の戦いもで黒田如水がどういった動きをしていたかも描かれていますがこれまでに比べれば完全におまけのような扱いです。

    秀吉による天下統一後に官兵衛の重要度が下がり石田三成などの官僚的な大名が出世していくエピソードが最終盤に描かれるのですがそれを読んで本書を閉じるとなんとも言えない物悲しさが湧き上がりました。

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    2018年08月05日
  • 夏草の賦(上)

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    ネタバレ

    戦国時代を舞台とした小説で、土佐の一大名である長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が主人公で物語は進んでいきます。
    天下統一という大きな目標をもっていた元親は、一介の大名でありながら土佐統一、他国への侵略を行っていきます。
    元親の、目標に対して邁進する姿、揺るがない信念がかっこいいです。
    チームを引っ張っていくリーダーはこうあるべきだ、という気づきもありとても良い作品だと思います。

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    2018年06月07日
  • 街道をゆく 40

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    【司馬さんがゆく 台湾編】『竜馬がゆく』等の作品で、若い世代の間でも変わらぬ人気を獲得し続けている司馬遼太郎が、台湾を歩きながら感じたことを綴った作品。「国家とはなにか」という大きな問いを手掛かりとし、歴史の奔流の中をたくましく生きてきた台湾について考えを巡らせていきます。


    ときには広く名も知られていない個人と、国家や民族、そして歴史という大きな思念の間を、鷹揚に、そして自由に行ったり来たりしながら思考の幅を広げてくれるとことが司馬作品の魅力だと思うのですが、本作ではその魅力が台湾という彩りを伴って、格段に増しているように感じました。これからも『街道をゆく』シリーズに手を出してみようかなと。

    〜「日本はなぜ台湾をお捨てになったのですか」と、大きな瞳を据えていわれた。たずねている気分が、倫理観であることは想像できた。考えてみると、彼女の半生をひとことでいえば、水中の玉のように瑩として光る操なのである。こういう人の前では、答えに窮したほうがいいとおもった。〜

    考えのヒントをこんなに与えてくれる土地も珍しいのではないか☆5つ

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    2018年06月06日
  • この国のかたち(六)

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    司馬遼太郎さんのエッセイ「この国のかたち」最終巻です。全体を通して、色々な時代の日本の出来事・思想が書かれています。

    第6巻では、海軍について多くのページが使われています。日本の海軍は、帝国主義時代の防御ようとして増強されましたが、気がつけば統帥権を武器に歯止めの効かない大きな組織になっていました。歯止めの効かなくなった組織の恐ろしさ、行く末について学ぶことが出来ます

    司馬遼太郎さんの知識の元、俯瞰的に歴史が書かれているので、世界との関わりや時間の繋がりを感じながら読むことができます。

    深堀して知りたい好みの時代も出てくると思います(自分は、明治〜大正〜昭和初期)。

    司馬遼太郎さんの何とも言えない飄々とした語り口。随筆ならではのリズム感。是非読んで見てください❗

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    2018年05月24日
  • 花神(下)

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    大村益次郎の一番の活躍、歴史の表舞台に出てきます。
    ただし歴史どおりに本当に一瞬です。無駄に引き伸ばしたりせずほんとに一瞬のところを描いて、さっと終わります。あっさりしすぎていてあっけに取られますが、それがよいです。

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    2018年05月19日
  • 胡蝶の夢(一)

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    「胡蝶の夢」新潮文庫全4巻。
    司馬遼太郎さん。1976-1979新聞連載。
    幕末を舞台に司馬凌海、松本良順のふたりを中心として「蘭方医たち」を描いた長編小説です。
    不思議にしみじみと面白かったです。

    #

    司馬遼太郎さんの長編小説群は、勝手ながら僕の感想としては

    ①第1期:「梟の城」1959~「竜馬がゆく」1966連載終了くらいまで
    =えげつなくエンターテイメント。熱い名作多し。
    基本、司馬さん初心者、若い読者などには圧倒的にこのゾーンに含まれる「燃えよ剣」「竜馬がゆく」「国盗り物語」「関ヶ原」がおすすめ。
    なんというか、カツ丼天丼ハンバーグデミグラスソース、しかも極上の味付け。濃いめ。

