原田マハのレビュー一覧
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読みながら涙がぽたぽたとこぼれ落ちる経験は久しぶりでした。
とにかく言葉選びが素敵で、文章が綺麗で。特に風景の表現がいちいち美しくて。
1つも取りこぼしたくなくて、途中でもう1回最初から読み直しました。
特に表題作がほんとうに良くて....
『斉唱』『長良川』も大好きです
結局一貫してるのは「愛」なんだけど、それが、完璧じゃないのが、心に刺さった理由なんだろうな。
静かで、もどかしくて、時に棘があって不誠実で。その中に描かれた愛だからこそ、強く惹き込まれたんだと思う。
この本は私にとってかけがえのない一冊になりそうです
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◼️椿姫
・朝日に溶け出した雪が、電信柱からぽたぽたと雫になって落ちている。それがきらきらと日差しに輝いてまぶしい。通勤の人々は、足を取られまいと懸命に歩いている。
・立ち上がると、さばさばと言った。
「じゃ、会議あるんで。またね」
さっさと出ていった。
・ボールペンで一文字一文字ていねいに書かれた手紙には、陽だまりのあたたかさがあった。
・サッシを開けると、日差しに緩んだ風がふわりと舞いこむ。
◼️夜明けまで
・母の目が、静かな湖のように深く潤った目が、ひかるをみつめる。
・愛する人が現れなかった夜明けに、たったひとり、列車に乗っていった母。
◼️星がひとつほしいとの祈り
・「どんなに明るいものなんでしょうねえ、そのパソコンとやらは。太陽のごとく、星のごとくでございますか?」
・それでもわたくしは、恋をしました。たちまち背中に羽根が生えるのを、心の庭に色とりどりの薔薇が咲き乱れるのを、わたくしは抑え切れなくなりました。
・勉強部屋の開け放った窓辺に風はそよとも吹かず、空気はじっと動きを止めておりました。
◼️寄り道
・そう言いながら、母は喜美のほうを向いた。笑いすぎたのか、うっすらと目が潤んでいた。少し疲れて寂しそうな、けれども優しい母の顔だった。
・真昼の海は、沁みるほどの青をたたえておだやかだ。
◼️斉唱
・水平線のかなたにぽつりと姿を現した島が、ゆっくりと成長していき、やがて海景のすべてを埋めつくした。尖った山の頂に向かって、鮮やかな絵具を散らしたように紅葉が駆け上っているのが見える。
・日の光があふれる空をトキの群れが飛べば、その翼はオレンジがかった薄桃色に輝いた。朱鷺色、という色の名は、唯一無二、このトキの翼のためにだけ生まれたのだ。
・もう何年も見たことがないような笑顔がこぼれた瞬間、梓の胸の中で、ことん、と心臓が静かに音を立てた。
・見られなくたっていいんだ。いま、この島のどこかに、ひっそり点り続ける命のともしびがある。
そう唯が気づいてくれれば、それでいいんだ。
・少年と少女の声は、遠慮がちに奏でる楽器のように、最初はてんでにばらばらで、やがて和音を作った。梓は、その青くたおやかな斉唱に、静かに耳を傾けた。
◼️長良川
・たっぷりと、豊かな川。その水面に身ひとつを浮かべて、悠々と、渺々と、こんこんと。
・まあ、こういうものかもしれないな。父親であるからには、いずれ娘を、誰かに持っていかれる運命なんだ。
・堯子の目には、いっさいが滲んで美しく見える。
◼️沈下橋
・どうしてこんなことになったのか、ではなく、これからどうしたいのかを。 -
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戦後まもない沖縄に、ニシムイ美術村と名付けられた画家たちのコロニーがあった。「ニシムイ」とは、沖縄の言葉で「北の森」という意味だそうだ。首里城から見て北側に位置する森の中に、その集落は造られた。そこで、東京美術学校を卒業した若い芸術家たちーー玉那覇正吉(たまなはせいきち)、山元恵一、安谷正義(あだにやまさよし)、名渡山愛順(などやまあいじゅん) ら、のちの沖縄画壇を背負って立つことになる画家たちが、絵画やカードを制作して米軍関係者に売り、生活の糧を得ていたという。
戦後の沖縄で、軌跡的に出会った日本人画家とアメリカ人医師の話。決して買い手の為に描くのではないというプライドと、現実の葛藤。
最後の8人の光の挨拶は涙。でも、見てるよってやり返してあげてよ。と思いました。
膝を抱えて真っ暗な闇の中で、目を見開き続けた。頭の中は、恐ろしいほどにしんとして空っぽだった。
漆黒の満天に星が煌いていた。その中の一つが、煌いて、すっと流れていったのを見た時、突然理解した。父も、母も、もうこの世にはいないのだ。
アメリカのせいかヤマトのせいかわからない。けれど、皆、殺されたのだ。戦争という名の、人間が生み出した生き地獄に巻き込まれて。
そう気づいた瞬間、真っ暗な大地に、ふうっと、幾千の光が浮かび上がるのが見えた。
それは、打ち捨てられた遺骨から抜け出した魂かもしれなかった。光はふわふわと揺れて、ヒガを手招きしているかのようにも見えた。そこで初めて、ヒガは、固く目を閉じた。
