司馬遼太郎のレビュー一覧
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もう、何年前になるだろうか?歴史系小説が好きになったきっかけの本。最近、歴史年表が気になっていて本書も再読してみる。再読してもやはり面白く、特に後半はグググッっと引き付けられる。
織田、秀吉、家康に使えてきた山内豊一の話。機転の利く妻の協力もあり、最後は四国の大名にまでなる。
織田、秀吉、家康と歴史の流れもわかるので、日本史初心者にも良い書物なのではないだろうか。
【感心】
「関ヶ原の勝利の一因は、山内対馬守夫人と細川越中守夫人に多くを負っている」
現代にも通じるところがあるな
議場が合戦、決まれば実行するだけ
男が自分の技能に自信を持ったときの美しさと言うのは格別なものだが、自分の位階に自信を持った場合は、鼻持ちならなくなる。
豊一と言う男が現在の高知市を作ったわけだが、それはまったく土地を造成したと言えるほどの土木工事であった。 -
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長州、極めてアクティブな藩に属したことが、村田蔵六の運命と日本の歴史に重大な変化をもたらしてゆく。攘夷という大狂気を発して蛤御門の変に破れて壊滅寸前の長州に再び幕軍が迫っている。桂小五郎の推挙で軍務大臣に抜擢された村田蔵六は百姓兵たちに新式銃を持たせて四方から押し寄せる幕軍と対峙し、自らは石州口の戦いを指揮して撃破する。
村田蔵六の力量を見抜いた桂小五郎の人物鑑定眼がまず凄い。村田蔵六の力量が長州藩に勝利をもたらした。近代兵制を翻訳していたので、それを幕軍に先駆けて導入させた功績は素晴らしい。実際に軍団指揮をさせるとことごとく勝利に導いた。石州口の戦いを読んでいると武士の世を終わらせて新しい時代を開く維新回天は革命だったと痛感します。 -
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この本を読むのは2度目となった。再読した要因は複数ある。数日前に台湾を旅行で訪れたこと、早稲田大学・江正殷氏の「台湾を知る」を受講した後であったこと、台湾のひまわり学生運動を調べた後であったこと、KANOや天空からの招待状が上映中であることと数をあげればきりがない。とにもかくにも台湾の歴史的背景を、ここでいったん整理しようと思い立ったのである。
本書は台湾の全貌を知りたい人にとってのバイブルといっていい。週刊朝日誌上で連載が開始されたのが1993.7.2とある。いまから20年以上も前となり、やたら「グローバル化」が唱えられる現代社会では、時代の趨勢が移り変わっているように思われるが、今から読んでも現代とリンクしている話題は非常に多い。先日「台湾を知る」では、李登輝総統が目指した「中華民国在台湾」と、そこから発展した「中華民国是台湾」の考え方習った。つまり台湾が独立した民主主義「国家」に至るプロセスを「中華民国到台湾」も含め、「到」⇒「在」⇒「是」で形容していた。その一連のながれを本書では知ることができる。もっとも、司馬遼太郎氏と李登輝元総統の対談が1994年であり、まだこの時点では民主化が現在進行形の印象は否めないが。
ともあれ、思い立ったが吉日。KANOや天空からの招待状を見る前に。台湾へ旅行に行く前に。はたまた台湾人と付き合いたいと考えている前に。要因は何でもいい、台湾と何らかのかかわりをもちたいと思っている人は、その表面上を漂っている好奇心に、ちょっとだけ肉付けをする意味で、ぜひ本書を手に取ってほしい。 -
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巻(三)は戦略的攘夷のため、狂人となった高杉晋作の幕府への挑発から始まります。まずは御殿山の英国公使館焼き討ち。この焼き討ちには井上聞多(馨)や伊藤俊輔(博文)も参加します。そして吉田松陰の遺骨を白昼堂々と掘り出し改葬する御成橋事件。いずれも幕府は長州に処罰をくだせず。京都では孝明天皇の行幸に随行する馬上の将軍家茂に「征夷大将軍!」と叫ぶが、行幸中であったため、ともの幕臣は晋作を捕らえることが出来なかった。さらに晋作は将軍暗殺を企てるが、事前に発覚して失敗。その後晋作は長州随一の美人である妻のお雅も家に置いて東行と称し山に籠る。この間に長州藩は攘夷を実行するために、下関で外国船に砲撃を開始する。しかし外国船の反撃にあい、窮した長州藩は脱藩していた晋作を許し、晋作を下関に派遣し藩の防衛を託す。ここで晋作が創設したのが身分に関係なく参加できる奇兵隊であった。この奇兵隊が明治維新の原動力となるが、そこまでの道のりは晋作でなければ絶対に不可能であったと思われます。その後の8月18日の政変、蛤御門の変、四カ国艦隊の侵攻。幕府の長州征伐。長州は滅亡寸前でした。またこんな最中に長州が行った英断は五人の若者を欧州に密留学させたことです。このなかに井上聞多と伊藤俊輔が入っていました。しかし最初の長州の外国船砲撃が始まった時に、亡国を防ぐため両名は留学を止めて帰国します。またこの両名が戻らなければ今日の日本はなかったと思えます。作者は晋作を加えた三人を三人党と称していますが、決死の三人党の活躍を知ることは現代でも意味のあることだと思います。巻(三)の最後は佐幕派の長州藩を再び倒幕派にするために、晋作が奇兵隊を動かすことを考えます。晋作は奇兵隊の創設者でしたが、他の政務に転身したため奇兵隊の実権は山県有朋が握っており、クーデターには慎重でした。巻(四)に続く。
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小説らしからぬ小説。事実の積み重ねに重きを置いているように見え、まるで伝記みたい。だが、旅順攻略の際に児玉登場などあるので、やっぱり創作が入った小説なのだろう。
読後いろいろ疑問がある。あまりにも乃木は本書で無能呼ばわりされているが、そんなにも無能な乃木がなぜ三軍を率いるほどの大役を任され、また任され続けたのか。たぶん結構な人数が不思議に思うのではないだろうか。長州出身で縁故があったとか明治帝の寵愛だけでは説明が苦しいように見える。もはや50歳代の老将軍にとって縁故は関係ないだろうし、国家存亡に際して明治帝の意向で指揮官が簡単に決まるような明治国家でないことは司馬遼太郎が一番知ってることではなかったか。
これは本当に私の独断と偏見だが、司馬遼太郎は乃木希典に非常に屈折した思いを抱いていたように思う。乃木が発する軍人精神は、自身の軍隊生活と関係して司馬遼太郎の最も嫌う性格のひとつである。東郷平八郎の洒脱な講義の描写は乃木の描写とは対照的に好意を感じる。一方で陽明学徒としての乃木を肯定的に描いているように見える。理論より実践、結果よりプロセス、実利より様式美。たぶん司馬遼太郎はこういう性格は嫌いじゃない。まるで陽明学者みたいな主人公を数々の小説で活躍させてきたのだから。
結果この不思議な「殉死」という小説ができたのだと思うとき、改めて自分自身が司馬の虜であることに気づく。