司馬遼太郎のレビュー一覧

  • ロシアについて 北方の原形

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    氏が「菜の花の沖」「坂の上の雲」を書く際に考え続けていたロシアという国の本質について考察した本。現在読んでも全く古さを感じず、この国の本質を考えるヒントを与えてくれる。

    国の成り立ちや侵略された歴史から国家としての性格が形作られていった様子がよく分かる。特にシベリア等の極東開拓の歴史は日本人として知っておくべきだろう。

    ロシアの側から見れば、北方領土とモンゴルをセットにして捉える必要があるなど、北方領土問題を語る前に我々国民もロシアのことをより知る必要があることを再認識した。この問題においては変に国民感情に訴えることは慎まなければならないという、氏の考えには全く同感する。

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    2017年09月05日
  • 空海の風景 上巻 (改版)

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    かなり前に落語の枕で本書のことが語られていたのが頭に残っていた。近年になり四国八十八か所巡礼に別のきっかけから興味を持ち、本書を購入した。著者の他の歴史小説と違い、弘法大師・空海の生立ちを記者の目で見、一歩引いた立場で文章にしたという印象だ。したたかな人間としての空海を読むのは面白い。命を懸けて唐・長安へ行き、わずかな年数で帰国したことは知っていたが、彼の策略であろうことが容易に想像できてしまう。

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    2017年08月27日
  • 空海の風景 下巻 (改版)

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    空海と最澄とのやり取りは緊張感を伴うものだ。読者としては空海に肩入れしており、最澄の密教に対する教えの乞い方は、偶然同じ船団で渡唐した時の差別的扱い等も伏線になり、反感を覚えざるを得ない。最澄なりの考えがあればこそ天台宗が平成の現代でも受け継がれているのだろうが。平安期、日本よりはるかに進んだ世界(長安とそこに居住する外国人のいる文化)を見て帰国した空海の、日本を見る目とそれに伴う孤独もイメージされる、人間・空海への理解が深まる良書で、真言密教にも興味が湧いた。我が住む街も真言宗の寺院が多いな~

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    2017年08月27日
  • 世に棲む日日(三)

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    「長州は長州によって立つ」
    九州での3週間で高杉晋作が掴んだ、「自分のことを自分以上に考えてくれる人などいない、自身がインフルエンサーたるべし」、という感覚は、何にでも応用出来る、励みになる教えだ。
    次巻で、いよいよクライマックスへ。

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    2017年08月24日
  • 酔って候

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    久しぶりに司馬遼太郎。
    しかも短編集。
    舞台は幕末、新選組や江戸幕府直結関係かと思いきや
    全然また違う当時200以上いた藩主の話。
    土佐藩の山内容堂・薩摩藩の島津久光・宇和島藩の伊達宗城・肥前佐賀藩の鍋島閑叟
    山内容堂はもう説明なしで有名すぎるから特にw
    表紙の瓢箪の絵(お酒が入った)然り、まぁとにかく終始お酒が好きで気性が激しすぎ。
    島津久光は自分が一番!って思いこみすぎてほかの人の意見聞いたり聞かなかったり(自分でなんとなくしか考えずに)ふと気が付けば倒幕なう。みたいな。
    伊達宗城は思い付きがすごいというか何で黒船を
    提灯職人に任せるのか謎だったけど結局は出来ちゃったのがすごい。
    しかしこの職人がとてもかわいそうだった…
    して、最後に鍋島閑叟。
    この人が個人的には一番面白い。
    富国強兵が趣味だもの…趣味にすんごいお金使ったおかげでまぁ強くなったんだけど。
    パッとしないのは、脱藩者ほぼいないので佐賀藩独自という感じ。
    こうゆうのドラマにしてほしいんだけど。

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    2017年07月07日
  • 義経(上)

