司馬遼太郎のレビュー一覧

  • 功名が辻(三)

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    この巻もサクサク進んだ。ほとんどが同じ司馬遼太郎作品の「関ヶ原」にて描かれているものばかりであり、それを伊右衛門(山内一豊)の立場から描いているに過ぎないからである。

    以下に興味をひいた点を引用したい。本巻は何故か前2巻に比べて少なかった。司馬氏、千代の賢母描きに息切れか!?(笑)。

    ・千代はつとめて明るく言った。どうせやらねばならぬことなら、不快そうな顔をするのは無用なことだろう。
    →秀吉から多くの土木建築工事を命じられた際の千代の心情を描いたもの。なるほど、どうせやらなければならないなら、明るく振舞ったほうが周りへの影響や自身のモチベーション維持にも有用だろう。

    ・「智恵ある者は本来、臆病なのかもしれませぬな」と千代は今一度考え直してみた。天下を取ろうと志す者は、一騎駈けの武士の部辺はいらない。ああまで身を護らねばならぬものかと、だんだん感心し始めた。
    →石田三成からの夜襲を恐れて徳川家康が大坂から伏見へ逃げたと聴いた、千代のセリフ。臆病さというものは、決して悪いものではないのだ。家康がそうだからこう思えてくる。

    時期を待つのだ、と千代は思っていた。時期が熟してギリギリになるまで「政治」などは全く考えずに律義で暮らし、その最も有効な時に伊右衛門の存在を開かせる。そんな時が来そうな感じがするのである。
    →徳川か石田か、どちらに付くかに際して。

    「(石田からの回文は)見ないようにします。関東表へ送りは致しますが、殿様にも読んでいただかぬようにします。封のまま、家康殿に差し出してしまう、と言うのがお味方としては当然でありましょうを中身を見てからどうこうというのは、不純にとられます。」
    →徳川方に付くべしと千代が決めた後の芸である。人の心を知り抜いた憎いばかりの芸である。関ヶ原後、土佐一国を与えられるが、こうした芸において点数稼ぎをしたことによるのだろう。

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    2013年08月31日
  • 功名が辻(二)

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    さくさくっと読めた。この時代の司馬遼太郎作品は、楽しくて楽しくて仕方がない。
    読んでいてためになりそうな箇所がたくさんあり過ぎ、付箋がいっぱいになった。まるでビジネス書、啓蒙書である。
    その中の一部を引用してみたい。

    ・運。人は手軽に考える。秀吉は運が良かったから英雄の名を得たのだと。しかし、運というのは英雄の最大不可欠の条件である。憑いているものを英雄という。才能器量があるだけでは、英雄の条件ではない。
    →運も実力のうち、というが正にこのことなのだろう。確かに私も今までの勝負所では運が良く道を切り拓いてこれた。もちろん、私は英雄ではないが(笑)

    ・秀吉が雨中行動を戒めたのは、将士の健康を考えた訳ではない。足軽衆めいめいが携行している煙硝に水気が含むことをおそれたのである。雨中突進しても、いざ合戦で弾が打てなければなにもならない。
    →本能寺の変後の中国大返しの一節。当たり前のことだが、鉄砲が雨に弱いことは周知の事実であるが、この判断で勝負が分かれるのだ。

    ・疲れほど人間を無残にするものはない。光秀は彼の最も重大な時期において、叡智は枯れ、果断心はなくなり、彼だけでなくその兵は疲労しきっており、火薬さえなかった。
    →対する明智光秀。本能寺の変後は運も尽き、判断力も尽きた。英雄にはなれなかったということである。

    ・「乱軍の中でも光秀殿の馬印は見えたでございましょう」
    「見えたとも。それを目当てに我々は全軍押して行ったのだ」
    (馬鹿なこと。皆、阿呆のように光秀の本陣をめがけて押して行ったとは何て馬鹿であろう。)
    「いざ敗軍となれば光秀殿はどこにお逃げなされます」
    「知れたことよ。近江坂本か、丹波亀山かだろう。」
    「いずれにしても、京は通れませぬ。小栗栖の間道を通るのはちょっと考えても分かることではありませぬか。なぜ、先にかけてその間道を抑えませなんだ。されば土民に光秀殿の首を取られずとも、旦那様の手で取れたはずでございます。戦は人の波と共に駆け引きしていては、名は立てられませぬ」
    →山崎の戦い後、功名を上げられなかった伊右衛門と、それを冷静に分析する千代の会話。確かに、わぁーっと何の思慮もなく対象物に群がるより、行き先を察知し先回りしたほうが功名を立てられるのだろう。