帰ろう。ニシムイへ帰ってしそして、描くんだ。ここで見たすべてを。むしゃくしゃする何もかも、全部、ぶつけて。
故郷の丘に背を向けて、ヒガは、走った。転がるようにして。そして、一晩中歩き続け夜明けとともに、首里の丘が見えてきた。うっそうと繋る森。目覚めたばかりの太陽の光を浴びて、きらめく木々の緑を目にしたときに、涙がこみ上げた。
おれは、描く。おれがとの目で見たものを。感じたことを。
生きるために、描くんだ。
そうして、一気に描き上げたのが、あの不思議な静寂と美しさをたたえた抽象画だった。 -
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この絵に描かれているのは、画家自身の命だ。目に見えないはずの魂が、吹き荒れる嵐になって、カンヴァスいっぱいに立ち上っているのだ。
現代アートのポロックを巡るオークション小説
現代アートだと今までと違って軽やかでミステリーっぽくなってまた面白い
アノニムって匿名とかそういう意味というのは初めて知りました
秘密結社みたいな、その内部の団結力って憧れるよな
秘密裏に、あるべきところにアートを戻すアノニム
鑑定修復が終わった後にアノニムのマークを貼るのはかっこいい
難読症の少年が、ポロックのナンバーゼロを通じて、難読症を克服して喜び踊るのとそれを見ているアノニムメンバーのシーンは微笑ましかった。自分がオールオーバーの絵を初めて描いたんだ!と信じていたのに何十年も前にポロックが既に描いていたのを知るシーンも良かった
最後の展開が、そこに飾るの?って感じでした
世界を巻き込んだ大戦が終わって、世界には秩序が訪れた。秩序といっても、戦争に勝った大国が主導して作り出した、いびつな秩序だけれど。
超大国となったアメリカは、ソ連との冷戦時代に突入した。戦争の抑止力とすることを名目に、各国は次々に核武装を始めた。アジアに目を転じれば、アメリカと戦って負けた日本は、沖縄を中心に国内にアメリカの基地を有することで、アメリカの庇護下に置かれることになった。中国はやがて文化大革命を迎える直前だった。
ジャクソン・ポロックが登場したのは、そんな時代だったんだ。
画期的なアーティストが登場するときには、時代が大きくかかわっている、ということなんだ。
傑作が生まれたそのときがどんな時代だったのかを知ることは、アーティストや作品を理解するのに大いに役立つ。ちょっとした思いつきや側然で生まれる作品の中にも優れたものはもちろんあるけれど、ほんとうの傑作には、アーティストが肌身に感じていた時代の空気が綿密に盛り込まれている。アーティストが何を感じ、どんなふうに考えて作品を創り出し心のか、まずはアーティストの創作した時代に思いを馳せて、作品に向かい合えば、よりそれが輝いて見えることだろう。
ポロックが登場した時代、アメリカは、世界最大の超大国として、経済的にも文化的にも世界の中心となっていた。軍事、科学技術、金融など、あらゆる分野でトップを走っていたし、常にトップランナーでなければならなかった。資本主義に立脚した民主主義、それが戦後アメリカの打ち出した社会の理想的なありかただった。
力のある国に、なんであれ、中心がシフトしていくのは世の常だろう。産業革命が起こった時期にはイギリスが世界をリードしていたし、近代的な文化が花開いた時期にはフランスがそれを牽引した。そして第二次大戦後、とうとうアメリカがセンターを取った。
けれど、資本や技術がいくら豊富にあっても、どうにもならないものがある。それは、感性だ。
たとえば、どんなにお金をつぎこんでも、どんなに進んだ技術を取り入れても、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」のような歴史的傑作を操作して創り出すことはできない。意図的にパブロ・ピカソのような天才アーティストを生み出すこともできない。つまり、感性がつかさどるアートは、いくら超大国だからといって、「ほらできた」という具合にはいかないんだ。
豊かな超大国・アメリカに生を享けたポロックだったが、「世界の中心」で楽にアーティストになったかというと、そうではない。むしろ、ポロックには、越えなければならない壁がいくつもあった。その中のひとつが、「ピカソ」だった。
想像してみてほしい。その時期、世界中のすべての若いアーティストにとって、ピカソの存在は、希望の星であると同時に、脅威的存在だった。二十世紀の前半の五十年間で、ピカソとそれに続くヨーロッパのアーティストたちは、ありとあらゆる実験的な手法を試み、美術史に刻まれる革新をもたらした。何かいいアイデアを思いついて、やってみようとすると、それはすでにピカソがやってしまっていたーというようなことを、ポロックはたびたび経験した。あれも、これも、全部ピカソがやってしまった。それは、新しい「何か」ー自分にしかない独自性、ユニークネスを希求するアーティストにとって、驚きであり、畏れであり、脅威だったはずだ。
それでもポロックは、試行錯誤を繰り返した。どうやったら「ピカソ」という壁を越えられるか。いったい何が新しいのか、自分が求めているアートとは何か。悩み続け、苦しみ抜いた末に、たどり着いたのが「アクション・ペインティング」だったんだ。