    ②第2期:「最後の将軍」「殉死」1967くらい~「坂の上の雲」1972連載終了くらいまで
    =編集者に押しつけられたかのように見える、「序盤でHだけしてやがて消えていく女性キャラ」とかが、ほぼ無くなる(笑)。
    ドラマチックな人生描写だけでなく、歴史考察エッセイ風へと芸風を探っていく行く感じ。
    「新史太閤記」で秀吉、「義経」で平家物語など、「古典的な王道歴史物語を再編」した意欲作などは、十分に相変わらず娯楽作。
    娯楽作だけど、省略の妙味など、自由度が強くなっていく。
    「世に棲む日々」「花神」あたりが、ヒーロー的娯楽王道小説の、最後の輝きな感じ。
    なんとなく、「和定食」「魚中心」など渋さが増してきますが、まだまだ「寿司定食」みたいな大衆性があったり、「和風スパゲッティ」だったりします。

    ③第3期:「覇王の家」1973とか「翔ぶが如く」「空海の風景」1975~「項羽と劉邦」1980くらいまで=
    エンターテイメント指向と、「もののあはれ的な雑談閑話指向」が最後のバランスを取っている感じ。
    時折「これはもう娯楽小説とは言えないのでは?でも娯楽的なんだけど…」という不思議さが。
    なんかもう歴史小説を書くのが上手くなりすぎて
    「どうしても演奏しているうちに淡々としたフリージャズになっちゃって、おっといけないってポップに戻る感じ」みたいな。
    娯楽作で言うと、なんと言っても中国史、史記の世界に挑んだ「項羽と劉邦」。
    これは、憧れの司馬遷に挑んだせいか、「ポップに娯楽に描かねば。中国史なんか知らない多くの人に読んで欲しい」という緊張感?が漂っている。
    でもそれでいて実は恐ろしく小説的な誇張省略をしないと描けない難しい題材を料理しています。
    あとは、全然娯楽ぢゃないけれど「空海の風景」はもの凄いワン・アンド・オンリーな境地。
    なんかもう自由な創作料理で、気が向いて中華とか作ると普通にこってり美味しいんだけど、和食だと「極上出しのぶっかけうどん」とか「極上卵かけご飯」とか、もうそういう日替わりメニュー。
    その上、良い素材しか使ってないから、「えっ!卵かけご飯が700円かよっ!」みたいな。でも食べてみれば、普通の定食を食べ慣れてる人からすると「すごくうまい…」。

    ④第4期:「ひとびとの跫音」1981~「韃靼疾風録」1987=
    もはや、普通の感覚では面白くない(笑)。少なくとも40代より若いような読者、特に司馬さん初心者、読書オタクではない人、にとっては、まず確実に面白くない(笑)。
    だけど、そのなんだか面倒くさそうで淡くて自由な感じが、ツボにはまると堪りません。
    なんていうか、もう別段、ウケようとなんてもうしない柳家小三治さんの佇まいというか。
    個人的には「ひとびとの跫音」がとにかく、絶対に余人には描けない不思議ワールドの傑作小説だと思います。
    小説なんだかエッセイなんだか、内容もとにかく淡すぎてハッキリ言うとツマラナイ?よく分からないかと思いきや、忽然とココロ揺さぶられる、という...。
    定食屋に入ったのに、「煎茶と煎餅」しか出てこないとか。「塩にぎり」しか出てこないとか。「ご飯と塩」とか。
    あるいは小さなトーストにしらすがのってるだけ、とか。もうそういう感じ。ところがそれが涙が出るほど旨かったり(でもさすがにこれぁ無いよな、という日もあったり)。

    と、分類されるのでは。
    まあ、だからどうって言うことも無いのですが。
    閑話休題。

    #

    「胡蝶の夢」は実に第3期らしい傑作でした。
    告白すると、大昔に「司馬さんの長編小説は(ほぼ)全部読んだ」と思っていて、
    「胡蝶の夢」も一度読んだつもりだったのですが、今回読んでみて「あ、これは読んでないな」と思い至りました。思い込み、恐ろしい。

    時は幕末です。主人公は、幕府のお抱え医師・松本良順と、佐渡出身の異能の男・司馬凌海。後他にも数名、この時代の「蘭方医たち」の物語。
    坂本竜馬も高杉晋作も西郷隆盛も出て来ません。そういう王道物語とは、確信犯で一線を画しています。
    (そういう王道物語を、言ってみれば講談からルネッサンスして定着させたのも司馬さん自身だったりしますが)

