司馬遼太郎のレビュー一覧
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長編だけでない短編も面白い。国民的作家の司馬遼太郎が幕末の賢公たちを描いた短編集。
表題作は土佐の山内容堂。他に薩摩の島津久光、宇和島の伊達宗城(主役は嘉蔵だが)、肥前の鍋島閑叟の4名。
宇和島藩の話だけ異色。黒船来航を知った藩主の気まぐれから手先の器用な提灯貼り職人の嘉蔵が蒸気機関の制作を命じられる話。江戸時代の藩の身分差別がなんとも切なくなる。
いずれも少しだけ日本史に現れる人物ではあるものの、良く考えるとほとんど歴史の流れに影響を与えていないという壮大な皮肉。短編ならではのあっさりした結末。
司馬遼太郎というと「竜馬がゆく」「坂の上の雲」のような長編の方が有名であろうが短編集もまた面白い。 -
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ネタバレ斎藤道三の娘婿である織田信長と、道三の妻の甥である明智光秀が対峙する完結編。「織田信長後編」となっているが、信長と光秀の双方が物語の主役と言って良いだろう。
文庫版の「解説」にも記載がある通り、光秀の描写がうまい。本作における光秀は、知識人で真面目な性格であり、そのため信長の苛烈な行動(例えば比叡山の僧や女の殺戮など)を憎み、部下を「道具」として有効に活用とする合理的な性格に怯える人物として描かれている。秀吉の「陽」と対比しながら光秀の「陰」を強調して描くことで、「本能寺の変」に繋がる伏線としている。
また、信長の人物像も明快で解りやすい。無神論者で合理的精神の持ち主、かつ有能で行動的な人物として描かれている。光秀のこざかしく思える口上に信長がいら立つエピソードを何度か挿入することで、両者は互いの能力を認めつつも性格上は相いれない存在であることを読者の意識に刷り込んでいる。こうした挿話を通して、天下を治めるという目的に向けて信長と光秀はまさに呉越同舟であったことが伝わってくる。そして、ほぼ天下を手中に収めようとした段階で、光秀は苦悩しながらも同じ舟から降りる選択をすることにした。これが司馬遼太郎の描く「本能寺の変」の発生要因だろう。
道三、信長、光秀という所縁のある3人の差別化を図りながら、巧みに心理描写をしたドラマティックな歴史小説であり、司馬作品の中でも良作と言える。 -
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7つの短編小説をまとめた本である。
各章は他の方の記載を拝借します。
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・幕末の長岡藩で非凡の才を発揮しつつも時勢を見極められずに散った河井継之助を描いた「英雄児」
・英国人殺害事件に関与した海援隊隊士菅野覚兵衛と佐々木栄を中心に幕末の日英関係を描いた「慶応長崎事件」
・江戸末期から明治初期を生きた、非凡の才を持った血気盛んな絵師、田崎草雲の生涯「喧嘩草雲」
・奥州の覇者正宗が歴史に残した足跡を、彼の持つ非凡な詩歌の才と共に描いた「馬上少年過ぐ」
・一介の町医者の身から伊予宇和島の命運を握るまでに栄達し、数奇な人生を送った山田重庵を描いた「重庵の転々」
・大阪の陣の後に武士になることを嘱望した大須賀満左衛門の奮闘を描く「城の怪」
・賤ヶ岳七本槍の武将として武名を轟かせた脇坂甚内(安治)の生涯を描いた「貂の皮」
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いずれも、歴史の本流からするとやや道にそれた話であり、文献が十分にない部分で小説を書いていると想定される。
著者の力を感じる小説。 -
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司馬遼太郎による鹿児島の陶工、沈寿官についてのエッセイ的な小説。
沈寿官と言えば、鹿児島では有名な陶工として知られています。彼の祖先は、秀吉の朝鮮出兵時に朝鮮から連れてこられた(つまり日本に拉致された)陶工でした。彼等は鹿児島に焼き物の文化を伝え、薩摩焼などの工業製品製造に貢献しました。
当時の日本は、先進国であった朝鮮から技術を導入しようと躍起になっていた時代だったようで、彼らは或る意味その犠牲者でした。その優秀な製陶技術は、時間の経過とともに日本の文化として取り込まれ、現在に至っています。日本文化成立の立役者であり、現在も子孫達がそれを受け継いでいますが、かつて拉致された朝鮮人としての本国に対する想いは、今も昔も変わらないと思います。
歴史認識問題が話題になる昨今ですが、この本を読んで、日本にはそういう朝鮮の人達の悲しい歴史があることを認識しなくてはいけないと思いました。 -
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明治維新に活躍した西郷隆盛や坂本龍馬などの志士たち。彼らは低階級の武士身分に属し、そのコンプレックスをモチベーションにして、社会変革を成しとげた。では、彼らの上司である藩主は、維新や志士たちにどのように関わり、どんな考えを持って行動したのか。
多くの志士たちを排出した薩長土肥の4藩主を主人公にした短編小説集で、司馬遼太郎がそんな疑問に答える。
表題作は、土佐藩主の山内容堂が主人公。彼は武芸にたしなみ、知識欲も旺盛、自ら行動しないと気がすまず、そして大酒豪。大名ではなく、藩士として生まれていれば、歴史に名を残す志士になったかもしれない。
そんな彼は時代の変化を感じながらも、大名として、徳川家に忠義を尽くすことを最善と考える。そして、徳川家を残す最高の一手として、大政奉還という奇抜なアイデアを発表。さらに大久保や岩倉との議論にも勝利目前。が、その安心感と美味い酒は一瞬だった。
この山内容堂をはじめ、維新の藩主たちは時代に翻弄されるだけだった。命ずべき武士たちは勝手に藩を離れて、志士となったり、切腹したり。そのうえ、廃藩置県で領地も大名としての身分も没収。この時代の藩主というのは才能があろうとなかろうと、同じ運命だった。酒でも飲まなきゃ、やってられない。 -
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上巻では若さと勢いで四国を統一してしまった長宗我部元親だが、長宗我部家のピークは過ぎ、下り坂に向かっていた。
信長の侵入に敗北を覚悟したものの本能寺の変でちょっと一息。しかし、次なる信長の後継者、秀吉によって多くの領土を没収される。さらに秀吉に命じられた九州遠征で大敗北を喫し、長男の信親が戦死、後を追うように最愛の妻も死去。
これまで努力して広げた領土を失い、期待していた後継者も失う。隠居を目前にしての老人にとって、この仕打はきつい。元親にはこの逆境を乗り越える精神も根気も残ってはいなかった。
どんなに才能がある人間でも、運と老いには勝てないということか。 -
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あとがきで著者は「暗殺だけは、きらいだ」と語る。そんな著者が幕末に起こった暗殺事件を記した連作短編集。
普通に考えれば、暗殺なんてものに政治力や体制変革を期待するもんじゃない。むしろ、暗殺によって変わってしまうような社会や組織は遅かれ早かれ、変わってしまうものだし、ろくなものじゃなかったのだろう。
が、幕末はそんな暗殺が評価された時代であり、志士たちは世直しになると信じて暗殺を企画し、実行し、死んでいった。
本作品に登場する暗殺の当事者の多くはバッドエンディングを迎えている。政治判断もないし、自身の将来も考えず、暗殺に没頭する彼らに対して爽快感や死への同情も起こらない。司馬作品にしては、ちょっと異色の味わい。
結局、亡くなった彼らと今知られている幕末の英雄たちとの違いは運良く生き残ったかどうかだけ。伊藤博文や桂小五郎、田中顕助など教科書に載るような有名人の扱いは本書では冷たい。