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賛否両極の問題作!
デビュー15年、第一創作集、3度目の復刊!
不遇に果てた大正期の私小説家・藤澤清造。その負の存在に心の支えを見出し“歿後弟子”を目指す男の捨て身の日々。“師”に明け暮れ墓守りを行い、資料探しに奔走して全集作りに注力する情熱は、自らの人生を完全に賭した、不屈で強靱な意志と同義のものであった。同人誌発表の処女作「墓前生活」、商業誌第一作の「一夜」を併録。現在に至るも極端な好悪、明確な賞賛と顰蹙を呼び続ける問題の第一創作集、3度目の復刊。
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Posted by ブクログ
藤澤清造愛に溢れている私小説。読んでいてあまりいい気分はしないDVの場面はあるけれども、なぜか読み進めてしまいたくなるほど不思議な小説だ。それを解説がわかりやすく書いてくれていた。
『藤澤清造に少しでも近づけることを求めながら、自らは小説家になることを目指していなかった西村賢太の私小説にその種(作家になることを目指し私小説というジャンルを選び、自分を美化して描くこと)の美化はない。なるほど彼の小説に登場する「私」は常に愚者である。すれはすがすがしくも本当の愚者である。だから西村賢太の小説は不思議にあと味が悪くない。』
それにしても、「根は◯◯なので~」が好きだ。
この小説内では彼の根はわがまま/未練にできている/ペシミスト/虫のつくほど青臭い文学青年/テレクラ嫌い/姑息/狡猾/甘ったれ/苦労性 らしい。
「便座あげとけって言ってんだろがっ!」と怒鳴る場面の理不尽さは笑ってしまった。
Posted by ブクログ
2026年10月13日 再読
「雨滴は続く」を読んでいたら、また読みたくなりました。
同人誌へ載せた「墓前生活」をキッカケに、私小説家への道を歩むこととなった著者ですが、「雨滴は続く」では「どうで死ぬ身のひと踊り」と「一夜」の執筆の様子が描かれています。
どういう思いで原稿を書いていたのか?私小説家としての矜持も醸成していくさまが「雨滴」では描かれています。
その答え合わせという意味も含めて、本著を読み返してみると、著者自身の必死さが伝わってくるかのようです。
「俺は、俺たちはここにいるぞ!」とでも言ってるような。
西村賢太自身だけでなく藤澤清造という鈍くて熱を籠もらせた存在を必死に分かってもらおうとしている著者の想いが伝わっわてきます。
わたくし事でしょうもない例ですが、ダービースタリオンという競走馬シミュレーションゲームをやっていた時、自分の育成した馬が強くなると期待した時、その産駒にはカッコいい勝負馬名をつけていました。
著者もこの作品にある意味で勝負をかけていたのだと思います。この「どうで死ぬ身のひと踊り」「一夜」というタイトルをつけたというのも、その勝負熱のあらわれだとは思います。
墓前生活 70
16p(略)元来、人の二倍も三倍も分別をわきまえ、絶対に良識や良俗を踏み出せない性格でありながら、何かどこかが社会一般のあらゆるものとかみ合わない。(略)そうなればもうそれを逆手にとってやり、諦めを強いた自らの心を抱きしめながら、孤独なパフォームを演じてゆく他ない(略)
藤澤清造と西村賢太の普遍的な関係性を感じてしまいます。
藤澤清造あっての西村賢太であると同時に、西村賢太があっての藤澤清造なのだと思いました。(解説から)
コロッケあっての美川憲一であるのと同時に、美川憲一あってのコロッケみたいな笑
どうで死ぬ身のひと踊り 90
藤澤清造のことでうまくいくとがあると、一方では秋恵に対して暴君のように振る舞っていまう。
そこに相関性があるのか因果性があるのか、本人も困惑しているみたいです。
一夜 90
かなり好き。
人間の喜怒哀楽をここまで網羅できてる短編はそうはない。
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