    松本良順は、幕臣だけど、もっと自由に、もっと西洋医学を学びたい。
    人柄もからっとしていて親分肌。「プチ竜馬」みたいな、いかにも司馬物語の主人公のような「陽性」タイプです。
    その愛嬌で、新選組のBIG3近藤・土方・沖田とも「友達関係」だったという風変わりな人物。
    何しろ世が世ながら江戸城の奥でひたすら威張っていただけの「奥医師」なワケですから、言ってみれば良順の存在と半生が「幕末維新」そのものとも言えます。
    ただ、良順さんは痛快児だったけど、革命児でもなければ天才児でもなく、政治家でも政治屋でもなく。
    言ってみれば彼の美徳と限界点は、とどのつまりが落語に出て来て「やいやいやいやいっ!弱いモノいじめはするねえっ!」と啖呵を切ってくれる大工の棟梁レベルだった、ということなんですね。
    だからこその美しさと、であるがゆえの「小物感」みたいなものを、融通自在に物語ります。

    司馬凌海。なんと魅力的で幻滅的な主人公であることよ。
    この若者は、佐渡の町人から出て来て、つまりは「語学の異能の天才」だったんです。
    当時の唯一の西洋語、オランダ語。これを、松本良順の弟子をやっているうちに、師匠を軽く超えて会得してしまう。
    ドラえもんの「記憶パン」かの如く、とにかく書物と字引を食べるようにむさぼっては、どんどん知識を増やしていきます。
    そして彼は、語学の意欲が満たされることだけがどうやら学問の快楽で。
    長崎に良順と暮らすうちに、独学耳学問勝手流で、中国語、英語、どうやらドイツ語とかまでどんどんと、なんだかこう、
    チフスとかペストとかが大陸を侵食していくかのように、彼はじわじわと会得していってしまうんです。
    ところが、人間関係がからっきし、だめ。
    傲岸です。偉そうです。気が使えません。空気が読めません。挨拶が出来ない。愛嬌がない。礼儀を知らない。
    言ってみれば…「西洋人が描く、協調調和型の典型的な日本人像」から、100万光年の彼方に司馬凌海だけが屹立している感じです。
    そして彼は、語学の才能と同じくらいの、ほぼ100%というスーパーウルトラ高打率で、人に嫌われるのです。
    嫌われて、町人なのか何なのか微妙な身分でさげすまれます。
    そうなんです、結局幕末維新の物語というのは、みーんな、「武士」の物語なんです。
    これまで司馬さんが描いてきた維新ヒーローたちも、つまりはみーんな、武士なんです。当時の人口の7%もいなかった、生まれながらの特権階級の人々。
    そういう人々と、一瞬ながら同じようなステージに、司馬凌海も上がるんです。何故上がったか?それは、彼に異常な語学の才が、つまり、能力があったんです。
    でもそのステージに上がると、「武士ぢゃない人」ってのは彼だけだったんですね。彼には、武士階級に特有の、共通言語的な「思想」とか「プライド」とか「勇気」とか、
    そういうものが一切かけらも無いんです。
    そしてまた、司馬凌海は語学の天才なのですが「語学を使って何かをする」ということに、関心も才能も、何にも無いんです。もう、存在自体が笑うしか無いんです。
    当時の世界万巻の医学書を読めるけど、医師として患者と向き合うことは、児戯にも等しい不器用さ。
    思想書も兵学書も工学書も読めるけど、思想にも兵学にも工学にも愛情も関心も志も無い。
    この存在自体が無駄にいびつで哀しい若者の姿を、実に軽く淡々と映し出します。

    #

    話としては、あっちに飛んでこっちに飛んで。良順と凌海を中心に起きながら、「蘭学」「蘭方医」というキーワードで、
    保守既得権だけに汲汲としていた幕府のシステムそのものを糾弾して、そこから羽ばたこうとする青春をまぶしく見上げます。
    そしてその青春の滑稽さと欠点も触りながら、時代がさまざまな政治と利権に回転していくなかで、波に乱れる幾人かの生をスケッチのように。

    その軽さ、そのふわふわした「もののあはれ」感にたゆたいながら、油断をしていると。
    司馬凌海が「なぜ自分はいつも人に嫌われるのか」と涙する長崎の宵に、猛然と涙腺を攻撃されます。
    そうですね、この小説は、幕末の長崎という町の魅力を描いた、という意味でも極上のカステラのような小説です。ざらめです。

    いつもながらですが、司馬さんの描く幕末、という大きな物語性みたいなものに、これまで全く未接触な人が、いきなりこの4冊を読んだら面白いんだろうか?
    というもやもやしたものは感じますが。
    ただ、それを知ってさえ居れば、この小説の闊達自在で、ドライに見えて情に棹させば流されまくって脱線続きの語り口。
    とかくこの世は生きにくいのはその通りなんですが、これほど四冊があっという間の面白さ、こんな不思議な小説があるのであれば、かなりこの世も楽しき哉、という満足感でした。

