大森望のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
惑星カイアに墜落した交易船にはカエアン文明が創り上げた衣装が満載されている。情報をつかんだ密貿易集団に誘われた服飾家・ペデルは、危険を犯してその衣装を回収する。その中には、伝説の芸術家・フラショナールのスーツがあった。ペデルがスーツを手に入れたことで、ザイオード星団の運命が変わっていく…。
日本では1983年に翻訳出版。星雲賞受賞作。(本国イギリスでは1976年刊)。当時は手に取る事がなかったので、新訳版で読んでみた。壮大なスケールで描かれる本書は“ワイドスクリーン・バロック”の代表作と呼ばれる。なるほど。面白い。
ネタバレはしない。旧版の大野万紀氏の解説の一部だけ紹介するに止めよう。
【ワイドスクリーン・バロックとは、一種のサギのようなものなのかもしれない。常識的な目で見れば何の役にも立たないガラクタを、あたかも黄金のように見せてしまうのだ。そして少なくとも話を聞いている間は、それはまぎれもなく黄金なのである。SFファンとは、そういう条件づけがなされてしまった者なのだ】
…おっしゃる通りです、はい(笑)
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Posted by ブクログ
ネタバレ読み終わってから放心状態。終わる?終わるの?あと数十ページで…?、最後のページに辿り着き、マジか…しか言葉が出てこない。マジか、程心、うん、そうか…。
下巻は特に物語のスケールが大きすぎてついていくのに精一杯だった。「三体」、そしてⅡの後に、誰がこんな展開を予想できただろうか。いやできません。
物理学難しすぎる。「よく分からないけどそうなるんですね」「うーんつまり光速がキーなんですね!」という具合に割り切って読み進めるしかない。
理解はできなくても小説世界を楽しむ分には問題ないと思う。
程心という主人公は、基本寝ていて人類の転換期にだけ起きているイメージだったが、それはこの物語のスケール上、決まった1人を主人公に据えるなら仕方ないことだった。
読み進めるうちに、そして読み終わった後に、程心は人類の平凡な代表というか、真っ当さ(悪く言えばなよなよしい部分)を背負った主人公だったのかなと思った。文潔や章北海、羅輯のように尖ったキャラクター性や行動はなかった。でっかい宇宙や時間を前に抗って、そして結局は流されていくちっぽけな人間。そのような立ち位置として程心は相応しかったのかも。信念がない分、直面した苦悩の質量は1番だったかもしれない。頑張ったね。情を排し、合理的に動くウェイドとは真逆の存在だった。
太陽系が割とあっさり滅んでしまった時はショックを受けたけど、その後、1800万年時が流れました人類どころか今の宇宙は戦争しすぎて消滅しますしかし生まれ変わります(?)、というスケールのデカさに地球の存在なんて思考の彼方へ飛ぶ。というか宇宙もやってることは地球と一緒ですやん、みんな自分の星で平和に暮らせないのか?宇宙の秩序のため?
個人的には天明視点をもう一度読みたかった。
こんな波瀾万丈で孤独な人生の中で、変わらず程心のことずっと想ってたんかな…やっと会えると思ったら気の強い女(AA)(AAは嫌いじゃないです)が待っていたという…。
数奇な人生を歩みましたで賞No. 1は、やはり雲天明では。なんといっても脳みそから復活した男だからね。
ここもっと詳しく読みたかった〜!な部分が沢山ある、三体、とてつもない作品でした。読めて良かったです。
智子の「宇宙は大きいけど生命はもっと大きいんだよ、縁があればまた会えるよ」という台詞が心に残った。
私はⅠ→Ⅲ(上)→Ⅱ(下)の順番で好き。 -
Posted by ブクログ
くずれてしまえ、ウーブ身重く横たわる、おお!ブローベルになりて、電気蟻、人間とアンドロイドと機械が私はとても好きでした!
色々と思い出したり考えるきっかけになった話が多く、とても有意義な読書体験でした。
特に最後の人間とアンドロイドと機械はフィリップ・K・ディックを読んだことがある人は一度は読んだほうが良いかもしれない。
彼が何を考え執筆したか、彼の頭にあるものが何なのかが少し知れた気がします。
大半が難しくてわからなかったけどね!