    ・確かに伊右衛門には軽微な不運が続いていた。しかし、これを不運と思うのは愚者である、と千代は考えている。運、不運は事の表裏に過ぎない。裏目が出ても、すぐいい方に翻転出来る手さえ講ずれば、何でもないことだ。
    →このポジティブさ、見習いたい。

    ・徒歩で逃げた。千代が買ってくれた十両の大馬は、乱軍の中で置き忘れた。馬を探そうとしたが、探していては命が危ない。ちっ、捨てた。伊右衛門はカブトも具足も捨てて逃げた。
    →あらら、あの素晴らしいエピソードの馬をこんな簡単に失うとは…。しかし、伊右衛門は馬を失ったとは言え、名は歴史に遺したということか。

    ・あっ、と思ったのは、北政所が10歳になるよね姫の存在を知ってくれていたことである。会う前にお調べあそばしたか、と思ったが、それにしても心憎いほどに人の心の捉え方を知っている。この点、秀吉夫婦の特技といって良かった。
    →人と会う前にその家族について調べておき、さりげなく話題にする。これぞ人たらしの極意か。

    「北政所さま、私のような者が、返事に困るようなことを申されてはなりませぬ」
    北政所は千代の受け答えの機敏さに、すっかり満足している。
    →なるほど、答えに困る質問にはこう答えるのも手である。

    ・千代にすれば、伊右衛門に大局的な頭の働かせ方を期待している。出陣、戦う、だけでは、いつまでも単なる侍働きではないか。天下の政治、天下の軍事を頭において自分の与えられた小さな部分の仕事をする、という具合でなければ、ついには大をなさない。
    →全体の流れを考えながら、目の前の自分の仕事をせよ、ということか。

    ・人間、物の言い方一つでずいぶんと無用の手傷を人に負わせるものだ。
    →豊臣秀次を評した記述。大河ドラマでは成宮寛貴が演じ、幼い頃から山内夫妻に預けられ、最期は非業の死を遂げた貴公子といった感じで描かれていたが、原作では嫌な性格。山内夫妻ともに嫌うこととなる。

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    2013年08月31日
  • 功名が辻(二)

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    山内一豊公もついに大名に!後半は豊臣政権の衰退が始まっていく。豊臣秀吉も一時の英雄の姿がなくなり、自身とその一門の繁栄自家製考えることが出来ない人になってしまった。

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    2013年08月31日
  • 新装版 播磨灘物語(3)

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    摂津伊丹城の牢に閉じ込められても生還した黒田官兵衛。天が見放さかった。
    今回一番感じたことは、策士と呼ばれる人は人間性が良いということ。黒田官兵衛はまさに人に優しくとても良い人だ。これは今の時代にも通じる。自分も人間性を磨きたいと思います。

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    2013年08月17日
  • 翔ぶが如く(五)

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    大久保は火消しに大忙し
    従道は台湾で我慢大会
    八郎はルソーに触れる

    西郷さんは.......畑仕事?

    ゆっくりと濃密に流れる明治7年から
    徐々に反政府気分の地鳴りが高まる明治8年へ

    みんな必死なのに上手く行かないのがもどかしい。

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    2013年08月10日
  • 新装版 戦雲の夢

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    槍一つで四国を平らげた長宗我部元親の実子であり、土佐二十二万石の領主・長宗我部盛親は、関ヶ原の戦いで西軍に加担したがために、一介の浪人の身に落ちてしまう。京にて蟄居する盛親は、再起の野望を胸中に育み、大阪の陣にその身を賭けて奮起するが…

    出来事を淡々と説明する描写に乏しい反面、物語性が非常に強く、特に中盤以降、鬱屈した盛親が野望を抱くに至る展開には、久しぶりに胸の高ぶりを抑えることができませんでした。
    なかでも、盛親の監視役である板倉勝重が、盛親の野心を計るべくした牽制と、盛親の見事な切り返しには、その「格好良さ」に舌を巻く思い。
    そのやり取りは、末尾にて抜粋。

    やはり武士の生き様は、心を揺さぶるものがあります。
    それは、その身を賭けて信念を貫く気概に感動するからでしょうし、司馬遼太郎は、その気概を語るのに長けた作家です。
    また、本書はこういった「熱い描写」に優れた一冊ですが、盛親とお里の愛慕の描写も見逃せません。

    ところで、読後に気づいたのですが、本書は1961年に刊行されており、その翌年に「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」が連載を開始しています。つまり、本書が著者として油の乗り始めた頃合の作品と考えると、その面白さに得心のひとこと。