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    機動戦士ガンダム。アムロ・レイ。zガンダム。カミーユ・ビダン。シャア・アズナブル。
    うーん。彼らの原型が、「源九郎義経」だったとは。
    ガンダムファン、必見、必読の作品だと思いました。

    #

    司馬遼太郎さん「義経」(文春文庫、上下)。1968年発表だそうです。

    これは、面白い。

    つまり、司馬遼太郎版の「平家物語」なんですね。

    平清盛の栄華から。
    少年義経の放浪。
    頼朝の挙兵、木曽義仲の挙兵。
    富士川の戦い、宇治川の戦い。木曽義仲の敗死。
    一の谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い。義経の絶頂。
    義経と頼朝の対立、腰越状。
    そして、義経の没落まで...。

    いわゆる「源平」の美味しいところをわしづかみにした、上下巻です。

    #

    この小説と、「街道をゆく 三浦半島記」を読むと、立体的に判ってくるのが、司馬さんの解説する「鎌倉時代」というものです。

    平安時代までは、基本の土地所有の仕組みがどうなっていたかというと。
    つまり、日本全国の土地は全て、「政府=朝廷」のものだったんです。
    ただこれは当然、徐々に形骸化していきます。
    どうしてかというと、朝廷という言葉の中身が、実力者が、徐々に藤原一門にスライドしていきますね。
    そうすると、藤原一門は、簡単に言うと私有財産が欲しい。私有地が欲しい。

    そこで、新たに開発した新田などを、「荘園」として、一部貴族が所有できるようにしました。
    これが味噌で、特殊例外以外は、「土地私有」が認められていなかったんですね。

    さて、東国、関東を中心に、徐々に技術が進み、新しい田畑が増えていきます。
    これを新田開発した、開発農民たちは、地域でのいざこざを日々乗り越えるために、たくましく武装します。
    そして、一族で新たに開発した土地に執着します。必要なら戦います。「一所懸命」。

    これが、武士の誕生です。

    ただし、この武士たちは、頑張って新田開発しても、制度上、土地を私有できなかったんですね。

    自分たちの親分にお願いをする。
    お願いされた親分は、京都の貴族たちのところに行って、召使のような奉公をする。それも、ノーギャラで。
    そうやってぺこぺこして、ようやっと、自分たちの田畑の、管理権みたいなものを認めてもらう。
    かろうじて、「管理権」な訳です。

    ところが、もう実際に現地で武力を持って土地を守って、耕作して収穫まで、一切は土地の農民=つまり武士、が経営している訳です。

    なんだけど、貴族に、つまりピンハネされる。
    みかじめ料みたいなものです。
    それも、相手は物凄く威張ってて。見下される。

    これは、おかしいなあ、と。改革が、革命が必要なんぢゃないか。
    不満が溜まっていたわけです。
    (恐らく、平将門の乱なども、こういう現象の延長にあるのでしょう)

    #

    大事なのは、この不満を取りまとめた英雄が、「朝廷=京都=貴族」というシステムと、決別することなんですね。

    平清盛がそうですが、武士の大将が京都で実権を握っても、「貴族化」してしまったら、意味が無い。
    「藤原」が「平氏」に代わるだけで、仕組みが変わらない。

    仕組みを変えるためには、「朝廷=京都=貴族」というシステムを壊さないといけない。

    #

    これを痛いほど自覚していたのが、源頼朝。北条政子。北条時政。北条義時。このあたりだった。
    と、言うのが司馬さんの説です。

    この人たちは、圧倒的に革命家な訳です。

    何しろ、「日本史上、全く前例のない、世の中の仕組み」を作らなくてはなりません。

    平氏を武力で滅亡させるんだけど、「朝廷=京都=貴族」に、どれだけ誘われても、そこに参加しない。

    圧倒的な武力で実力を握っておいて、「各地の土地所有の割り振り権限」を朝廷から奪って。

    「幕府」という新しい政治の仕組みを作る。それも中心地を近畿ではなくて関東、「鎌倉」に置く。

    これは全て、ずっと「朝廷=京都=貴族」に虐げられ、理不尽に搾取されてきた、「東日本を中心とした開発農民団体=武士」たちにとって、ついに訪れた「自分たちの時代」だった訳です。

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    というこの辺が、「地球に残った人類」「スペースコロニーの民」「コロニーの民の権利」「ニュータイプ」と言った、ガンダムの世界に良く似ていますね。
    まあ、当然、過去の歴史的な葛藤から作られたフィクションな訳で、当たり前なんですが...

