原田マハのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
原田マハさんの新作長編!
期待値が爆上がりだったにもかかわらず、それを上回ってくるのがマハさん!!本当に素晴らしかった。
明治の終わりから大正にかけて、小説家を目指す女性のお話。
岡山で育った山中すてらは、病気の父親を助けるため、女工として働くなか、小説を書き始める。その才能を見いだした周囲のサポートもあり、すてらは女文士(小説家)として歩み出す。
マハさんがインタビューで「これは、私の話であり、あなたの話でもあります。自分の物語として読んでほしい」と言っていたけど、まさに私も、すてらと一緒に物語の中で生きているような気持ちになって、一緒に泣いたり苦しんだり笑ったりした。
小説家は一流の芸術に触れるべきである、という教えに従ったすてらの行動を通じて、マハさんのご専門であるアート解説もたっぷりあり、これまた素晴らしかった。倉敷の大原美術館を創設した大原孫三郎や、夏目漱石などの作家、モネやマティスなどの画家が登場し、すてらと繋がりを持つことで、読者の没入感はさらに増していく。
私は事前情報を完全にシャットアウトして本を読むことにしているので、読後になって、このお話が三部作であると知り、まさに歓喜!!この先が読めるなんて!とても楽しみ! -
Posted by ブクログ
なんと言ったらよいのだろう。
「原田マハ」の作品に関しては、正直それほど多くを読んできたわけではない。
例えば本屋の陳列や、伝え聞く評判が気になり、ふと手にすると、それがマハ氏の作品であったという、そんな出逢い方で親しませて貰ってきた。
そしてこの『まぐだら屋のマリア』もその一冊となる。
たまたま目にした表紙のタイトル。これに魅せられ思わず手に取ってしまった、といったところか
そしてこの“導き”は間違いではなかったと、そう言い切れる。
マハ氏の筆致―それが創り出す物語の世界観には毎度驚かされる。見識の深さがなせる技とも言えるのだろう。
ただ奇をてらうでもなく、ごく自然にそれでいて何処かミステリアスでスリリングな薫りを一冊の中にしたたか閉じ込めていく。
表紙を開き、頁をめくるたびに解き放たれ燻り立つその薫りが、様々な色彩を帯びながら、読む者を惹き込み物語の世界を魅せていく。
『まぐだら屋のマリア』―“言い得て妙”とはこのことであった。
これ以上穿った物言いは避けてはおくが……。
常に思うのはマハ氏の文学は「タメの妙」だと、勝手ながらに感じている。
「タメ」とは“含み”である。その“含み”の先に秘めたものが息を潜めている。それを丁寧に、しかしながら大胆な筆致で一つひとつ解き明かしていく。
宗教(善と悪)
肉体
精神
命
人生
誓い
裏切り
罪
贖罪
情
愛憎
出逢い
そして、別れ
果たして「マリア」とは―
“聖母”か、あるいは……。
「面白い」―確かに、間違いなくこの小説は面白かった。ただもっと自分自身が抱くこの感情に寄り添うなら、「意味深き」と表現するほうが、より“しっくり”くるのだろう。
そしてこの“導き”は私自身にとっての「マリア」を探す“旅”でもあるかのようだった。
余談だが、マハ氏の物語はまだ数冊、“積読”の山に紛れ“解放の時”を待ちわびている。それを眺めニタニタしながら、今私はこれを書いている。 -
Posted by ブクログ
もう決して若いとは言えなくなった女性たちを主人公にした短編4つ。それは旅での出会いによる精神の再生を思わせるような癒し、爽やかさに満ちている。表題作でヒロイン涼香が出会った若いナギちゃんは正にハーレー・ダビットソン乗りの風のような女の子。4作目の「風を止めないで」はナギの母親・道代の所にナギを広告に使いたいと訪問してきた紳士もまたハーレー好き!この人はうつつの世界の人?この他、「旅をあきらめた友と…」いつもはナガラと二人旅なのに一人伊豆半島を旅行するハグ。そして「冬空のクレーン」北海道・釧路湿原でタンチョウヅルに魅入る志保の前に現れた脱サラでタンチョウを観察する男性との出会い。どれもがときめきを感じさせる作品ばかり。著者の心鏡を映し出しているように感じる。