司馬遼太郎のレビュー一覧
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高田屋嘉兵衛の生涯を描いた全6巻中の第2巻。中古の船を得た嘉兵衛は船乗りとして日本海を北上、海に躍り出る。
江戸時代後期、士農工商の身分からは外れた船乗りはコメとは別の貨幣経済の立役者である。身分制度の足枷から抜け出た嘉兵衛、1巻で切ない場面が多かった分、2巻は広い海へ躍り出る開放感が素晴らしい。
兵庫から瀬戸内海を経て遠路秋田まで。当時の西回り航路を辿る記載が、紀行文的に楽しめる。
太平洋の黒潮沿いに広まったと思われる海洋民族。日本人のルーツの一つであろう。日本海沿いにもその文化は散らばって残存しているようだ。裏日本ではなく江戸時代は日本海側が北前船の航路で表であったとのこと。
嘉兵衛の夢は蝦夷地との交易。優れた船大工との出会いもありいよいよ大型船の建造に乗り出す。
追われるかのように逃げ出した故郷に錦を飾り、順調なストーリー展開。 -
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商品経済の発展した江戸時代後期。農耕民族とは違った海洋民族も日本人のルーツの一つ。淡路島に生まれた高田屋嘉兵衛の壮大な冒険が今はじまる。
司馬遼太郎の代表作の一つだろう。武士など農業が日本の歴史の主たる流れだろう。もう一つ南海道の方には海洋民族として日本人のルーツがある。
江戸時代も後期となれば鎖国しつつも海運が大きく発達。元々はコメを大阪に回遊するためのものだが、やがて商品経済が発展し幕藩体制を蝕んでいく。
そんな流れの中、高田屋嘉兵衛という船乗り、商人を主役とした作品。貧家に生まれ厳しい境遇。なんとも切ない出だしから。その分、淡路から海を渡り西宮で樽廻船に乗るあたりから急に展望が開けてくる。
「峠」「花神」と同様、頑固で不器用、無骨な男が主役。全六巻の始まりです。 -
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ポンペのもとで蘭学・医学を学んだ3人は幕末の瓦解から明治へと時代に翻弄されながらも新しい社会の中で生きて行った。
司馬凌海(伊之助)明治12年 39歳 肺結核
松本良順 明治40年 75歳 心臓病
関寛斎 明治45年 83歳 自死
筆者のあとがき
「『胡蝶の夢』を書くについての作者の思惑のひとつは江戸身分制社会というものを一個のいきものとして作者自身が肉眼で見たいということだった。それを崩すのは蘭学であった。」
「社会という巨大な容易に動きようもない無名の生命体の上にとまったかすかな胡蝶(蠅であってもよい)にかれらはすぎないのではないかと思えてきたりもする。」
『荘子』斉物論第二
原文
昔者莊周夢爲胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志與。不知周也。俄然覺、則蘧蘧然周也。
不知、周之夢爲胡蝶與、胡蝶之夢爲周與。
周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。
書き下し文
昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩々然として胡蝶なり。
自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。 俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。
知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。
周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。
訳文
以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。
自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。
ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。
荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。(ウィキペディアより) -
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全4巻、戦国時代の斎藤道三、織田信長と明智光秀を描いた著名な歴史小説。
国民的作家司馬遼太郎の代表作の一つ。全4 巻を再読完了。
前回20年ぐらい前に読んだ時は斎藤道三のあまりのスーパーマンぶりに辟易したが、歴史でなく「小説」として読めばこれ以上ないぐらい楽しく読むことができた。竜馬だって土方歳三だって誤解する人が多いが史実を基に司馬が造形したキャラクターである。
第3巻と4巻は織田信長編とはいえ、実際の所明智光秀から見た織田信長。天才の傍にいる一般人視点は映画「アマデウス」のようで分かりやすい。光秀の謀反の動機、過程も理解できる気がする。
司馬遼太郎作品の中でも何より舞台が戦国時代、そこに人気の秘訣があるのだろう。ただ中年になってちょっと深い読みができるようになった自分。それだけ苦労してきたということだろうか。 -
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油商人から美濃の国主に成り上がる斎藤道三の生涯。その後継者となるのが織田信長と明智光秀。NHK大河ドラマ「麒麟が来る」を機に再読し、名作であることを痛感。
全四巻。
斎藤道三 前後編
織田信長 前後編
の四巻構成の第二巻。
斎藤道三が美濃の国守となり、年老いて将軍となる夢を諦めるところまで。
後編ではライバル尾張の織田信秀(信長の父)が登場する。道三とはまた違った爽やかな魅力的な人物として描かれている。
本巻の後半でようやく大河ドラマの時系列に追いつく。