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    頼朝なぞは、挙兵した瞬間は、信じられないことに、総勢20名くらいだった訳です。
    それも、「やばい、このままではどのみち平家に殺されるから仕方なく挙兵」だったそうです。
    それが、連戦して割と連敗するんだけど、どんどん豪族たち、武士たちが味方についてくる。膨れ上がる。
    それは全て、頼朝に「朝廷に隷属しない、新しい仕組み」を期待していたからなんですね。

    それを、頼朝は判っていた。

    判っていなかったのは、義経だった。

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    義経は、父を平氏に殺されて。(まあこれは当然、頼朝も同じなんですが)
    幼かったから、色々苦労をして育ち。
    ある時点で、復讐=平家の滅亡、だけを夢見て成人し。

    あとは若いながらに戦争の現場に入ってしまったので、政治や土地所有の仕組みが判っていない。

    単純に、平氏を滅ぼして、源氏が入れ替わりに京都を、朝廷を、我が物にすればそれで万々歳だと思っています。
    なにより、兄・頼朝もそう思っている、と、思っている。
    そして、平氏と、藤原氏と同じように、「血縁」であるがゆえに自分も尊重されるべきだ、と思っている。

    これはこれ、京都的にはその頃の常識なわけです。

    だけど、東国では、違いました。

    まだ、長子相続すらちゃんと決まっていない。
    兄弟でも武力で戦争が当たり前。
    さらには、頼朝に求められているのは、「第二、第三の平氏や藤原氏になって、一族でウハウハになる」ことではなくて。
    「東国の開発農民団の利益を誘導してくること」なんです。

    東国の開発農民団=武士、からすれば、義経が弟だからって、重宝されて、領地とかばんばんもらったりしたら、噴飯ものなわけです。

    このあたりの機微を、頼朝は痛いほどわかっていた。

    そして、義経は笑えるほど、判っていなかった。

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    ただ、問題は。

    その義経が、「戦争の天才だった」ということなんですね。

    その天才ぶりが、哀しい輝きという感じですね。
    なんかもう、機動戦士ガンダムのアムロであり、鉄腕アトムであり。
    つまり、強い、かっこいいんだけど、それが幸せに繋がらない。却って疎まれたりする理由になる...。
    そういう、「哀しい不器用な、強すぎる戦士」というヒーロー像の、元祖なのではないでしょうか。

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    とにかく、強い。
    圧倒的に強い。
    数年はかかる、かかっても無理かも、と思われた、「平家を滅亡させて、三種の神器を取り返す」という難行を、
    またたく間に達成してしまう。作戦は常に電光石火。独断専行。天才の技。
    そして、イッキに武士たちの間でその才は認められ、貴族平民の間ですらヒーローになってしまう...

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    その有様を、描くのに、司馬遼太郎さんはうってつけですね。

    鎌倉時代、という分析や、物語能力に加えて。

    何と言っても司馬さんの個性は、なんだかんだ言って「元軍人」ということだと思います。

    凄くゆがんだ形で、結局は「戦争行為」というもの事態に興味があって、ある種の愛着があって。造詣が深い。

    #

    この「義経」が、小説として素晴らしいのは、

    「鎌倉時代、という新しい、革命的な動きの中で。義経というのは貴種でありながら、野盗風情の仲間しか居ない、という、革新の動きの中でも、更に例外で異例な存在だった」

    という、二重構造、入れ子構造が凄く、判りやすく面白く描かれます。

    さらにもはや、善悪とかモラルではなく、

    「新しい時代を判っている男」=頼朝

    「判ってない男」=義経

    という、ほぼ抱腹絶倒なすれ違いが、はっきりくっきり判ります。

    もう、これは殺しあうしかないんですね...

