司馬遼太郎のレビュー一覧
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「円四郎までよく申しておく」 と、言いすて、馬主をめぐらせて去った。…その時渋沢はこの貴人のために身命をなげうちたいと思った
○大河ドラマ『青天を衝く』でも有名な場面。司馬遼太郎が徳川慶喜から見た幕末から維新をどう描いたか、いくつかの場面で確認するために久方ぶりに再読しました。
「薩人の奸謀は、天下の知るところ」
○中川宮邸にて 幕府への横浜閉港の御沙汰書を取り消す決定を朝廷を出したことで、慶喜が島津久光、松平春嶽、伊達宗城同席の場で
○同じ場で
「いまより、天下の後見職を愚弄なさるな。これに控える三人の大愚物と同様同列であるとおぼしめさせるな。この段、よくよくお心得あってしかるべし」
○本人達を目の前にして、この辛辣な言葉が言える慶喜は只者ではない。
「慶喜がこれにあり、玉体守護し、奉じるかぎりご心配無用とおぼしめせ」
○蛤御門の変で長州兵が迫る中、宮中にて
「この開港に反対することをもって幕府をつぶす」とまで薩の大久保はいっていたし、…
○兵庫開港問題での薩摩の方針
○兵庫開港の勅許を慶喜がその行動と弁舌で得たあと、(討幕の企画者達は)慶喜を恐れた。
(この男をほろぼし、殺さぬかぎり幼帝の将来はあぶない)と考えたのは薩摩の西郷吉之助であり、それほどに評価し、この評価を江戸城攻撃計画を推進してゆく最後まですてなかった
○長州の桂小五郎も慶喜を恐れ、この時期から「討幕の密勅」工作がすすんだという。
「異存があるか。」…
「なければよし。されば政権を返上する」
○大政奉還を慶喜が諸臣に自ら説明した時、続けて
「あすは、諸藩の士をあつめよ」…
「疑念はあるか。あらば、後刻、格別に謁見する」と、言った
※「岩倉・西郷・大久保は、竜馬・後藤の大政奉還コースとは別にひそかに密勅降下の工作をつづけていたが、それがなんと、慶喜が大政奉還の決意を表明したその夜に密勅が降下した。偶然、同日であった」(『竜馬がゆく』)
○慶喜の表明が数時間早く、岩倉の手に入った密勅は無効になった。密勅工作と同時に岩倉は「現実にはどこにもない」が南北朝時代に使われたといわれる錦の御旗を制作した。この錦旗が後日、歴史を動かした。
…薩の流血革命方式は、この一挙によってみごとに往なされたが…好機を待った。
王政復古の大号令の後、幕府軍が薩軍と衝突することを避けるため(慶喜は一時的に勝利することは可能でも、朝敵となることを避け、最終的には薩摩には勝てないと思っていたというのが司馬遼太郎の見立て)
「大坂へくだりましょう」と、
慶喜はにわかに言った。
…この間、江戸で変事が起こった。薩摩系浪士が幕府挑発のため市中の治安をみだすのに幕閣が堪えかね、庄内兵をして薩摩藩邸を焼き討ちさせた。…将士は興奮し、慶喜の命を待たずに兵を部署し、京坂の間に全軍を配置して即刻にも開戦できる態勢をとった
(鳥羽・伏見の戦いの前)
「錦旗が出た」
と、のみ慶喜はいった。
○江戸へ逃げ帰り、慶喜が閉塞していた勝海舟を浜御殿に呼び出して、戦後処理を任せる時に涙を流しながら
○蛇足ながら江戸時代には武士階級には尊王の思想は幕府や諸侯を問わず浸透していた。朝敵となることは現代人には想像し難いほどの屈辱だったよう。戦国時代なら慶喜も薩長を蹴散らしていたかも知れない。
○慶喜は大河ドラマでも好評ですが、実際にも弁舌は冴えわたり、江戸城で鳥羽・伏見の戦いの顛末を語る慶喜を天璋院は団十郎も及ばずと、いっていたということ。
※以上
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ネタバレp.16
人間はその現実から一歩離れてこそ物が考えられる。距離が必要である、刺戟も必要である。愚人にも賢人にも会わねばならぬ。じっと端座していて物が考えられるなどあれはうそだ
p.24
可能不可能を論ぜず、ねばならぬということのみ論ずる
p.29
この人間の世で、自分のいのちをどう使用するか、それを考えるのが陽明学的思考法であり、考えにたどりつけばそれをつねに燃やしつづけ、つねに行動し、世の危難をみれば断乎として行動しなければならぬ
p.176
視覚の驚愕は、網膜をおどろかせるだけでなく、思想をさえ変化させるものらしい。
p.193
