原田マハのレビュー一覧

  • デトロイト美術館の奇跡(新潮文庫)

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    実話をもとに描かれた作品なので、この物語が本当にあったんだなぁと思うと感動が増しました。
    好きなモノや場所などあるけれどこんなにも情熱的に思えるものがあるって素敵。
    とりあえず美術館に行きたくなる作品。

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    2025年10月03日
  • やっぱり食べに行こう。

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    まんまとグルメ目当てに旅行に行きたくなった。特にフランス。有名店でなくてもパンが美味しいというのは心強い。ハードパン食べたい。
    文中で著者が特に好きな食べ物として牡蠣を挙げていたが、わたしは貝類が大の苦手で、彼女の文章力を以ってしても全く興味が湧かなかったので、彼女が牡蠣の生まれ変わりだとしたら、わたしの前世は牡蠣にあたって死んだんだろうなあと思った。

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    2025年10月02日
  • 美しき愚かものたちのタブロー

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    美術にはあまり興味がなかったのですが
    とても素敵な物語でした。

    読み終わったあと美術館に行きたくなるような作品です。

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    2025年09月28日
  • 美しき愚かものたちのタブロー

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    後半盛り上がった。
    日置釭三郎という人を私は知らなかった。
    歴史にも疎く、戦争とタブローにこんな関係があったのかと。
    国立西洋美術館はコルビジェ目的で行ったけれど、改めてまた行きたいと思った。

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    2025年09月28日
  • FORTUNE BOOK 明日につながる120の言葉

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    心に闇を抱えて、人生詰んでしまった元後輩に贈った1冊。
    中古の味と、私が救われた味を、共有したい。
    原田マハさんの本は、人の心を救ってくれるよ。
    大丈夫、今がドン底でも、必ず明日は来る。

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    2025年09月27日
  • ジヴェルニーの食卓[電子特別版]

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    モネの話かと思ったら、4人の画家のにスポットを当てた短編集でした。

    マティスの話が一番好みでしたが、長編ほどの感動や驚きはありませんでした。

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    2025年09月24日
  • ジヴェルニーの食卓[電子特別版]

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    ネタバレ

    印象派の画家、マティス・ドガ・セザンヌ・モネを描いた短編集。

    4名の印象派の画家について、
    マティスについては家政婦からの視点、ドガについては友人からの視点、セザンヌについては彼を応援していた画材商の娘からの手紙、モネについては義理の娘からの視点というように異なった描かれ方がされており、興味深く読むことが出来た。

    当然のことながら、この4名の印象派の画家については学校の美術の授業で習って知ってはいたが、こうした物語を読むとその人となりを知ることが出来、より身近な存在に感じられ、作中に出てくる絵画作品名を見ると、ネットでその画像を探し出し見てしまう。

    モネ晩年の大作であるオランジェリー美術館の睡蓮作成の話も記述されていたが、この内容を知っていれば、昨年大塚国際美術館で展示されていた睡蓮の壁画の見方も大きく変わっていたのだろうなと思ってしまう。

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    2025年09月23日
  • 風神雷神 Juppiter,Aeolus(下)

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    面白かった。カラバッジョとの出会いから、エピローグまで一気見。

    若さと感動、旅のドキドキ感があったな。それでいいではないか

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    2025年09月20日
  • 風神雷神 Juppiter,Aeolus(下)

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    おもしろかった‼️
    野心というのではなく、若者が純粋に、自分の進むべき道を迷わず突き進む。こんな理想的なことって、なかなかない。

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    2025年09月07日
  • 風神雷神 Juppiter,Aeolus(上)

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    読み進めるにつれ、どんどん面白くなってきた。
    風神雷神図屏風にまつわる、織田信長の時代の話し。若干17歳くらいの青年4人が、3年もかけて船旅でヨーロッパまで派遣された時代。宗教が人間性に与える影響と、自分の信じる道をひたすら極める道と。まぶしいくらい、理想的な人生だ。

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    2025年09月07日
  • スイート・ホーム

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    心がぽっとあったかく感じるようなストーリーでした。

    読んでいるとほろほろと心がほぐれていくようで、登場するこんな街に住めたら素敵だろうなと思いました。

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    2025年08月18日
  • 風神雷神 Juppiter,Aeolus(上)

