あらすじ
三年の月日をかけて中国北部からチベットまで辿り着いた西川は、インドへ向かいそこで日本の敗戦を知る。密偵の任務は失うが、それでも新たな世界への探究は止められなかった。ヒマラヤを幾度も超え、さらにさらに奥へ。しかし旅は突如終わりを告げる。西川が著した三千二百枚の生原稿と五十時間に及ぶ対話をもとに、未踏の地に魅せられたひとりの旅人の軌跡を辿る、旅文学の新たな金字塔。(解説・石川直樹)
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Posted by ブクログ
西川一三とは、如何なる人物なのか。
そして我々にとって、旅とはなんたるものなのか。
西川という人物を世間は、あるいは読者は、
そして実際に関わりを持った多くの人々は
どのように評し、何を思うのだろうか。
"真面目" "勤勉" "奇人" "頑固"
"偉大" "勇敢" "一途" "寛大"
良いものもあれば、それは悪いものもある。
この作品に触れれば当然、その勇敢さや目標への遂行力の高さに自然と目がいくだろう。
だが、しかしどうだろうか。
帰国後の彼は、戦後間もない日本で髭を伸ばし続け、
ターバンを巻き、それはまさにインド人、という格好で、自身の地元山口県地福で農業に従事していたのだ。
一節にもあったように、この人物を只者として見れる人がどれだけいただろうか。
間違えなく奇人だろう。
彼は囚われないのだ。
もしくは、彼は執着がない。
しかし、彼が唯一追い続けたもの、執着したものといえば、それこそが未知への冒険であり、旅だろう。
彼の未知への執着は凄まじいものがある。
彼はとても人情に厚い人間である、
多くのものとの出会いがあり、そして出会った多くのものたちを魅了し、彼にとって"生きる道"はありふれていただろう。それは彼自身の実直さや素直さ、
あるいは他者理解や他文化への理解を示そうとする努力の賜物だろう。
また一度決めたことは可能な限り曲げない。
ただ、それが難しいとなれば、究極的にはその道を捨てる判断できる、また捨てた判断に対して執着することはない。
何と美しき人間の姿だろうか、
しかし、そんな彼でも旅へは執着をした。
旅とは我々にとって如何なるものだろうか。
また彼は、自身の旅が書籍となり、
「報われた」と考えたのだ。
これもまた、彼が若干にせよ執着した部分だろう。
それでも彼は決して、それを広めたいとは思わなかった。自身の旅が未完に終わったこと、そしてこれを終わらせるための手段だったのだろうか。
自らの選択のままに生きれることを、彼は最も美しく尊いものと捉えていたのだろう。
それでもそれが遮られた時に、与えられたものに抗おうとはしない。
我々は少し、何かに囚われすぎているのかもしれない。ありのままに生きることは容易なことではない。
ただそこに、"旅"という選択があるのならば、
それは我々を救うだろう。
同時に旅とは、何かという問いに若干の光を差す。
旅に意味を見出さなくても良いのだ。
未知への想いがあり、それに従い生けるのならば、
それで良いのだ。
西川の旅は終わり、そして人生という大きな旅を終え、我々も同様に幾つもの旅が終わり、そして人生を終える。
何と美しき旅に触れられただろうか、
この旅文学は、我々を旅に駆り立てさせる。
Posted by ブクログ
これは簡潔に感想を書きます。
人によってはわかりにくいかもしれないけれど、それは『読んでみて』と言いたい。
凄まじい人生を観た。
自身の生活や目標、大きく言えば価値観にとても影響する読書体験でした。
『自己』を大切にしたいと本気で思えました。
Posted by ブクログ
読売文学賞を受賞した圧巻のノンフィクションでした。
読み終わった今もじんわりと熱を帯びた余韻が残っています。
西川氏と共に旅をしたような……
でもそれも、雪の降り荒ぶ中、自転車を引いて歩き去る西川氏と共に霞んでいくような…
そんな読後感を噛み締めています。
要約じゃこの良さは味わえません。
ぜひ多くの方に読んでほしいです。
Posted by ブクログ
戦前の修猷館の卒業生ならば、こんなパワフルな人がいても納得します。それでも、帰国してからの行動や、お互いの帰国にいたる経緯に対しての思いが対照的でした。帰国してからも飽きない!
