西村賢太のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
前回の読書会課題図書、
苦役列車から寡聞にして未読だったこちらを。
実は当の読書会でお借りしていたうちの1冊。
校訂は西村賢太さん。
とりあえずコチラを読んで、苦役列車の文体がなぜあんなにも古めかしく、難読漢字がたくさん出てくるのかがわかった。
めちゃくちゃリスペクトしてるのね。
読む前から、内容は陰鬱で救われない私小説であるらしいと聞いていたので、心して読みはじめたんだけど…
…めっちゃ面白いと思ってしまった。
確かに救われない。
貧困と病気に生活を苛まれ、
似たような境遇の友人が自ら縊死した原因についてああでもないこうでもないと模索するという、本当に陰鬱な内容。
特に最後の方は著者の頭の中の言葉がダラダラと垂れ流されているような…、
思考の行ったり来たりを追想しているような、
なんとも重苦しく、正直、
「ああ苦痛だ、長いなぁ」とも感じたものだった。しかも私小説だからたぶんどんでん返しとか劇的なカタルシスも期待できない状況で、ラスト10頁ほどを読み進めるのは結構しんどかった。
だったらどこが面白かったのか。
たぶんこれはわたしの性格の悪さゆえなのかもしれない。
とことん不幸で、不平不満を綴っているブログとか、某SNSとかを興味本位で読んでいる感覚に近い。
西村賢太さんが惹かれたのは絶対そこじゃないと思うんだけど、わたしにとっては貧困や病気、絶望感を持った人間の思考を覗き見るのは罪悪感もあるけどどうにも興味深いな、と感じてしまうのだ。
自分は絶対そうならないとは思わないけど、そうなった時に自分ならどう考えるかという予行演習をしているみたいな。
いや、やっぱり興味本位な部分が大きいな。
途中に出てくる極端なルッキズムにも嫌悪感というよりも新鮮さを感じた。
それと多分この時代背景。
大正時代くらいの小説が好きなので、この頃の東京の一端をライブ感ある文章で見られるのは単純に楽しい。
それにしても、時々読みにくいと感じるところもあったけど、全体的に端正で直線的なわかりやすい文章は現代的な校訂があったとしてもかなり良く、そこに支えられて面白いと思わされる部分も大きかった。
なんだかいろいろな感情がわいてくる味わい深い小説でした。読んで良かった。
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Posted by ブクログ
ネタバレまあいつものお話だが、「苦役列車」の直後だけあって、まだまだ若い。19歳。ゆえに女に岡惚れする。
《根は眠れるスケコマシ気質》にできてるだけに、《ウルフのポーズで孤狼アクション》をとれば《中卒タフ・ガイ》としての面目躍如。
眼前の女の(呆れ)顔を見て、《(うむ。濡れたな……)との確信》を抱く。
で、まあ結句周囲の面々にさんざほき捨てて逐電、てなわけだ。
しかし今回は田中英光との出会いが描かれ、ここがいい。
《何んだってこの私小説家は、己れの無様な姿を客観的に、こうも面白く、そしてこうも節度を保ちながらの奔放な文章で語れるのか。だが、それが貫多にとっては泣きたいほどうれしく、そして実際に落涙するまでに、ひどくありがたくってならぬ。》
西村読者の多くが思っていたことでもある。
ところで新潮社、何年も文庫化しなかった(関係を断っていた?)上に「苦役列車」の件で愛憎のある山下敦弘監督に書かせるって……そしてこの解説がまた、決して悪くない追悼文になっているって、いい仕返しができたということか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日記シリーズ第2弾を、はじめて読んでみた。
なかなか面白い。
テレビに引っ張りだこになった時期なんだろう。
忙しい合間を縫って着実に執筆を続けているのは、さすが作家。
そして編集者に対して、怒る、怒る、怒る。
そして手打ちの飲み会も。
厄介で可愛げのある困った人だ。
思うところあって買淫を控えており、「苦役列車」映画を一緒に見に行った知人がスカートを履いているとか、嬉しいことあり、とか、恋人がいそうな雰囲気を邪推してしまう。
そして買淫がしたい、という箇所に、会えなくて寂しいという誌上当てつけを読んでしまうのは、深読みしすぎだろうか。
もはや文体芸の一部になっていると思ったのは、飲み食いの多さ。
締めにマルちゃんとか、そりゃ早死にするわ。
でも決して他人事ではなく、笑って肝が冷える。 -
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「芝公園六角堂跡」
ミュージシャン J・I のライブに招待されて
舞い上がってしまう北町貫多
ところがそのライブ会場が
藤澤清造の死去地に近かったもので
虚栄に浮かれ、初心を見失った自分自身を
まじめに見つめなおすきっかけにもなった
その機会を与えてくれた J・I には心のなかで感謝せざるをえない
自虐に満ち満ちたようでいて
かなり自己愛的な筆者の考え方が現れている
「終われなかった夜の彼方で」
前の作品では、J・I さんに気を使う面もあって
なんかいい話っぽくまとめてしまったが
本当はぜんぜんいい話なんかじゃない
藤澤清造の没後弟子を名乗っておきながら
自分もいい歳になるというのに
全集の完成に向けて、具体的なことはなんにも進んでいないのだ
そのような現状を招いている最大の原因は
藤澤の肉筆が古書市場に現れるたび
高いカネを払っているからなんだけど
金欠の問題というより
その完璧主義が足踏みを余儀なくさせているのだった
完璧主義は「根津権現裏」の登場人物を縛るものでもあった
「深更の巡礼」
藤澤清造にハマる前は田中英光を研究していた
それで、文学賞をとったのち
田中英光の新しい作品集を編纂する流れにもなったが
出版社の事情に阻まれてあまり上手くいかない
しかし結局、商売がやりたいわけではないし
ましてタレントとしてチヤホヤされたいわけでもない
文学に触れていたいのである
それを、刹那的な情熱といわないこともないけど
「十二月に泣く」
田中英光は太宰治の墓前で自殺した
それはたぶん最終的に、太宰治との向き合いにおいて
自分の世界を完結させてしまったのだと思う
そういう生き方が西村賢太の琴線を
どう刺激したかはわからんが
彼は藤澤清造の墓というものに強い執着を持っていた
藤澤の墓を勝手に作り直し
その隣に自分の墓をたてた彼は
そこから逆算して自分の世界を構築していったのだろう