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    著名な日本の芸術家の
    奇想天外な大冒険物語
    小説としては、最高です
    ぜひ、お金を惜しみなくかけて
    映像化して欲しいと思った 前半物語でした

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    2025年08月17日
  • 小説 星守る犬<新装版>

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    犬、好き。今目の前の犬をもっともっと愛そうと思う。何度も思う。でもそれ以上にたくさん愛をもらってる。返せないほどにたくさんの愛をもらってる。
    もっと愛そう。

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    2025年08月15日
  • サロメ

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    ネタバレ

    戯曲原作の「サロメ」の作者オスカーワイルド、それを有名にした挿絵を描いたオーブリービアズリーとその姉メイベルビアズリーの話。ヘロデ王ヘロディアサロメオスカーンのどれにあたる?

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    2025年08月05日
  • フーテンのマハ

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    原田マハがアートに絡む物語とは別に、旅屋おかえりのような作品が書けるのはなぜだろう、と思ってたが、腑に落ちた。真似してみたくなるような旅だなー。

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    2025年08月03日
  • 普通じゃない。 Extraordinary.

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    2025.08.01
    胃がん検診バリウムげえーーからの大高屋

    植物と会話ができる御厨しいな
    未来への不安を抱えて植物園へ行くと
    へんてこりん親父に出会う
    でもその親父はしいなを変える男だった

    権大原社長の無茶振りに
    みんなで応える日々。
    自分のやりたいことを仕事にするって
    すごいんだなー
    パワーとエネルギーに溢れるんだなーと
    登場人物全員がまぶしくなる
    そんな作品。

    最後のオチはびっくり権大原草輔って!ええ!

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    2025年08月01日
  • 風神雷神 Juppiter,Aeolus(下)

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     読み終わった。でも、原田マハの作品では、久しぶりに不完全燃焼だった。史実と虚構の入り混じった展開に、いろいろ刺激は受けた。
     俵屋宗達が、『風神雷神』を描くところまで到達していない。続篇を期待したい。天正遣欧使節団が、日本に帰国したのが、1590年。天下は秀吉の時代。秀吉は、1587年7月にバテレン追放令(バテレンとは宣教師のこと)を発布していた。秀吉は、宣教師を追放したが、キリスト教を否定していなかった。それで、1591年3月に秀吉に、天正遣欧使節団は、聚楽第であっている。家康は、1612年に「禁教令」を出し、キリスト教を完全に禁止した。日本は鎖国となり、オランダとの貿易だけに限った。

     本書を読みながら、天正遣欧使節団の帰国後の行く末が、気になった。
     伊東マンショは、大友宗麟の名代。日向国主伊東義祐の孫。司祭に叙階。1612年長崎で死去。千々石ミゲルは、大村純忠の名代。後に棄教。1633年死去。(ただし、長崎、諫早市で墓が見つかり、ロザリオと一緒に埋葬されていたため、棄教ではないという説もある)。中浦ジュリアンは、司祭に叙階。1633年、長崎で穴吊るしの刑により殉教。原マルティーノは、司祭に叙階。1629年、追放先のマカオにて死去。本書『風神雷神』の物語は、原マルティーノの日誌が元になっている。原マルティーノは、語学に優れ、スペイン語、イタリア語、ラテン語に通じて、通訳の役割も果たす。物語では、俵屋宗達との関係も良好だった。原マルティーノは、マカオの大聖堂の地下に、生涯の師ヴァリニャーノ司祭と共に葬られている。

     1583年11月、インドのゴアに到着。ヴァリニャーノ司祭は、ゴアにとどまることになる。イエズス会からインドの管区長に任命された。宗達は、ヴァリニャーノを父と思い、ついてきた。宗達がローマに行けと命令された時、ヴァリニャーノ司祭が立ち会った。また、天正遣欧使節団の許可もとった。また行く途中においてのイタリア語の教師でもあった。ヴァリニャーノは、清廉潔白、正義感強く、こうと決めたら筋を通してやり抜く人だった。宗達は、身を切るような痛みを感じた。「あなたは、ローマまで行くと言われた。嘘をついたのか」を問う。

