東京者がたり
by 西村賢太
とは云え、それも父親の起こした性犯罪で夜逃げしてからは状況が一変した。母親から、後楽園にゆくことを一切止められてしまったのだ。万が一、その同級生と鉢合わせになることを恐れていたようであったが、しかしこれは余りにも気を廻し過ぎのきらいはあった。だが肝心の球場までの交通費を貰えないのだから、どうにもならない。しばらくは、たまさか中継されるラジオのナイター放送で渇をいやしていたが、次第に私の興味は横溝正史や大藪春彦の小説世界の方に傾き始め、比例して野球熱も冷めてゆく塩梅となった。