    (この延長線上に、頼家や実朝の悲劇があります。そのあたりは「街道をゆく 三浦半島記」が実にすばらしい。)

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    という視点がありながら、平家物語の美味しいドラマチックな名場面がてんこ盛り。
    これは、たまりません。
    最後、義経の没落の始まりで筆をおいて、死の場面までは描かない。
    そんな手法が実に、司馬さんらしい合理性。つまり、もう司馬さんの描きたいドラマは終わってます、ということなんでしょうね。(あるいは、司馬さんが、飽きたのか)

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    実はこの「義経」上下巻。

    多分、10歳の頃に生まれて初めて読んだ司馬遼太郎さん作品。
    個人的には思い入れがあります。
    それからもう30余年になりますが、多分どこかで一度は再読していたんだと思いますが、今回、初めて舐めるように魅力を味わえた気がします。
    歳を取るのも愉しいものですね。

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    2017年06月16日
  • 花神(上)

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    うーん、これはすごい。技術者としての生き方を極端に振り切るとこうなるのか… しかしそれを見抜いて適所につけた人々のすごさ。司馬遼なので、蔵六の学問のどこがすごかったかとか、どうやって見抜いたか、というところのエピソードは抑制気味で、物足りない気もするけど、そういうとこは抑え気味で余談山盛りが司馬遼だなあ。次は何を読もう。

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    2017年06月13日
  • 花神(下)

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    異端の英雄物語であり、幕末明治の歴史噺であり、悶絶のムズキュンラブストーリー。

    「花神」(上・中・下)まとめた感想メモ。

    司馬遼太郎さんの長編小説。1972年発表。
    主人公は大村益次郎(村田蔵六)。

    大村益次郎さんは、百姓医者の息子。
    百姓医者として勉学するうちに、秀才だったので蘭学、蘭医学を修めているうちに、時代は幕末に。
    いつの間にか、蘭学、蘭語の本を日本語に翻訳できる才能が、時代に物凄く求められる季節に。
    だんだんと、医学から離れて、蘭語の翻訳から軍事造船などの技術者になっていきます。

    大村さんは、長州藩の領民で、幕末に異様な実力主義になった藩の中で、桂小五郎に認められて士分に。そして、幕府との戦いの指揮官になってしまいます。

    と、ここまでが随分と長い長い歳月があるのですが、ここからが鮮やかに「花を咲かせる=花神」。

    戦闘の指揮を取ってみると、実に合理的で大胆。決断力に富んで見通しが明晰で、連戦連勝。

    連戦連勝に生きているうちに、志士でもなんでもないただの百姓医者の蘭学者が、西郷隆盛まで押しのけて、倒幕革命軍の総司令官になってしまいます。

    そして、連戦連勝。

    中でも、「江戸の街を火だるまにせずに、どうやって彰義隊を討滅するか」という難題への取り組みは、本作のハイライトと言っていい爽快さ。

    誰も予想もしなかった速さで内戦が終わってしまう。

    ところが、あまりの合理主義から、「近代国家=国民皆兵=武士の特権はく奪」へと駒を進める中で、狂信的な武士たちの恨みを買って。
    明治2年に暗殺されて死んでしまう。