Posted by ブクログ
第二次世界大戦末期、中国の奥地からチベットやインドへ、ラマ教の巡礼僧に扮して密偵として8年に及ぶ旅をした西川一三の記録。
沢木耕太郎さんの取材と文章で、様子が目に浮かぶような、わかりやすく迫力のあるストーリーで驚きと興奮が止まりませんでした。
戦時中に敵国へという危険な状況、スマホもない、旅の装備もない、そんな中、
例えば西川さんの旅の一部、中国の西寧からチベットのラサまでは、日本で当てはめると、北海道の札幌から鹿児島の指宿までとのこと。
それも平均高度4500メートル。
それを徒歩で。
雪や雨のなか寝たり、凍るような河を泳いで渡ったり、酸素の薄い高山を歩き通したり、不可能と思えることばかり。
人間の生命力の強さなのか、それとも西川さんの持つ運と生命力なのか。
体力だけでなく、今のように語学学習手段があふれていな
中、英語、モンゴル語、チベット語をマスター、それに加えてヒンディー語、ウルドゥー語などの読み書きもできるように。
信じられないような旅でした。
「国家という後ろ盾がなくとも、ひとりの人間として存在していける」
長く厳しい旅をしながら、西川さんの得た感想が壮大で、圧倒されます。
Posted by ブクログ
「国家なき民族の末路は現世の地獄だななどという感想を抱いたことを思い出した。しかし、いま、自分がその国家を失おうとしている。戦争に敗れ、連合国軍の占領下にある日本は国家としての存続が危うくなっている。もはや日本という国家の庇護を受けることはできない。どうしたらいいか。」西川一三が敗戦を確信したときの記述部分。私は、ここを読んだとき、ある老紳士から諭されたことを思い出した。「海外でパスポートを無くしたとき、自分が何者であるのか証明するのは至難の業。国家が自分の存在を証明してくれている。」と。当時の私は外国への憧れが強かった。そしてなんとなく日本を軽視していたと思う。所属している国家のことを真剣に考えないことは、自分の存在すら証明できないことに繋がる。自分の国を大切にしないことは、他の国の人から見れば、自分を大切にしていないに等しく写るのではないか。国家に所属していることについて考えさせられたあの日を思い出した。
Posted by ブクログ
「自分はラマ僧だ」という大きな嘘を守るため、全身全霊で僧としてふるまう。信仰を「様式」から学ぶうち、人の恩や信頼に応えようという気持ちが自ずと湧いてくる。それ自体は信仰ではないとしても、「善く生きる」という、他でもない信仰のめざすところなのではないか。
人は様式を作り、その中に魂を落とし込むものだと思う。魂に触れるまで様式を模倣すれば、それは真理になるのかもしれない。
Posted by ブクログ
第二次大戦末期、敵国である中国大陸の奥深くまで潜入した「密偵」西川一三の旅と思考の記録を、晩年の西川と交流があった著者が、その冒険を追体験するように綴っていくというノンフィクションです。ひとつの人生を描く「ストーリー」の導入として、これ以上、完璧な導入はないというほどの美しい冒頭が特に印象的でした。
大変失礼ながら、私はこの作品を読むまで、西川一三さんという方を知らなかったのですが、こんな魅力的な人物の謦咳に接したとしたならどうしても書きたいとなってしまうだろうなぁ、という著者の想いが伝わってくるような作品でした。
Posted by ブクログ
・あらすじ
第二次世界大戦末期、8年かけて中国奥地からインドまでラマ僧に扮して潜入した西川一三。
彼の旅路を西川自身の著作とインタビューから描き出す。
・感想
西川さんは本当に稀有な人物。
こういう姿勢で自分を生きることが出来る人ってそうそういないと思う。
「自分を生きる」って自分勝手とか身勝手とかではなく西川さんの様な人のことを言うのかもなって思った。
「日本のため」という口実と目的、本人の気性と行動力が噛み合って実現した8年間の旅路は西川さんだけのもの。
私には彼の様な生き方は到底不可能なので、本になることでその8年間の旅路の一欠片でも感じることができて、とても楽しかった。