ただ、起こることには何か意味があるものとして捉え、その意味を突き詰めて考えてみたり、普段気にしていないことを不思議な事象として考えてみるのは面白いなと改めて感じました。
そんな事あるわけない!で何も考えず安易に拒絶しまうか、何かしらの啓示と捉え少し思考を傾けて考えてみるか、それだけでも何かしらの成長に繋がるのかもしれません。
まだ積読しているフィリップ・K・ディックの作品があるので良いタイミングでこの本を読めて嬉しかったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ劉慈欣の長篇デビュー作『超新星紀元』は、彼がまだ20代後半だった1991年に初稿が書かれた作品。
物語の始まりは1999年末。地球から8光年離れた恒星の超新星爆発による高エネルギー放射線が地球を襲い、やがて13歳以上の人類が死に絶えることが判明する。大人から子どもへ文明が引き継がれ、「超新星紀元」が幕を開ける。
そして本書自体も、超新星紀元から約30年後に編まれた「歴史書」のような体裁をとっている。
ある時点から世界に13歳以下のこどもしかいなくなってしまったら?
という設定の中で、子どもらしい無垢さと残酷さが入り混じった人類文化のシミュレーション小説。
大人にとっての労働の対価は経済的なものだが、子ども達にとっての報酬は遊びとなる。
ここだけ切り取れば純粋無垢な人類の新時代が幕開けそうだし、作中でも13歳未満の各国首脳クラスの権威が集まる国際会議で実施された最初のゲームらしきものはアイスクリームを一番食べれたリーダーがいる国が勝ち!程度のものだったけど、状況はどんどんエスカレートしていく。地球の温度が上昇したことをきっかけに南極が居住可能な地域となり、その南極の上でオリンピックの体裁をとった世界大戦が実施され最終的に50万人の子ども達の命が失われる。
無情にも南極の温暖化は一時的なもので、戦争の決定打が施行された直前頃から、南極は再び極寒の地に戻り子どもたちは自国に返っていく。話がここで終わらないのがさすが劉慈欣先生で、最後のゲーム「米国と中国の国土交換」は詳細は書かれていないものの、その国の歴史や文化が子ども達に与える遺伝子レベルの影響を浮かび上がらせてものすごく哲学的だった。最後の数ページで若干ふざけてるのも個人的にはかなり好きでした。
読みながら本当にいろんなことを考えたけど、行動経済学的な論点で考えると、登場人物が子どもたちな割にはちょっと合理的すぎるところはあったかも。言い換えれば子ども達の力を信じているってことになるのかもしれないけど、13歳未満の子どもたちが「自国の影響力を勝ち取る」というモチベーションで行動を起こすには、まだ愛国心や動機が足りないんじゃないかなと思う。
それでも一部の天才的な子ども達を加えることで、大人の世界だったらそうはならんやろという意思決定が積み重なっていくのは思考実験としては始終ニヤけながら読んでしまうほど面白かった。
権威を引き継ぐ器を持った子どもを選別するシミュレーション、大人がいなくなった直後の絶望と孤独による混沌、大人世界を真似する慣性時代、大人のシステムで働く意義を見出せないための怠惰、新しいゲームとしての戦争の魅力。こんな前提があると、こんな群集心理になるかもっていう仮説作りがデビュー作の時点でセンスありすぎて最高でした。
(引用)
メガネはうなずいた。「そういうこと。生命の価値をほんとうに理解するには、長い人生経験が必要だ。子どもたちにとって、生命の地位は、大人時代と比べてよりもずっと低い。不思議なのは、大人たちがどうしていつも、善良だとか平和だとかいう概念と子どもとを結びつけようとしていたのかだよ」
ルールと合意は、システムの確立を意味する。いったんシステムができあがれば、それは慣性を持つ。そうなれば、一方の当事者によるルール違反はシステムの破壊につながり、計り知れないほど重い結果を招く。ここで重要なのは、こうした戦争のシステムは、ゲーム思考が決定的な影響力を持つ子ども世界でのみ形成可能で、大人世界では成立しないということだ。