    ▽以下抜粋
    「しかし」
    「しかし?」
    「伊賀守どのの申されざま、武士に対するお言葉ではない。貴殿が日ごろあつかわれている公卿衆にはそのおどしは利き目がござろう。が、武士には逆の利き目になる。なるほど、拙者は日ごろ身をつつしんでいるが、他の者がそれをみれば、拙者が伊賀守どのにおどされて身をちぢめていると思う。そうなれば、拙者の一分をみせるためにも、不本意ながら、いまの境涯を捨て、再び武を立てて徳川どのに弓をひかねばならぬことになる。まるで、伊賀守どののお言葉では、暗に、拙者をして大坂に走れとでも申されているかのようじゃ」
    「いや、これはあやまったり。勝重の不覚でござった」

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    2013年07月27日
  • 翔ぶが如く(四)

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    西郷隆盛、拗ねる
    江藤新平、散る
    木戸孝允、諦観する
    大久保利通、翔けて空回る
    三条・岩倉、狼狽える

    話、余り進まず。

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    2013年07月18日
  • 以下、無用のことながら

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    司馬遼太郎という人間の人との関わり方が記されている。現在の価値観では極端と思われる人が多いが、凡庸でない人とはそういうものであろう。
    こういう文章をリアルタイムで、読むことができたらと想像してしまう。
    司馬さんが存命であれば、21世紀をどのように見られるのかが、妄想が膨らんでしまう。

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    2013年05月22日
  • 夏草の賦(上)

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    ネタバレ

    上巻は美濃の武家生まれである奈々のむすめ時代から始まる。
    奈々は、織田家に仕える明智光秀の家臣・斎藤内蔵助利三の妹です。この妹が、四国・土佐を治める長曾我部に嫁ぐはなし。
    政略結婚が主流だったとはいえ、はるか遠く未開の地(と思われていた)へ嫁ごうなんて、勇気のある(…というか、ちょっとおきゃんで冒険好きな)女性だったのでしょうか。司馬先生の描く奈々はそんな感じ。なにせ上巻で一番印象に残ったシーンが、“うわなり討ち”(…という、家の台所を戦場にした女合戦)…だったもので。しかもそれが他人の家の台所なんだからたまりません。台所をめちゃめちゃにされた土居宗珊かわいそうwwてか国主の妻が武器までとて乱暴してまわるなんて面白すぎますね。読んでて楽しかったです。奈々かわいいw

    それ以降は主人公を長曾我部元親に譲って国盗り物語が進行してゆきます。安芸国虎を滅ぼし遊蕩に耽っていた一条兼定を追放し、土佐一国をきりとり、ひたすら国土拡張をおしすすめる一方で、家中のものの教育に専念し、世継ぎである千扇丸(…これはのちの弥三郎信親ですが)をうむなど、内政もぬかりなく行っていった元親。
    四国平定後は全国制覇も視野にいれ、織田信長との交流まで如才なく行っていましたが(息子・信親の「信」の時は、信長からもらったのです)その信長から「四国をよこせ」などと言われてしまいます・・・・
    義憤にたえない元親...可哀そうですがこれが戦国の世の習いなのでしょう。

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    2013年05月12日
  • 新装版 王城の護衛者

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    「王城の守護者」を読んでから「八重の桜」を観るとそらもういろんな深読みが(笑)
    八重〜の松平容保像は少なからずこの容保を下敷きに描かれているのではないか、と思われるほどに、八重容保と共通する姿が。

    個人的には「容保の鮭」のエピソードが好きです。

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    2013年05月10日
  • 新装版 播磨灘物語(2)

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    豊臣秀吉の軍師として名高い、黒田官兵衛の生涯を描いた、司馬遼太郎氏の歴史小説、第二巻。
    いよいよ、織田信長による天下布武の動きが顕わになる。羽柴秀吉との密接なる関係構築、竹中半兵衛との出会い、播磨が大きく動き、その地を取り巻く様々な勢力にも、変化が見られる。

