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Posted by ブクログ
『苦役列車』を読んで、一番怖かったのは主人公ではなく自分だった
『苦役列車』を読み終えたとき、最初に浮かんだ感想は「自分と似ている」だった。
もちろん、主人公の貫多のような人生を歩んできたわけではない。家庭環境も、仕事も、人間関係も違う。それでも彼の感情だけは妙に理解できてしまった。
特に、要領がよく、爽やかで、人に好かれる友人へ向ける嫉妬だ。
最初は「友人が羨ましい」という単純な話だと思っていた。しかし読み返すうちに、貫多が欲しかったのは友人そのものではなく、「自分より豊かな人間が存在する」という事実に耐えられなかったのではないかと思うようになった。
そう考えたとき、急に他人事ではなくなった。
私は昔から偏差値を気にして高校を選び、大学を選び、社会人になってからも就職偏差値のようなものを見てしまう。「自分は世間のどこにいるのか」を確認し続けてきた。
それは誰かに勝ちたいからではなく、自分が下ではないことを確認して安心したいからだ。
結婚し、子どもができたとき、「これでようやく他人と比較しなくて済むのではないか」と思ったことがある。
しかし、それは幻想だった。
子どもが生まれると、今度は他人の子どもが気になる。目の大きさ、着ている服、成長の早さ。比較の対象が自分から子どもへ移っただけだった。
このとき気づいた。
比較する相手が問題なのではない。比較しなければ安心できない自分の心の構造が問題なのだと。
『苦役列車』は、社会の底辺を描いた小説として紹介されることが多い。
しかし私には、貧しさや労働よりも、「他人との比較でしか自分の価値を測れない人間」の物語として読めた。
そして、一番怖かったのは、その構造が主人公だけのものではなかったことだ。
本を閉じたあと、主人公から距離を置くことはできなかった。
鏡を見せられたような気分だった。
Posted by ブクログ
主人公の強い劣等感や相手を妬む感情。今の自分の状況を生まれのせいにして自ら環境を変えようともしない姿が終始強烈な印象で一気に読み進めてしまった。ここまで負の感情全開な主人公応援できない!けど自分にもある醜い感情をバーンと突きつけられたような気にもなる小説だった。でも主人公は親の不祥事でどう頑張っで自分は所詮あの親の子なのだと諦めていたが自分は絶対そうならないと抗うことはできたと思う。生き方で抵抗しながら生きることだってできたのにそれに負けたのは自分の選択。反面教師じゃないけれど人に対して抱いていた負の感情について改めて考えるきっかけになりました。
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