中野信子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
仕事で理不尽なことが多々あって、とてももやもやしていた時に助けを求めるように本屋さんで出会った本。
家で息子に理不尽なことを話して「どうしたらいいと思う?ほら、この本買っちゃった」と話したら、
「中野信子さんの本、たくさん本棚にあるよね、読んだんだよね?」と言われてしまった。
たしかに、頭で分かっていても、なかなか気持ちをおさめられないし、読んだその時とまた違う問題だから新たな気づきが欲しくて!
やっぱり読んでよかった。
改めて多くの気づきと納得。
心を整えるのにとてもよかったです。
客観的に自分をみて、もやもやの正体もわかったし。
もやもやしちゃうのは仕方ないけど、振り回されて自分が疲れないようにしよう。
「自分の感情をコントロールする能力は、あらゆるシーンでプラスに働くものです。もやもやしてしまうのはあたりまえで、そんな自分を知るということは、今後の成長につながります。」
「自分の生き方に満足できるかどうかは、達成した総量の問題ではなく、以前の自分からどれだけよくなったかが、大きなポイントになるのです。」
もやもやを少しずつでも克服したり、考えたり気持ちを切り替える1日1日が、昨日より成長してる気がして、生きるっておもしろいって感じています。
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Posted by ブクログ
【「運動会」の存在意義が揺らぐ】
「団結力が高まるほど、排他的な行為も起こりやすい」というのが印象的だった。
この本の例にも上がっていたが、私はこの本を読んで、運動会などの学校イベントの存在意義が、自分の中で揺らいだ。
私は小、中学生の頃の運動会は(運動ができないながらも)かなり楽しんでいたタイプだ。
運動会の何か月も前から、行進や組体操、応援ダンスなどの練習に取り組んでいた。そして運動会当日は丸一日かけて行われ、チームで対決する。
それを通して、クラスメイトや友達とより仲が良くなったり一体感を感じられ、楽しくてしょうがなかった。
しかしこの本の「団結するほど、その邪魔になってしまう人を排除する行為が起こる」という主旨の内容を読んで、運動会のデメリットを思い起こした。
自分が気付いていなかっただけで、運動会が辛かったクラスメイトもいたのかもしれない。
自分も運動はできないタイプなので、そういう人を責めてはいなかったつもりだが、もしかしたらその場の空気に負けて辛くあたってしまっていたこともあったのかもしれない。
ところで、うまく言葉にできないし自分のカン違いかもしれないが、近年の世の中は「楽しいことをしよう」よりも「つらいことをなるべく避けよう」という空気になっていると感じる。
近年はコロナ禍以降、学校の行事(運動会や文化祭など)は縮小ぎみだそうだ。
私はそれを聞いて、学校側はコロナをきっかけに、運営の苦痛を避けるために縮小したと思っていた。もちろんそれもあるだろう。子供たちは、イベントが小規模になって楽しみが半減し、気の毒だと思っていた。
しかしこの本を読んで、学校イベントの縮小は、「イベントを通じて起こりがちな学内の人間関係のトラブルをさけるため」なのかもしれないと思い始めた。
先生方も、こういうイベントが、生徒同士のトラブルを生むと薄々わかっていたのではないか。
いじめという辛い出来事を避けるというのはもっとも重要なことだ。この本でも、いじめを避けるためには、あえて絆が深まりにくい人間関係を促すことが効果的ではないかと述べられていた。
しかしそれでは、かつて自分が楽しんだ運動会のような、団結し、絆が深まるようなイベントはもうやらないほうがいいのかとか、やっても縮小版になるのかとかと考えると、物悲しいものではある。
参加する誰もが全員、団結して楽しめるものというのは、存在しないのだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中野先生の本はタイトルがまず良いなと思うことが多いです。
多分言うか言わないか、意識しているかしてないかの差はあるけれど、世の中のかなりの人が何かしら「さみしさ」を抱えていてそれをどうしようもないままに放置や無視している状態なのじゃないかなと思います。
赤ちゃんが泣いた時に抱っこすると泣き止むのは「輸送反応」という哺乳類に見られる現象である(p92)、という解説には驚きました。安心するからじゃないんだねと。(そういう側面もあるんじゃないかとは思いますけども)
確かにそう考えてみると抱っこするのがお母さんやお父さんじゃなくても泣き止む時もあり、逆にもっと激しく泣いてしまう時もあり、あれはどっちが安全か本能で判断していると考えたらなるほどなぁと納得させられます。単に「安心」とか「好き嫌い」じゃないんだねと。
泣いてる赤ちゃんを抱いてもっと泣かれても傷つかなくていいんですねw
p121、10代20代の若い人に「そのさみしさは脳の中の不安回路が残ってるせい。若さのせい。自分を嫌うことで向上できる能力がある。30過ぎれば強く感じられなくなる感情だ」というのは伝えてあげたいですね。自分を振り返ってみても「どうしてあんなことで悩んでいたのか」とか「すごく何でも深刻に捉えていたけど今思えばそんなに悩むようなことでもなかった」ということが若い頃には多々ありました。そのときはすごく辛くてしんどくてそれは覚えてはいるけれども、通り過ぎるととても遠くなってしまう感情でした。
自分だけでなく周りの同年代の人たちも「若い頃のほうがしんどいことが多かった。大人にかなりの悩みやしんどさは確かにあるけど、だんだん年取るほど生きるのが楽になった」と言っている人が多いです。
一生懸命話を聞いてくれる人には別の意図があるかもしれない、さみしすぎると冷静に物事を考えられなくなるのは心が痛いのと同じ、心のしなやかさが弱っている状態、という言葉は覚えておきたいワードでした。
自分はさみしさって誰でも生来持っているものだと思います。これからの人生は下り坂、あまりそこにフォーカスすることなく、自分を悲観したり否定したりすることなく生きたいですね。
本書に出てくるマインドフルネスではないですが「そこにあるな。大きくなることも見えなくなることもあるさ」くらいのスタンスでこれからも付き合っていきたい感情です。
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Posted by ブクログ
ビジネス書でよく見かけるような内容も多かったですが、この考え方は好きだなというものもいくつかありました。
印象に残ったのは
・本からなんでも吸収する
誰も味方がいないのであれば、まず本を味方にして自分に力をつけていく。
少しのお金を出すだけで、素晴らしい先生たちが、あなたの力になってくれる。
・一つのことばかりすると脳はすぐに飽きてしまう
脳はすぐ、一つの刺激に対して慣れてしまい、飽きてしまうという性質をもっている。
飽きている状態でも同じことを続けながら「より楽しむためには、どうしたらいいか」と思っていると潜在意識が答えをだしてくれる。
何事もポジティブに捉えて楽しく実践していくことが大切ですね!