「自分を低い場所に置くことができればどこでだって生きていける」
「多くのものを貰いすぎ、背中のウーグルに溜め込みすぎるということは荷を重くすることであり、前に進む歩みを辛くする事でもある。それは拓鉢においてのことだけでなく生きていく上での大事な事なのかもしれない」
たくさん心に残った文章はあるけど特にこの二つが沁みた。
欲望にはキリがないからもっともっとと求めてしまう。
社会の発展には人類のそういう性質は必要不可欠なんだけど、進み続ける、上り続けるって疲れることでもあるよなって思う。
行動力と好奇心と忍耐力を持ちすぎて、生物として純粋に強く肉体的にも精神的にも恵まれてるのでどこでだって生きていける。
ただ西川さんの様な人は現代日本のような情報管理社会には適正はない人なんだと思う。
それでも晩年の様にこうと決めたら淡々とした日々を過ごすこともできるんだろう。
そこが彼の「強さ」なんだと思った。
Posted by ブクログ
「第二次大戦末期、ひとりの日本の若者が、敵国である中国の、その大陸の奥深くまで潜入した。彼はラマ教の巡礼僧に扮した密偵だった。しかし、彼は日本が敗れたあともなおラマ僧に扮し続け、実に足掛け八年に及ぶ旅を続けることになった。彼、西川一三の旅も長かったが、その彼を描こうとする私の旅も長かった。・・・発端から終結まで二十五年かかったことになる。・・・本格的に執筆に取り掛かったこの七年余りにおいても、飽きるということがなかった。ここにこんな人がいたという驚きから出発して、その人はこのような人だったのかというもうひとつの驚きを生んでくれることになった。」 と沢木があとがきで書く。
「この戦争で、日本軍は、その土地その土地の人々の感情や習慣を無視してどれほどの失敗を犯したことだろう。それは、多くは無知によるものだった。何も学ばず、知ろうとせず、ただ闇雲に異国に侵攻してしまった。日本は戦争をする前に、自分や木村のような者たちを、あらゆる国に送り出しておくべきだった。あるいは、実際に送り出されていたのかもしれない。だが、その人たちは、自分たちのように、地を這うようには歩くことをしていなかったのだろう。同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ苦しみを味わったりはしなかったのだ。」とも書いている。
西川は常に新しい土地に挑んだ。
国境も川も山も超えて突き進んだ。
氷と雪と寒風のなかを自らの足で、靴が傷めば
裸足ででも歩いた。
ラマ僧になりきるために修行もした。
性病を恐れて女性に交わらず、体を酷使して凌いだ。
土地の人や同行者と気脈を通じ、自然の美しさや峠からの見晴らしに感動するが、次の探索を急いだ。
彼は『秘境西域八年の潜航』の校正はしなかった。
送られてきた同僚木村の本には目も通さない。
終わったことは、聞かれればそのことは話すが
自分からは語らない、寡黙であった。
決めたことは必ずやる、身をもって体験する、
行動をこそ重視する人であった。
帰ってからは終生盛岡で364日仕事に没頭した。
西川の未知の世界を知ろうとする行動力が沢木の本能にスパークした。彼の体験は人間本来の可能性と希望を呼び起こす。沢木は共鳴の疼きををこの作品に結実させた。バックパッカー沢木耕太郎集大成の傑作だ。
Posted by ブクログ
密偵としてモンゴルからインドまで旅を続け、日本人ということを隠すため、ラマ教徒と偽る。
西川さんの行動力や努力は計り知れない。
未開の地で生きていくのに、現地の言葉を覚え、托鉢をして僅かな食糧を得て、殆んどが野宿。
ヒマラヤに近い地域の峠を何度も登り降りし、匪賊
の脅威にさらされながら集落に着くと、軒を借りながら次の地を目指す。
読んでいて、西川さんの8年に渡る経験を疑似体験
したような感覚だった。
人生には、生きながらえるための食糧と寝床さえ有ればあとは何も要らないといった人生観を養えたのは、あの体験があったからなのか。
この小説に出会わなければ、このような日本人がいたと分からないままだったと思う。