    新興の勢力である織田勢がその勢力範囲を播磨にも広げつつあり、辛うじて揃っていた播磨勢の足並みが徐々に乱れてくる。さらに西を見れば、中国地方の覇者、毛利氏が構えている。毛利元就が亡くなり、その孫である毛利輝元が未熟ながらも当主になったとは言え、その両脇は吉川元春、小早川隆景という、言わば両川の強力な陣が敷かれており、常に戦々恐々の境遇に立たされている。
    新興勢力の織田に就くか、中国の覇者毛利に就くか。しかし、時勢を観察しそのアンテナを広げようともせず、旧態依然の凝り固まった考えしか持たない播磨勢の反応は予想以上に鈍い。加えて織田勢は、延暦寺焼き討ちと言う言わば『仏敵』といっても過言ではない仕打ちを平気ですることから、仏教徒(特に本願寺勢)からは目の敵にされ、一層織田勢に目を向ける者など皆無に等しくなる。キリシタンとの交流において、様々な知識や時勢・情報を取り入れた黒田官兵衛にとって、孤軍奮闘の日々が続きながらも、何とか自分の仕える当主・小寺氏を織田勢へ組み込むように仕向けるが、雲行きは一向に晴れない。どんなに柔軟な思考を持つ黒田官兵衛を以てしても、その考えを十分に周囲に浸透させる、というわけにはいかず、その苦悩が見てとれる。

    羽柴秀吉との関係も、一層深まりつつあるものの、その関係性は表面的には深い絆を感じられつつも、心中は複雑のようだ。黒田官兵衛の度量や才覚は、時折羽柴秀吉を感嘆させるほどであるものの、いつしか彼が自分の座を取って代わられるのでは、と思うには十分すぎる。その上、彼も織田信長の直臣とは言え、本来の身分は小寺家の家老である。直接織田信長の命が下される関係ではない。それ故、自分の才覚を発揮する場の自由さが保障されている。羽柴秀吉が、黒田官兵衛に対して嫉妬してしまうのも無理はないと思う。
    それを、表面に出すか出すまいか、によって、羽柴秀吉その御仁の度量が計られるわけではあるが…

    『武』ではとりわけ才能の無い黒田官兵衛による、知恵者の才覚をふんだんに発揮する場面であるが、それが故に苦悩する面も多くみられる。その一方で、主家を裏切れない一途な思いも、偽りなく官兵衛の中に占められている。この葛藤は、後々黒田官兵衛を大きな運命の渦と関係するに違いない。揺れ動く時勢の中で、ほとんど『独り』の苦しみや辛さを噛み締めながら生きる様は、拝読者としても見守らずにはいられない。

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    2013年04月18日
  • 菜の花の沖(六)

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    読んだきっかけ:古本屋で50円で買った。

    かかった時間:9/23-9/30(7日くらい)

    あらすじ: 突然の災厄が、嘉兵衛を襲った。彼自身がロシア船に囚われ、遠くカムチャッカに拉致されたのだ。だが彼はこの苦境の下で、国政にいささかの責任もない立場ながらもつれにもつれたロシアと日本の関係を独力で改善しようと、深く決意したのである、たとえどんな難関が待ち受けていようとも……感動の完結編。(裏表紙より)

    感想:

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    2013年03月31日
  • 菜の花の沖(四)

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    読んだきっかけ:古本屋で50円で買った。

    かかった時間:7/22-8/19(29日くらい)

    あらすじ: エトロフ島は好漁場であったが、すさまじい潮流が行く手を妨げ、未開のままだった。しかし幕府は北辺の防備を固めるため、ここに航路を確立する必要を痛感して、この重要で困難な仕事を嘉兵衛に委ねた。彼の成功は、蝦夷人にも幕府にも大きな利益をもたらすであろう。が、すでにロシアがすぐとなりのウルップ島まで来ていた。(裏表紙より)

    感想:

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    2013年03月31日
  • 菜の花の沖(三)

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    読んだきっかけ:古本屋で50円で買った。

    かかった時間:7/2-7/22(21日くらい)

    あらすじ: 蝦夷地の主・松前藩は、アイヌの人々を酷使して豊富な海産物を独占していたが、この内実を他に知られるのを恐れ、北辺に迫る大国ロシアの足音を聞きながら、それを隠し続けた。漸くにして嘉兵衛が巨船を作り上げ、憧れのかの地を踏んだころから、情勢は意外な展開を見せ始めた。幕府が東蝦夷地の経営に乗り出したのだ。(裏表紙より)

    感想: 弟嘉蔵の結婚。そして、薬師丸・長慶丸二艘の船で、嘉兵衛はせっせと商いを続ける。無理な航海をしてでも動くのは、無論辰悦丸の支払いに充てるためである。こうして辰悦丸は竣工し、「高田屋」は営業を開始した。
    兵庫の北風家との仲にいくぶんかのひびを抱えながら、彼らは同時に、行き急ぐように寛政丸、春日丸を竣工し、商いを始める。

    それぞれの船を高田屋で担いつつ、嘉兵衛は辰悦丸で蝦夷地を目指した。

    蝦夷地では、松前藩が幕府の目を欺きつつ、アイヌに過酷な労働をさせて利益をあげている。現在の幕府は、戦国時代から長い月日がたち、おいそれと戦争を行うことができない。そして各藩への遠慮ももっており、松前藩を簡単に指弾できない。