「動き」や「スピード」を絵で表現するのは、二十世紀初頭に「未来派」と呼ばれる一派がすでに試みていたし、特に目新しいことではなかった。しかしながら、アーティストの動きそのものを絵の具に託してカンヴァスに「転記」するのは、誰も試みていなかった。そして、支持体ーつまりカンヴァスは、イーゼルに立てかけて絵筆で描き込む、というのが、絵を描く際には当然のスタイルだったわけだが、ポロックは、これすらも変えてしまった。
カンヴァスを「水平」に置く。アーティストは、その上を走り回って、動きのままに絵の具を垂らす。そしてカンヴァスを覆い尽くす。その結果、生まれたのがこの作品ー「ナンバー・ゼロ」だ。
これには、ポロックが生み出したさまざまな画期的な手法が盛り込まれている。ポロックは、欧米の画家として初めてカンヴァスを「俯瞰して」作品を生み出した。彼の作品には、見る人が視線を定めるべき「中心」がなかった。そして、かたちを成さない、ほとばしる絵の具のみで、アーティストの動き、感情、哲学までも表現したのだ。
ポロックが生み出した作品と手法には、のちの評論家や美術史家によって、さまざまな呼称がつけられた。「アクション・ペインティング」「ドリッピング」「オールオーヴァー」「抽象表現主義」などなど。けれど、ポロックは、それらの呼称が表すような評価を得るために作品を創ったわけじゃない。
彼には、乗り越えるべき壁があった。彼には、追求するべき信念があった。成し遂げるべき革新があった。
ポロックは、この絵、たった一枚の絵で、それらを実現した。世界を変えた。そして、今度は彼こそが、後の世の若いアーティストたちが「乗り越えるべき目標」となったのだ。
ときに、アートが発信するメッセージは、幾千の言葉よりも饒舌なことがある。
もしも、君が本気で世界を変えたいーと望んでいるのなら、きっとできるはずだ。
例えば、一枚の絵でポロックが、そうしたように。 -
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ネタバレ世界一周飛行に挑戦し、太平洋上で失踪したアメリア・イアハート、そして純国産機で初の世界一周を達成した毎日新聞社のニッポン号。これらの史実を元に作り上げられた壮大なフィクション。暁星新聞社の記者である翔子は、世界一周飛行を成し遂げたニッポン号の写真に、謎の女性が写り込んでいることを発見する。この謎を探るため、当時世界一周飛行に同行したカメラマン山田順平を探す。
1928年~1939年という第二次世界大戦が始まるほんと直前に、自由と平和を訴える物語が描かれている。アメリカの女性パイロット、エイミー・イーグルウイングの物語から始まり、信頼のできる仲間との日々であったり、アインシュタイン博士との邂逅であったりが描かれる。アインシュタインとの会話は印象的で、「国境はない、世界はひとつ」と主張するエイミーに対して、国境は断固存在する、だからこそ共存することが大事だと主張するアインシュタイン。それがアインシュタインからの手紙のシーンでは、本当は「世界はひとつ」と言ってみたかったと独白する。カフェで共存が大事だと主張したことは一種の諦めだったのかなと思った。ナチスによるユダヤ人迫害などを目の当たりにし、人類に対する諦めを抱いていたアインシュタインにとってエイミーはまぶしく映ったのではないかと思う。そしてアインシュタインの手紙によって、自身の世界一周飛行が軍事的な思惑の元に計画されていることを知ったエイミーは、予定のルートを外れて太平洋上で失踪する。
そして話は日本に移り、暁星新聞社でのニッポン号による世界一周飛行の話となり、そこで非公表の8人目の搭乗員としてエイミーが加わる。山田順平らは最初はエイミーの搭乗に否定的であったものの、エイミーの功績によるベーリング海峡の翔破やエイミーの人柄・背景を知り、徐々に打ち解けていく。アメリカを横断し、アメリカを知り、この国とは戦争をしたくないと言う。結局日本はアメリカと開戦してしまうわけだが、アメリカという国を知っていれば、開戦することもなかったのかなあと思う。知っている人はいて組織の問題もあったんだろうけど。
アメリカで一度飛行機を降りたエイミー、そしてアメリカ大陸から出発するときに再度エイミーが現れて、同行を申し入れるシーンは感動的で、タイトルである「翼をください」がここで回収されるのも良かった。展開を予想しろと言われたらおおまかに予想できちゃう気はするんだけど、それをこんなにも感動的なシーンに仕上がるのはすごいと思う。
現代に戻り、翔子たちはこの大スクープをそれぞれの胸に秘めるだけにするのも粋。
モデルになったアメリア・イアハートの失踪についても歴史上のミステリーとなっていて、本作のような物語の可能性もあるのかなと思うと本当に面白いなと思う。 -
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なんて素敵な作品に出会えたんだろう、なんて素敵な作者に出会えたんだろう、と心が震えた1冊!
