マルクス・ガブリエルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2026/10/16
人口統計学者、哲学者、政治学者etc方たちのインタビュー。
戦争、テクノロジー、ヒューマニティのそれぞれの視点、未来に向けての考え方。
民主主義は衰退しつつ、資本主義も崩壊の途中。混沌とした世界はどのような未来に行き着くのだろう。互いに価値観の違いを尊重できれば、それが理想だけれど、それには『違う価値観を尊重する』という価値観が根底になければならない。
「日本は移民を受け入れる必要がある」(エマニュエル・トッド)と言われても、価値観の違う土地にやって来て、自分たちの価値観を押し付けてくる人たちには辟易する。嫌悪を催す。これは当然の反応だと思う。
共存の根本的な問題を棚上げしたままでは、国が内部から崩壊する。いや、侵略による変貌か。移民の問題は簡単に決めてはならない。簡単に言ってほしくない。
AIに関して、サム・アルトマン氏やイーロン・マスク氏の「本当に恐ろしい。人類存続の危機になり得る」との言葉に「いささか大げさだ」との考えはお花畑過ぎると思う。
本書は2024年刊なのに、有識者の人たちの楽観的な意見にはびっくりした。確かにシンギュラリティはもっと先の予測だったけど、危機感がなさ過ぎるように感じた(私がビビり過ぎてるのかなぁ)。
サム・アルトマン氏が非公開で語った、
「進化とは暴走列車であり、なにものもそれを止めることはできない。もしかしたら、これは天国まで伸び続ける木のようなものかもしれない」
この言葉は本当にただ、暴走列車が行き着くのは「人間の仕事の大半をこなせるAI(理解して学習して実行できる知能)」ということだけなのかと、不安になる。
そこまでの進化でストップするとは思えない。
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Posted by ブクログ
「つながり過ぎた世界で、人は何を基準に考え、判断するのかを問い直す本」。
コロナ以後の世界を背景に、効率や成長、数字だけを追いかける資本主義は限界に来ている、と著者は言う。
では人間は何を軸に社会をつくるのか。
その答えとして示されるのが、倫理と「意味を考える力」だった。
印象的だったのは、人間は正解を出す存在ではなく、問い続ける存在だという考え。数字だけでは測れない「それって本当に良いこと?」を考える力が大切になるのかもしれない。
仕事やニュースを見るときに、
「どんな意味を生み、どんな価値観に立っているか」を一度立ち止まって考えるようになれると良い。
つながり過ぎた世界で、考える力を取り戻す一冊。 -
Posted by ブクログ
著書こそ出会ったことはなかったが、
若い天才的哲学者、マルクス・ガブリエルの名前は聞いたことがあったので、本屋さんで見かけて気になっていた。
しかも副題が、
「東洋哲学と新実在論との出会い」
新実在論の方は聞き馴染みがなかったが、東洋哲学については、ちょっと勉強したいぞ…とここ数年、ずっと思っているトピック。
今年は聖書読書会を通じて、聖書を開く時間が増えた。クリスチャンでもないし、ましてや新たなる信仰心から読もうと考えて通読を試みているわけでもないので、聖書について向き合う際には、ざっくり「東洋哲学や東洋思想とは別世界のもの」と思って読んできたんだが、ところどころ(私が知る限りなのでだいぶ怪しいが)仏教や道教の思想に通底する記述があったりして、その類似性を面白いなぁ…と興味深く感じていた。
なんだかんだ言って聖書は西洋哲学の基礎にあると考えているので、ガブリエルの述べる「私の存在論は、ある意味西洋哲学と東洋哲学の統合を目指しています」との言葉に、この辺の深掘りもできるのではないかと思って購入。
インタビューってもっとわかりやすくなるんだと思っていたよ!
いやぁ…めちゃくちゃ難しかったー。
でも面白いところもたくさんあった。
西洋哲学と東洋哲学との統合について、ではなく、純粋に東洋哲学についての内容が多かった。
タイトルにある通り、時間・自己・幻想について、仏教、中国思想、日本哲学を引きあいにだして語っている。
これは一度読んだだけではわからないな。何度も読み返してこそ気がつける、掴めるものがありそうな気がする。
そんな中でも私なりに引っかかったのが、85頁にある嫉妬についての記述。
人間が犯す多くの罪の中でも、「嫉妬」は何にも増して大罪であるという。
…そうかなぁ?