    でも、明治10年の西南戦争に至るまでの道のりは、全て御見通しで対策まで打ってしまっていた...。

    という、何とも不思議で無愛想で、ひたすらに豆腐だけが好物だった地味なおじさんのおはなしでした。

    #

    この小説、地味な主人公ながら、司馬遼太郎さんの長編小説の中でも、片手に入るくらいの完成度、面白さだと思います。

    ひとつは、主人公の魅力がはっきりしている。何をした人なのか、どこがハイライトなのかはっきりしている。

    前半の地味で恵まれない人生が、そのまま後半のきらびやかな活躍の伏線になって活きている。

    そして、大村益次郎さんという無愛想なおじさんの、ブレないキャラクター造形。

    狂信的なところが毛ほどもなく、合理主義を貫きながらも和風な佇まいを崩さず、見た目を気にしないぶっきらぼうさ。

    政治や愛嬌や丸さと縁が無い、技術屋のゴツゴツした魅力に、司馬さんがぐいぐいと惹かれて、引かれたまま最後まで完走してしまったすがすがしさ。

    ただ惜しむらくは、桂小五郎、坂本竜馬、西郷隆盛、高杉晋作、徳川慶喜、岩倉具視、大久保利通...などなどの、議論と外交と政治とけれんと権力の泥の中で、リーダーシップを発揮した人たちの、「裏歴史」「B面の男」というのが持ち味なので。A面の物語をなんとなく知っていないと、B面の味が深くは沁みてこないだろうなあ、と思いました。
    そういう意味では、新選組を描いた「燃えよ剣」や、竜馬と仲間たちを描いた「竜馬がゆく」くらいは読んでから読まないと、勿体ないんだろうなあ。


    #

    それから、この作品が秀逸だったのは、司馬さんには珍しく、恋愛軸が貫かれてとおっています。
    シーボルトの遺児・イネというハーフの女性との恋愛。これが、9割がたはプラトニックな、「逃げ恥」真っ青のムズキュンなんです。
    「村田蔵六と、イネのラブストーリー」という側面も、がっちりと構成されていて、隙がない。これはすごいことです。
    司馬遼太郎さんの長編小説は、ほとんどが恋愛軸を序盤で売るくせに、中盤以降、興味が無くなるのかサッパリ消えてなくなる、というのが定番なので...(それでも面白いから、良いのですけれど)。

    (恐らく、30年以上ぶりの再読でした)

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    2017年06月13日
  • 街道をゆく 40

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    2016年11月に台湾に行った。台湾の事をより知りたくなったので読んだ。
    司馬さんが台湾を訪れたのが1993年くらい。当時の台湾は、民主化から日が浅く、大陸出身でない人間、つまり台湾人が初めて国のトップになってからいくらも経っていない時だった。この紀行は、その当時の、司馬さんの目、つまり外から見た台湾を、教えてくれる。司馬さんの目…というのは、司馬さんが書いたんだから当たり前なんだけど、それこそがこの本の一番の魅力と思う。司馬さんの目から見た台湾、を当時の日本人から見た台湾、と言い換えてもいいかもしれない。なぜなら2016年11月に自分が行った台湾では、この本に書いてあることは(知識不足は大いにあれど)ほとんど感じなかったから。アジアのお隣さんで、日本のものに溢れてて、気さくで親切な国、だったから。
    台湾という国、と暮らす人々、はきっと司馬さんの頃から変わっていないけど、自分が知らない台湾が、台湾紀行には書いてあった。

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    2017年06月06日
  • ひとびとの跫音 下

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    上巻に続き、おもに忠三郎とタカジの人生が随想風に語られる。透徹した人間観察の中に深い愛情を感じる名著。

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    2017年05月18日
  • ひとびとの跫音 上

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    正岡子規と司馬遼太郎をむすぶひとびとの人生を、愛情を込めた筆致で描いている。著者の曇りのない、落ち着いた人物・人生描写に感服。そこに近代の日本社会の様相もうかがえる。名著。

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    2017年05月07日
  • 世に棲む日日(三)