     1584年8月、ポルトガル、リスボンに到着した。歓迎され、宮殿の絵を見るが、初めは珍しさがあったが、同じものに見えてきてがっかりする宗達。2ヶ月後、スペインのマドリードに到着。スペイン国王フェリペ二世と謁見。宗達は、父親が渡してくれた風神雷神の扇を見せる。マルティーノは、ユピテルとアイオロスと紹介する。

     1585年3月 イタリアのリヴォルノに到着。トスカーナ大公国で、ピサの宮殿に入る。宗達は。コジモ・ディ・メディチに会う。その威厳に驚く。沢山の肖像画はブロンズィーノが描いた。
     フィレンチェに到着。ヴェッキオ宮殿。メディチ家が支配する礼拝堂。キリスト受難のレリーフ。祭壇の聖母子像。聖母マリアと幼子。内側から放たれる清らかな光。絵には命が宿っていた。それを描いたのが、レオナルドダヴィンチ。(ダヴィンチ村の出身のレオナルドという意味だった)その絵に宗達は感服する。

     ローマ、カンピドリオの丘のふもと、イエズス会の本拠、ジェズ協会へ。ジュリアンは熱を出し、三人と絵師の宗達しかローマ法皇に謁見できない状況となった。1585年3月23日法皇、グレゴリウス十三世と謁見。グレゴリウス十三世は、ボローニャ生まれ、ボローニャ大学に学び、教鞭を取った経験を持つ。ユリウス暦から新しい暦、グレゴリウス暦を導入した。宗達は、『洛北洛中図』の屏風を渡す。システィーナ礼拝堂の天井画が、ミケランジェロの『天地創造』と『最後の審判』の画を見て、宗達の心に沁みた。宗達は、ダヴィンチ、ミケランジェロに会いたかったが、ダヴィンチは1519年、ミケランジェロは1564年に死んでいた。また、グレゴリウス十三世は、謁見の18日後に亡くなった。コンクラーヴェヶ行われ、シクストゥス五世が選ばれた。

    神は世界を光と闇にわかちたもうた。
    さらに神は太陽と緑を創りたもうた。
    また神は水と大地をわかちたもうた。
    天と、地と、光と、緑と、水と。

     宗達は、天地創造に惹きつけられ、一切の言葉を奪い去られて、ただただ涙を流していた。
    宗達は、この絵をみつために、ローマにやってきたのだった。

     宗達は、ミラノにいた。ドミニコ会のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の厨房を抜けて、食堂の壁画が、ダヴィンチの『最後の晩餐』だった。そこには、裏切り者がともに食卓を囲むことを許しているキリストがいた。宗達は、クリスチャンではなかったので、違和感を感じていたが、ここでキリストの心の広さを感じる。

     そして、その食堂に少年が現れた。絵道具を持っていた。その少年が、1571年生まれのミケランジェロ・メリージ・カラヴァッジオで、14歳だった。いやはや。宗達とカラヴァッジオと会わせるとは、すごい。二人は交流し、互いの絵を送り合う。そして、カラヴァッジオが働いていたシモーネ・ペテルツァーノ公の絵画工房で、工房の作業を見るのだった。実際にカラバッジョは、その頃工房にいた。

     宗達は、ダヴィンチの絵に出会い、ミケランジェロの絵に向き合い、「描きなさい。まっすぐに。己の信ずるままに』という声が聞こえたのだった。

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    2025年07月31日
  • スイート・ホーム

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    最後には、家族愛が感じれて橙のような黄色のようなピンクのような、ホワッとしたものを感じました。「誰かのために思う」ってこんなに温かく、貴重なものなのに、みんな無意識にしている。そんな無意識な縁、大事だと思いました。

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    2025年07月30日
  • いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画

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    カラーの図版がありがたかったです。
    実生活で大変な時に毎日、一章ずつ読み進め、世界の美術館を旅していました。
    横でその作品の解説をしてもらえているような気分になり、今日はどんな作品だろうかとワクワクしていました。

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    2025年07月27日
  • 風神雷神 Juppiter,Aeolus(上)

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    浪漫 漢字の浪漫がよく似合う作品だなと感じました。歴史を史実の断片的な部分だけでなく、想像と想像が織りなす浪漫小説といった感じでしょうか、ただ、史実、現実は厳しい最期となっているようです。小説の中に閉じこもりたいと思いました。

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    2025年12月03日