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    2018年05月18日
  • 功名が辻(三)

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    この巻が一番面白い。将来に希望を持って駆けずり回ってるときが、人間一番溌剌としていられるのだろう。(四巻を読んだ後の記載)

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    2018年05月13日
  • 世に棲む日日(二)

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    司馬遼太郎の名作の一つ。
    幕末の長州に生まれた短命の天才高杉晋作。
    「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し…。」
    「おもしろき こともなき世を おもしろく」
    魅力に取りつかれむさぼり読んでしまいました。

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    2018年05月10日
  • 世に棲む日日(三)

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    高杉晋作率いる御楯組が御殿山英国公使館焼き打ちから、佐幕派に傾いた長州藩にクーデターを仕掛けようとする晋作の奔走までの第3巻。
    前巻までに吉田松陰に惹かれた自分としては晋作による吉田松陰遺骸の改葬で幕府に一泡吹かせたエピソードが痛快事です。しかし松陰も死してなおなんども寝どころを掘り起こされ、荒らされ眠って安らかではないですね。死してなお影響力があります。
    晋作の才覚によりめまくるしく変わる時勢に悉く善処する行動力、胆力に惹かれます。翻って幕府や長州藩の存外不甲斐ない態度、外国人を苛つかせた協議性は個人の決断力や責任を削ぐものとして愚たるものと感じます。
    長州藩の幕末はほんとに劇的ですね。最終巻が楽しみです。

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    2018年04月29日
  • 胡蝶の夢(一)

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    主人公の一人、佐渡の島倉伊之助の姿が切なくて涙が出そうになります。
    この切なさは、彼への共感から生じているものではありません。傍目に見て明らかな「ボタンのかけ違い」が歯がゆいという切なさです。

    良順先生と会えたことは、私(一読者)にとっての光明でした。
    -----
    余談ですが、並行して読んだ『街道をゆく』(一) 甲州街道、長州路と重なる部分があってとても楽しめました。

    伊之助の寄った阿弥陀寺町(山口県)も出てきました。

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    2018年04月24日
  • 世に棲む日日(二)

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    ネタバレ

    ペリーの米国艦隊が2度目の停泊を始めて松陰がそれに乗り込もうと行動するところから高杉晋作が上海から帰国するまでの第2巻。
    明るく、絶望をしらない、純粋無垢な吉田松陰に惹かれます。人を信じて託すことは相手を成長させるという好例を感じさせます。
    一方の高杉晋作は3巻以降の活躍に期待です。松陰との出会いの場面、思い浮かぶ描写「高杉はなにげなくそこへ腰を降ろして、さて顔をあげると、驚いたことにまるで仏像ががんにおさめられているようなかっこうで、そこに松陰が座っていた」に思わず笑ってしまいました。
    幕末の志士も多く登場して読み応えがあり、知的好奇心を満たしてくれます。

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    2018年04月22日
  • 花神(上)

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    学生時代、チリで知り合った銅鉱山の技術者から「これを読まずして日本人じゃない」とまで言われて読んだ本。

    結果、司馬作品の中で最も好きな本となった。天才的な技術者・大村益次郎(村田蔵六)。

    大きな船が動くことに感動した殿様に向かって「技術とはそういうものです」というくだりが一番のお気に入り。

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    2018年04月16日
  • 城塞(上)

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    文句なしに面白い。司馬遼太郎の家康嫌いは相変わらずだが、豊臣方が負けるべくして負けたということがよくわかった。結局のところ、淀殿にきちんと物を申す人間がいなかったということだろう。真田幸村にしろ、後藤又兵衛にしろ、秀頼にしろ、なぜあそこまで淀殿に気を使うのかが理解できない。あの時代のあの場所にいないとわからないことかも知れないが、今の会社組織でも上司が間違っていると分かっていても言えないのと同じことなのだろう。

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    2018年03月24日
  • 城塞(上)

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    大阪冬の陣、夏の陣を扱った作品。「関ケ原」と比べ、こちらの作品での家康は、一層、老獪さを増し、豊臣勢を手玉にとる。悪役といってもいいほどの役回りである。
    様々な登場人物の背景の解説の細かさや、心理の動きの描写はさすが。個人的には、不利な状況にあっても最後まで戦う真田幸村の姿が最も印象に残った。