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    3巻は引き続き高杉晋作中心の世界。彼と伊藤俊輔(博文)、井上聞多(馨)の三人党が、日本を引っ張った長州をいかに引っ張ったかというお話。でも、こんなに脱藩を繰り返しても、藩の中枢に戻ってこれるというのは長州の懐の深さ故なのかなぁ。
    今の山口出身の政治家に感じるものはありませんが、明治を作った長州志士には感じ入るものがあります。

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    2017年04月30日
  • 世に棲む日日(二)

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    吉田松陰が主人公かと思って読んできたのに、この2巻の途中で松陰が死んでしまう。言われてみたら安政の大獄だ。って歴史で学んだ出来事の意味合いを改めて考えてみる。
    松陰亡き後はその門下の高杉晋作を中心に描かれる。2巻ではいかに革命家になっていったか。

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    2017年04月30日
  • 豊臣家の人々

    豊臣秀次の実父の描写の卓越性に

    歴史上の人物描写にかけては天下一品ともいえる司馬遼太郎だが、その刮目さからくる犀利な描写はこの書でも健在であり、とくに第一話の「殺生関白」は痛快だ。これは豊臣秀次に関する物語だが、スタートがその実父より始まっており、この陰の主役を塩田七生氏が主張する如く「歴史における偶発性」というものを実に巧妙かつ芸術的に表現している。

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    2017年03月11日
  • 城塞(中)

    購入済み

    真田幸村の描写が実に魅力的

    司馬文学の特徴の一つであろうが、彼の目にかなった主役は人間的欠点を描かれていても、それを補うこと十分すぎるほど結果として魅力的に描写されている。この書における真田幸村もその一人といえよう。昨年のNHKの大河ドラマであがかれたような腑抜けな男とはかくも異なるほど魅力的な人物として楽しめるだろう。

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    2017年03月11日
  • 韃靼疾風録 (下)

    ドルゴンがともかく魅力的な人物

    歴史的事実にある程度基づいているとはいえ、小説である以上とうぜんフィクションが随所におりまぜられているが、とくにこの小説の下巻からの事実上の主役である摂政ドルゴンの人間的魅力には圧倒される。司馬文学得意の超高度な人物描写によるものだが、これが小説と割り切っていないと最近の歴女とかのように真の人物像を見誤ってしまうかもしれない。

    さてクライマックスとなる李自成軍隊清朝軍の戦い。これが実に域で壮大で感慨ひとしおだ。中でも「戦いは序盤からいきなり終盤となった」という一説は司馬遼太郎文学の中をとどまらず、日本文学界に燦然と輝く歴史的名文といっても過言ではないだろう。

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    2017年05月06日
  • この国のかたち(二)

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    考え方の多様性が認められ、かつ守られることが、昭和二十二年に施行された日本国憲法によって保障されているのである。明治憲法が上からの欽定憲法であり、また戦後憲法が敗戦によってえた憲法であるなどといういきさつ論は、憲法というものの重さを考える上で、さほどの意味をもたない。
    (本文より)

    #

    「この国のかたち 二」。司馬遼太郎さん。

    司馬エッセイの金字塔、第2巻。

    家紋の雑学、江戸時代の「天領」の功罪、近親婚の国際比較、宗教の日本独自色、金の採掘の日本史、「公」の意識、「汚職」について、フランシスコ・ザヴィエル、日本の風呂文化と仏教の聖人の関係、杉と檜の木材としての歴史...

    相変わらず自由奔放な雑学と考察が一篇一篇、打上げ花火のように炸裂します。
    そしてそれらの「へえ~」や「ふむふむ」が、冒頭の引用のように、時折急降下爆撃機のように強烈な一撃を放ってきます。