Posted by ブクログ
大戦中の中国の奥地、チベット、そしてインドへと過酷な、しかしその苦難を楽しむと言っては語弊があるが、味わいながら?旅を続ける西川一三の姿が描かれる。
同行者との出会いと別れ、同じ釜の飯を食う、共に苦難を乗り越える。冷たい川を渡るシーンは読んでいてこちらも足が痛くなるような思いがした。そして、西川一三自身の飽くなき、旅や未知への渇望の渦に引き込まれるようにして一気に読み終えた。
私の、旅や未知への渇望をくすぐる、そんな面白い、読み応えのある本でした。
Posted by ブクログ
日中戦争の開戦直後から終戦後まで、それまで未踏だったモンゴル、中国北部、チベット、そしてインドと、足掛け8年にわたって旅を続けた西川一三。最初は日本の密偵として、のちに純粋な冒険者として旅を続ける。誰も行ったことがないところに行きたいという一心で、物乞いや托鉢をしながら、心ある地元民に救われながら歩き続ける。帰国後は、自分の会社を経営しながら旅の記録を執筆するが、刊行以降は全く語ろうとしない。全く頓着しないその姿勢も不思議。旅先で出会った人々の中には悪い人間もいただろうが、その全てが実に人間臭かったという述懐は、現代人としても考えさせられるところがある。沢木耕太郎らしい旅行記というか評伝でした。
Posted by ブクログ
日本から遠く離れたチベットで日本の敗戦を知った西川一三。
その真偽を確認すべくカルカッタへ。
途中、カリンポンでかつての同僚・木村と出会い、木村と共に、東チベットの中国側の状況を探索することに。
西川は密偵としてではなく、自分の知らない世界を知るために、旅を続ける決心をするが…
その旅は突然終わりを迎える…
長かった…
過酷な旅だった。
ただ何か淡々と。
本当に周りの人々に助けられた旅だった。
西川の周りには本当にいい人ばかりだった。
西川の誠実さがそうさせたのだろう。
帰国後も生きるために黙々と淡々と仕事を、元旦を除く、364日こなしていく。
まるでラマ僧の修行のように。
強制送還されていなければ、西川は旅を続けていただろう。
西川は旅が人生の目的だった。
言葉を覚えるのも、旅のためだった。
まだ見ぬ世界へと旅を続けただろう。
『もっといろんなところに行ってみたかったなぁ…』
Posted by ブクログ
☆☆☆2025年8月☆☆☆
1945年8月。日本の敗戦。
西川一三はこれで密偵としての任務を失ったことになった。
しかし、西川の未知への情熱。まだ見ぬ土地への好奇心は衰えることがなかった。西川はチベットのさらに向こう、ミャンマーやインドへも足を向ける。ヒマラヤを数度往復するその体力とサバイバル能力は恐るべし。
いくつか、心に残った部分を抜粋する。
P32
しかし、西川の心はむしろ奮い立っていた。托鉢をして、一日に得られるに二椀分のツァンパとお茶だけで命をつない、野宿をしながらインドに向かうというこの新しい旅の在り方が、自分を鍛えてくれるように思えたからだ。
P62
確かに密偵の西川一三は死んだ。だが、蒙古人ラマ僧のロブサン・サンボーは生きている。
P102
夜の勤行が終わるのは午後九時頃であり、僧舎に戻って眠りにつき、一日が終わる。西川は、この一日が永遠に続くのがラマ僧の一生だと知っていくことになった。
P219
出会って、別れる。確かに、それを寂しいこととは思うが、西川には新しい土地へ向かおうという意欲の方が勝っていた。
P282
なにより、日本の敗戦を知ったあとの、チベットからインドとネパールに及ぶこのっ四年間の放浪で、どこに行き、どのように暮らそうとも、生きていけるという自信が生まれていたことが大きかった。
このような厳しい環境で旅をした西川。
帰国後に目にした戦後日本には違和感のようなものを感じたことだろう。
やがて盛岡で理容関係の卸業者として生きていくことになるのだが
高度成長の日本、だんだん贅沢になっていく国をどのような思いで見つめていたのだろう。
読書の喜びは、自分とは違う世界や人生を経験できることにある。それが強く感じられる一冊だった。
