「夏を喪くす」はこの短篇集に収録されているうちの1篇のタイトル。
意図があるかどうかは分からないけど、収録されている4篇すべてに「喪う(失う)」要素があったように感じた。あらゆる意味での、「喪う」ストーリーたち。
その中でも表題作の「夏を喪くす」は一番分かりやすい。実年齢より若く美しいことをアイデンティティとして生きてきたアラフォーの主人公・咲子が、乳がんになり、乳房を全摘出しなければならなくなる。夫との関係はもうとっくに破綻していて、歳の離れたステディな不倫相手はいるものの…という物語。
女性にとっての象徴を喪うということ。とくに美しさをアイデンティティとしてきた咲子にとっては、女性であること自体を喪くすことと同義で、彼女は事態を理解したときにとある決断を心の中で下す。
自分自身の身体に物理的に存在していた何かを喪う。それはきっと精神にも大いに影響を及ぼす出来事。
そんな中でもバリバリ働く女性の咲子はいつも通りの日々を過ごすが、その途中で、仕事のパートナーである青柳にも、「喪う」につながるとある重大な出来事が起きていることを知る。
他、事故で意識不明のまま目を覚まさない夫が隠し持っていた秘密を探る「ごめん」(これも夫婦関係が破綻しているのがミソ)、娘が雑誌の詩の投稿で佳作に選ばれたことからひっそり詩作していたどうしようもない父のことを回想する「天国の蝿」、9.11以降行方不明のままの親友クロと自らの裏切りを追想するニューヨークが舞台のお話「最後の晩餐」。
全員、女性が主人公の物語群。
形あるもの、形のないもの、色んなものを人は喪う。自分の意思ではどうしようもない出来事もあれば、自分の選択によってそうなってしまう場合もある。
喪ったのか、手放したのか、その時は分かりかねることもあるけれど、自分から手放したことが後になって大きな傷になることもある。
原田マハさんのあまり感情が絡まない美術ミステリがとても好きで何冊か読んできたけれど、人のどうしようもなさを描いた作品もやはりいいな、と思った。
知識や経験という下地があるって強い。そして、人の感情がよく解るということも、同じく強い。