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    2018年03月13日
  • 城塞(中)

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    大阪冬の陣、夏の陣を扱った作品。「関ケ原」と比べ、こちらの作品での家康は、一層、老獪さを増し、豊臣勢を手玉にとる。悪役といってもいいほどの役回りである。
    様々な登場人物の背景の解説の細かさや、心理の動きの描写はさすが。個人的には、不利な状況にあっても最後まで戦う真田幸村の姿が最も印象に残った。

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    2018年03月13日
  • 城塞(下)

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    大阪冬の陣、夏の陣を扱った作品。「関ケ原」と比べ、こちらの作品での家康は、一層、老獪さを増し、豊臣勢を手玉にとる。悪役といってもいいほどの役回りである。
    様々な登場人物の背景の解説の細かさや、心理の動きの描写はさすが。個人的には、不利な状況にあっても最後まで戦う真田幸村の姿が最も印象に残った。

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    2018年03月13日
  • 城塞(下)

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    ネタバレ

    勝者家康の知略というよりも汚いやり口、徳川安泰のためには手段を選ばない嘘や恐喝の数々がことごとく成功することで読者の家康評を決定づける本編。対して真田幸村をはじめとした豊臣方武将たちの清々しさ、絶望の中でも正々堂々と知略と武力をもって真っ向から立ち向かう様にどうしてもひいき目が生じてしまいます。淀殿や秀頼を代表する愚物に従いつつも後世の名声をのみ欲する勇ましさ。そして終盤の、家康が大阪方に追われ逃げ惑う痛快な展開。真田十勇士をはじめ様々な寓話が生まれるのも道理と思われます。
    人の心を操る陰と陽の好例を歴史上の一大事件のなかで鮮やかに描かれており、共感し学ぶことができます。
    本編の主人公あるいは読者目線といえば小幡勘兵衛、そしてヒロインはお夏となるであろうが、残念ながら結局は歴史の傍観者である勘兵衛と創作キャラであるが故に大した活躍もなく、中途半端に創作する必要があったのか?のお夏の存在に疑問です。

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    2018年03月05日
  • 国盗り物語(四)

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    気になった箇所は史実を調べたり地図で確認したりして途中の寄り道を楽しみながら全巻読破。
    第四巻は語り部である光秀の内なる葛藤がメイン。
    光秀は信長の卓抜さを認めながらも有り余る才能と高潔すぎる精神ゆえに対抗心が怖れとなり決定的に溝を深めていく。
    読み終わってからもつい考えてしまう。
    「もし本能寺の変が起きず信長が天下を取っていたら」、「その政権の中枢で光秀が辣腕を振るっていたら」・・・想像したらキリがない。
    歴史に「もしも」はない。しかしその「もしも」をあれこれ想像するのも歴史を楽しむ要素の一つだろう。

    したたかに「時代」を掴み乗りこなした鬼才・斎藤道三。
    旧体制を破壊し苛烈に「時代」を駆け抜けた天才・織田信長。
    「時代」と向き合いながらも愛されなかった秀才・明智光秀。
    こんな個性豊かな人物たちが躍動した戦国の激しさと、英雄と時代を魅力的に表現した「司馬遼」作品の面白さを再確認。

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    2024年06月08日
  • 翔ぶが如く(一)

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    ネタバレ

    秀作。
    司馬遼太郎、流石。その中でも長編大作。面白い。
    若い頃は、大久保を尊敬していたが、歳を重ねて西郷が好きになってきた。
    綿密な調査、凄い。
    さすがに長い。
    今の日本にも引き継がれている政治家の隠蔽、庶民を騙す手口。政府は信用ならない。計画性なんて無いと疑ってみる。
    日本人は、野蛮だと、つい150年前の出来事。忘れてはならない。

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    2018年06月09日
  • 世に棲む日日(三)

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    【あらすじ】
    狂躁の季節がきた。
    長州藩は既に過激派の高杉晋作をすら乗りこえ藩ぐるみで暴走をかさねてゆく。
    元冶元(1864)年七月に、京へ武力乱入し壊滅、八月には英仏米蘭の四カ国艦隊と戦い惨敗…そして反動がくる。
    幕府は長州征伐を決意し、その重圧で藩には佐幕政権が成立する。
    が、高杉は屈せず、密かに反撃の機会を窺っていた。



    【感想】
    主役が完全に高杉晋作に移った3巻目。
    京での失脚や下関での戦争、蛤御門の変など、これまで勢いづいていた長州藩の落ち目が描かれている。
    前巻までは大らかに見られていた長州藩内部も、過激派たちによって幕末らしくどんどん血なまぐさくなっていった。

    そんな極限状況の中、高杉晋作と井上聞多、伊藤博文の暗躍が目立つ。
    「疾風迅雷」と作中何度も描写されているように、高杉晋作の行動スピードや胆力は非常に読んでいて面白かった。

    長州目線からの幕末物語もついに次巻で終わりを迎えるわけだが、最終巻でどういったエピソードがあるのか非常に楽しみ!