    以下、本文よりの引用。

    #

    世界で家紋を持つ文化圏はヨーロッパの貴族社会と日本以外にない。

    日本はいわば南方社会で、いとこ結婚制度を多目に見ねば、大混乱してしまう。

    持統天皇(女帝)の配偶者(天武天皇)は、いとこどころか叔父にあたる。

    仏教が受容され、造寺造仏がはじまった。仏たちにはメッキが施される。それには、金が要るのである。金の有用性は、仏と共に誕生した。

    江戸期、オランダ人が、幕府による屈辱的な待遇に耐えつつも万里の波濤をしのいで長崎に来たのも、日本が決裁する金の魅力だったことは、よく知られている。

    江戸中期以後は黄金の産出が激減し、元禄文化の華やぎを最後に、江戸文化も地味なものになった。

    江戸二百七十年の安泰をもたらした理由の一つは、天領の税金が安かったということである。

    こどものころは、たれもが時代と地域をマユのようにして育つ。

    美濃部が(天皇)機関説で追われた時も、天皇は侍従武官張をよび、「美濃部説のとおりではないか」といわれたという。

    十八、十九世紀の近代国家の設備としての条件は、大学と鉄道と郵便制度だろう。あるいはこれに病院を入れてもいい。

    明治政府は維新後わずか四年で、手品のようにあざやかに郵便制度を展開した。手品のたねは、全国の村々の名主(庄屋)のしかるべき者に特定郵便局をやらせたことによる。

    日本の建築史は、スギとヒノキの壮麗な歴史でもある。

    飛鳥・奈良朝の巨大建築の主材は、ヒノキであった。硬すぎるということがないのである。粘りがあり、狂いにくく、耐久性が高く、しかも加工しやすい。

    容器は、経済と深く関わるものらしいが、大桶と大樽を可能にしたのは、スギのおかげだった。スギは軽くてやわらかくて加工しやすいのである。

    政治家・官吏、あるいは教育者たちの汚職ほど社会に元気をうしなわせるものはないのである。

    公職者の汚職をみれば、国民自身が、わが身にはねかえって、自己を嗤い、自分を卑しめざるをえない。

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    2017年03月04日
  • この国のかたち(一)

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    この国のかたち。第1巻。司馬遼太郎さん。

    司馬遼太郎さん(1923-1996)が、晩年に文芸春秋に連載していたエッセイ。
    歴史の逸話、地理、文化や宗教などの雑学が雑然と山積みされたオシャレな市場を、「へええ」と周遊する。そんな愉しみに頁をめくっていると、日本、この国の輪郭というか個性を見上げながら散歩している気分になってくる。銅像に例えれば、横から見たり後ろから見たり。そして、この国のかたちを感じるためには、当然のように、他の国のかたちも感じなければ判りません。中国、インド、朝鮮、オランダ、などなど…日本と縁があった様々な国についての造詣を元に、「この国」のかたちが浮き出てくるわくわく感。
    もちろん、それは、「だからこの国はよその国に比べて素晴らしい」という話でも無ければ、「よその国に比べて劣っている」という話でもなく。(ここンところがレアな貴重さであるところが昨今の悲しさか)

    司馬遼太郎さんのエッセイは、どんなものでも読み易くアベレージが高いのですが、まとまっている感や、連続エッセイとして愉しめるお得さで言うと、司馬エッセイの中でも文句なく白眉。一家に一冊、永久保存版。

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    ●現在に至るまで、日本人のある一面のイメージを作っている、「儒教」「朱子学」について。その中国や朝鮮との比較。

    ●明治維新の基礎思想「尊王攘夷」自体が輸入思想である、というお話。

    ●明治日本、つまり帝国主義の加害者側に立って行く舞台裏の必死さ、オモシロサ。

    ●権威だけを持つ貴族の時代(平安)から、実際の農業を土地に密着して行う武士の時代へ。このリアリズムへの大転換が革命的に日本史を面白くした、という視点。鎌倉時代のオモシロサ。

    ●昭和10年~20年の、軍部主導の国家運営についての、分析というより、感慨というか怨嗟。これはもう、好む好まざるに関わらず、司馬さんの印鑑というか筆跡というか体臭みたいなもので、何冊かエッセイを読むと落語家の十八番のように耳タコになります。

