⚫︎最後の伝言
母はしっかりもので明るくて、
周りに愛されていた太陽のような人。
父は容姿だけがとりえの、ろくでなし。
仕事もせず浮気性で、放浪癖があり、
母が危篤のときも、病室には来なかった。父曰く
母から電話で、化粧してない顔は見せたくないから
病室には来るな!と言われたかららしい。
出棺の直前、ようやく現れた父は情けない姿で
おいおい泣いたのだった。
誰よりも母を必要として愛していた、
ろくでなしであることも許せるくらい
母を逞しく居させてくれたのが父だった。
父親らしい振る舞いを、母は別に
求めていなかったのじゃないかな?
強制することで父の何かが壊れてしまうなら、
ろくでなしであることを承知で、
それでも一緒にいたんだろう。
振り返ると、父は周りみんなの憧れで、娘二人も
誇らしく思っていた思い出がたくさんあった。
良い父親でも、夫でもなかったんだろうけど、
母と娘二人にとって良い男であり続けた。
最後は三人並んで母を見送れて良かった。
⚫︎月夜のアボカド
仕事で行ったロサンゼルスで知り合ったアマンダ、
その友人のエスターは79歳、うんと年上の友人。
エスターが作るメキシコ料理はとても美味しい。
庭で採れる自家製アボカドが、
美味しさの秘訣らしい。
日本へ帰るたび、走り書きの英語のレシピを
恋人の朋生に渡して作ってもらった。
独立宣言した仕事が軌道に乗るまで、
エスターのもとへは行かないと決めたマナミは、
朋生のメキシコ料理に何度も励まされた。
あるときエスターは、5年前に亡くなった
2番目の夫、アンディの物語を話してくれた。
最初の夫は働かず酒癖が悪く、暴力を振るわれたが
美容師として家計を支えながらの子育てに、
両親の面倒まで、歯をくいしばって生きていた。
たまたまバーで隣に座ったのが、アンディだった。
エスターを運命の人だと、言ってくれた。
知り合ってから20年、子どもたちの後押しもあり
エスターは60歳でようやくアンディと結ばれた。
明るく笑うような月を見て、
「ダーリンが、こっちを見てるみたい」
夫は色白でまんまるの顔だったのよ、
と言っていたけど、エスターの心も明るくまるく
してくれる人だったんだろうなあ、とほっこりした。
結婚生活は4年と短かったけど、そのときの思い出が
今もエスターの人生を支えている。
⚫︎無用の人
父は地味な振る舞いのせいか、昇進もせずに
安月給のまま。あげく一方的に解雇された。
母はパートで、一生懸命家計を支えた。
そんな現状に対して何の不平も言わない夫に、
気が弱い、一緒にいてもつまらない、と不満げ。
でも、読んでいて、正直なんでこんなに
無用の人とか、母親に疎まれているのか?
そこがあんまり共感できなかった。娘の職場にきて、
「こんな美しい絵に囲まれて働けるなら、きっと
いま、幸せなんだよな?」と気にかけてくれた
その最期の会話が切ない。もっと、
この人の良い一面を見てくれる人が、
周りにいたら良かったのに。
亡くなった父から、誕生日の贈り物として
鍵が送られてきた。父が独身時代を
過ごしたらしいその封筒の住所へ行ってみる。
きれいな桜並木をみて、実は、父は密やかに
美しいものを愛でる心を持った人だったのでは、
と思う。
部屋の中央には、岡倉天心『茶の本』のみ。
窓を開けると満開の桜。父は毎日、
この立派な絵を見て過ごしていたのか。
とっても豪華な贈り物だ。
⚫︎緑陰のマナ
旧約聖書に登場するマナ。飢えに苦しむ人々のために
モーセが祈り、神が天から降らせた奇跡の食物。
母の手作りの梅干しを、
あなたにとってのマナのようなものなのね、
とエミネは言ってくれた。
エミネもかつて、母を真似て作り続けた
シガラボレイ(トルコの春巻き)を父に「マナ」と
言ってもらえたことが心の支えになっているようだ。
父と妹と囲んだ最後の食卓でやっと、
母が亡くなって以来バラバラだった家族を
繋いでくれた。
⚫︎波打ち際のふたり
東京で仕事をしている私だが、姫路の実家で暮らす
母が認知症に。女二人旅の相棒、ナガラも
母が倒れるまでめったに帰らなかった。
母子二人の時間を、いま取り返しつつあるようだ。
仕事、仲間、旅、人生で大事にしたいこと多すぎる。
私は久しぶりの二人旅の夜、姫路に帰ろうと決める。
でももし、
仕事のために東京に残ることを選んだとしても
間違いじゃないと思う。どれを選んでも
後悔する部分はやっぱり出てくるだろうけど、
それでも投げやりにならずに、せめて
たくさん考えて出した答えを生きようと思う。
⚫︎皿の上の孤独
かつてのビジネスパートナー青柳くんは、緑内障を患い
目がどんどん見えなくなっていく。
私は乳房にがんが見つかったとき、
夫とも恋人とも別れ、独りで手術に臨んだのだった。
お互いどうにか生き延びている。
「人は、孤独になれる空間を必要としている」
このバラガンの言葉をあらわすように、部屋には
やわらかく包み込むような孤独の匂いがする。
小さな朝食室に飾られているお皿には
「Soledad」(孤独)の文字。自身がデザインしたもの。
結婚もあえてしなかったのかな?
私はルイス・バラガン邸のリビングで目を閉じる。
バラガンが切り取った神秘的な空間の雰囲気は、
見えなくても、感じることができる気がした。
家のところどころに
外の風景を切り取るように配置されているらしい窓は、
毎日少しずつ変わる風景画が楽しめそうで
素敵だなあと思った。
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誰でも誰かの大切な人であること、
その人にとっての大切な人の想い方には
色んな形があること、
知らない人も苦手な人も
誰かにとっての大切な人であること
を、教えてもらった。