蝮と呼ばれ策謀の限りを尽くしたかのように後世思われているが、既得権益を破壊し楽市楽座や災害時の年貢の減免など領民にはありがたい領主だったと思われる。悪名はある意味勲章と言ってもいいかもしれない。
明智光秀や織田信長、まだ若い松永久秀がようやく登場。織田信長編に向けてまだまだ展開が楽しめそう。
司馬遼太郎としては比較的初期の長編。余話や史観の語りよりも話の展開のテンポに重点があるようで、一気に読み進めることができる。
史実ではなく物語として絶品である。 -
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京都画壇四条派の呉春を題材にした短編(『天明の絵師』)が目当てで読みましたが、それよりも、長沢蘆雪が主人公の作品(『蘆雪を殺す』)が入ってたことにびっくりしました。
何より、両作とも軽く四、五十年前の作品のはずなのに、つい最近「発見」されたはずの「奇想画の系譜」のイメージにぴったりの人物造形っていうのが凄いです。
道頓堀の由来が「道頓さん」というのも初めて知って面白かった(『けろりの道頓』)。しかも、構想は太閤だけど、実現は完全に民間有志って、いかにも古き良き「大坂」って感じで素敵。
前半三作の忍術活劇、夢枕獏かと思わる『外法仏』とバラエティ豊かで一粒で何度もおいしい一冊です。 -
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▼2020年4月現在、新型コロナ禍に蹂躙されている世界および日本ですが、1年後、5年後、10年後、どう位置づけられるものでしょうか。
▼個人的に読んだ本の備忘録的なものを残すように習慣づけてからもう7~8年経ちます。昔の備忘録を読み返すとそれはそれでオモシロイ。将来、何年か先、この文章を読み返して「ああ、コロナ禍あったなあ。日々に追われて忘れてたあ」と、思えることを願って止みません。
▼現在の状況の未曾有さに途方にくれつつ、この本の司馬さんの言葉が改めて味わい深い。
▼(本文より)ヒトは、無人の曠野に生まれず、その民族やその国家、社会、さらにはその文化の中にうまれてくるのである。さらにいえば、その歴史のなかにうまれてくるのであって、どうやらカエルやサルやはハナムグリのような、”自由” をもたないものらしい。
▼どういう文脈かというと。司馬さんは戦時中に大学生でした。そして突如、「大学生の兵役免除」という制度が無くなって、兵隊として戦争に行かされることになります。そのときに、司馬さんは「なんでやねん・・・いやだ・・・」という気持ちがあった。言ってみれば、ある日突然重症に陥って、新型コロナでICU入りするようなものなのか・・・。いや、何かもっと、もっと重い黒い運命の鉄槌みたいなものだったのかと思いますが。若き司馬さんは、何とか自分を納得させたくて、色々考えて、その時点の日本国民である以上、余儀なきことだ、と、納得しようとした。その時の心情を平成の世に振り返り、隔世の感を抱きながらの発言。
▼「この国のかたち5」司馬遼太郎。文春文庫。初出1996年。歴史うんちくエッセイ、とでも言うべき傑作。の、第5巻。2020年4月に何度目かの再読。
▼この5巻では、7回に別れて語られる「神道」の章と、5回に分けて語られる「鉄」の章が白眉でした。「神道」は、他のどの書物よりも、「神社とか神道っていったいなんやねん」という素朴な好奇心や疑問を、まさに秘孔を突いたかのように平易に解体して白日に晒す印象。つまりは適当で曖昧な、世界的に言えばスーパーローカル原始宗教(宗教と呼ぶほどもないような、信仰)でしかないということなんですが、神道の数奇な運命と物語がオモシロイ。
▼「鉄」は、鉄と日本史の関わりを、世界全体の鳥瞰図とセットで、ブラックジャックが解剖するかのようにサクサクと見せてくれます。中国や韓国のとの比較。それも優劣などというくだらない物差しでは無くて、地理、土地の湿度などが左右した特性など。日本の中国地方の森林が、「湿度が高く再生率が高かった」という特性から、日本史が動いていったという説など、どきどきするくらいやっぱりオモシロイ。しばし新型コロナ禍の憂き世からの"気散じ"になります。
▼5年、10年後と言わず、100年後の人々は、2020年をどう位置づけるのでしょう。俵万智さんの歌を思い出します。「地ビールの泡(バブル)やさしき秋の夜 ひゃくねんたったらだあれもいない」。 -
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町人の街大坂が明治維新の流れに巻き込まれる中、侠客の明石家万吉の波乱の人生。上下巻の下巻。
司馬遼太郎の作品、随分と読んだつもりであったが見逃していた作品。「手掘り日本史」で紹介されていたのを機に読んでみました。米相場師だった司馬の祖父の姿が万吉に投影されているらしい。
司馬の本当の魅力は本書のような司馬の出身、大阪の言葉、風俗、文化を活かしたものにあるのかもしれない。
明治維新の流れの中、私欲なく行動する万吉。見返りを求めぬ姿を天は見ているのだろう。決して粗略に扱われない。
本書で初めて知ったのが堺港攘夷事件。万吉の仁義も見事だが、本書とは違った視点で掘り下げてみたい。
テンポよく痛快な娯楽対策。日本史に名を残す人物でなくとも楽しめる作品、ぜひご堪能あれ! -
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国民的作家司馬遼太郎は大阪の出身。本書の主役明石家万吉には筆者の祖父の生涯が反映されているという。町人の街大阪から見た明治維新。
「手掘り日本史」に紹介されていたのを機に本書を手に取る。江戸とは異なり大阪は一部の町奉行のほかはほとんどの町人の街。司馬遼太郎が大阪の出身ということもあり、心地よい関西弁のリズムが楽しめる。大上段に構えた代表的作品に比べれば、どこか肩の力を抜いて筆者自身が楽しんで書いたように思われる。それだけテンポが良い。
”どつかれ屋”として名を上げた極道屋の明石家万吉の生涯。上下巻の上巻は西大阪の港一帯の警備を請け負った万吉が長州藩士たちの上京に出くわし維新の動乱に巻き込まれるところまで。