成功してる人は全てのことを楽しめる人。 -
Posted by ブクログ
印象に残った箇所については、以下のとおり。
【P26】ここまでのことを端的にまとめると、自分にとって効果的な学びをするには、「己を知る」ことがとても大切だということです。
わたしは、「己を知ること」が、学びの9割をも左右すると考えています。
【P54】だからこそ、「苦しいな」と思ったら、それは生きてる証拠だと思うことが大切。もう少し踏み込めば、このような態度を生きていく土台にすることです。
【P93】本当につらいのは、その仕事や勉強自体ではない。それまで築いてきた自分のノウハウに疑問を抱き、出口を見失うからではないでしょうか。
だからこそ、大きな壁にぶちあたったときに、立ち戻るべきはたったひとつ。
自分の得意な土俵で戦う。
無理をする必要も、背伸びする必要もありません。自然にうまくできることや、好きな方法で戦うことこそ重要なのです。
【P148】自分の得意分野を見極めるために、わたしがよく使う方法を紹介します。それは、「読む」「聞く」「書く」「話す」の4つの行動で、自分を分析する方法です。
【P171】知らないことは、怖いことではありません。知らないままでいるから、いつまでも怖いのです。努力と勉強が本来持つ力とは、まさに不安や恐怖を乗り越えて、「前を向く力」を与えてくれることなのでしょう。 -
Posted by ブクログ
優しくて品のある文章が心地よかった。
科学的な根拠から人間って良くも悪くもこんなもんですよ。その中でどういう選択をしてどういう人生を送ってもいいんですよ。
それを誰でもないあなたが選択することが何より重要なんですよ。ってメッセージを優しく伝えてくれる。
科学だけの話ではなく、世界は沢山の事象で溢れているけどそれをどう解釈するかは個人の自由であり、ポジティブに受け取る事もネガティブに受け取る事もその人に委ねられている。
その中で研究し、観測した事象を社会で生きる人たちがより良く、生きやすくなる為のメッセージの根拠として扱っているところに中野さんの美しい人間性を感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ四半世紀を超える付き合いのある知人に最近どうも冷たい対応されてる気がする…と思っていたときに出会った一冊。多分嫌われちゃったんだよな、でも怒らせた記憶はないしはて?と、わからないことに悩むより対処法を身に着けようと手に取り。
結論から言えば本書、染みる人にはよく染み、染みない人にはなんかよくわからない結局解決にはならんよねとなるんではないかと。
自分は、嫌いと苦手というものは別物と常々考えています。悪い人じゃないし嫌なことされたわけでもなく嫌いではない、でもなんか苦手という人いませんか?いっそ嫌いだったらすっぱり対処できるのにと思うことも結構あります。
それから、嫌いなんだけど避けようのない関係性でどうにか付き合い続けねばならないという本書に出てくるような家族関係などに悩んでいる人は多いと思います。
自分は「嫌い」でも「大切にする」はできると考えています。嫌いは感情や体感で大切にするは行動だから。嫌いなものを大切にするのは本来は辛いけど、例えば親のように(本書にも親が嫌いなのに大事にしろと言われる苦痛について書かれてますが)感情を切り離して対応することは可能だと思います。(本書のように、距離を取れるならそれが一番穏便かもですが…)
私はどうも普段から「あの人嫌い、この人キライ」と言ってるようで(あまり自覚なかった)「いつも誰か彼か嫌いって言ってるね」と家族に言われそれのナニが悪いのかと思っていました。嫌いでもきちんと対応も付き合いもしているから問題なかろうと。あまり家族の共感はこれまでは得られなかったです。(当然)
本書の初めの方に「嫌いを無理に好きなにならなくても良い場合がある。嫌いが悪で好きが善というわけでもない」もあるのを読んでその通りだな、やっと嫌いを肯定する人に出会えたなと思いました。
自分も無理に好きにならなくてもいいと思えることが大事なのでは、と常々思っていたので第五章には頷きました。そしてp84「関係性はどうあれ、嫌いな人に嫌いなのです」スカッとしました。
そうだよ、嫌いなんだもの仕方無いじゃんw
そして「あなたの好きなように適切に嫌えばよい」と。そうだそうだ。
要は考え方と対処の仕方だなと。(何もしないという対処も含め)嫌いなものは避けがちで目を向けて考えてみるということは通常しませんが、そこを考察してみるというのは新しい考え方でした。
p164「他人を嫌う自分を許せないと、自分を嫌う他人も許せない」とても納得。
私は他人を嫌う自分をかなり許しているので、嫌われてしまったのは悲しいですが、距離を置かれた知人の気持ちを許して甘んじようと思います。
でもいつかまた笑い合える時が来たらいいな…。