「マドンナ Madonna」という短編が特にお気に入り。少しすれ違ってしまう母子のお話で、誰にでもあるような、特別な事なんてひとつもない日常のお話。
それなのに、、、なんでだろう、とても感動して泣いてしまった。なんだろう、、、愛って泣けてきちゃうよね。
母からの愛っていつでも同じだけ貰っていたはずなのに、それが愛だと気づけた時にだけ一気に体全部に染み渡って、目から溢れちゃうから涙になるんだよねきっと。
大公の聖母、また常設展に見に行きたいな。
きっと見たら泣いちゃうな、母の愛にまた、気づいちゃって。 -
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ネタバレ大好きな原田マハさんの作品。
美術を題材にしているマハさんの作品ですが、私がこれまで読んでいた前向きだったり明るくなれる内容とは大きく異なり、どこか怪しく引き込まれていきました。
東日本大震災の東京が最初の舞台で、もう15年も前のことを思い出しながら、読み始めました。同時に、私にとっては三回ほどしか訪れたことのない京都で、この物語は繰り広げられていきます。
え、この人が?あの人が?と読み進めるうちに、予想もしなかった色々なことが明らかに…。菜穂と母親の関係、一輝と義母の関係、照山と樹の関係、さらには樹と菜穂の関係。驚きの連続。ひとつも想像しませんでした。
怪しい中にも、やっぱりマハさんの視点での美術の物語が展開されていくのが私は好きで、どんどん読み進めたくなり、あっという間に読んでしまいました。 -
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感動、圧巻、美しい!
本作がフィクションであることはもちろん分かっているけど、でも、それでも読み進めるうちに俵屋宗達とカラヴァッジョが本当に同じ時代を生き、どこかで出会っていたんじゃないかなと思ってしまうほど、その世界に引き込まれた!史実と想像の境界を忘れさせる圧倒的な説得力に、小説という芸術の力を改めて感じた。
小説は芸術だ!
私はカラヴァッジョに惹かれたことをきっかけに西洋美術を好きになって、その背景にあるキリスト教や歴史を学び、美術館へ足を運ぶようになった。その積み重ねがあったからこそ本作で描かれる東洋と西洋、芸術家たちの想いが一本の線で繋がり、以前の自分では味わえなかった感動を受け取ることができた。自分にも拍手ッッッ!
読後に改めて、絵はただ描かれたものではないということ
と、そこには画家の人生がありその時代があり、受け継がれてきた過去があるんだなぁ、、、って深く心に染みた。そしてその絵はきっと見る人それぞれの未来へと繋がっていく。
知識や経験を重ねるたびに同じ一枚の絵が違って見えるようになった、けど、世界は変わってない。でも、自分が変わる!その変化によって芸術は何度でも新しい感動を与えてくれる、、、はぁ、、、美しい。
で!!気づいた、、、!
絵画だけではなくて、小説も等しく芸術なんだって!
絵が色や線で心を揺さぶるように、小説は言葉で人の心を震わせる。だからフィクションであると理解していても、宗達とカラヴァッジョが本当に出会って、同じ心を共有し同じ時代を生きていたと信じたくなるほど心を動かされる!これって芸術だよね!
原田マハさんが美術を深く愛しているからこそ、その愛情が物語にも宿って、私の元に届いたんだなぁ。
風神雷神は、美術や歴史を題材にした小説ではなくて、芸術とは何かを感じさせてくれる一冊だった。
そして私にとって芸術とは、過去を残すものではなく時代を超えて誰かの未来へ届き、その人自身を少しずつ変えていくものなのだと教えてくれた、ような気がした。
原田マハさんの芸術をもっとたくさん浴びたくなった!