    【この本から何を活かす?】
    ・何事もタイミングが大事!見誤って事を成そうとしても、潰されるのがオチ。周りの状況を見ること!
    ・薩摩藩の冷静沈着さは見事!どんな時も落ち着いて俯瞰した物の見方が大事!

    【内容まとめ】
    1.井上聞多はある意味キ○ガイ。癇癪を起こした時に本領発揮する。
    2.幕末は諸行無常。長州藩が過剰な攘夷などデカイ顔しすぎたせいで、各藩や天皇からも嫌われることとなった。
    3.開国で世がザワついている状態で、唯一薩摩藩のみが冷静であった。将軍や各藩は我を失ってしまい、薩摩に主導権を握られてしまった。


    【引用】
    ・井上聞多
    「銭の事なら井上に聞け」
    とびきりの物知り。
    新知識とあればどんなカケラでも手に入れて、それをこなれのいき胃袋のような頭で咀嚼できる。

    松下村塾の門人ではない。
    攘夷について後年、「あんときゃ、ああじゃなきゃならんかったんじゃ」と現実的な意見も述べている。

    江藤新平いわく、
    「井上という男は、彼のいう議論が間違っていても仕事はそのわりに成功させる。
    伊藤は議論に間違いがないが、仕事がその割に成功しない。」と評した。

    井上は理屈下手の仕事上手で、猥雑としか評しようのない度胸の良さがあった。


    p88
    藩は必ず滅ぶ。
    防長2州は砲火で焼け、焦土になる。
    (ならねばならぬのだ。)
    敵の砲火のために人間の世の秩序も焼けくずれてしまう。
    すべてを失った時、はじめて藩主以下の人々は狂人としての晋作の意見に耳を傾け、それにすがろうとするにちがいない。
    (事というのは、そこで初めて成せる。それまでは待たねばならぬ。)
    敗軍の時に出れば、敗戦の責めをひっかぶる役になり、人々は晋作を救世主とは思わなくなるだろう。
    ひとに救世主と思わさなければ何事もできないことを、晋作はよく知っていた。


    p107
    奇兵隊のオーナーは白石正一郎


    p114
    「これは勅諚である」
    と、天子の命令を切り札として振り回し、ときに将軍家茂すらその前に平身低頭させた。
    久坂玄瑞らの長州藩士が過激公卿を操り、それらの公卿を通して勅諚を乱発して幕府やその他の雄藩(薩摩、会津など)を押さえつけた。

    こういう怨念が、薩摩と会津の結託せしめることになり、この両藩は薩会と呼ばれた。

    そして意外にも孝明天皇は長州藩の暴走主義に対してきわめて濃厚な不快感を持っておられた。
    そこで薩会の穏健さを大いに気に入り、それが8月18日の「禁門の政変」につながった。

    海峡ではヨーロッパ列強の脅威があり、京都では政局から失脚した。


    p150
    薩摩によって背負い投げをくらわされたのは長州だけでなく、のちの慶喜も同様であった。
    長州も慶喜も、「薩摩藩」というものの性格を誤解していた。
    長州藩は、晩年すでに思想藩であった。

    しかし薩摩藩は、西郷その人は思想家だったにせよ、西郷の周りのものや藩そのものは思想団体では決してなく、いわば戦国期の権謀術数時代の1独立国のような意識と意思をもった体質であった。

    慶喜や長州藩、また諸藩の人々は、幕末のこの時代を「思想の時代」とみていた。
    尊王攘夷のイデオロギーの時代というのが普遍的な常識思考であった。
    その中で薩摩藩のみが、濃厚に「政略」で動いたところに、この藩の幕末維新史における目ざましさと奇妙さがある。


    p253
    ・周布政之助の割腹自殺
    政客というものは役者と同じで、自分の出るべき芝居に出て、その舞台の幕が降りればさっさと退くもの。

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    2018年02月15日