    ●信長について、秀吉について、浄瑠璃について、仏教、孫文。経済、物流、文学から地理地形まで。「ブラタモリ」的な快楽も余裕で内包してしまう懐の深さ。

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    以下、本文より

    いくつかは、司馬さん死して20年余、2017年の「この国」にぐっと刺さる警句になっている、と感じるところもあります。
    「そんなことはない」と言いたいところですが…

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    人間と言うのは、よほどな人でない限り、自分の村や生国(こんにちでいえば母校やひいき球団もこれに入る)に、自己愛の拡大されたものとしての愛をもっている。社会が広域化するにつれて、この土俗的な感情は、軽度の場合はユーモアになる。しかし重度の場合は血なまぐさくて、みぐるしい。

    単なるナショナリズムは愛国という高度の倫理とは別のものである。

    ナショナリズムは、本来、しずかに眠らせておくべきまのである。わざわざこれに火をつけてまわるというのは、よほど高度の(あるいは高度に悪質な)政治意図から出る操作というべきで、歴史は、何度もこの手でゆさぶられると、一国一民族は壊滅してしまうという多くの例を残している(昭和初年から太平洋戦争の敗北までを考えればいい)。

    “正義”を一点設けて、それを論理づけ、ひとびとに実行を強いる体系―もっと粗々に言いきれば、イデオロギーーというべきである。

    イデオロギーの常として、善玉と悪玉が設けられた。マルキシズムもふくめて、イデオロギーが善玉・悪玉をよりわけたり、論断したりするときには、幼児のようにあどけなく、残忍になる。

    革命政権というのは革命思想を守るものなのである。あとからきた思想は、当然危険思想あつかいにされてしまう。

    過去は動かしようのないものである。ただ、これに、深浅いずれにしても苦みを感ずる感覚が大切なのではないか。

    組織というのは、たとえ目的がなくても細胞のように自己増殖をのみ考えるものだ。

    日本が朝鮮に対して売ったのは、タオル(それも英国綿)とか、日本酒とか、その他の日用雑貨品がおもなものであった。タオルやマッチを売るがために他国を侵略する帝国主義がどこにあるだろうか。

    本来の仏教というのはじつにすっきりしている。人が死ねば空に帰する。教祖である釈迦には墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが非仏教なのである。

    日本はたとえばブータンやポーランドやアイルランドなどとくらべて特殊な国であるとはおもわないが、ただキリスト教やイスラム教、あるいは儒教の国々よりは、多少、言葉を多くして説明の要る国だとおもっている。


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    何年前だか、一度読んだものですが、電子書籍化を機に再読。こういう短い章立ての素敵なエッセイが、スマホでいつでも読めるのはありがたいことです。

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    2017年03月03日
  • この国のかたち(二)

    購入済み

    新しい発見と知見を得られる図書

    第一巻から読んでいますが、裏付けとなる情報の豊富さ、確かさに驚かされます。またテーマが多岐に亘り、「そうだったんだ」と感心させられます。短編で飽きが来ないこともお勧めです。

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    2017年02月10日
  • ビジネスエリートの新論語

    Posted by ブクログ

    博覧強記な司馬さんらしく、角界の先人の言葉をサラリーマンのために書き綴った新書です。
    若かりし頃の福田定一さんの文章という感じが出ていて、愉快に読めました。
    また、戦後の経済発展時期のサラリーマン社会から、現代の不安定雇用の時代におけるサラリーマンを取り巻く環境は激変していますが、サラリーマンという範疇に身を置くものとしては、読んでおいて損はない本です。
    また、家庭を持つこととは、戦後の社会的環境はこれまた、激変しておりまして、男女雇用機会均等法時代の夫・妻に身を置く人間としては、びっくりするような記述もありますが、人間長らく生きるということは楽しいことであります。

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    2017年02月04日