歴史や世界はどのような原理でうごいている。自分はこの世にどう存在すればよいか。どう生きればよいか。それを知りたい。知るにはさまざまの古いこと、あたらしいこと、新奇なもの、わが好みに逆くもの、などに身を挺して触れあわねばならぬであろう。
p.322
「不遇を憤るような、その程度の未熟さでは、とうてい人物とはいえぬ」
p.487
「物事をおこなう場合、十人のうち十人ともそれがいいという答えが出たら、断乎そうすべきです。ちなみに、どの物事でもそこに常に無数の夾雑物がある。失敗者というものはみなその夾雑物を過大に見、夾雑物に手をとられ足をとられ、心まで奪われてついになすべきことをせず、脇道に逸れ、みすみす失落の淵におちてしまう。
p.497
が、日本人は未開のころから、山にも谷にも川にも無数の神をもっていた。どの神もそれぞれ真実であったが、そこへ仏教が渡来して尊崇すべき対象がいよいよふえた。さらに儒教がそれにくわわり、両手にあまるほど無数の真実をかかえこみ、べつにそれをふしぎとしなかった。
大きな出来事はこれからなのに、すでに面白かったです。苛烈な継之助がどう考え、どう行動していくのか。ワクワクが抑えられません。また、期待とともに、あらためて幕末は凄まじい時代だったんだなと感じさせられます。ついつい、抜粋してしまう場面も多くなってしまいました。 -
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司馬遼太郎歴史小説の1つ
斎藤道三後編
美濃を切り取るためには土岐頼芸を失脚させなければならない.
天下を取るための最後の準備にして最大の難関でもあった土岐頼芸を今のポジションから外すために道三は術数権謀であの手この手を張り巡らし,その時を待っていた.
そして,美濃に点在した邪魔だったものを排除し,最終的には土岐頼芸をも排除した.ただ,排除した時にはもう十分に年を重ねてしまったので天下は難しい.また隣国の三河も勢いがある.そこで道三は三河の殿,織田信長に自分の娘を正室へ送り込んだ.そして,間接的ではあるが信長に次の未来を託すがごとく,具足や力を施した.
斎藤道三は結果的に天下を取ることはできなかったが,それでも国を盗り,織田信長や明智光秀のような未来に意志ある者を育て上げたところは立派な人だと思う.現代にいると間違いなく取締役や起業家といった側面で活躍していたのだろうなとも思ってしまった.
3巻からは信長が主役となるが,斎藤道三は最高の立役者になった.戦国時代の次の展開が楽しみだ. -
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幕末に賢候と呼ばれた四人の大名についての四編の短編が収められた短編集。それぞれの大名が皆別々の思いを抱いて幕末に臨んでいたことが詳しい人物描写を通して知れた作品でした。司馬遼太郎の歯切れの良いリズム感のある文章も相まって日本史のことを勉強したことのない私でも背景が分かりやすく理解できました。容堂の何かしたいがどうしようもなさ、大久保の時間をかけた策略や嘉蔵の不遇さが痛い程伝わってきて、当時の生活が手に取るように分かりました。読後の満足感もとても強く司馬遼太郎の他の作品へ興味が湧きました。
個人的に初めて読んだ歴史小説だったので新鮮でとても楽しめました。 -
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ネタバレ土方歳三がひたすら格好良い小説なんだろうと思っていたら、良い意味で裏切られました。初っ端から女に走り(しかもなぜか高嶺の花狙い)、本気の喧嘩にお腹痛くなったり、遊んでるわりに本気のお付き合い苦手だったり、俳句のセンスが死んでたり。史実をもとに描いてるからもちろん完璧な人間ではないのだけれど、それにしても後半の「だんなさまって呼んで…」は困ります。読んでるこっちが恥ずかしいじゃあないか。
主人公は土方なのだけど(個人的に)いちばん良かったのは沖田総司で、沖田の人気は司馬遼が作ったんじゃないかと思うくらいのキャラクターでした。沖田が出てこないと、次の登場を探して頁を捲ってしまったり、沖田の文字を見るだけでちょっと心躍るようになってしまって。
いちばん笑ったのは
P188(あの頭のどんな場所を通ってこんなまずい句がうまれてくるのだろう)
…悪口やん。
P188「土方さんは可愛いなあ」
いや、可愛いのはお前だ沖田!