    そんな中、嘉兵衛は蝦夷地で幕府の蝦夷地探索の幕臣たちに出会い、強く惹かれる。
    この人たちの力になり、蝦夷地を本土と同じく開けた土地にしたい・・・。

    幕臣たちも、嘉兵衛の、ただの商人以外の心持ちに期待し、彼に蝦夷地解放へ向けての援助を願う。

    こうした状況の中、寛政11年(1799年)正月、幕府は東蝦夷地を、松前藩より7年租借することと直接経営を行うこと勧告した・・・。

    (続く)

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    2013年03月31日
  • 菜の花の沖(二)

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    読んだきっかけ:古本屋で50円で買った。

    かかった時間:6/15-7/2(17日くらい)

    あらすじ: 海産物の宝庫である蝦夷地からの商品の需要は限りなくあった。そこへは千石積の巨船が日本海の荒波を蹴立てて行き来している。海運の花形であるこの北前船には莫大な金がかかり、船頭にすぎぬ嘉兵衛の手の届くものではない。が、彼はようやく一艘の船を得た、長年の夢をとげるには、あまりに小さく、古船でありすぎたが・・・。(裏表紙より)

    感想: 江戸後期の日本を舞台にした海洋冒険ロマン!です。これは面白い!

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    2013年03月31日
  • 菜の花の沖(一)

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    読んだきっかけ:古本屋で50円で買った。

    かかった時間:6/13-6/15(3日くらい)

    あらすじ: 江戸後期、淡路島の貧家に生まれた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起こし、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく・・・・・・。沸騰する商品経済を内包しつつも頑なに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を行き抜いた怪男児の生涯を雄大な構想で描くl。全六冊(裏表紙より)

    感想: 江戸後期の日本を舞台にした海洋冒険ロマン!です。これは面白い!

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    2013年03月31日
  • 尻啖え孫市(上) 新装版

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    ネタバレ

    雑賀孫市が石山本願寺に入場するまでの経緯。秀吉との絡みが面白い。雑賀孫市については全く知らなかった。戦国にこのような自由人がいたことは面白い。司馬遼風には描かれているだろうが、信長に対して抗った人物として面白い。

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    2013年03月25日
  • 司馬遼太郎短篇全集 第十二巻

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    「重庵の転々」収録

    「秩序の安定期に幸福な日常をおくろうとすれな、事なかれの処世以外にない。」

    「最大の不幸は有能にうまれつくことであった。
    有能であれば、その能力の表現をもとめて新規のことをおこそうとし、おこせばかならず秩序の埒(らち)をふみこえることになり、結局は身をやぶるもとになる。」

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    2013年03月09日
  • 胡蝶の夢(四)

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    幕末の身分制の崩壊を蘭方医学の側面から描いているのが面白かった。
    どうしてもっと早く読まなかったんだろう、と後悔するくらい私の中でベストに入る司馬遼太郎の名作になった。
    この作品を読んで改めて思ったのは、幕末小説の面白さは「封建制度、身分制度の崩壊」ってところだな、ということ。
    幕末テーマはやめられんわ、しばらく。

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    2013年03月04日
  • 新装版 歳月(下)

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    下巻は江藤VS大久保の様相を呈してくる。
    江藤は征韓論を軸に明治政府の転覆を狙うが、欧州帰りの大久保に阻まれる。この、明治政府の二大頭脳が凄まじい戦いを展開する・・・というより、大久保があまりにも老獪で、江藤がだんだん可哀想になってくる。江藤は正義や論理、法律を何よりも重視し、正義は勝つのだと純粋に信じていたようだ。しかし大久保は正義を曲げても、非情な手段を取ってでも自分の信念を通す男だった。その大久保の前では江藤は子供のようであり、下野し佐賀の乱を起こし戦いに敗れる。
    僕がこの小説ですごいと思ったのは、江藤が佐賀の乱で敗れ鹿児島や高知に逃げていた時も、正義を通す男としての誇りを失わなかった事だ、鹿児島で会った西郷の前でも決して卑屈になる事無く、命乞いもしなかった。
    そして最後には自らが司法卿だった頃に整備した警察網に自らが捕らえられるという結果に終わる。自分の仕事が完璧すぎたのだ。
    その日暮らしのも困る貧窮の身から数年で国家の中枢にまで登り、非業の死を遂げるまでの江藤の生涯。この小説では彼の過ごした歳月を共に駆け抜けた気分になれた。

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    2013年02月13日