無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません
Posted by ブクログ
面白かった!
後半は木村の存在感が増していき、西川の孤高の旅人な姿と木村の嫌な奴で終わらない味のある人間味で対比され、いい味だしてると思った。ノンフィクションだけどね
当時、ましてや徒歩での旅がメインだと、実際は人に語る事も起こらない退屈な「移動時間」が大半だったと思う。だけどそこに旅の真骨頂があって、西川の価値観を、西川という旅人を生み出したんじゃないかなあ
公共交通機関が発達してお金で時間を買えるようになると、つい効率を求めて旅先でも遠すぎる場所は控えたり、移動時間=無駄の感覚が当たり前になってたけど、そうじゃないんだよね
〇〇に辿り着くことが目的じゃなくて、そこまでの過程で得た体験やみた景色、考えたこと含めて全部が目的になるんだよね
きっと人生における旅もそうなんだろーな
前半では西川の大志や至誠が印象的だったけど、後半あまり感情が出なくなるのも、(ダレないためもあるだろうけど)色んな物が削ぎ落とされ、どんどんシンプルになっていった結果じゃないかしら。空の概念といいますか、、、
面白かったなーでもきっと、この人が何万人に一人の経験をしたから面白い人生だったんじゃなくて、一人一人がこれと同等の価値を持つ面白い人生を歩んでるんだと思ったの
だって奥さんも娘さんも気になるし、道中共に旅をした人も亡くなった人の人生も気になるもん
今はただただ後世に残してくれてありがとうと感謝の気持ち
Posted by ブクログ
西川一三とは、如何なる人物なのか。
そして我々にとって、旅とはなんたるものなのか。
西川という人物を世間は、あるいは読者は、
そして実際に関わりを持った多くの人々は
どのように評し、何を思うのだろうか。
"真面目" "勤勉" "奇人" "頑固"
"偉大" "勇敢" "一途" "寛大"
良いものもあれば、それは悪いものもある。
この作品に触れれば当然、その勇敢さや目標への遂行力の高さに自然と目がいくだろう。
だが、しかしどうだろうか。
帰国後の彼は、戦後間もない日本で髭を伸ばし続け、
ターバンを巻き、それはまさにインド人、という格好で、自身の地元山口県地福で農業に従事していたのだ。
一節にもあったように、この人物を只者として見れる人がどれだけいただろうか。
間違えなく奇人だろう。
彼は囚われないのだ。
もしくは、彼は執着がない。
しかし、彼が唯一追い続けたもの、執着したものといえば、それこそが未知への冒険であり、旅だろう。
彼の未知への執着は凄まじいものがある。
彼はとても人情に厚い人間である、
多くのものとの出会いがあり、そして出会った多くのものたちを魅了し、彼にとって"生きる道"はありふれていただろう。それは彼自身の実直さや素直さ、
あるいは他者理解や他文化への理解を示そうとする努力の賜物だろう。
また一度決めたことは可能な限り曲げない。
ただ、それが難しいとなれば、究極的にはその道を捨てる判断できる、また捨てた判断に対して執着することはない。
何と美しき人間の姿だろうか、
しかし、そんな彼でも旅へは執着をした。
旅とは我々にとって如何なるものだろうか。
また彼は、自身の旅が書籍となり、
「報われた」と考えたのだ。
これもまた、彼が若干にせよ執着した部分だろう。
それでも彼は決して、それを広めたいとは思わなかった。自身の旅が未完に終わったこと、そしてこれを終わらせるための手段だったのだろうか。
自らの選択のままに生きれることを、彼は最も美しく尊いものと捉えていたのだろう。
それでもそれが遮られた時に、与えられたものに抗おうとはしない。
我々は少し、何かに囚われすぎているのかもしれない。ありのままに生きることは容易なことではない。
ただそこに、"旅"という選択があるのならば、
それは我々を救うだろう。
同時に旅とは、何かという問いに若干の光を差す。
旅に意味を見出さなくても良いのだ。
未知への想いがあり、それに従い生けるのならば、
それで良いのだ。
西川の旅は終わり、そして人生という大きな旅を終え、我々も同様に幾つもの旅が終わり、そして人生を終える。
何と美しき旅に触れられただろうか、
この旅文学は、我々を旅に駆り立てさせる。
Posted by ブクログ
第二次世界大戦末期、中国の奥地からチベットやインドへ、ラマ教の巡礼僧に扮して密偵として8年に及ぶ旅をした西川一三の記録。
沢木耕太郎さんの取材と文章で、様子が目に浮かぶような、わかりやすく迫力のあるストーリーで驚きと興奮が止まりませんでした。
戦時中に敵国へという危険な状況、スマホもない、旅の装備もない、そんな中、
例えば西川さんの旅の一部、中国の西寧からチベットのラサまでは、日本で当てはめると、北海道の札幌から鹿児島の指宿までとのこと。
それも平均高度4500メートル。
それを徒歩で。
雪や雨のなか寝たり、凍るような河を泳いで渡ったり、酸素の薄い高山を歩き通したり、不可能と思えることばかり。
人間の生命力の強さなのか、それとも西川さんの持つ運と生命力なのか。
体力だけでなく、今のように語学学習手段があふれていな
中、英語、モンゴル語、チベット語をマスター、それに加えてヒンディー語、ウルドゥー語などの読み書きもできるように。
信じられないような旅でした。
「国家という後ろ盾がなくとも、ひとりの人間として存在していける」
長く厳しい旅をしながら、西川さんの得た感想が壮大で、圧倒されます。
Posted by ブクログ
「国家なき民族の末路は現世の地獄だななどという感想を抱いたことを思い出した。しかし、いま、自分がその国家を失おうとしている。戦争に敗れ、連合国軍の占領下にある日本は国家としての存続が危うくなっている。もはや日本という国家の庇護を受けることはできない。どうしたらいいか。」西川一三が敗戦を確信したときの記述部分。私は、ここを読んだとき、ある老紳士から諭されたことを思い出した。「海外でパスポートを無くしたとき、自分が何者であるのか証明するのは至難の業。国家が自分の存在を証明してくれている。」と。当時の私は外国への憧れが強かった。そしてなんとなく日本を軽視していたと思う。所属している国家のことを真剣に考えないことは、自分の存在すら証明できないことに繋がる。自分の国を大切にしないことは、他の国の人から見れば、自分を大切にしていないに等しく写るのではないか。国家に所属していることについて考えさせられたあの日を思い出した。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
試し読み
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