同志がどんどん変わっていく中、沖田だけは変わらない。飄々として やさしく くすくす笑っている。それでいて、強い。
P348「一番隊、私につづいて頂きます」
このセリフが格好良すぎてどうにもいけません。私も続きたい(重症)。沖田はたぶん土方さんの本質みたいなところが分かっていて、全部ひっくるめて大好きだったんだろうな、と。
周りに影響されてどんどん俗物っぽくなってしまう近藤に対して、"近藤勇という人としての価値"を見出し最大値まで引き上げようとする土方。武士を目指した同志とはいえ、理想の武士像は違う。袂を分かつシーンはぐっときてしまった。
土方の生き方は"理想を追う"そのもので、周囲がどうあれ信念が曲がらない。その癖、海外の最新技術を取り入れるような柔軟性も持ち合わせている。非情なようでいて、鬼のような人間であったかといえば、根っこの部分はそうでもない。大好きになりました。 -
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久しぶりに読んだ司馬遼太郎氏の長編小説。やっぱり面白かった。
本書は大ざっぱに前半と後半に分かれており、前半は美濃の斎藤道三の生涯を、後半は織田信長の生涯を追っている。どちらもなかなか興味深かった。
斎藤道三については本書を読むまでは詳しく知らなかったのだが、身分が無い生まれだったために、京都の老舗の油屋の寡婦の婿になることにより財力を得、美濃地方を治めていくストーリー。槍の技術だけでなく芸術に長けて、性格的にも人望が厚く、最後は城まで作った。ただ、彼が治めることが出来たのは美濃だけだった。
道三は娘の濃姫を当時尾張の若殿だった織田信長に嫁がせた。つまり道三は信長にとって義理の父である。道三は明智光秀と織田信長に能力を認め、可愛がった。
第3巻と第4巻は、織田信長の話と言っても、実際にはほとんど明智光秀の話になる。よく知られるように、この二人は切っても切れない縁で繋がっている。役職上は上司と部下であるが、どのようにして光秀が謀反を企てるようになったのか、その過程がとても丁寧にかかれている。ただ天下を取りたかった信長に対して、光秀が欲しかったものは何だったのか。そして本能寺の変を起こした後の光秀の絶望とは。台頭してくる秀吉や家康もよく物語に出てくる。
毎回感心するが、よく調べて書かれているな、ということ。言うまでもないが、司馬遼太郎氏はこういった完成度の高い作品を何十と残しているのがすごい。本著作は室町時代の足利将軍が力を失っていった状況や、皇族を利用しようとした信長の賢さや、当時の中部地方の状況がよくわかり、興味深かった。光秀は真面目で、秀吉のようにうまく立ち回ることが出来ないが、個人的には憎めない人物である。
司馬遼太郎氏の大作はいくつも読んだが、読みつくすことはできない。次は何を読もうか。 -
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吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。
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吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。
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吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。
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吉田松陰についての小説かと思っていたら案外あっさりと亡くなったのでビックリしたが、本作はむしろ高杉晋作を中心とした幕末志士たちの物語である。これらの人物に対しては心酔しているファンも多いが、しかし本当に有能であったかどうかは本作を読んでも評価がわかれるところだろう。もちろん将来的に明治維新が実現したことを考えると、彼ら幕末志士たちもまた「正しかった」。とはいえ、個人的に吉田松陰や高杉晋作は思想家としては正しくとも、政治家としては間違っている部分も多々あったのではないかと感じる。第2次長州征伐における戦術などは無鉄砲の極みで、たまたま成功したからよかったものの、失敗していたらいったいどうなっていたかわからない。2人が亡くなったことでむしろ明治維新が成功裡に終わったという見方すらできるかもしれない。しかし、このような不器用な存在だったからこそ、後世までその人物像に惹かれる人が続出するのだろう。