Posted by ブクログ
旅の詳細ではなく、旅を通じて西川という人間性を現すことに成功している。
最初は日本の密偵という名目で旅をしていたが、日本が敗北し戦争が終結するとここからは西川本人の道なる土地を見たいという個人的な衝動に突き動かされていた。
そこから生きることことはという側面にスポットが当たり始めた。
この辺りからかなり人間臭い内容に変容していき、沢木耕太郎氏の真骨頂が垣間見えることになる。
Posted by ブクログ
旅慣れたり、ラマ教に対する意識がより真摯になったりと上巻とは旅に対する向き合い方が変わってきたように感じたが、旅は相変わらず過酷。謀略やドンパチがあるような派手な展開ではないものの、ページをめくる手が止まらなかった。
Posted by ブクログ
戦争が終わって密偵としての使命を失ってからも、チベットからインド、ネパールへと未知の秘境への旅は続く。
過酷としか言いようがないのに、苦難を乗り越えることに喜びを得る。
慈悲深い西川さんの人柄が淡々と刻まれていました。
楽しい出来事がほとんどなくて、読むのがしんどくもありましたが、その姿が仏陀が悟りを開く姿のように思えてくる。
未知の秘境を見てみたいという好奇心は人間のロマンでもあります。
『深夜特急』に歓喜した少年が、大人になって読むのにぴったりですね。
Posted by ブクログ
沢木耕太郎『天路の旅人 下』新潮文庫。
第二次世界大戦末期に敵国の中国大陸奥地まで密偵として潜入した日本人、西川一三の8年間の軌跡に迫るノンフィクション。
下巻を読み進めば、著者の沢木耕太郎の言うところの極めて稀有な旅人の姿が浮かび上がってくる。
密偵というのは資金集めの口実に過ぎず、あくまでも西川一三の未知なる地への探究心こそが苛酷な旅の理由だったのではないだろうか。何しろ、8年間の潜入で日本に情報を送ったという描写は一度しか無い。
あの時代に現地人に成りすまし、辺境の地を漂うことは容易ではなかったことだろう。
3年掛けて中国北部からチベットへと辿り着いた西川一三は、インドへ向かい、そこで日本の敗戦を知る。密偵の意味など無くなったにも関わらず、西川はチベット、ブータン、インドへの潜入を続ける。それは西川の未知なる地への探究心が成せる業に他ならない。ヒマヤラ山脈を9度も超え、さらに奥地へと向かう西川だったが、旅は突如として終わりを告げる。
インドで拘束された西川は、ついに帰国の途に着くのだ。帰国した西川はGHQに呼び出され、中国奥地からチベット、インドまでの辺境の地に関するインタビューを受ける。
やがて、岩手県水沢で仕事を得た西川は仕事の傍ら『秘境西域八年の潜行』を執筆し、やがて盛岡へと移住する。
本体価格750円
★★★★
Posted by ブクログ
前半同様引き込まれるように読んだ。
しかし木村の描かれ方により、少し陳腐なフィクション(主人公を善・ヒーローとする)のようになっている箇所もあり、少し興醒めした。
そしてラストシーン。
自己陶酔的というか偽善的というか。
作品としてきれいにまとめたのだろうが、80代の高齢者がいつまでも元気なわけない現実に目を瞑って突然連絡を絶ったくせに、と却って思わされてしまい、読後感はあまりよくなかった。
反省してこれから母にLINEします。
Posted by ブクログ
帰ってきた日本は異国のようだった。懐かしの日本、よき日本は失われ、損なわれ、破壊されていた。人間らしさが失われていた。これまで旅してきた国や地域の「後進国社会」の方がはるかに人間的だと思えた。(下 p312)
徒歩で過酷な旅を行い、いく先々で信頼を得ながらインドまでの路を進む。今ではできない旅かもしれない。驚くべき出会いと年月。紀行文を凌駕して、ドラマにしか思えない。百魔を読んだ時もあぜんとしたがそれ以上。こんな日本人はもういない。
旅をすることで新しい土地に会い人に会い何かを得て何かを無くしていく。人生もそうなのだろうが、日本に帰ってからも本心は旅を続けたかったのだろう。