あんまり納得いかない。
私にとってのそれに当たる罪は、「傲慢」なのではないかしら、と思っている。
ただ、これについてはやはり個人の経験でそう思うところも大きいのかもしれないので、史上最年少でボン大学の教授になってしまうぐらいの天才はいろんな人から嫉妬されたりして苦しんだのかもしれないな、と邪推した。
東洋哲学と西洋哲学、どちらが優れているのか?どちら側に統合するのか?…という論点で読んでしまうと、結局のところ二元論的な安易なジャッジに落ち着いてしまうだろう。
東洋哲学の特徴的なところ、西洋哲学の特徴的なところ、合わせながら、都度グラデーションで判断したり、保留するのが妥当なのかな、と思う。
それから読み終わって印象的だったのは、巻末対談で松本紹圭さんが、
僧侶の仕事である葬儀について語る部分。
僧侶の仕事である葬儀が、一見過去を弔っているように見えて、
実は「よき先祖でいる」ことによって未来に開かれている、という話。
…なるほどなぁ。
またこの対談の最後の方、
動物とはなにか、という動物の定義から植物も動物であるという話。
生命のあるもの、有機物の話からなんとなく、バラモン教のいう無から有の話にも繋がりそうで、はたまた聖書の「塵から人へ」も、道教の「無為自然」も、
全部がつながっているような気がして、
ただそこがどんなふうにどう繋がるかは勉強不足で感覚的なので、備忘録程度にここに書き記しときます笑 -
Posted by ブクログ
本書は時間・自己・幻想という3つのテーマを置いて、「新実在論」を唱えるドイツの天災哲学者、マルクス・ガブリエル氏と作家で国際ジャーナリストの大野和基氏の対談形式から生まれた書籍である。哲学という響きからは理解が難しく、近寄り難い雰囲気が漂ってくるが、ガブリエル氏の様々な出来事や事例を挙げて明快な解答をしていく内容はわかりやすく、読みやすいものとなっている。とは言えベースは哲学であるから、ある程度頭をクリアにした状態(特に起きたばかり、朝の時間帯)で読む事を勧める。
今回はその様なガブリエル氏の主張の中に西洋哲学だけではなく、「東洋哲学」が深く影響している点を詳しく説明している。とは言っても東洋的な考え方が、まるでそのまま同氏の考え方に一致するというわけではなく、東洋思想に見られる考え方や、行動(修行や坐禅、掃除から祭事まで)について、自分なりの解釈を加え、より深い位置で理解しようとする同氏の試みの成果である事を理解できる1冊だ。西洋哲学が「物事の不変的な真理」を追求して、これ以上細分化できない本質まで分解していくのに対して、東洋的な考え方には、常に変わらないものなどこの世には無く、「変わらないものがあるという幻想」とみなしている点。一見すると相容れない思考の方向性に見えるかもしれない。だが、仏教が全ての欲望を捨て無我の境地に至るため、静かに座禅を組んだりする事自体、「無」を欲するという欲求がそこには見られると喝破する。仏教は知的活動に不可欠な「大脳新皮質」の機能を低下させる事を目的とするが、ガブリエル氏はこの大脳新皮質を最大限活性化させることこそ、我々人間の新たな知的好奇心による幸福に結び付けられると言う。前者が意識レベルを極限まで押さえつける事で、身体的な機能を融合させることが可能であると解くのに対して、後者(ガブリエル氏の考え方)はいずれも高次のレベルで最大限発揮させようとするものである。とは言え、ガブリエル氏自身が自身の最大の発見とする「新実在論」は仕事に忙殺され、鬱状態にあった時期の湯船に浸かっている際に思いついたという話もあり、いかにも脳が疲弊し、それを回復させることが必要な状態=リラックスと思考が無に近い状態、に感じられるのも不思議なエピソードであった。中々こうしたガブリエル氏との会話の中から、今日明日すぐにでも使えるスキルや考え方が身につくわけでは無いが、要するにこうした書籍を読みながら、頭を使うという行為自体が大切なのでは無いかと感じさせる。そして、そうした考え方に至るまでのプロセスは常に自分の頭の中の「知りたい」という好奇心と、知ろうとする「意思」が生み出しているわけだから、だから私はこうして存在している、という事に気付くのである。